2.まだつきまとってはいません
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次の日もその次の日も鋼鐵塚は川辺に行ってみた。女が落としていった桶はまだ置きっぱなしだった。
その次の日は、隊士に刀を届けに行ったので、川には行っていない。
さらにその翌日、鋼鐵塚が川辺へ行くと、置きっぱなしになっていた桶はすでになく、そこには初めから何も置いていなかったかのような殺風景なただの川辺が広がっていた。
・・・
「鋼鐵塚さーん。差し入れですよー」
小鉄は小屋の扉を勢い良く開けた。
「あれ?いない?」
せっかく炭治郎からみたらし団子の差し入れという名の上納品が届いたのに。
工房の方ではなく、家の方にいるかもしれない。どうせまた不貞腐れて寝転がっているのだろう。
「どうしましたか、小鉄少年」
里長の鉄珍から鋼鐵塚への言付けを預かって来たという鉄穴森に声をかけられる。
「鋼鐵塚さんが留守のようなんです。せっかくみたらし団子を持って来たのに……」
「最近、彼は留守にしている事が多いようですね。里の外に出掛けているようなのですが、刀を届けに行っているわけでもなく。私も気になっていたのです」
元々、難しい性格の鋼鐵塚は刀鍛冶を担当する隊士も他の里の者より少なく、かといって刀鍛冶以外の雑務をこなすわけでもなく、それでいて刀鍛冶の技術は高いのでそう無下にもできず、里では完全に腫れ物扱いであった。
そんな腫れ物を、保護者のように見守っている鉄穴森は相当な人格者である。里長である鉄珍からの信頼も厚い。
「何か事件があってからでは遅いですし、近隣の村人と問題を起こされても困りますからね。探しに行きましょう」
面倒だなぁと悪態をつく小鉄をたしなめ、2人はいそいそと里を出て行った。
・・・
里から川沿いに歩いて行くと、獣道のような、うっすらと踏み固められた道があった。急斜面でもなく、木や草が生い茂っているわけでもなく、森の散歩に良さそうな道だった。2人は顔を見合わせ、そちらの方向へ進むことにした。
小道を2人はゆったりと歩いている。
森は静かで、日陰は太陽の日差しを遮っていた。川のせせらぎが聞こえ、穏やかな時間が流れていた。
里では引っ越しも完了し、元の生活にすっかり戻っている。刀も打てる。以前のように刀を打つ音や、炉から上がる煙、里は賑やかになった。心の傷はまだ癒えていないが。
「鋼鐵塚さんどこに行ってるんでしょうか」
「前のように、もしかしたら隠れて鍛錬をしているのかもしれません」
肉体の鍛錬が刀を打つのに必要なのかわからないが、前とは別人に思えるくらいに肉体を鍛え上げた鋼鐵塚の刀に対する並々ならぬ思いは、鉄穴森も感心している。
人への愛情を全て刀に注ぎ込み、人としての優しさや節度、礼儀、品位などが全て欠落している。それほどまでにいろいろな物を犠牲にして刀に全てを注いでいる人はこの刀鍛冶の里でもそうそういない。
(もしかしたら……)
次の里長になるのは鋼鐵塚なのではないだろうか。齢37歳。まだ若い。技術もこれからますます研ぎ澄まされて行くだろう。高みに登るにつれて、人としての大事な物を失って行くのだ。
「あ!あれ鋼鐵塚さんじゃないですか!?」
小鉄が急に声を上げた。
「鋼鐵塚さー……ん?」
鋼鐵塚は大きな木の影から、こそこそと川辺にいる女を眺めていた。