散髪
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葉子は鮮やかな色の髪を前にはさみを持ち固まっていた。
つい先程、杏寿郎より「髪を切ってくれ!」と頼まれたのだった。
(これ……本当に切って良いのかな……二度とこの色にはならなんじゃ……)
杏寿郎もそうだが煉獄家の髪は黄色に毛先が緋色と、かなり非常に相当稀な髪色である。
「最近、髪が伸びてきて気になるから切ってほしい」と頼まれた。そして伸びたと思われる部分も既に黄色だったので、どうやらこの髪色は地毛のようだった。
世の中には知らないことがたくさんあるようだ。何と世間は広いのか。
(切るのは構わないんだけど……この毛先の。この部分は切って良いのかな?)
しかし、そこを切らないと髪は短くならない。緋色の部分は全て毛先に集中しているので、そこを切ると完全に黄色い髪になってしまう。
(それじゃあ西洋の人ですよ……杏寿郎さん。杏寿郎さんが杏寿郎さんじゃなくなる気がする……)
葉子はごくりと喉を鳴らした。散髪は……この散髪は責任が重すぎる。
「どうした?葉子?」
なかなか髪を切ろうとしない葉子に杏寿郎が振り返る。
「杏寿郎さん……本当に切ってしまって良いのですか?」
「勿論だ!」
「本当に本当ですか?大丈夫ですか?」
「大丈夫だか?何!切ってもまた伸びるから大丈夫だ!臆することはない!さあ!やってくれ!」
杏寿郎はさも何でも無い事のように言うが、それでも葉子は戸惑った。
この緋色の毛先。この部分は切ってしまったらどうなるのか。二度とこの色にはならないんじゃ……
すると、襖がすっと開けられ槇寿郎が入って来た。
「なんだ、こんなところにいたのか。散髪か?たまには良いな。俺もしてもらおう。そう言えば千寿郎も最近伸びて来たな。せっかくだから、皆やって貰おう。頼めるか葉子?」
そう言うと返事も待たずに槇寿郎は千寿郎を呼びに行った。
この家族、心の優しい千寿郎を除けば人の意見を一応は聞くが、聞くだけであって既に決められたこととして先に進む癖がある。上の2人がそうだ。
判断に迷いが無いというか、聞く耳を持たないというか……
しかし、それはそれとて家族全員の散髪だなんてそれは一体何事か。煉獄家の髪の毛には触れてはならない禁忌な気がする。
(それは……それは無理です!家族全員だなんて!無理!絶対に出来ない!私には荷が重過ぎます!)
家族全員の髪を切り、今のような髪色に二度と戻らなかったらどうしよう。いやしかし、今までもきっと髪を切ることはあったはずだ。でなければ今の長さにはなっていないだろう。いやいやどうして毛先は染めているのでは?それなら合点が行く……紅葉だって黄色から赤に変色はしない。
そんな思考が葉子の頭の中をぐるぐると回っていた。
いつまでも髪を切ろうとしない葉子に杏寿郎がとうとう痺れを切らした。
「葉子、はさみが怖いか?毛先を切るだけだ!俺でも出来るぞ!はさみを借りるぞ!」
葉子の手からはさみを受け取ると、何のためらいもなく自分の左側の髪を切った。
「あっ……!」
鮮やかな緋色の髪がはらりと落ちた。
落ちた髪は上質な絹糸のように鮮やかで、とても人毛とは思えない。
とうとう切ってしまった。もう知らない。
「杏寿郎さん……頭がざんばらに……ざんばらになってしまうので後は私がやります」
「うむ!頼む!」
葉子は観念して杏寿郎の髪を結ってある紐をするりと外した。
「……もう知りませんからね。どうなっても」
「例え坊主頭になってもまた生えてくるから大丈夫だ!ははは!」
高らかに笑う杏寿郎は切った髪の毛がどうなるのかも知っているようではあったが、生まれながらに煉獄家ではない葉子には到底想像が出来なかった。
・・・
こうして杏寿郎も含め煉獄家の男達は、さっぱりとした髪型になった。
緋色の部分はほぼなくなり、ここはどこの外国に来たのかと思わせる。黒髪の葉子が逆に浮いていた。
(とうとうやってしまったけど、みんな何とも思ってないみたい……)
むしろ逆に「葉子は散髪が上手いな!」と褒められた。
私が気にしているのはそこじゃない……と言いたかったが、話が噛み合わない気がしてやめておいた。
緋色の部分はいつどうなるのか、ずっとこのまま黄色だけなのかとそわそわと横目で毎日観察をしていたある日、杏寿郎の毛先が薄らと緋色になりかけているのを発見した。
「あ!杏寿郎さん!ちょっと待って下さい!」
「どうした!?」
葉子は小走りで近付き、不思議そうにしている杏寿郎を正面から捕まえた。
じっと間近で毛先を見つめると確かに薄らと緋色になっている。前髪部分も念入りに確認すると薄らと緋色になりかけていた。後ろの毛先もそうなっている。
(切っても毛先は徐々に色が変わるんだ!?これはすごい発見かも!どんな仕組みなんだろう?)
世紀の発見をしたのかのように葉子は目を輝かせた。
(煉獄家の秘密その壱を解明したかも!)
一人で声も出さずに感動していると、
「葉子!わかった!こうすれば良いのだな!」
突然何を思ったのか、杏寿郎は葉子を思い切り抱きしめた。
(何がどうしたの……!?い、痛い)
「葉子からこうして求められることが無かったから俺は嬉しい!」
葉子は別に欲求不満で杏寿郎に近付いたわけではないが、何か勘違いをさせてしまったようだった。
「今日は特に任務もないからな!ずっと側にいよう!」
こうして、厠と風呂以外は葉子の側にずっとついていた杏寿郎なのだった。
(嬉しいような息苦しいような……圧がすごくて緊張するなぁ……)