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我妻善逸は目で語っていた「殺すぞ」と。
それはなぜか。放課後の篠藤光希との勉強会に竈門炭治郎と不死川玄弥が参加しているからだ。
「……この公式は覚えないとダメだよ。あとの問題が解けなくなるから……って聞いてる?」
「はぁい!聞いてまぁすっ!」
光希とは朗らかに接している善逸だったが、光希が視線を逸らすと途端に塵を見るような目で「早く帰れよ」と炭治郎ら2人に圧をかけてくる。
そんな光景はいつも見慣れている炭治郎にとっては慣れっ子で何とも無かったが、善逸とあまり接点のない玄弥にとってはその視線が恐ろしかった。
「……善逸」
炭治郎が声をかけると「ああ?」と物凄い形相で睨みつけて来る。「負けるな炭治郎。それいけ炭治郎。友人の為にひと肌脱ぐのだ」と竈門炭治郎は心の中で己を鼓舞した。
「そういえば冨岡先生が善逸のことを探してた気がする……たぶん。きっとそうだった。そう思いたい」
「はぁ!?それを何で今言うんだよ!先に言えよ!天国から地獄に行くのと、最初から地獄に行くのとでは心構えが違うの!わかる!?わかるかなぁ!?炭治郎、ホント何なの!?」
体育教師の冨岡義勇が怖い善逸は、酷い文句を言いながらも机の上に出して勉強している風を装っていた教科書類を仕まい、急いでその場を後にした。
髪の毛が金髪ということで、普段から目をつけられている善逸には冨岡の名前を出すと追い払えることは炭治郎は良く知っている。
(ごめん……善逸。今度、禰󠄀豆子の髪の毛を拾って持って行くから……)
炭治郎は自分が嘘をついてまで善逸をこの場から追い払ったことに良心がかなり傷んだが、見た目とは裏腹の心優しい友人のことを思うとこれで良かったのだと無理矢理思うことにした。
「あ!いっけない!俺、用事があったんだった!玄弥!帰るね!」
「え……おい」
嘘に嘘を重ねた炭治郎はもはや目から滝のような涙が出ていたが、そのまま猛ダッシュをして教室から出て行った。
教室に残されたのは玄弥と篠藤光希の2人。
玄弥はどうしたら良いのかパニックを起こしていた。
目の前にはあまりよく話したことのない篠藤がいて、困ったように教室のドアを見つめていた。
「……2人になっちゃったね。言い出しっぺの我妻君……だっけ?がいなくなっちゃったし、今日はどうしよう。もう帰る?」
ふうとため息をついた光希は机に広げていた教科書などを既に鞄にしまっていた。
このままでは勉強会はお開きになってしまう。
だが、玄弥は何て言葉を掛けてよいのかわからなかった。そもそも中学2年生頃より女子とまともに会話をしたことがない。
「……あのさ。篠藤って数学好きなのか?」
とっさに口から出た言葉がそれだった。
突拍子のない質問に光希は一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「うーん……好きと言えば好きかも?初見の問題でも、今まで習ったことを駆使してあれこれ考えた結果バチっと答えが出た時は嬉しい……かな?でも、それが正解って確信が持てないからあんまりそういう経験したことないっていうか……」
自分で聞いといてなんだが、玄弥は数学でそういう経験が無かったのでイマイチ光希の言っていることがわからなかった。
「あの、不死川君のお兄さんって不死川先生だよね?」
「あぁ……そうだけど」
「名字同じだし、顔も似てるなって思ってたんだぁ」
やっぱりね!と嬉しそうに言う光希が意外だった。
(篠藤ってこういう表情するんだな……)
クールというか、人とあまり喋らない、馴れ合わない印象を持っていたので。
ちょっと話してみると意外と普通の人なのだなと思った。
(で、何で俺は篠藤をクールな奴だと思ってたんだ?テストでいつも良い点とってるから?)
「不死川先生と一緒に住んでるの?」
「まぁ……一応」
「そっか……なら数学教えて貰えたりするのかな?その割には……」
「…………」
「ち、違うよ!別に不死川君が頭悪いとかって言ってるわけじゃないからね!あの、いつもテストの時に先生にすごく怒られてるからちょっと気になっただけだから!別に頭悪いって言ってるわけじゃないから!」
顔を赤くして必死に弁明をしている光希が少しおかしかった。
(あぁ、わかった……俺と一緒だ。俺が見た目であんまり話しかけられないのと一緒だな)
光希も頭が良い、テストの点が良いというだけで、何となく人から距離を置かれているだけなのだ。
本当はどこにでもいる普通の人。普通の高校生。
( 篠藤って……)
玄弥は途端に顔がかぁっと熱を持った。
この顔は見られたらマズい。
大きな手のひらで自分の顔を覆った。
「不死川君?」
「悪い……今日はもう帰ろう」
このまま一緒にいてもろくに喋れないし、自分の赤い顔を見られるのも嫌だ。
玄弥は手のひらで顔を覆ったまま、光希の顔を見ないようにして一緒に教室を出た。
・・・
「何だってどいつもこいつもよォ……」
数学教師である不死川実弥は学年の数学テストの結果を眺め、思わず声が出ていた。
学年の30パーセント近くが赤点だからだ。その中にはもちろん弟の不死川玄弥も含まれている。
(数学の出来るヤツ、出来ないヤツで二極化が進んじまってるんだよなァ……どうしたもんか)
この30パーセントの生徒達をどのようにして引き上げれば良いのか。教師の悩みは尽きない。
とりあえず一息つくかと、緑茶の入ったカップを片手に職員室の窓から外を眺めると、ちょうど弟が下校をするところであった。
そのすぐ後ろには珍しく女子生徒がくっついて歩いているようにも見えた。
「篠藤光希と一緒かァ?」
どうしてあの2人が一緒にいるのかと疑問に思ったが、背が高く歩幅の広い玄弥にちょこちょこと付いて行く様子の光希が一生懸命で、思わず口元が緩んだ。
(……とうとう弟にも春が来たかァ)
兄は陰ながら応援してるからなと、冷めた緑茶を一口飲んだ。
(相手は学年1位の秀才だがなァ……いろいろと前途多難そうだぜェ)
まずは苦手な数学から何とかしてやらないと……と不死川実弥は心に誓ったのだった。