14.商売上手
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庭にはひときわ大きな木があった。今は落葉し、所々に枯葉がくっついているだけだったが、それは桜の木だという。
春になれば満開の桜を咲かせ、それはそれは見事なものだと杏寿郎は葉子に話したことがある。
桜の木の根元には霜が降りていた。いよいよ朝晩の寒さも厳しくなり、口から出される息は白く、竹ぼうきを持つ手も冷たさで感覚がなくなりそうだった。
「葉子さーん!芋、持って来ましたよ」
隠の山下が、目一杯さつま芋の入った背負い籠を庭にどさりと置いた。
その前には、千寿郎と集めた枯葉がこれでもかという程に高く積み上がっている。
「すごい量ですねぇ……」
千寿郎が籠に入ったさつま芋を1つ手に取りしげしげと眺めた。
「そりゃそうですよ。炎柱様の好物ですもん。すっごい食べますよね。あの方。まぁでもこれだけ焼けば、焼き芋以外の料理にも応用出来るんじゃないですかね」
「焼くのも時間掛かりそうですね……」
「その時は槇寿郎さんに炎の呼吸を使ってやってもらいましょう。今日、いますよね?」
いるにはいるけども……山下の元炎柱に対する扱いが酷い。
葉子は仕切り直しという事で手をぱんと叩いた。
「よし!じゃあ、とにかく始めちゃいましょう。まずはさつま芋を水洗いするところからです」
「面倒なんでこのままぶっ込みましょう。どうせ皮を剥いて食べるんですし」
「えぇ……それは……」
葉子は困惑した。山下はこういう人だったのか。てきぱきと何でもそつなくこなすので、母親のような少し勝気でちゃきちゃきとした人だと思っていた。それがどうも違う気がするーー
すると当然、一陣の風が吹き、大量の落ち葉が空に舞った。
「よう!山吹!元気にしてっか?」
舞い散る落ち葉から現れたのは宇髄天元であった。
「お、音柱様!」
山下はその場で咄嗟に平伏した。千寿郎と葉子は、せっかく集めた落ち葉があちこちに飛び散ったことに呆然としていた。
「煉獄とは上手くやってんのか?あいつは今は任務に出てんのか?」
背の高い天元は、自然と葉子を見下ろす形となっている。なかなかの威圧感だった。
「今は任務に出ています。帰りは夕方だと聞いています。御用があれば承りますが……」
「あぁ、そうかい」
天元は葉子をしげしげと眺めた。
以前に山吹を見た時はよくわからなかったが、改めて観察すれば、一時は鬼殺隊の間で噂になっただけあり、器量はまずまず。ふんわりとした雰囲気だが、なかなかに芯の強そうな目をしている。ちと頑固そうでもある。
(ま、俺の好みじゃねぇけどな)
葉子の隣でおろおろとしている弟の千寿郎を見れば、杏寿郎と同じく炎を思わせる髪色と、葉子の着ている山吹色の着物と緋色の帯がまた、煉獄家との繋がりの深さを表しているようで癪に触った。
(身も心も煉獄色ってことか。先走り過ぎるだろ。くだらねぇなぁ)
天元は持ち前の悪戯心が湧き起こり、葉子に意地悪なことをしてやろうという気になった。急に葉子の帯をつかみ、強引に自分へと引き寄せた。
天元の顔は葉子のすぐ耳元に来ていた。
「葉子……と言ったか。まず、この着物と帯がお前に全然似合ってねぇ。煉獄と並んでみろ。色がくどいんだよ」
それだけ言い残して、再び落ち葉を巻き上げると天元は忽然と姿を消した。
鬼殺隊最高位の音柱に抗えるはずもなく、千寿郎と山下は顔面蒼白でことの成り行きをただ見ているだけだった。
・・・
「なに!気にすることはない!俺はとても似合っていると思う!宇髄の目に塵が入っていたのだろう!」
昨日の一件を杏寿郎に報告すると、ならば着物をいくつか買ってやろうという話になった。
そして、2人は商業施設の集まる隣り町まで買い物に来ている。
実家より待たされた山吹色の着物を他人から「似合わない」と言われ、葉子はかなり落ち込んでいた。
「葉子!この店で選ぼう!」
"橘"と白抜きの文字で大きく書かれた暖簾の店は、大通りに面したこの辺りでは一番大きな店で、店の中では数人の手代や小僧が接客をしていた。その中でも1番の年長者と思われる1人が杏寿郎と葉子の姿を確認すると、側にいた小僧に耳打ちをし、2人に近寄って来た。
「これはこれは煉獄様。いらっしゃいませ。今日は一段と寒くなって参りましたね。どうぞお上がり下さい」
「うむ!世話になる!」
店頭で着物を選ぶとばかり思っていた葉子は驚いた。
煉獄家はどうも得意客のようで、上質な設えの別室に通された。小僧が茶を運び、程なくして四十路過ぎくらいの旦那が商人らしい、にこにことした温和な笑顔でやって来た。
「煉獄様、いつもありがとうございます。お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」
恭しく畳みに手をつき頭を下げた。
なるほど、大店の旦那らしく着ている物には品があり、見るからに上質だった。
「今日は葉子の物を買いに来た。いくつか見せてもらいたい!」
「ええ、ええ、お任せ下さい。これ」
店主が手を叩き、店の者を呼ぶと廊下から数人が女物の反物や帯、草履、その他の小物を次々と運んで来た。
葉子は次々と運ばれて来る商品の光景に目を丸くした。今まで買い物と言えば、店先で買うのが普通だと思っていたので。どうしたものかと固まっていると、見かねた店主が葉子の前に進み出た。
「お客様はとても山吹の色がお似合いになりますね。こういった少しくすんだ赤味のある色は人を選ぶのですが。それならば……」
杏寿郎を見ると、満面の笑みで葉子を見ていた。「ほら言っただろう。山吹色が似合わないなんてことはない」と、その笑顔が物語っていた。
店主から勧められた反物は、花柄の大ぶりの模様があったり、あるいは金糸や銀糸が使われていたりとどれも大変見事なもので、値段が書かれていなかった。
(値段が怖くて決めきれない……)
杏寿郎も熱心に反物を眺めていた。
「女物は色も柄も多くて面白いな!これなんか葉子に似合うんじゃないか?」
杏寿郎が選んだのは
「こちらは、花丸文様が特徴の反物です。丸は終わりがありませんので、"永遠に続く幸せ"や"夫婦円満"の文様と言われており、若いご夫婦の奥方に大変人気がございます」
「よし!買おう!」
杏寿郎は即答だった。
「文様で言えば……こちらの七宝文も家庭円満や繁栄。こちらのうさぎ柄は物事が上手く行く、子孫繁栄の意味があります」
「よし!全部買おう!見合う帯も頼む!」
「かしこまりました」
・・・
買い物を終えた葉子達は、店を出て通りを歩いていた。
買った反物は仕立てをした物を後日家まで届けてくれるとのことで、支払いもその時にするのだそう。
結局、葉子には総額はわからなかったが、着物も帯も小物もいくつか買っていたので、とんでもない額になっていると思われた。
「杏寿郎さん。買って貰った私が言うのもなんですけど、だめですよ。あんな買い方しちゃ……ちゃんとよく考えないと」
「そうか?全部葉子に似合っていたぞ!さすがに商売上手で乗せられてしまったな!はっはっはっ!」
「金額が怖いです……」
「案ずるな!我が家は代々炎柱の家系だ!貯蓄もそれなりにあるから大丈夫だ!」
そういう問題じゃなくて……と葉子は思った。杏寿郎の金銭感覚は大丈夫だろうかと不安になる。
「それに……今日は初めて2人で買い物に出た日でもある!気分が高揚してしまったな!普段はあんな買い方はしないぞ!今日は特別だ!」
杏寿郎は高らかに笑いながら満足そうに歩いて行った。
(そう言われてしまうと何も言えない……)
先を歩く彼に急いで追いつくと、葉子は空いている杏寿郎の手を握った。
「……今日はありがとうございました」
杏寿郎は何事かと驚いていたが、すぐに手を握り返してくれた。
大きく、少しごつごつとした手は温かい。2人は顔を見合わせると、にこりと微笑んだ。
その様子は店の外まで客を見送っていた橘屋の主人に見届けられた。主人はまだ若い2人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
後日、着物が届けられ大喜びの葉子と千寿郎だったが、総額がとんでもない金額だった為に、杏寿郎は槇寿郎よりこっそり小言を言われたのだった。