10.柱になる条件
▼
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
煉獄家に来てからの葉子の務めと言えば、まず神棚へのお供えを毎日取り替えること。
特に頼まれたわけではないが、これは実家にいた時からしていたので、自分で自主的に行っている。
(今日も皆さんが健康で元気にいられますように)
本家の神社より貰ってきた真新しい札に向かい、祈る。
何でも火産霊命を祀る本家の神社は、火伏せの神ということで、煉獄家も炎の呼吸を操ることから縁があるそうだ。
火を伏せてしまうのはどうなのだろうかとも思ったが、激し過ぎる炎は危険を伴い、それを律するという意味だと槇寿郎より教わった。
煉獄家が呼吸を扱うようになってからの
「別の娘と恋仲になったりと、そこまで厳格に決められていたわけではないようだがな!葉子のような家の娘を嫁に迎えるのは俺が知ってる限りでは無い。なので、葉子が来てくれるのは実にめでたいことなのだ。こればかりは縁だからな」
槇寿郎は居間にある神棚を見上げながら言った。
「さて、俺はこれから出掛けて来る。日中は1人になるが、何かあったら鴉を飛ばすように。土産を買って来る!」
柱を引退してからの槇寿郎はご隠居よろしく、買い物に出かけたり、食べ歩きをしてみたり、歌舞伎を見に行ったり、1人で物見遊山に行ったりと悠々自適な暮らしぶりのようだった。
もちろん杏寿郎の剣の稽古に付き合ったりもするようではあったが。
槇寿郎は「では行ってくる!」と杏寿郎に負けず劣らず大きな声で出掛けて行った。
(……さて、何から始めよう)
広い屋敷に1人でいるのはとても心細かった。
杏寿郎は昨日より、泊りがけで任務に出掛けており、2、3日は帰れないとのことだった。
千寿郎は学校で、夕方近くに帰って来る。葉子の作った弁当を嬉しそうにして持って行った。その姿が可愛らしくて、兄弟のいない葉子にはとても新鮮だった。
槇寿郎はいつ帰るのかわからなかった。
(何か体を動かしてないと、実家が恋しくなっちゃいそう……)
しんと静まり返った屋敷内は、物陰から何かが出てきそうな気もして怖かった。
いっそのこと、買い物にでも行ってしまおうかと思った時
「ごめんくださーい」
突然の来客だった。
葉子が慌てて玄関まで行くと、黒子のような隊服を着た男が立っていた。頭には頭巾を被り、口元は布で隠されている。
隠の者だった。
葉子も藤の家で何度か見かけた事がある。
「あれ、お手伝いさんですか?」
男の顔は目元しか見えていないが、葉子の姿に驚いた様子で、出た言葉がそれだった。
・・・
「えぇ!許嫁!?」
山下と名乗ったその男は、声が上ずっていた。
月に何回か手伝いとして煉獄家に来ているのだという。
「えーでも、まぁ名家の煉獄家ですもんね。許嫁かぁ……そういうことがあってもおかしくないですもんね。へぇー」
山下は1人納得した様子で玄関より家に上がると、つかつかとそのまま台所へと向かい、持って来た背負いの荷物をどさりと置いた。
「いや、安心しましたよ。俺は。ほら、ここって男所帯でしょ?放っておくと酷いんですよ。まぁ千寿郎君がやってくれてるみたいですけど。学生さんですし、勉強もありますからね」
「そ、そうですね」
勝手知った風に、床の貯蔵庫に持って来た食材を次々と入れた。
さも当然というような顔で台所の棚や引き出しを開けるので葉子は目を丸くした。
「言っておきますけど、上の2人は台所に入れちゃダメですからね。えらいことになりますから。もうホント、えらいことになりますから」
よほど重要な事項なのか、同じことを二度言った。
上の2人。槇寿郎と杏寿郎のことだと思われる。
「あ、火鉢って出しました?朝晩冷えますからね。出しておきましょうか」
そしてまたつかつかと庭奥にある土蔵へ向かい、火鉢を4つ取り出し、各人の部屋へと置いた。
今まではいくら在宅していないとはいえ、人の部屋に勝手に入るのは悪いだろうとためらっていたが、山下はそんなことはおかまいなしにすぱんっと襖を開け、各部屋に火鉢を置いて行った。無論、葉子の部屋にも入られた。
「この部屋を充てがわれたんですか。日当たり良くて良いですよね。この部屋だと庭の桜が見えるんじゃないかな。あ、すみません。部屋に勝手に入っちゃいましたね。いつものことなんで全く気にしてなかったです。すみません」
山下は謝ってはいたが、さほど気にも留めていない様子だった。
その後、庭の雑草取り、廊下の雑巾掛け、風呂掃除、布団干しなど葉子と一緒にてきぱきとこなして行った。まるで母親のようだった。
ひとしきりの家事をこなし、葉子と山下はひと休憩しましょうと居間にて一緒に茶を飲んでいた。
「初めて来た時は、皆さん同じ顔をしていらっしゃるのでおかしいような……可愛いと思いました」
「ホントですよね。混じりっ気無しですもんね。俺は初めて見た時は思わず吹いちゃって、炎柱様……あ、その当時は槇寿郎さんですけど、に不思議がられましたよ」
煉獄家はやたらと熱い風呂に入りたがるとか、脱衣所に着替えを持って行ってあげたらすぐに上がろうとするから慌てて脱衣所から出たとか。お互い、共通の話題で盛り上がった。
山下は屈託なくよく喋り、笑う人で、話していて楽しかった。
顔は目元しかわからないので、どんな人なのかはよくわからないが、口ぶりから葉子よりも年上に思われた。
「まぁ、でも炎柱様も他の柱の方々も立派ですよ。こうして鬼殺隊を支えていますからね。とんでもなく鍛錬して己を強く持たないと柱にはそうそうなれませんし」
山下は出されたざらめ煎餅をばりばり食べながら言った。
「知ってたら教えて欲しいのですけど、柱になる基準とかってあるのでしょうか?」
「えーっと……確か、階級が一番上の
「十二鬼月…ですか?」
葉子は初めて聞く言葉だった。
人を食らう鬼が、"月"を名に付けているのが不釣り合いだと思った。
夜闇に天に輝く月のように鬼達の頂点に立っている者達とでも言いたいのだろうか。
「鬼の中でもより人を食っててめちゃめちゃヤバい奴らです。上弦と下弦のそれぞれ6体ずつ。それで十二鬼月。前に上弦の鬼じゃないかって後から言われた鬼との戦いの後処理をした事ありますけど、それはもう激しい戦いで民家は跡形も……」
その時、柱は亡くなったのだった。
ここ数百年もの間、鬼殺隊最高位の柱をもってしても上弦の鬼を討ち取ってはいないのだ。
行く行くは炎柱の妻になる彼女に、こんな話はできない。
「あ!そうそう!杏寿郎様は下弦の鬼を倒した功績が認められて炎柱になったと聞いてます。とても強い素晴らしい方だと思いますよ。俺は」
慌てて話題を変えた。炎柱は現在、任務に出掛けていると聞いた。
葉子の顔は十二鬼月の話をしてから途端に曇った。こんな話をするんじゃなかった。山下は後悔をした。
『大丈夫ですよ!炎柱様なら絶対に大丈夫です!』とは言えない。
数々の尊い犠牲を見て来た。鬼殺隊士の亡骸を家族に持って行った時の悲痛な叫びは嫌と言うほど聞いている。「絶対に大丈夫」などとは軽々しくは言えない。
途端に口数が減った山下に、葉子は何かを考え込んでいるようだった。
任務に出掛けている炎柱に気を揉んでいるのだろう。
彼女の元に、動かない炎柱を運ぶことはあるのだろうか。その時、この人は若く美しい顔を歪ませ絶望するのだろうか。
いかんいかん。こんな事は絶対に考えてはいけないことだ。縁起でもない……
「あ……俺そろそろ帰りますね。様子を見に時々来ますので。何か必要な物があったら言って下さいね」
「……はい。今日はありがとうございました」
失敗した。
こんな話をするんじゃなかったと山下は後悔をしながら屋敷を後にした。
隠の山下の話を聞いてから、日課である神棚への祈りは「今日も無事でいますように」へと変わった。
実家にいた時……藤の家にいた時にはあまり気にしていなかったが、"来る人を迎える"のと、"いる人をまた迎える"のは全く違うのだった。
藤の家には鬼との戦いで無事に生還した者しか来ない。見えていないだけで、恐らく何人もの鬼殺隊士が命を落としている。
葉子はそれを考えただけでも、体が震えた。
しかも、柱ともなれば難しい任務にも行かなくてはならないことも多いだろう。
いつも、はつらつと元気でたくさん食事を食べ、優しいあの杏寿郎がそんな危険で恐ろしい任務についているだなんて……迂闊だった。想像が足りなかった。
心配でたまらない。怪我をするかもしれない。怪我で済めば良いが、最悪の事態も考えられる。
葉子は途端に杏寿郎のことが心配でたまらなくなり、そういえばと思い立った。
(鴉で手紙を出そう……)
・・・
目的の地点で鬼殺隊士と待ち合わせをしていた杏寿郎の元にバサバサと鎹鴉が飛んで来た。足には紙がくくりつけられている。
「父上の鴉か?」
差し出した腕に乗ってきた鴉の足にくくりつけられている手紙を解いた。
「…………」
それは葉子からの手紙で、杏寿郎の安否を確認する内容だった。
怪我はないか、体調はどうだとひどく心配をしていて、それを読んだ杏寿郎は思わず微笑んでしまった。
(そんなに俺の事が心配なのか)
可愛いやつだと、口元がほころぶ。
文末には「元気なお姿を1日でも早く拝見できるように祈っています」とあり、手紙を書いて返信をしても良かったが、早く家に帰り実際に顔を見せてやろうと思った。その時の葉子はきっと、安心して、満面の笑みで迎えてくれるに違いない。
そう思うだけで希望が持てた。絶対に家に帰る。必ず悪しき鬼を滅する。心にそう刻んだ。
「あれ……!ご一緒するのは煉獄さん!?わぁ!お久しぶりですっ」
「む、その声は甘露寺か?」
振り返れば、桃色の奇抜な髪色をした、胸元の大きく開いた露出の高い隊服を着た女子だった。
杏寿郎の元継子の甘露寺蜜璃である。
「甘露寺!柱になったと聞いたぞ!流石だな!俺の目に狂いは無かった!」
「えへへ……ありがとうございます。次の柱合会議で皆さんに正式にご挨拶をすることになると思います」
蜜璃は杏寿郎が育手として育成した過去がある。あまりに独特な呼吸と剣技の為、途中で継子としての育成は断念しているが。
その後、柱まで上り詰めたということは相当な努力をしたのだろう。
「柱が2人駆り出されたということは、今回は相当難しい任務だな!心してかからなければ!今日は甘露寺のお手並み拝見だな!」
「えぇ!?それは自信ないなぁ……で、でも精一杯頑張ります!」
もじもじと恥ずかしそうに下を向いていたが、杏寿郎にはわかっていた。蜜璃より発せられている闘気が違う。あの頃とは比べ物にならないくらいに洗練され鍛えあげられている。
(……必ず鬼を滅する)
杏寿郎は再びその言葉を胸に刻んだ。