名字呼びが多め。
4.知り合いの話として
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穏やかな週末。実弥と玄弥は近所のスーパーへと買い出しに出ていた。
兄弟の多い不死川家は母親の負担を減らすべく、週末は長男である実弥と次男の玄弥で夕飯の支度をする決まりであった。
「何にすっかなァ……カレーだと米を食っちまうんだよなァ」
「餃子は?キャベツで量増しできるし。冷凍すれば明日も食えるよ」
「あいつらにも包むの手伝って貰えばすぐだな。よし、そうするかァ」
今晩の夕飯が決まったところで、2人は買い物カゴに次々と食材を入れる。キャベツ、ニラ、豚ひき肉……手慣れたものだ。
会計を済ませ、2人は家路をゆっくりと歩いていた。
若い夫婦が赤ん坊をベビーカーに乗せ、正面から歩いて来る。ベビーカーの赤ん坊は玄弥達を見つめるときゃっきゃと笑った。恐らくまだ目がはっきりと人の顔を認識していないのだろう。弟や妹達も生まれたばかりの頃はそうだった。
その姿が愛らしく懐かしくて、玄弥と実弥は2人でふっと微笑んだ。休日の穏やかな午後だった。
「兄貴、ちょっと聞いて欲しいんだけど……」
「何だァ?」
玄弥は少しの間を置いてからぼそぼそと話し始めた。
「知り合いの話しなんだけど……俺のことじゃなくて知り合いな」
「……知り合いなァ。わかった」
実弥はすぐに玄弥自身の話しなのだとわかったが、黙っていることにした。何か隠さなければならないような後ろめたい内容なのだろうか。
(警察の世話にだけはなるんじゃねぇぞ。許さねぇからなァ)
見た目によらず、心根の優しい玄弥に限ってそんなことはあるはずが無いとは思ってはいるが……
大丈夫だと思う気持ち半分、まさかと思う気持ち半分。
(ただ、こうして俺に打ち明けてくれているうちはまぁ大丈夫だろうがなァ……)
一体何を告白するつもりなのか、実弥は少しはらはらとしながら玄弥の次の言葉を待った。
「……そいつがある女子に"中二の時に好きだった"と言われたんだけど……これってどういう意味だろう」
まさかの色恋であった。
実弥は逆にひどく驚いたが、態度には出さずに驚きをそっと押し殺した。
(何だよ。驚かせるんじゃねぇよ。ビビっただろうがァ……!)
しかし弟が補導されるようなことじゃなくて良かった。
実弥はほっとすると同時に、玄弥の言った先ほどの言葉が引っかかった。
『好き"だった"』
"だった"って何だ。過去形じゃないか。今はどうなんだ。
「そりゃあなァ……」
うぶな弟には少し可哀想だが「今はそうじゃない」と言われてるようなものだろう。
「…………」
困惑しているような玄弥の表情に、とてもじゃないがそんなことは言えない。傷付けたく無い……
相手は篠藤光希だろうか。初めて訪れたであろう、もしくはこれから訪れるかもしれない弟の春に水を差したくない。
(しかし、何だって篠藤はそんなことをわざわざ玄弥に伝えたんだ?女心はわからねぇなァ……)
近所の子ども達が遊び回っている公園に差し掛かった時、実弥はふと思った。
そんなことをわざわざ伝えるということは、少なくとも今、玄弥を嫌っているわけではないのだろう。思わず昔の思いを伝えたくなったわけで、玄弥との間に何か芽生えたのではないか……と前向きに考えてみる。
(……わかんねぇけど、兄としてこれは背中を押しとくべきだなァ)
公園からコロコロとボールが実弥の足元に転がって来た。黄色いゴムで出来たボールで、小学校低学年らしき少年がおずおずと進み出て来た。実弥のその風貌に怖がっているのか、なかなか声を掛けようとして来ない。
その姿が兄に少し甘えて来る幼い頃の玄弥に重なり、実弥は心がほわんと温かくなった。
「ほらよォ」
ボールを少年の足元に転がしてやると、嬉しそうに仲間の元へと帰って行った。
……兄が背中を押してやらないと。
「玄弥……知り合いに伝えとけェ。そりゃあ脈有りだァ。とにかく学年1位に少しでも近付けるように勉強しろ」
「なっ…… 篠藤は関係ないだろ!?勉強も関係ねぇよ!」
玄弥は顔を真っ赤にして慌てている。何とも分かりやすい弟だ。
そして相手はやはり篠藤光希だった。
「勉強はとにかくしとけ。やっといて損はねェ」
「意味がわかんねぇよ!」
玄弥は顔を赤くしながら納得のいかない様子で先をすたすたと歩いた。
(玄弥は放課後、射撃部に向かうから知らないと思うがなァ……)
光希を含めた学年上位5名は時々、放課後に勉強会を開いているのを玄弥は知らない。
前にわからないことがあると、光希と一緒に勉強をしていた男子生徒(名前は忘れた)が職員室まで数学の問題の解き方を聞きに来たことがある。
優秀な成績を収めている者はきちんと努力もしているのだ。
(しかも上位5名は篠藤以外、全員男だぞ)
先を行く弟の大きな背中を眺めながら実弥は思った。
……兄が背中を押してやらないと。
・・・
「うん、玄弥。それは今は好きじゃないって言われてるね。しかも、それ知り合いの話しじゃなくて玄弥の話しだよね」
玄弥は友人の竈門炭治郎にも、知り合いの話しとして伝えてみた。
実弥は「脈あり」と言っていたが、自分では腑に落ちなかったからだ。
すると、嘘をつけない炭治郎に有無を言わさずバッサリと言い切られたので、それはそれで玄弥はがっかりとした。
(いや、まぁ……そうじゃないかとは薄々思ってたけどよ)
玄弥は廊下の窓から外を眺めた。今日は風が少し強い。
「でも玄弥、嫌いだったらそんなことわざわざ言わないよ。好きよりの"普通"じゃないかな。良かったね」
にこにこと言う炭治郎は穏やかな口調に優しい笑顔だった。その割には本当のことをはっきりと包み隠さずに言うので、彼の言葉は時として残酷だ。
(ふぅん……普通……ね)
すると、校舎の外にいた光希が窓から外を眺めている玄弥に気が付いたらしく、大きくこちらに向かって手を振っている。
手を振り返すのも恥ずかしいが、無視をするわけにもいかないので、玄弥は小さく手を振った。
その姿を見て満足したのか、光希は足取り早く校舎の中に駆けて行った。
(……中二の頃の俺はどんなだったっけかな)
玄弥は少し昔の記憶をたぐり寄せた。