南天の実
▼
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
見上げる程の急な石段を駆け上り、頂上へと辿り着くとそこは開けた神社の境内だった。
木々が生い茂り、地面にはずっと前に降った雪がまだ溶けずに所々に広がっていた。
今、自分が駆け上がってきた石段を上から眺めれば、時々立ち止まりつつ階段を踏みしめる母と、その母のすぐ前で母に手を伸ばす父がいた。
「杏寿郎は元気だな!」
「全くです。転ばないように気をつけるのですよ」
「はい!父上!母上!」
両親がまだ頂上の神社の境内にたどり着く前に、杏寿郎は既に駆け出していた。
鳥居の向こうには立派な本殿があり、その横には社務所がある。そしてその向かいには大きな池があった。
池では色とりどりの鯉が奥の方で寒さから身を守るように固まって泳いでいた。
鯉を眺めていると、社務所から人が出てきて杏寿郎の側までやって来た。
「煉獄様のところのお坊ちゃんかな?大きくなったねぇ」
炎を思わせる髪色の頭を優しく撫でたその人は、装束に紫色の袴を着ていた。ここの神社の宮司のようである。
顔には深い皺がいくつも刻まれ、穏やかな笑みの中にも長い年月の、人の世の憂いと悲しみと喜びも全て受け入れて来た貫禄がそこにはあった。
その人がそこに佇んでいるだけで、空気が浄化されているような凛とした静けさがある。
杏寿郎はぽかんとその人を見上げていた。こんなに清らかで厳かな人は見た事がない。神職に就くのはこんなに清らかな人なのだと。
「宮司様」
ようやっと石段を上ってきた両親が宮司に声をかける。
「おお!煉獄殿。お久しぶりにございます」
「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します」
両親は恭しく宮司に頭を下げた。宮司も手にしていた釈を持ち上げ挨拶をする。
「杏寿郎も挨拶なさい」
その大人の挨拶を物珍しげに眺めていた杏寿郎は母より言われ、慌てて両親に倣った。
「しばらく見ないうちにすっかり大きくなりましたな。お父様に本当にそっくりで……」
「私が小さくなったようだと、会う人会う人に言われるのです」
あははと和やかに会話をしている大人達を眺めて、少し退屈をした杏寿郎はふと本殿の左奥の開けた場所に目をやった。
そこでは同じ年頃だと思われる男児達がきゃっきゃっと走り回り遊んでいた。
「倅の息子達ですね。杏寿郎君も遊んで来ると良い。大人相手では退屈でしょうから」
その男児達に混ざり、小さな幼女が1人だけ混ざっていた。周りが年上ばかりで馴染めないのか、男児の中には入らず、何やら黙々と地面に落ちている物を拾っていた。
「ああ、あの子は一番下の倅の娘です。葉子と言います。男ばかりの中に1人だけ女なものですから、遊びが合わず孫達も相手にしないのです。全く……」
宮司は一旦社務所に行くと、手に千代紙の束を持って戻って来た。
「杏寿郎君、葉子にこれを持って行ってくれないかな。外は寒いから社務所で遊びなさいと。葉子は走り回っていないので体が冷える。風邪でも引いたら大変だ」
「わかりました!」
杏寿郎は千代紙を受け取ると、葉子の元まで駆け寄った。
「何をしているの?」
杏寿郎が声を掛けると幼い葉子は驚いた様子で杏寿郎を見上げた。切り揃えたこけしのような髪と黒い瞳がとても愛らしい幼女であった。
葉子の手には地面に落ちている小さな石ころが握られていた。手には雪解けの泥がつき、汚れている。
「うさぎさんに目をつけてあげたいのだけど、これだと可愛くないの……赤い目が良いの」
葉子の側には雪でできた小さな塊があった。
なるほど、雪でできたうさぎに目をつけたいらしい。
それならばと、杏寿郎は両親達のいる辺りまで戻って来ては近くにある南天の木から赤い小さな実を2つとった。
「これならどうかな?」
再び葉子の元に駆け寄ると、その小さな赤い粒を手渡した。
杏寿郎から南天の実を受け取るとうさぎの目の辺りの位置にぎゅっと押し込む。
「わぁぴったり!可愛いうさぎさんできた!ありがとうお兄ちゃん」
満足そうに目を輝かせ感嘆の声を上げている葉子に心がほっこりと温まる。
そして杏寿郎は泥のついた小さな手を、持っていた手拭いでふいてあげた。着物が汚れてはいけない。
「あ、それとこれ」
「わぁ……」
葉子は杏寿郎より手渡された、たくさんの色とりどりの千代紙にさらに目をきらきらとさせている。やはり女子だけあり、色とりどりの柄や模様は好きなようだった。
「お兄ちゃんがくれるの?」
「ん?……いや、君のおじい様が……」
「おじいちゃん!知らないお兄ちゃんが千代紙くれたー!手も拭いてくれたー!」
葉子は杏寿郎の話を聞かずに祖父のところまでとたとたと走って行ってしまった。
(渡すように頼まれただけなんだけどな……)
後から葉子を追って両親の元へと合流すると、両親も祖父である宮司も皆にこにこと愛らしい葉子を眺めていた。
「葉子さん、この子はね。煉獄杏寿郎という名前の子ですよ」
母が優しく葉子の艶々とした黒髪を撫でながら言った。それがくすぐったかったのか、逃げるようにして祖父の後ろに隠れた。少し恥ずかしいのか、祖父の紫の袴に顔を埋めて抱きついている。
袴の横からひょこと顔を出した葉子は
「れんこくきようじろ?きょうじろ?何で海老天みたいな髪色をしているの?」
「え、海老天……」
一同はどっと笑った。
すると、今度は母親は葉子の視線に腰を屈めて優しく言った。
「この髪色は、煉獄家の大事な大事な子ども達ですよってわかるようになっている目印の色なのです。私たちが産まれるずっと前から煉獄家に産まれた子はみんなこの髪色なのよ。大切にしている色なの」
「へぇ……かっこいいね。すごいね。きょうじろかっこいい!良いなぁ……」
この奇抜な髪色で人から疎まれることはあっても、褒められたことは今の今まで一度も無かったので、杏寿郎は声にならないほどに驚いた。自分の顔も照れているのか少し熱くなった気がする。
「……葉子さんは優しいお子ですね」
母が目を細めて微笑んだ。
「きょうじろ、あっちで遊ぼ。千代紙で折り紙しよう」
そして葉子は杏寿郎にぶつかるようにして抱きつき、手を握った。
小さな小さな手は、柔らかく温かかった。
それから暫くした春の季節に、葉子は両親に連れられて煉獄家へと行くことになる。
それはまた近いようで少し遠い未来の話。
1/1ページ