23.花嫁行列
▼
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
身支度が整い、姿見に映ったその姿を見た時、これは本当に自分なのかと息を飲んだ。
文金高島田に結った髪に角隠しをつけ、黒引き振袖に身を包んだ葉子はそれはそれは美しかった。眩いほどに幸せに満ち溢れた姿は、女子なら誰もが羨む絵に描いたような花嫁の姿である。
着付けを手伝っていた兼季の叔母達からも思わず感嘆の声が漏れていた。「お姫様みたいねぇ」「本当にねぇ」「綺麗ねぇ」
その姿を見た父親は既に号泣していた。
「あぁぁぁ…… 葉子がとうとう嫁に行ってしまう。あんなに父さん父さんと懐いていた娘が!でも綺麗だ。綺麗だが、嫁にぃ……あぁ……」
父親は嗚咽混じりに畳に突っ伏し、体中の全ての水分が涙に変わったのかと思ってしまう程に涙を流していた。畳は既にべしゃべしゃだ。
「お父さんちょっと泣くのは早すぎるんじゃない?歩ける?これから移動があるんだけど……」
葉子も既にきっちりと着付けがされており、父を起こそうと身を屈めれば角隠しが落ちてしまいそうで怖くて屈めない。
「葉子ちゃん。この人は私達が何とかするからそろそろ移動の支度を。新郎がお家でまだかまだかって待ってるわよ!」
「はい……!」
家で待つ杏寿郎のことを思うと早く自分のこの姿を見せたいと、胸が高鳴るのだった。
(早く杏寿郎さんに会いたいな……)
伯母達に見送られ、母のいる部屋まで行けば、既に荷物はゆっくりと運び出されていた。
「髪結いに思ったよりも時間がかかったわね。時間なので行くわよ。暫くは引き振袖は脱げないから踏んだりしないように気を付けなさいね。お腹が苦しくなったら言いなさいね」
黒留袖をきっちりと着た母が、葉子の裾を持って歩きやすいようにたくし上げる。
用意をした道具や衣装が手伝いの人らによって寺より運び出され、いよいよ葉子の花嫁行列が煉獄家に向かいゆっくりと動き出す。
黒塗りの漆に金色の桜があしらわれた豪華な道具箱は一目で嫁入り道具だとわかる。列になり、恭しく運び出される黒漆の箱を見れば何事かと足を止める人々は今日は婚礼があるのだと認識をした。美しい花嫁を一目見ようと人々は寺から家への道でぽつりぽつりと集まり、小さな人だかりがまばらに出来ていた。
人が集まる場所にはさらに人が何事かと集まり、花嫁行列はちょっとした見せ物となった。少しでも花嫁から幸せを享受したいと、人々は葉子が見れるまで動こうとせず、最後の荷物が寺から出る頃にはこの辺りの地域のちょっとした催し物のような体になっていた。
荷物が全て寺から出ると、荷物に続いて葉子が境内より進み出る。
葉子が姿を見せると寺の門前にいた人々からわぁと歓声が上がり、割れんばかりの拍手が起きた。
人だかりができていることに葉子は驚いたが、見物をしている人々から「おめでとう!」と声を掛けられれば嬉しくて少し照れてうつむいた。
「葉子、前を向きなさい。過去から未来に向かって歩いて行く儀式です。そして周りの方々にも幸せのお裾分けをするのよ」
「はい」
側に付き従っている母より声を掛けられ、葉子は真っ直ぐと前を向いた。人々はにこにこと明るい表情をしており、見ず知らずの人々から祝福をされ、何と今日は幸せな日なのかと葉子は胸が熱くなった。
そこでぱっと朱色の傘が開かれ、葉子は裾を少したくし上げ、ゆっくりと前に進んで行った。
ようやく落ち着いた父も鼻をすすりながら、後ろに付き従う。
花嫁行列はしずしずと煉獄家へと列を伸ばして行った。
歩く度に人々からは拍手が送られ、葉子は幸福で満ちていた。
ゆっくりと転ばないように慎重にしばらく歩いていると、手を振っている見知った人物が人に紛れて見えた。
甘露寺蜜璃である。
大きく手を振り目を輝かせ、その場所でぴょんぴょんと跳ねている。その隣りではいつも世話になっている隠の山下が鼻をすすりながら泣いていた。
「葉子ちゃん!すっごく綺麗だよ!いつまでも煉獄さんとお幸せにねっ!」
「葉子さん、おめでとうございます!これからもお2人の幸せを願ってま……す。グスッ」
そしてその横には以前に会った事のある音柱の宇髄天元が。
「よぉ!派手で良いな!おめでとうさん!」
そしてさらにその隣りには会った事はないけれど、鬼殺隊の隊服に
(皆さん来てくれたんだ……嬉しいな。ありがとうございます)
心の中で深く感謝をし、葉子は鬼殺隊の人々に微笑むと軽く会釈をした。
「葉子ちゃん!おめでとうっ!」
蜜璃は通り過ぎて行く葉子に声を掛け、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
やがて花嫁の姿が見えなくなると人だかりも各々消えて行き、その場所はいつもの見慣れた風景に包まれた。
「葉子ちゃん本当に綺麗だったわぁ……うっとりしちゃう。私もいつかあんな風に……!きゃあ!」
蜜璃は1人で赤面した。花嫁衣装を着た未来の自分を想像しているのだろう。
「後ろで泣いてた人、葉子さんのお父さんですかね。お父さんめっちゃ泣いてましたね。こっちまでもらい泣きですよっ!」
「花嫁行列をわざわざやるたぁ山吹もやるぜ!しかし、馬子にも衣装とはこのことよ。あいつ色っぽさ無かったもんなぁ」
「宇髄さん!葉子ちゃんは元々綺麗で可愛いです!さらに綺麗になったんですよ。はぁ〜憧れちゃうなぁ〜黒引き振袖」
「良いですよねぇ……他の誰の色には染まりませんって意味でしたっけ。既に葉子さんは煉獄様の色に染まってる感ありましたけどね。はぁ最高……」
3人は各々に好き勝手に感想を言い合っている。見ている方は気楽なものである。しかし、その横でずっと無言の男がいた。
「で、ところで何で冨岡がここにいんだ?まさか煉獄の祝言を祝いに来たとか?マジかよ?」
そして義勇に振り返った3人は驚愕した。
「…………」
義勇は涙を流していたからだ。
「ちょ、おまえっ!何で泣いてんの!?もしかして感動したとかじゃないよな?」
「……いろいろな思いが込み上げて来た」
無表情で目からしとしとと涙を流している義勇は抑揚のない声で言った。
「冨岡も人間らしいところあんじゃねぇか!すげぇな!今日、一番何に驚いたかって泣いてる冨岡を見たことだぜ」
軽く悪口を言っている天元も気にも留めず、義勇は姉の事を思い出していた。
義勇は姉の蔦子と葉子の花嫁姿を重ね涙を流したのだった。
姉の花嫁姿は見れなかったが、きっと今日の葉子のように美しい笑顔を周りに振り撒いたに違いない。そして多くの人から祝福を受ける。そう想像すると、胸が締め付けられるような、切ない淡い懐かしさと嬉しさと何とも言えない気持ちになった。
しかし全く想像のできなかった姉の花嫁姿を心に映せたことに、ほんの少し虚しい空洞が埋まった気がする。
他人の祝い事はこんなにも自分にいろいろな気持ちを沸き起こさせるものなのか。
「……俺は任務に行く」
そう言うと義勇はすっと居なくなった。
「……びっくりしたぁ……冨岡さんの泣いてるところ初めて見ちゃった……」
「見ちゃいけないもののような……」
「だな。とりあえず俺らも任務に行くか。ずらかるぞ」
天元は大きく伸びをした。
「えぇ!煉獄さんと葉子ちゃんが並んでるところを見たかったんですけどぉ」
「おいおい、邪魔者はさっさといなくならないと悪いだろ。後は親族だけで粛々とすんだからよ。こういう事はよ」
そう言い残し、天元は風のようにいなくなった。
「とりあえず我々も帰りましょうか」
「そ、そうね。この後もきっといろいろあるもんね」
花嫁行列は煉獄家へと到着をし、煉獄家の方では花嫁を迎え入れる準備をして静かに時を待っていた。