2.迎えに
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その日、葉子は門前で、ほうきで掃除をしていた。風が吹き、冷たい風が落ち葉を払いのける。「せっかくかき集めたのに」と思いつつも、心は穏やかで特に腹も立たなかった。
葉子達家族は3日前に任務で傷付いた鬼殺隊士を治療し、送り出したばかりだった。
藤の家紋の家に傷付きながらもたどり着いたということは、無事に鬼殺が完了し、生きて帰って来たということだ。そして治療を終えるとまた次の任務に向かう。生還した者を再び死地へと送り出すのは、複雑な心境だったが、強い信念を待って任務にあたる鬼殺隊士を葉子は心から尊敬していた。
(この前来た隊士様は今日もどこかで戦うのかな……無事でいてほしいな)
いつもそう願わずにはいられない。
鬼は自分の領域というものを持ち、同族嫌悪の呪いをかけられているそうで、鬼同士の領域は被らない。鬼殺が完了すれば、しばらくはその地域では鬼は出没せず、人々は安全に暮らせる。
なので、葉子達家族の住む藤の家紋の家に鬼殺隊士がやってくるのはとうぶん先だと思っていた。
ところがその日、葉子が門前の掃除をしていると、一羽の鴉が家に入って来たのがわかった。
鎹鴉だ。
隊士が藤の家紋の家に来る前には事前に鎹鴉より連絡が入る。
負傷をした隊士がやって来るのか、これから任務に出掛ける隊士が準備の為に立ち寄るのか…… 葉子は慌てて家に入った。
家に入ると、すでに母と父はてんやわんやで慌てて準備をしていた。
こんなに必死の形相で準備をしている両親は見たことがない。
「あの、お母さん。私も手伝ーー」
「ちょっと!あんたはこの着物に着替えなさい!急いで!すぐ着くって!ちょっと!父さんこんなところに置かないでって言ってるじゃないっっ!」
母は鬼の形相で、すごい剣幕で捲し立てた。かなり慌てている。
とりあえず、何だかよくわからないけれど着替えろと言われたので、受け取った着物に着替えることにする。着物は持っている中では一番上等な着物で、一度も着たことのない物だった。
「葉子!着替えたら化粧と髪も整えなさい!すぐにやるっ!」
「え?は、はい!」
葉子の頭の中にはいくつもの疑問が浮かんだが、有無を言わせない母の剣幕に気圧され、言われた通りに着替えることとした。
自室へと行った葉子は山吹色の着物に緋色の帯を重ね、きゅっと帯を締める。
なぜこの色でこの着物なのか。一体誰が来るのか。数々の疑問が浮かんだ。葉子は鏡台に向き合うと、髪を簡単にまとめ、大切にしていたかんざしを頭にさした。
『お待ちしておりました』
両親の声が聞こえ、どうやら件の人物が来たようだった。
『急な訪問でかたじけない!』
客人の大きな声が聞こえて来る。
葉子は急いで唇に紅をさし、最後に姿見で着物を整え、小走りに両親のところへと向かった。
「ささ、どうぞこちらへ」
ちょうど、父が客人を客間へと通すところだった。
「あのお方は……」
確か煉獄杏寿郎という名の鬼殺隊士だったか。炎を思わせる派手な髪色をした人物だと、母より特徴は聞いていた。客間にいる人物はまさに特徴そのままの人だった。炎の呼吸を極めた鬼殺隊を支える柱だそうで、なぜその方がこの家にいるのか?
葉子はどうしたものかと突っ立っていると、客間から出てきた母に『お前はお茶請けを持って来い』と、無言の圧力をかけられた。
母の気迫がいつもと違うので、恐れおののき、葉子は急いで台所へと向かった。
戸棚に置いてある菓子でどれを出そうか選んでいると、後から台所へとやってきた母と出くわした。
「もうちょっと髪型どうにかならないの?煉獄様がお見えなんだから。ちょっとこっち向きなさい」
母の手により、こめかみやうなじの後毛を整えられ「まぁ良いでしょう」と渋々ながら承諾をもらう。
「お茶請けはそれにして…… 葉子もご挨拶をして……そしたらお風呂の準備をしてもらえる?」
「お泊まりになるのですか?」
「当たり前でしょ」
母の後をつき従い、盆に乗せた茶菓子を運んだ。
客間には父と対峙する形で既に座って待っている客人がいたが、ただ座っているだけなのに、その佇まいからしてただ者ではないのは素人ながらにわかった。
(これが柱……)
葉子は初めて会う炎柱を前に、緊張しながら茶菓子を出し、畳に手を付き、恭しくお辞儀し、名前を述べた。
「長女の兼季葉子にございます。本日、煉獄様の身辺のお世話をさせていただきます。どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
顔を上げると、そこにはじっと葉子を見つめている炎柱の顔があった。炎を思わせる瞳と目が合う。とても綺麗な目だと思った。自分と年齢もそう変わらないだろうに、人々を鬼から守る鬼殺隊の最高位の剣士である柱。鬼との戦いを何度もし、死ななかった人。何と強く崇高で尊いのか。
しかし、初めて会ったはずだが、どこかで見た事のあるような気がするのは気のせいだろうか。いつの間にかに家に来る隊士から噂で聞いていたのか。
「……っ!では、失礼します」
長いこと顔を見つめてしまったと、はっと気が付き、葉子は慌てて客間から出て行った。
その後、炎柱と両親がどんなやり取りをしたのかはわからないが、今夜、炎柱は家に泊まるらしかった。
風呂から上がった炎柱はこちらで用意をした浴衣を着て、「うまい!」と言いながらもりもりと夕飯を食べている。
彼が充てがわれた部屋から下がりたかったが、よくお代わりをするので、お椀に米をよそったり、空いた食器の片付けに、また食事の配膳にと台所と部屋を行ったり来たりとしていた。
「たくさんお食べになるんですねぇ……」
そのあまりの食欲に思わず聞いてしまった。
「うむ!腹が減っては戦はできんからな!」
たくさん食べるわりに、食い散らかすこともなく、茶碗に米粒も残さず、とても綺麗に食事をする人だと葉子は思った。食事を提供する側としては美味しく食べてくれるのは嬉しい。
食後のお茶を入れてあげ、葉子は食べ終わった食器を片付けていた。
「とても美味かった!」
「そう言って下さって嬉しいです」
鬼殺隊最高位の柱というので、どんな人物なのかと思いきやはっきりと物を言う、明朗快活な人物のようだった。接していても嫌な気持ちが1つも起こらない。
鬼殺隊の隊士は、鬼殺という苛烈な任務の上に、家族や仲間を鬼に殺され、鬼に対して並々ならぬ憎悪を抱く者も多い。その為に、かなり特異な性格の者もいる。葉子はそれを間近で見てきているので、柱もとんでもなく特異な人物なのだろうと思っていた。
しかし、煉獄杏寿郎は違う。
どことなく優しさが滲み出ている。ほら、今もこんな風に穏やかな目で葉子を見つめている。
「ーーーーっ!?」
いつの間にか、お互いに見つめ合っていた。
葉子は顔面から火が出そうなくらいに恥ずかしくなり、急いで円卓の上の食器を片付けた。
「息災だったか?」
「えっと……はい。お陰様で」
「そうか!それは良かった!」
急に言われたので、とっさの返事をしてしまったけれど、誰にかけた言葉だろうか。自分?
(私は煉獄様には会ったことがないけど……両親のことかな?前に会ったことがあるみたいな言いぶり。でも、そんな話聞いたこと無かったけどな……)
恥ずかしいやら、疑問に思うやらで少しこの場に居づらくなった葉子は、そそくさと部屋をあとにした。
・・・
今朝も「うまい!」と言いながら朝食を食べ終えた炎柱は、隊服に着替えさっそく出掛けるようだった。
「また、ご連絡をお待ちしております」
「うむ!世話になった!」
両親と炎柱の間では何やら話はついているらしいが、葉子にはさっぱりわからなかった。彼がなぜこの家に来たのかもよくわからなかった。そして、今日もなぜ自分が山吹色の着物を着させられているのかもわからなかった。
全てが疑問だらけだが、なぜか昨日から両親はどこかよそよそしく、煉獄杏寿郎について話をしたがらなかったので、彼が家を出発してからいろいろと聞こうと思っていた。
葉子も両親も門の外まで見送る。
「ご武運を」
「次に来た時は、君を迎えに来る」
そう言うと、炎柱は炎を思わせる羽織を翻し、背を向けて一瞬にしてその場からいなくなった。