22.教え
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寺に次々と荷物が運ばれて来た。行李、小箱、長箱、化粧箱……
「これはどちらに置きましょうか?」
荷物を持っていた男が葉子へ尋ねる。
「奥に入ってもらって、突き当たりの部屋に置いて下さい。ありがとうございます」
明後日に控えた婚礼の為に、衣装や道具、嫁入り道具などが葉子の生家である兼季家より運ばれて来たのだった。
婚礼の当日は葉子は煉獄家の菩提寺であるこの寺で支度をし、用意した道具と共に花嫁行列を成して新郎の待つ家へと向かう。
その為、葉子は本日よりこの寺で寝泊まりをすることになっていた。
「葉子!」
荷物を運んでいる男達の後ろから声が掛かる。それは聞き慣れた声だったが、懐かしく、嬉しく、思わず葉子は目に薄らと涙が溜まって来ているのに気が付いた。
「お母さん!お父さんも!」
お互いに駆け寄り、母は葉子の肩を掴むと嬉しそうに笑っていた。
「おめでとう葉子!いよいよね!」
「おめでとう葉子」
両親も共に嬉しそうに破顔し、声は少し涙声であった。
「すっかり見ないうちに何だか大人びたなぁ」
「元気そうね。杏寿郎さんに大切にして貰っているみたいで安心したわ」
数日おきには手紙でやりとりをしていたが、やはり対面で会う方がお互いに実感が湧くらしく、次から次へと言葉が出てくる。
「お母さん達も元気そうで安心したよ」
「娘の晴れの日ですもの。この日に備えて体調管理をして来たわ。ねぇ父さん」
母の後ろで父はにこにこと2人を眺めていた。少し涙ぐんでいるようでもある。
「明日は兼季の伯母さま達が来てくれるわ。婚礼を手伝ってくれます。しっかり挨拶なさいね」
実家の兼季家より親戚の伯母達が手伝いに来るらしい。着付けや花嫁行列の手伝いなど、祝言の当日はする事がたくさんある。人が増えればその分準備は進むが、慌ただしく、賑やかになる。
葉子はいよいよ明後日にその日を迎えるのだと少しずつ胸がドキドキとしてきていた。
「とりあえず住職に挨拶に行きましょう。葉子、案内してちょうだい」
母に促され、3人は寺の中へと入って行った。
・・・
住職への挨拶を終えて部屋に入ると既にたくさんの荷物が置かれていた。母はその中から桐箱を探すと箱を開け慎重に中の物を取り出した。
「ぼうっとしてないで父さんも手伝って」
少し苛ついた口調で父を呼ぶと、2人は大事そうに中の物を取り出し、置いてある衣紋掛けにふわりとそれを掛けた。
「わぁ……」
葉子が婚礼の時に着る黒引き振袖だ。
格調高い黒地に吉祥文様である鶴や檜扇などの柄が色とりどりに描かれ、それはそれは眩しいまでに見事であった。
静かな宝石のように、清廉さと気高い美しさを放ち葉子は息を飲んだ。これに身を包んだ自分は一体どんな風に人の目に映るのだろう。
「私、これを……着るんだ」
夢にまで見た花嫁衣装。これに袖を通す日が来ることをどんなに心待ちにしていたか。美しい引き振袖を前に思わずため息が出る。
「明後日が楽しみね」
母は婚礼衣装を前に目を輝かせ固まっている葉子を満足そうに見つめて言った。
「それと……お父さん。菩提寺に無事に到着した事を槇寿郎さんに伝えに行ってちょうだい。お家にいるはずだから。あと荷物を持って祭壇の設置のお手伝いとお供えもお願いします。他の手伝いもお願いね。後で私も行きます」
「わかった」
てきぱきと母より指示を受けた父は部屋から出て行った。
襖がきっちりと閉められた事を確認すると、母は近くにあった座布団を置きそこへ正座をした。葉子にも座布団を勧めそこへ座るように促す。
「話せるうちに話しておきます」
母は声の音程と音量をやや下げて、畏まった。婚礼に関係のあるとても大事な話しなのだろうと葉子も姿勢を改め、耳を傾ける。
「祝詞を上げる時に必ず祭壇には短刀が置いてあります。それは今後絶対に必要になるので、大事にとっておくこと。生涯無くす事は許されません」
「はい」
じっと葉子の目を見つめて、母はひとつ息を吐くと少しの間を置いて言った。
「婚礼の日のその夜……寝る時に必ずその刀を枕元に置く事。これも絶対です」
"絶対、必ず"そんな言葉が強く母の口から出る度にその刀がよほど大事な物なのかと葉子は疑問に思ったが、わざわざ聞く事もためらわれたので黙って話しに耳を傾けた。
「その晩、杏寿郎さんは"新しい鞘はあるか"と聞いてきます。そうしたら"あります"と答えなさい」
「ん?……はい?」
「"刀を納めても良いか"と再び聞いてきますので、"良いですよ"と言いなさい」
「わかりました……でもなぜ?」
「…………」
母はそれきり何も言わなくなった。重い沈黙がしばらく続く。それを打ち破るように
「さて、荷物の確認をしないとね。葉子も手伝いなさい」
ぽんと膝を叩くと母はすっくと立ち上がる。そのまま襖を開けて出て行ってしまったので、慌てて葉子も後に続いた。