事後処理部隊、隠
▼
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
俺は後藤という者だ。鬼殺隊、事後処理部隊"隠"をしている者だ。
普段は鬼殺隊士が鬼と戦った後の現場の後片付け、怪我人の救護、近隣住民への情報統制、現場立ち入りへの規制、各隊士への伝達・輸送等、業務は多岐に渡る。その他にも縫製係や、藤の香袋作成係、柱の身の回りの世話などの業務を行う隠もいる。隠に所属している者は、実際に鬼を狩る剣士よりも人数が多い。
俺はこの日、珍しく暇だったので広大な産屋敷邸の一角にある隠の連絡本部とでもいう離れにいた。
鬼殺隊の当主である産屋敷耀哉様から指示があればすぐさま現場に駆け付け業務に就く必要がある為に、現場に出ていない隠はだいたいこの離れにいることが多い。
俺は一応、隠の中でも古参に入り、わりかし顔と名前は知られている方なのだが、いかんせん現場にいることが多いので、こうやって隠の本部にいるのは非常に珍しいのだ。
(何か、知らない顔の奴も多いな……)
久しぶりに来るこの場所は、皆、黒子のような同じ隊服を着て忙しなく働いていた。隠になる隊士も増えているのだろう。見渡しても見知った人物はいないようだった。
(しかも俺だけ、こう、のんびりと周りを眺めてるのは場違いと言うか……)
居心地の悪さを感じ、蝶屋敷で静養中の竈門炭治郎にでも顔を出しに行こうかなと思っていたところ、足元に紙が落ちているのに気が付いた。
(食材の発注伝票か?)
おおかた、各柱の邸宅に届ける食材の発注伝票だろう。柱はほぼ独身で、女中も雇っていないので柱の身辺の世話をする隠が何人かいる。頭脳明晰、人柄も申し分無く、柱からの信頼が厚い上に掃除洗濯家事炊事を完璧にこなす優秀な逸材が選ばれるとか何とか。
(これ、無いと困るんじゃないか? 探して渡してやるか)
心根の優しい俺は、その発注伝票の落とし主を探すことにした。
・・・
(それにしても誰に声を掛けていいのかわかんねえなぁ……全員、目しか見えてないし)
手元の発注伝票を見れば「さつま芋百本、人参五十本、大根五十本、米一俵、味噌十キロ……」などと書かれていた。
「一俵!? 桁おかしいだろ! さつま芋もおかしいな! これ、全部量がおかしいだろ!」
思わず声が出てしまっていた。一人の柱に届ける量じゃない。何かの間違いではないだろうか。いや、恋柱の甘露寺蜜璃様は大変な大食漢だと聞いている。この伝票は恋柱に仕えている隠の物だろうか。すると、前方で床に這っている人物がいた。
「無いよ、無いよ無いよ。伝票どこで落とした? 再発行しないとか言ってるしよ。クソだなマジで」
伝票の落とし主をさっそく発見。
「山下か。これお前のだな」
「後藤先輩……はっ! そうです。それ、俺のです。良かったぁ」
伝票をひらひらとさせたら、山下は慌ててそれを奪った。その取り方は無いんじゃなかろうか。まずはお礼を言いなさいよ。よほど食材の発注が大事なのか。
「いやしかし、それ発注する量、桁が間違って無いか? いくら何でもおかしいだろ」
山下は「え? 知らないの?」とでも言いたげな無遠慮な視線を寄越して来た。
「炎柱様はたくさんお食べになるのご存知無かったですか? しかも、煉獄様は家族と同居されてますし、嫁いで来た方もいるので三人から四人に増えたんですよ。知りませんでしたか? 後藤先輩ともあろう方が」
え、そうだったの。炎柱様、嫁さんいるの。何それ聞いてない。俺も嫁さんだなんて贅沢なことは言わないから彼女欲しいよ。
呆然と突っ立っていたら、やおら山下が盛大なため息をつき、たたみ掛けて来た。
「うちよりももっと凄いとこありますからね。風柱様なんて、小豆と餅米の量がヤバいですし、恋柱様はもっとですからね。動物園に卸すのかってくらいの量ですからね。柱によっていろいろあんですよ。いろいろ。通常任務に加えて、柱のお屋敷に出入りしているこっちの身にもなって下さいよ。ホントに」
山下は後輩ながら同い年なので遠慮が無い時がある。このように。
「……それは大変なこって。で、炎柱様のお相手はどんな方なんだ? 同じ鬼殺隊士? 年齢とか、名前は?」
彼女が欲しい俺は参考までにと少し食い気味に聞いてしまったかと思ったが、なぜか山下は目を輝かせた。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、
「えっ、知らなかったんですか? 嫌だなぁ後藤先輩ともあろう方が。お相手は兼季葉子さんというあの、火産霊命を祀る兼季一族の方ですよ」
やおら近付き目を輝かせた山下は、鼻息荒く語り出した。そこまで聞いてはいないのだけれど……
「火産霊命と言えば火の神ですよ。わかります? 煉獄家は代々炎柱を輩出するお家柄ですからね。火と関係する方をお嫁に迎えたわけですよ。もうね、運命としか言いようがないです。杏寿郎様は幼い時に葉子さんとお会いして、桜の咲いたその時に結婚を誓ったんですよ。わかります? 十年以上の時を超えて二人は結ばれたわけですよ」
「あ、そうなんだ。うん、つまりもう決められてた結婚ってことな」
山下は俺の言葉を無視するように、さらに言葉を重ねた。
「これは神の思し召しとしか言いようがないですよ! 葉子さんの花嫁衣装ヤバかったですよ。黒引き振袖。もう、それは貴方色に染まりますってね。でも葉子さんは既に山吹色の着物を着て家にいたのでもう杏寿郎様の色に染まってましたけどね!」
「うん……それは知らんけども」
「もう! ちょっと俺は、語りますよ! ずっと煉獄家を見て来てますからね。何なんだこれは!」
「いや、お前が何なんだ。落ち着け、大丈夫か山下」
親戚のおじさんか何かってくらいに、煉獄家に肩入れをしているらしい山下はそれから延々と語っていた。
自分の口から煉獄家の内情を語れるのがよほど嬉しいのか目をきらきらとさせて、頬は少し赤みがかっていた。本当にどの立ち位置にいるのかこの男は。
煉獄様、いや違うな。槇寿郎様をも見守っている感じがするな。おじいさんみたいな立ち位置だろうか。とにかく、この男は煉獄家全体への溢れる想いを止める術を持たないらしい。
「これでお二人の間にお子さんとか生まれたらどうしよう? お祝いは何が良いですかね!?」
「いや、知らんけど」
そう言えば、山下は隠になってからわりと早い段階で煉獄家に出入りしていたと聞いている。それは前炎柱の煉獄槇寿郎様の時から。奥方を亡くされて、酷く落ち込んでいる槇寿郎様を見かねてお館様が山下に家のことを気にかけてくれないかと頼まれたのだった。なぜ、お館様が特にこれと言って特徴も無さそうな山下を充てがわれたのかはわからないが、きっと自分には窺い知ることのできない特別な何かがこの男にはあるのだろう。お館様にはきっと見えていたのだ。
「葉子さん、藤の家の人だったので料理とかちゃんと出来るし、俺がやることと言えば物資を運ぶくらいですよ。でも、ほら俺の方が家のことは勝手がわかってますからね。面倒を見てあげてるわけですよ!」
こんなに一人の、一つの鬼殺隊士に肩入れをして良いものかとふと思う。もしもの時、どう気持ちを処理するのだろうか。その場面は嫌と言う程見て来ているはずだ。俺もお前も。
「大人しそうな人なんですけど、意外と物事ははっきりと言う人でね。やんちゃな槇寿郎さんや杏寿郎さんは頭が上がらないみたいで、完全に尻に敷かれると思いますよ。俺はね。千寿郎君とは姉と弟みたいな感じで実に微笑ましくて、千寿郎君も幼い頃に母上を亡くされてるから、こういう人がいて良かったと思いますよ。本当に」
そうだ。わかった上で、肩入れをしているのだ。俺だって竈門炭治郎の動向は気になっている。怪我をしたか、まさか死んではいないよな。元気にやってるだろうか、妹はどうなっているのか……そう言うものだ。人間なのだから。仲間なのだから。
考えたくは無いもしもの時まで、一緒の時を共有できた方が楽しいじゃないか。嬉しいじゃないか。喜ばしいじゃないか。
一人で喋り続けている山下を見て、俺はそんなことを思っていた。
同じ鬼殺隊の一員だもんな。みんな。