7.おじゃまします
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河原に鋼鐵塚が到着すると、その姿に気付いた実江は大きく手を振って呼んだ。
「鋼鐵塚さーん!」
にこにこと嬉しそうに笑う実江が可愛らしくて、鋼鐵塚は実江が川に来ているであろう時間を見計らって来ていた。それを何度も繰り返し、お互いはとても良好な"知人"としての関係を築いていると思う。
しかし、その"知人"としての関係からさらに一歩進めたいところ。知人の次は友人か? いや待て、もう少し人となりを見極めてからでないと。年齢的にこのまま進んでしまえばもう後戻りは出来ない。そんなことを考えている自分も甚だおこがましいが……
ぼんやりと思考を巡らせていると実江が駆け寄って来た。
「鋼鐵塚さん! 今日、お家で一緒にお昼食べませんか? この前の猪肉でどうかなと思って」
願ってもない好機である。なかなかに実江は意図しているのかしていないのか積極的な娘だなと感心をする。
「構わない。親御さんは? 勝手に行って良いのか?」
「父も兄も出掛けてますし。祖母がいますけど、祖母も鋼鐵塚さんに会いたいって言ってました」
そういうことなら断る理由もないわけで、有り難く昼餉を頂戴しよう。
実江と鋼鐵塚はいつもは別れるその河原で、一緒になって同じ方向に歩き出した。
・・・
川からさほど離れていない上流に位置する場所に実江の家があった。総木造の重厚な家であった。先祖代々がこの山に住んでいたのだろう。深い山の中だというのに川までの道もきちんと慣らされており、生活するには不自由はさほどしなさそうだった。
「おばあちゃん。お客さんを連れて来たよ」
家に入ると、土間の奥の一段高くなっている広間に小さな老婆がいた。囲炉裏の前で湯呑みで茶を飲んでいる。
「前に言ってた鋼鐵塚さん」
「……どうも」
祖母は特に反応も無く無言で茶をすすっていたが、ことりと湯呑みを置くと言った。
「あら、ずいぶんと良い男だねぇ」
「え? ひょっとこの面だよ? おばあちゃん」
この婆さん
「ちゃちゃっと作って来るので、鋼鐵塚さんもゆっくりして下さいね」
実江は袖のたもとが邪魔にならないようにさっとたすき掛けをすると、鼻歌混じりにいそいそと台所へ行ってしまった。
家に来てしまって何だが、得体の知れない男を呼んで実江は良かったのだろうか。鉄穴森と小鉄の話によると、どうやら実江の兄は妹を思うばかりに常軌を逸しているらしい。そんな人物が今、家に帰って来たらどうしよう。
鋼鐵塚は不安を抱えながら黙って待っていると、実江の祖母がぽつりと勝手に話をしだした。
「……私の初恋の人はね。ずぅっと昔だけど。あなたみたいにひょっとこの面をしてたんよ。刀鍛冶だって言ってたね。どこかに出掛けるみたいでねぇ。たまに家の前を通る時は必ずお抹茶を飲んでたよ」
特にあいづちは求めていないようだったので、黙って聞いていた。
ほどなくして実江が具材の入った囲炉裏鍋を持ち台所より戻って来た。
「あ、祖母の実家は昔、甘味処をやってたんです。今はお店は無くなりましたけど。鋼鐵塚さんの話をしたらひょっとして……って懐かしく思ったみたいです。ね、おばあちゃん」
ぱちぱちと火が薪を覆い、焼かれた場所は黒くなって行く。火力が強くなった炎は鍋の底につき、激しく鍋を炙り出した。
「優しい人でねぇ……帰って来る時も必ずお土産をくれたね。顔はわからなかったけど、優しい人だった。私はお嫁に出たからその人とはそれきりだけどねぇ」
祖母は昔を懐かしんでいるのか、遠くを見つめていた。若かりし頃の淡い記憶に想いを馳せているのだろう。
「その人の名前は覚えていないそうなんですけど、初恋の人なのよって、こうやって良く話をしてくれるんです」
実江はにこにこと鋼鐵塚の前に淹れたての茶を進めた。
その初恋の相手とやらは里より鬼殺隊士へ日輪刀を届けに行く途中で祖母の甘味処に立ち寄ったのだろう。里の者が外部の人間と接点を持てるとしたらそこしかない。里には部外者は入れない。他人の馴れ初めなんざ興味も無く、聞いたこともなかったが鉄穴森をはじめ、嫁がいる者はそうやって出会いをものにしていたのかもしれない。
小賢しい真似をするもんだ。面倒臭え。
そんな風に思うものだから、自分はいつまで経っても嫁の来手がないのだろう。当然だとも思う。
「もしかしたらその初恋の人もまだ生きていて、鋼鐵塚さんと知り合いかもしれないしね。おばあちゃん」
「そうだねぇ」
目の前にいる実江の祖母は何歳くらいだろうか。すぐに思い付く高齢の者は里長の鉄珍くらいだ。鉄珍は何歳だったっけと年号と干支で計算してみたが、よくわからなかったので途中で投げ出した。
まさか、ね。鉄珍なわけがないか。
世間がこんなに狭くてたまるか。鋼鐵塚は心の中で悪態をつきながら、猪鍋が出来上がるのを待っていた。