お土産
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「今、帰った!」
ガラガラピシャンッと大きな音で玄関の引戸が開け放たれ、煉獄槇寿郎が物見遊山より帰って来たのだった。
「お帰りなさい。槇寿郎さん」
葉子は白い割烹着を着た姿で槇寿郎を出迎えた。夕飯の支度中であったからだ。
「土産を買って来たぞ!夕飯のあとで品評会だ!俺は風呂に入る!」
槇寿郎はそのまま風呂に直行をする。
この家族、顔もそっくりなら言動も似ていて息子(主に長男)共々少々騒々しいが、微笑ましいので葉子はそんな煉獄家族が大好きだった。
・・・
3人は夕飯を食べ終え、座卓に向かい茶を飲んでいた。皆がほっと一息つく時間。今晩は杏寿郎は任務の為に不在である。
熱い煎茶からは湯気が立ち上り、夕飯後の寛いだひとときを過ごしていた。
「父上、お土産を早く見てみましょう。楽しみです」
「よし、そうだな。まずは千寿郎にはこれだ」
槇寿郎はいつの間にかに自分の後ろに隠していた物をさっと取り出して、千寿郎の前に置いた。
「帽子と前掛けだ!」
それはよく地蔵につけられている赤い帽子と前掛けだった。
なぜそれを?2人は顔を見合わせ困惑した。
「あ……ありがとうございます……」
「地蔵がたくさん並んでいて俺もつけてやりたかったのだが、全部に既につけられていたので持って帰って来た!千寿郎もまだ子どもだしな。良いんじゃないかと思ったわけだ!」
槇寿郎はさも自身ありげに言い放った。これは土産と言うのだろうか。この人の感覚はちょっと残念なのだろうか。
千寿郎がしょんぼりとしているので、葉子は不憫に思った。
「杏寿郎にはこれを買って来た。帰って来たら喜ぶだろうな!」
卓の上に置かれたのは、赤い仏像の頭だった。なぜ、頭だけ……?しかも赤色。本来は清浄な物のはずだが、赤色をしているので相当に禍々しい。
「パッと目に入って直感でこれに決めた。千寿郎と杏寿郎も揃いで赤色で良いだろう?」
「よ、良かったね!千寿郎くん!杏寿郎さんとお揃いの赤色だね」
「…………」
葉子が苦し紛れに言った言葉は全く無意味だった。
「良いんです。葉子さん。父上はいつもこんな感じですから……」
千寿郎は何かを悟ったように、虚空を見つめていた。
「それと、葉子にはこれだな。同じ赤色で統一してみた!」
卓の上に置かれた物は赤いりぼんであった。
「父上!これだけちゃんとした物ですねっ!すごい!どうしたんですか?」
千寿郎は思わず本音が漏れていた。
「女学生達の間で流行っているらしくてな。女学生が袴を着て、髪は結い上げずにりぼんをつけていた。葉子にも似合うと思って買ってみた。葉子、つけて見せてくれ」
赤いりぼんは大ぶりで、それだけで存在を主張していた。りぼんは知っていたものの、なかなか買う機会はなく、葉子は持っていなかった。
葉子は結い上げていた髪をほどき、はらりと髪を肩に垂らし、りぼんを後ろ髪につけてみた。
「わぁ〜葉子さん!可愛いです!とっても似合ってます!人形みたいです!」
「……似合うな」
2人は感嘆の声をあげ、葉子はこそばゆくなったので下を向いた。
「本当ですか?私、自分の姿が見えないので……」
「あ、手鏡持って来ますね」
千寿郎は急いでその場から離れると、どこからか手鏡を持って帰って来た。
「ほら!似合ってますよ」
葉子は鏡に映った自分を眺める。赤いりぼんが良い感じで髪型を引き締めており、西洋の香りが自分に纏ったように思えた。
いつもと違う自分がそこにいて、不思議な気持ちになった。
(杏寿郎さんは何て言ってくれるかな……)
葉子は杏寿郎が帰って来るその日にはりぼんをつけてみようと思った。
「兄上はりぼんをつけた葉子さんを見たら何て言いますかね」
「愛い!……こうじゃないか?杏寿郎はなかなか歌舞伎が好きだからな」
こうしてりぼんを買って来たことにより、3人は大いに盛り上がり、杏寿郎が帰宅をする日がやって来た。
「今、帰った!!」
「兄上!お帰りなさい」
「杏寿郎さん……お帰りなさい」
葉子はさっそく赤いりぼんをつけて杏寿郎を出迎えた。何て言ってくれるのか少しドキドキしながら。
「ん?葉子……」
千寿郎も兄は葉子にどんな言葉を掛けるのだろうかと期待をした。
「葉子!どうした!その髪飾りは!金魚みたいだな!良いじゃないか!」
金魚……
赤色の体で口をパクパクとさせ、ひらひらと泳ぐ金魚。可愛らしいけれど、あれは小さなフナである。魚だ。
もう少し気の利いた言い回しは無かったのか。千寿郎は頭が重くなる気がしたが、兄らしくてそれはそれで良いなと思い直した。
「兄上……任務お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さいね」
千寿郎はとたとたと自室に戻って行った。
「杏寿郎さん。お風呂も沸いてますし、夕飯もすぐに用意できますけど、どうされますか?」
「そうだな…… 」
杏寿郎はそのまま特に返事をせずに、廊下をすたすたと歩き、自室へと向かった。そのすぐ後ろを葉子はついて行った。
部屋に着くと炎柱の羽織りを葉子に渡し、腰に帯びていた日輪刀を刀掛けへと置く。
「葉子、金魚すくいはしたことがあるか?」
「もちろん。ありますよ。桶に入った金魚を捕まえるのですよね」
葉子を振り返ることなく、杏寿郎は腰のベルトをするりと外し、隊服のボタンを上からいくつか外した。
「……葉子。捕まえたくなってしまうので気を付けるように」
「……え?」
「うむ!俺は風呂に入るとする!」
そう言って杏寿郎は風呂へとさっさと行ってしまった。
りぼんは杏寿郎には反応が薄かったと思った葉子は、それ以降りぼんを付けることは無かった。しかし、それだと槇寿郎がひどく落ち込んだので、気が向いた時に時々つけるようになった。
赤いりぼんが歩くたびにひらひらと、それはまるで金魚の尾のようだった。