言葉が足りない(冨岡義勇)
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本当は人一倍思いやりがあって、優しくて逞しくて頼りになるのに、彼のその不器用な性格からか、人から誤解をされてしまう損な人。
言葉足らずで空気も読まない、読めない。すぐに手が出てしまい、最近ではPTAに目をつけられているそうです。
そんな人なのでお昼は1人で食べていて。いわゆる「ぼっち飯」というやつ。
しかしどこか放っておけないのは、彼がお姉ちゃんっ子だからでしょうか。
ともかく、私は心配で心配で彼の世話を焼かずにはいられないのです──
・・・
家のインターホンが来客を告げた。
お、来た来たと玄関のドアスコープを覗けばその人が無表情で立っていた。
ドアをガチャリと開ければ、何を思っているのかわからない無機質な瞳と目が合う。
でも、来てくれたということはそれは喜んでいるか、満更でもないからで、本当に嫌だったら来ることもしないでしょう?
「わざわざ呼び出してごめんなさい。どうぞ」
家の中に促すと、小さく「お邪魔します」と言って脱いだ靴を律儀に揃えるその人からは育ちの良さが垣間見える。
「あ、そこに座ってて下さい」
規子は2人掛け用の小ぶりなソファーを勧めると、男は言う通りにそこへ腰掛けた。
「今日はほら、冨岡さんのお誕生日だからお祝いしようと思ってケーキを買って来ましたよ」
「ああ、そう言えばそうだったな」
ぼっちの冨岡さんはきっと誰からも祝って貰えないだろうなと思ったので、私は気を使ってささやかながら彼のお祝いをしようと思い立ち、こうして彼を家に招いたのだ。
「何日か前に予約しといたんです。チョコケーキがすごく美味しいって有名なんですって」
「…………」
冨岡さんは何かを言いたそうにしていたけれど、私は構わずケーキを食べる為に皿などの準備に勤しんだ。
「冨岡さん、今日は誰かからお祝いしてもらえました?」
何気なく話を振ると意外な答えが返って来た。
「同僚達から飲みに行こうと誘われたが、もしかしたらそういう意図があったのかもしれない」
「えっ!?」
まさか私以外に冨岡さんを祝う人がいるだなんて思ってもみなかったので、思わず声が出てしまっていた。
「そっちに行かなくて良かったんですか?」
「先約があると言って断った」
「えぇ……何だか悪いことしちゃいましたね。ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「だって、せっかくの誕生日ですし、私と2人で祝うよりもそっちに行った方が楽しいんじゃないかなって……」
何だか申し訳ない気持ちになり、冷蔵庫からケーキを取ろうとしていた手を止めた。
でもすぐにせっかくだからやっぱりケーキは食べようと、小ぶりなケーキを取り出してソファーの前のテーブルにそっと置いた。
「規子、ここに」
冨岡さんは自分の横に座れと、ソファーの空いたスペースにぽんぽんと手を置いた。
何だか距離が近いんじゃないかと驚いたけれど、言われる通りにそこへ座る。
既に1人の重さで沈んでいたソファーは、2人目の重さでさらにギシリと沈んだ。
私のすぐ隣りには冨岡さんがいて、形の良い瞳はじっと私を見つめている。綺麗な瞳だなとぼんやりと思った。
「俺は規子から誘われた時、嬉しかった」
それは良かった。私も喜んで貰えたら良いなと思って誘ったのだし。
「規子は俺を何で家に誘ったんだ?」
「え? それは……せっかくの誕生日なのに、誰からもお祝いして貰えなかったら冨岡さんが可哀想だなと思って」
「…………」
何だろうこの沈黙は。
「それは俺への同情か?」
「……それは……」
たぶん。たぶん冨岡さんは怒ってる。表情は変わっていないけれど、まとっている空気というか、オーラというか……これは怒ってる。
「規子の家に呼ばれたと……喜んでいたのは俺だけか?淡い期待をして来たというのに」
冨岡さんは私の方に手をついて、ずいと一歩近付いた。ギシとソファーが軋み、思わず私は一歩体を引いた。
「女が男を家に呼ぶのはそういう事じゃないのか」
また冨岡さんは一歩ずいと私に近付いた。
狭いソファーの上ではもう体は後ろに引けない。
まるで上から組み敷かれたように、冨岡さんは私を見下ろしていた。ゆっくりと押し倒されたような感じ。
「女が男を家に呼ぶのはそういう事じゃないのか」
「そ、そういう事って……?」
私は思わず顔を背けた。じっと見つめられて恥ずかしいのと、後ろめたい気持ちがほんの少しあったから。
「こういう事だ」
冨岡さんは私の顎に手を添えると、くいと真っ直ぐに顔を向き直らせた。もう逃れられない。
「女が男を家に呼ぶのはこういう事だ」
知ってます。私は本当は確信犯ですから。
期待をしている気持ちを冨岡さんに悟られまいと、わざとらしく自分の手をギュッ握った。私は何もわからない、知らない。だってぼっちの冨岡さんを心配して気を使っただけだもの。それなのに冨岡さんが……
そんな思ってもいない言い訳を思い付いている間にも、冨岡さんはさらに顔を近付けて来て、とうとう吐息がかかるんじゃないかというところにまで距離が近付いた。
いよいよかと、胸をときめかせた時
「痛いっ!」
パチンという音と共におでこに弾けるような痛みが走った。
デコピンをされたのだ。
そして冨岡さんは座っていた元の位置に戻って行った。
「規子、これでわかったか?むやみやたらに男を家に呼ぶんじゃない」
ふうとため息をつくと、背もたれに背を預ける。
「……ちょっと……わかりません」
あと少しだったのに。残念。
女の家にまで来るということは冨岡さんもそういうつもりはあるはずなのに、あと一歩で引いてしまう。紳士と言えば聞こえは良いが、どうも私も振り回されている気がするのは気のせいですか。冨岡さんだから家に呼ぶのに……
これは駆け引きをしているのだろうか?
私は絶対に自分からは言わない。そういう言葉は冨岡さんから言ってほしいから。折れるものか。彼の言葉が聞きたいから。
「とりあえずケーキ食べましょうか」
「……そうだな」
「お誕生日おめでとうございます。冨岡さん」