18.問う
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冬らしい天に抜けるような青空が広がるが、突き刺すように寒い朝だった。
昨日から降っていた雪は今朝になってぴたりと止み、しかし、雪はうっすらと積もっている。
「雪だるま作れますかね!?」
「転がせば大丈夫じゃないかな。私も手伝うよ」
庭に広がった雪景色に葉子は喜び、千寿郎は雪が広がっている場所に無邪気に足跡をつけて歩いている。
そんな冬の微笑ましい光景を槇寿郎と杏寿郎は居間から眺めていた。
「杏寿郎、葉子が来て数ヶ月が経ったが祝言はいつ上げるつもりでいるのか」
新聞を広げ読んでいた槇寿郎が、唐突に視線を杏寿郎に投げた。
「冬が明けてからとは思ってはいますが」
「そうだな…… 葉子とよく話し合っておくと良い。恐らく兼季の本家より神主を呼ぶことになるだろう。その辺りの段取りは俺が兼季家とやり取りをするが、鬼殺隊の任務もあるだろう。早めに決めておくと都合が良い」
「わかりました」
それきり、槇寿郎は再び視線を新聞に戻した。
漠然と冬が明けてからと答えたが、葉子はどう思っているのだろうか。
杏寿郎はもとよりそのつもりで葉子を家に迎え入れているが、彼女の気持ちがわからない。
親が決めた許嫁だが、葉子はどうなのだろう。
(気持ちを確認しなければ進めないな。嫌がる彼女を無理に……というのは俺の本意ではない)
杏寿郎は一抹の不安を覚えた。
自分を受け入れてくれるのだろうか……もし、断られたら……
外では雪にはしゃぐ葉子と千寿郎の声が楽しげに聞こえていた。
・・・
『迷いがあるから決められないのでしょう?』
葉子の頭の中では先日、霧島穂高より言われた言葉を
凍えるような水の冷たさで既に痛みを通り越し感覚が無くなった手をひたすらに動かす。
(私は煉獄家に嫁ぐ側だから、祝言を挙げる日取りは私に決める権利はない……ないけれど)
そう言えば、この家に来た時から一度もそんな話は出ていない。季節的に寒い真冬には執り行わないだろうという気はするが。
(杏寿郎さんはどう思っているのかな……)
今まで、杏寿郎はいろいろな言葉をかけてくれた。手も握ってくれた。一緒に出掛けたりもした。それは全て"許嫁"だからなのか。
許嫁がたまたま葉子だったのか。
葉子だから許嫁になったのか。
『気持ちが無いのですよ。だって親が決めたものですから』
呪いのように、言われた言葉が頭の中から離れない。
(気持ちが無いのかな……わからない……そんなことは無いって思いたい)
こればかりは、本人に聞いてみないとわからない。自分が考えることはなぜか全てが薄暗い方向に考えてしまっていた。
杏寿郎はと言えば、夕刻より任務に出掛けてしまったので数日は会えないだろう。
『迷いがあるから決められないのでしょう?他に好きな女性でもいるのかもしれませんね』
その瞬間、手元から洗っていた皿が床にするりと落ちた。パリンと乾いた音を立てて皿は真っ二つになり、破片はあちこちに散らばった。
「大丈夫ですか葉子さん?怪我はありませんか?」
隣りで食器を拭いていた千寿郎が心配そうに葉子の顔を覗く。
千寿郎は手が空いている時は、時々葉子の家事を手伝ってくれる。優しい子なのだ。今も突然に皿を落とした葉子を心配している。
「ごめんね。ちょっとぼうっとしてたみたい。すぐに片付けるから……」
葉子はすぐに割れた食器を拾うと、側に置いてあった箒とちり取りで破片を集め始めた。大きな破片から小さな破片、無数の破片がちり取りの中に集まったが、皿はもう修復不可能な状態だ。
「葉子さん、後は僕がやっておきますので先に寝て下さい。何だかお疲れのようですし……」
「そんなことないよ。明日は学校もあるし、千寿郎くんこそ先に……後は私がやっておくから大丈夫」
千寿郎は悲しそうに眉毛を下げ、下を向いた。
「兄上も葉子さんも何だか様子が変です。僕が聞いても"大丈夫だ気にするな"しか言いません。何か考え込んでいるような。心配です……お二人に何かあったら……悲しいです」
悲しそうに言う千寿郎に葉子は胸が痛んだ。心配をかけてしまっていた。
千寿郎は聡い。葉子が抱えている不安を感じ取っていたようだ。
葉子は杏寿郎と話しをしなければいけないと漠然と思った。今後について。
『思うことがあったら話してみてね。きっと向き合ってくれるよ』
いつの日か甘露寺蜜璃が言っていた言葉が頭に浮かんだ。
「……たぶん……たぶん杏寿郎さんも私と同じ事を考えていると思うんだけど。帰って来てからちゃんと話し合ってみるから、千寿郎くんは心配しないでね」
「話し合いって……何をですか?それは僕や父上にも関係していることでしょうか?」
千寿郎はさらに悲しい顔をした。何か悪い事を考えたらしい。それは葉子のいない未来を想像したのかもしれなかった。
「僕が口を出すことではないと思いますが……僕は兄上と葉子さんが夫婦になってくれたら嬉しいです」
その温かな言葉に葉子は思わず千寿郎の手を握った。千寿郎の手は柔らかく温かい。冷たさで強張っていた手がじんわりとほぐれていく。
「私も千寿郎くんが弟になってくれたら嬉しいと思っているよ」
突然のことに千寿郎は驚いていたが、その言葉を聞いて安心したのか、顔をほんのり赤く染めて微笑んだ。
「僕が生まれる前には決まっていたことなのでわからないですけど……たぶん、葉子さんだから兄上はぜひ許嫁にと決めたのだと思います」
それだけ言うと、千寿郎は宿題をまだやっていないのでと台所を後にした。
1人台所に残された葉子は、杏寿郎と話しをしなければいけないと心に強く感じた。