6.見合いの件
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その写真には、その昔母が嫁入りに持って来たという上等な着物を着て、少し斜めに立ちこちらを見て微笑む実江がいた。
白黒写真の為に、着物の色や帯、顔色などは想像するしかないが、その写真からは艶々とした若い生命力に満ちた美しさが香り立っていた。
「良い出来じゃねぇか。若い頃の久梅にそっくりだ」
父の一実が、感慨深げに写真をしげしげと眺めている。
何ヶ月か前に町の写真館まで写真を撮りに行き、本日お見合いをする為の写真が出来上がったのである。
「私には何だか実江が媚びている様な写真に見えます。笑わない方が良かった。こんな写真じゃ変なのが寄って来ます。しかも実江の内面が全く伝わって来ない」
兄の実は父より受け取った写真を苦々しく眺めている。
「そう言わないでよ。作り笑いをするも大変だったんだから」
「せっかく高い金を払って撮ったんだから、そう文句を言うもんじゃない。写真が悪くて実際に会った時に印象が良い方が結果として良いだろ。良かったな実江」
「私はこの写真、結構気に入ってるんだけどなぁ……」
兄の実は見合いには非常に手厳しく、事あるごとに文句を言っては不機嫌になっている。
「それで、それとなく見合いの件を周りに伝えてたらこれだけ集まったぞ」
一実は部屋の奥に置いてあった木箱より、写真の束を出して来た。それも1冊2冊ではない。何10冊という束であった。実江と見合いをしても良いという男の方の見合い写真である。
実江は父より手渡された写真を受け取ると、1冊手に取り眺めてみた。
写真の中の男は袴を来て、こちらをじっと見つめている。年の頃は20歳前後。写真からはその人物の見た目しかわからない。なかなかに実直そうな見た目ではあると思った。
「はぁ……何か変な感じ。こんなにお見合いしたい人って世の中にたくさんいるの?」
「結婚は見合いが基本だからな。とりあえず良さそうなのと見合いしてみたらどうだ? 慣れも必要だろう」
実江は不承不承に見合い写真を眺めてみるが、全く気乗りしない。
見ず知らずの男と結婚を前提に会うだなんて気が重い。そこで自分の将来が決まるのだ。
(せめて顔を知ってる人とお見合いしたいなぁ……)
ふと、そこで考えた。実江の知り合いの男とは。非常に狭い人間関係で知り合いと言えば。
(鋼鐵塚さんとか? 知り合いだけど、顔知らないしなぁ……結婚してるのかな? いつも川にいるけど……今度聞いてみようかな)
実江のその横で積まれた見合い写真を眺めていた実が言った。
「実江より年下だと? 妹は姉さん女房にはならん。却下。あと、これは人相が悪い。却下だ。これもこれも却下ですね。あぁ、これは名前の字画が悪い。却下。却下。却下。却下。却下。これはあそこの出身か。方角が悪いですね。却下。笑顔が気に入らない。却下。歯並びが悪そうだ。却下」
写真を値踏みしては次々と床に置いて行く。
「おいおい。決めるのは実江だぞ。何で実が決めてんだ」
ふうと実はため息をつくと、真っ直ぐと父親を見据えた。冷たい瞳が凍りつき、微動だにせず父を突き刺している。
「父さん、私は農学を教える為に学校に出入りしています。父さんや実江よりも人間の人となりは見極められると思いますが。実江はほとんど山から出た事がないのですよ? 極端に言えば人をあまり知らない箱入り、もとい山籠り娘です。年頃の男なんぞほとんどが下心のある獣です。騙されるかもしれない。辛い思いをするかもしれない。娘の将来ですよ? 懸念事項は少しでも減らしておいて損はないでしょう。私とは違い、実江は嫁に出て行く立場です。一度相手の家の敷居を跨いだら帰って来れないかもしれない。将来がかかっているのですよ? 真剣に考えるのは当然でしょう」
有無を言わせない剣幕で言われ、一実は黙ってしまった。
正論なような、正論でないような。無理矢理こじつけているような……
なまじ学があるものだから口が立ち、実に言い負かされるのは常であった。
「……とにかく、嫌だったら断れば良いんだからこの中から1回は見合いをするぞ。実江は相手を決めておくように」
一実はそう言い残すと、奥の部屋へと入ってしまった。
(気乗りしないなぁ……嫌だな)
実江は次々と見合い写真を床に置いている実をぼんやりと眺めていた。
・・・
里長の鉄地鉄河原鉄珍を前に、小鉄と鉄穴森は正座をしていた。その後ろでは鋼鐵塚が不貞腐れて寝転んでいる。
「鋼鐵塚さんは心に決めた人がいます! お見合いはもう中止にしましょう」
「そうなの? わし、聞いてない。なぁ蛍?」
鉄珍が茶をすすりつつ訊ねても、鋼鐵塚は無言であった。
「谷地森実江さんという隣りの山に住む女性です。こんな鋼鐵塚さんでも会話が成り立つ非常に稀で、かつ心根の綺麗な仏のような方です」
「何で小鉄と鉄穴森は知ってはるの? いつの間にそんな女の子見つけたんや。蛍もやるのぉ」
鉄珍はばりばりとあられを食べ始めた。
見合いは続けても止めてもどちらでも良いんやけど、と前置きをした上で、
「その実江ちゃんを確保しつつ、お見合いを続けるのはダメなんか? 実江ちゃんがダメだった場合、次にすぐに行けるように」
鉄珍以外の3人は驚いた。この
まずは鋼鐵塚に嫁を娶ってもらい、人としての最低限の節度と優しさを身に付けさせ、里と鬼殺隊士の安寧を考えるのが最優先。実江がダメだった場合、次の一手を即座にとった方が良い気もする。見合いの件は黙っていれば実江に気付かれることもあるまい……
「おい」
寝転がっていた鋼鐵塚がむくりと起きた。
「そんな中途半端な心持ちで刀が打てるか。見合いはやめだ。それで良い」
「鋼鐵塚さん……」
小鉄と鉄穴森は感動のあまり打ち震えた。
鉄珍の言葉に少しでも揺れ動いた己が恥ずかしい。男気というものが鋼鐵塚にあったのだ。
「ぢゃあ、見合いは中止ね。わかったわかった。で、実江ちゃんはどんな子なんや」
「強いです。猪を一撃で仕留めることができます」
小鉄は即答した。
間違ってはいない。間違ってはいないけれども。
「…………」
「…………」
「……蛍の好みやからね……わしは何も言わんよ」
明らかにがっかりとした鉄珍は、鋼鐵塚のような筋骨隆々の女性を想像したのだった。