負けず嫌いお餅つき
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ほっこりとした良い香りが湯気と共に台所に立ち上った。餅米が蒸し上がったのだ。
葉子は確認の為、少し食べてみた。
(うん、バッチリ!)
餅米は熱いうちにつかないといけない。
葉子は蒸し布ごと餅米を持ち、皆の待つ庭へと急いだ。
「餅米は蒸し上がりましたよ!さっそくついて下さ……」
葉子はとりあえず餅米を用意してあった臼に入れたが、臼はなぜか全部で5つ用意がされていた。
「よし!さっそくつくか!」
杏寿郎と槇寿郎は着物の袖をまくり、やる気十分で杵を振り上げる。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「どうした?葉子?早くしないと餅米が冷めてしまうぞ」
何となく嫌な予感がしたので、葉子は2人の動きを止めた。
「何で臼が5つも用意してあるのですか?1つで十分ですけど……餅米も5升しか用意してませんし」
「臼が壊れるかもしれないからですけど……?毎年、2つ3つは壊れるのです」
千寿郎が何で今更そんなことを聞くのかというような不思議そうな顔をして言った。
臼が壊れるって……犯人と原因は瞬時に特定されたのだが、どんだけ力いっぱい餅をつくのか。しかも複数壊すらしい。
「杏寿郎さん、槇寿郎さん。あの、優しく……あまり力を入れないでついて下さいね。臼が壊れますので」
「そうだな!毎年壊れてるからな!心掛けよう!」
「うむ」
2人は臼を壊している自覚があるようで、思ったより葉子の言葉をすんなりと受け入れてくれた。ひとまずは安心である。
さっそく臼に入った餅米を潰すようにして折り込み、均等にならされたのでここからいよいよ餅をつく作業となる。
「よぉし!」
「優しく!お願いしますね!」
餅を入れ込む合いの手は葉子がやる。
ぺちりと槇寿郎が1回つくとその次は杏寿郎と、交互に杵を振り下ろす。
ぺちり ぺちり ぺちり
(良い感じ!お餅も滑らかになって来たみたい)
「杏寿郎!腰が入って無いのではないか!そんなことでは日輪刀が泣くな!俺の手本を見てみろ!こうだ!」
(……え?)
槇寿郎が何故か唐突に息子に対し、上から目線で自分の優位性をアピールし出した。
杵を大きく振りかざし、臼の中の餅目掛けて振り下ろす。
ガコンッ
明らかに先程とは音が違う。
「何の!父上の方こそ最近は任務も無いので体が鈍っているように見えます!」
杏寿郎も負けじと杵を大きく振りかざし、「とう!」と言いながら振り下ろした。
ガコンッ ガリ
(え?ちょっと待って……音が……)
槇寿郎を見上げると、唐突に何かが切り替わったのか、めらめらと燃えるような圧を杏寿郎にかけている。
「何だと?俺はまだまだ現役で柱をやれたが、息子にその席を譲ってやったのだ……!」
槇寿郎の口からしゅうという呼吸音が聞こえると同時に、周りの空気が重く揺らいだ。
「お前のことを思って柱の席を譲ったんだっ……!」
大きく振りかざした杵からは、熱風が吹き出し、炎の残像が見える。
炎の呼吸を使ったのだ。
かつては炎の呼吸の使い手として鬼殺隊最高位の柱まで登り詰めた男が、餅つきで呼吸を使い出した。
「俺は杏寿郎に負けてないっ!!」
その大きな声と共に、槇寿郎の一撃が餅をつくと
ガッッコン
臼は鈍い音を立てて餅ごと真っ二つに割れた。
・・・
「優しくって言ったじゃないですか……お餅が勿体ないです……」
次に蒸し上がった餅米を新しい臼に入れながら葉子が言った。
「すまない……つい」
槇寿郎と杏寿郎はしゅんとしおらしくしており、反省をしたようだった。
「優しく……で、お願いしますね。力を入れないで。呼吸も型も使っちゃダメですよ」
「父上!兄上!頑張って下さい!」
力を入れないように頑張れと、千寿郎より何だか違う応援をされた2人は再び杵を手に取った。
杏寿郎が杵を持ち上げた。今回は杏寿郎が先に餅をつくらしい。
「父上。先程、俺のために柱の席を譲ったと言いましたが、それは間違いだ」
「何だと?」
「父上は過去に下弦の弍を取り逃した。それを俺が討ち取って柱になったのです」
早速不穏な空気になっている。葉子は顔を青くした。
しかし、まだぺちりぺちりと順調に餅をついている。
「俺は実力を認められたのです!父上から席を譲って貰ったとは微塵も思っていない!これが俺の実力だ!」
今度は杏寿郎の口からしゅうという呼吸音が聞こえ、空気は揺らぎ、手に持つ杵からは炎が渦巻いている。
息子の方も呼吸を使い出したのだ。現役の炎柱が餅つきで呼吸を使っている。
「ちょ……ちょっと、杏寿郎さん!」
葉子は身の危険を感じたので、慌てて臼から離れた。杏寿郎には最早、葉子の声も届かない。
「弍ノ型 昇り炎天!!」
凄まじい灼熱が杵をまとい、下から上へと振りあげられ、龍の吐く息を思わせるような激しい炎が天を上り、たちまち臼を包み込んだ。
臼と餅は跡形もなく炭と消えた。
その場には冷たい冬風が北から南へと吹き抜ける。
「…………」
「…………」
「…………」
杏寿郎はようやっと頭が冷えたのか、後ろにいる葉子を振り返った。
葉子は手をふるふると震えさせ、怒りをあらわにしている。
「呼吸も型も使っちゃダメって言いました!もう槇寿郎さんと杏寿郎さんはお餅をついちゃダメです!お餅が勿体ない!食べ物を粗末にしてはいけません!」
ふいと葉子はそっぽを向くと、台所へと急いだ。
・・・
「杵は重いですね!父上と兄上はよくこんな物を軽々と持てますね!さすがです!」
「…………」
「腰を痛めないように気をつけないとね。よいしょっ!」
「…………」
最後の残りの餅米は千寿郎と葉子で餅つきをすることになり、合いの手は槇寿郎と杏寿郎がしている。
「でも、去年は臼が4つ壊れたので、今年は少なく済みました。さすがです葉子さん!」
それをさすがと言われても……と葉子は思った。
大人しく合いの手を入れて、餅をこねている2人をちらりと見れば、かなりしょんぼりと太い眉毛を下げており十分に反省しているようだった。
餅をついているうちに熱くなってしまったのか、負けず嫌いなのか……何に対して勝負をしていたのか。葉子はさっぱり意味がわからなかったが、食べられなくなった餅を思うと悲しくなった。
(もう、子どもみたい。この2人……)
しょんぼりと餅をひっくり返している2人にそろそろ餅をつくのを代わっても良いが、また暴れられると困る。もう餅米は無い。どうしたものか……
「……杏寿郎さん。杵が重いので一緒に持って貰えませんか?」
「そ、そうか?」
杏寿郎は普段は怒らない葉子にひどく怒られてがっかりと肩を落としていたが、声をかけられた途端に表情が明るくなった。
「あ!じゃあ僕と父上でこねます。少ししたら交代しましょう!」
千寿郎の機転により、2人ずつ1つの杵で餅をつき、残りの2人が餅をこねる。
杏寿郎も槇寿郎も、相手が一緒に杵を持てば有り余る力を使うこともない。
ぺちり ぺちり ぺちり
今年の餅はつやつやと滑らかで、小ぶりながらもそれはそれは美味しそうな鏡餅が出来たという。