3.待ち伏せはしています
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それからというもの、鋼鐵塚は毎日のように川へ行き、実江が川に来る日や時間をだいたい把握。おおよその目星をつけて、川へ行くことで、ばったり実江と出会うことを装った。
しかし、川へ行っても鋼鐵塚のすることと言えば、腕立て伏せか素振り、石をひたすら積む、石を拳でにぎり潰す、たまーに洗濯をする……という具合で、実江も洗濯などの用事が済めばさっさと帰ってしまうので、社交辞令程度の挨拶はするものの、"顔と名前を知っている人"程度の認識から発展するのは困難を極めた。
しかし、その日は違った。
今日も今日とて、ここは賽の河原かと思うように、熱心に河原の石を積んでいた鋼鐵塚のそこそこ近くで実江は洗濯をしていた。
生まれた時から山中で暮らす実江には、家族以外の人と接する機会があまり無く、人に対して先入観や偏見を持たないので、川辺で奇行を繰り返している鋼鐵塚を見ても何とも思わなかった。川に魚がいるように、川には鋼鐵塚がごく自然にいるものだと、数ある景色の1つとして捉えていた。
「あの……」
実江は洗濯の手を止めて鋼鐵塚に声をかけた。鋼鐵塚は驚き、積み上げていた石ががらがらと崩れてしまった。
「あ、ごめんなさい。じゃましちゃいましたね」
「……いえ、別に。何か?」
「この山には祠があるのはご存知ですか?明日、祠の掃除に行くので……良かったら一緒に行きませんか?」
「えっ……」
鋼鐵塚の声はうわずっていた。願っても無い機会である。
「お時間があれば……ですけど」
「えぇ……まぁ……わかりました」
行けるのか行けないのかはっきりしない返答を実江は、"承諾"と判断し、「では、明日この場所で待ってます」と、洗い終わった洗濯物を片付けて、にこやかにその場を後にした。
・・・
里長である鉄地河原鉄珍の家では、鉄穴森や小鉄を含む数人と鉄珍がみたらし団子を頬張りながら談笑をしていた。鋼鐵塚に差し入れられた団子だったが、本人が朝から不在の為、里の者達でありがたく頂戴していた。
「今日も鋼鐵塚さんいないんですよ」
「なんや、あの子最近出掛けてるんか」
鉄珍を真ん中に囲むように並び、各々茶をすすり、団子を食べ平和な午後のひと時を堪能している。
「まぁ、こうして静かに甘味をいただき、穏やかな気持ちでゆったりとした時間を味わうのは何年ぶりでしょうか。鋼鐵塚さんがいないと静かですねぇ」
元々穏やかな口調の鉄穴森がほう、とため息まじりに言った。
「いっそのこと、鋼鐵塚さんは里の外で暮らして貰ったらどうでしょう。刀を打つ時だけ、里の工房を使うってのは」
小鉄の言葉に他の大人達も頷いている。
「せやけど、そんなことしたら余計に拗らせて、たまに里に来る時に手がつけられなくなるんと違うか?」
鉄珍の言葉に誰もがうなった。「あの子にも困ったもんや」と言いつつも、団子をちみちみと食べている鉄珍は、あまり気にしていない風にも見える。
それもそのはず。"ここらへんで身を固めさせ、鋼鐵塚さんを少しでも真人間にしよう作戦!"は水面下で粛々と実行中であり、意外と鋼鐵塚と見合いをしたいという女子が少なくないのは日々見合い写真を眺めている鉄珍が良く知っているからだ。鋼鐵塚のひょっとこの面の下はかなりの男前で、写真でだけなら男前の部分しか伝わらない。なので数を打てばいつかは当たるだろうと呑気に構えている。
「ややっ!鋼鐵塚さんが帰って来ました」
窓から外を眺めていた者が慌てて言った。
小鉄は皿に残っていた残りの団子をすかさず食べ、他の者は皿を台所へと小走りで置きに行った。また他の者は団子の串を、全てごみ箱へ捨て、窓を開け放ちみたらしの甘い香りを拡散させた。
みたらし団子を勝手に食べていた事が鋼鐵塚にばれると暴れるからだ。
しかし、この日は違った。
「おや、今日は何だか機嫌が良さそうですね」
2階の窓から通りを眺めている一同をよそに、妙にグネグネうねうねしながら鋼鐵塚はその場を通り過ぎた。
いつもなら何かを察して(こういう時だけ察しが良い)鉄珍のいる前だろうがなんだろうが構わず部屋に乱入し、暴れ散らかすのだが。
「一体何があったのでしょうか」
ぽかんと口を開けている一同をよそに、鉄珍はずずっとお茶をすすりつつ言った。
「お見合い効果が出てるんと違う?身を固めるのはまだまだ先じゃけど、良い兆候やないの」
その場にいる全員に天からの御光が差した瞬間だった。