三日目(鬼舞辻無惨)
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二日目の逢瀬の時だっただろうか。
あの方は初めて肌を重ねた一日目よりもさらに青白い顔をして、体調が芳しくないということがすぐにわかった。
三日間通い続けなければ、婚姻は成立しない。
明日は来れない。規子はそう確信をした。
「母の腹の中では心の臓が既に止まっていたのだ。だが、私はこうしてここにいる。神仏より既に見放された身。何も恐れるものはない」
そう言って獰猛な瞳を投げて来た。
手を組み敷き、動けないようにして馬乗りになり、見下ろすのが好きなようだった。全ての自由を奪い、暴力的に堪能をする。
一度だって、思いやりのある接吻はなかった。
今も昨夜につけられた首筋や胸元にある鬱血の後が痛々しく主張をしていた。
「こんなに痕が残っていたら、他の男は興醒めだな。もっと見える場所に付けてやろう」
薄ら笑いを浮かべ、嫌がる仕草も意に返さず、「痛い」と声を出せばもっと声を出せとさらに力を強くする。
噂は私のようなこんな末端の貴族でさえも知っていた。天皇に比較的近い血筋を持ちながら、体が弱く、正室や側室を持てないのだと。忌み嫌われているのだと。
「なぜ、私だったのですか?」
「こんな辺鄙な場所で暮らしている者がどんな者か見たかったのだ。想像通りの哀れな貴族の成れの果てだった。惨めで無様だな」
そう言ってふふと笑う顔が妖艶で、危うげな色香をまとっている。
もっと近付きたい……もっと近くで顔を見たい。
御簾により、月の光は遮られ表情はわからなかったが、行為が終わったその後にはあの方はずっと私の長い髪を撫でていた。その時に初めて安らぎを覚えた。
この時間がずっと続けば良いのに……
「明日は来れない」
「……なぜですか?」
「わからない。何となくだ。自分が自分で無くなる感覚がするのだ」
いつもの獰猛な瞳は形をひそめ、一瞬だけ、本当に一瞬だけ不安気な色を見せた。
「怖いのですか?」
「…………」
規子は男を抱きしめた。男もそれに応えるように抱きしめ返した。
二度三度と口付けを交わし、男の方から体を離した。体温が肌から離れて行く。
寂しい。行かないで。
「夜が明ける。行かなくては」
ああ、行ってしまう。
貴方は明日は来ないのでしょう。
早暁の、夜と朝とが溶け合う空に、男は振り返ることなく歩んで行った。
・・・
三日目の夜はやはり男は来なかった。
両親は酷く残念がり、せっかくの好機を逃したことで、男に対して怨みの言葉をいつまでも吐いていた。
家から出られない日々はいつものように本に歌に、文字の練習にと普段と変わらない毎日で、男のことを思うと胸が締め付けられるように苦しく、人肌が恋しく、一人涙を流した日もあった。
そんなある日、都では夜に不可解な死人が出ると貴族らの間では専らの噂だった。
病気でもないのにある夜、突然死ぬのだと。
鬼が出た。鬼の仕業だと誰もが口にした。ある者は鬼が人を喰ったのだと言った。
傷口が何かにかじられたかのように激しくえぐられていたからだ。
その夜は梅雨時の湿気が重く感じる夜だった。
虫の声が静かな夜に響いていた。
規子はふと、御簾の外に人影を感じた。
貴方は……
規子が思い焦がれていた男がそこにいた。
だが以前と違うのは猫の目のように瞳孔が開き、血のような赤い色の瞳。
都の鬼はこの人だったのかと悟った。人外になってしまったのだ。
「迎えに来てやった」
男は静かに言った。まとわりつくような湿気と、ぬるい風が通り抜け、恐怖とも高揚ともつかない騒めきが体を突き抜ける。
私は今夜殺される……
「私と永遠に生きるのだ。規子」
元々獰猛だった瞳がさらに鋭利になり、心臓を射抜く。動けない。
男は御簾をあげ手を伸ばす。規子も手を伸ばし受け入れた。荒々しく布は剥がされ、引きちぎられ、何度も何度も息が止まりそうなほど口付けをする。
気付けば自分の口からは血が滲んでいた。
規子の頬についと涙がこぼれた。こんな形でないとあなたと会えないのか。狂おしい程に切なく、愛おしい。
男は愛おしそうに涙をぬぐいとると、その手で規子の頬を包んだ。
「なぜ泣く?」
「……分かりません」
赤い瞳の中に自分が映っていた。
男は首に顔を這わせると、途端に規子は激痛を感じた。痛みと、痺れと、快楽と。
「怖がることは何もない。いつも一緒だ、側にいる。私の中で……」