11.最後の見合い
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鉄穴森と小鉄はもう何度潜入したのかわからないこの料亭の庭に再び身を潜めていた。
「こんなこそこそするのも今日で終わりですよね!?」
「そうなることを祈りましょう」
天気の良いある日の吉日。庭が美しいことで有名な料亭にて鋼鐵塚と実江の見合いが行われている。
濡れ縁のその奥に、着物を着て畏まっている実江と、普段の服装に面を外した鋼鐵塚が向かい合って座り、それぞれの隣りには実江の父親と里長の鉄珍が同席していた。
「やっとここまで来ることが出来ましたね。いろいろありましたが、鋼鐵塚さんも頑張りましたよ」
鉄穴森は感無量と言った感じでほろりと涙を流した。
「いや、鉄穴森さん。やっぱり俺にはあそこから禍々しい空気が放たれている気がしてなりませんよ。いますよ。ヤツが、この場に」
小鉄が視線を向けた方に顔をやれば、確かに濃い紫色の煙が立ち込めているようなどんよりとした空気をそこに感じる。その場所はちょうど鉄穴森と小鉄がいる辺り、錦鯉の泳ぐ美しい池の斜め向かい側であった。
「ですが、見て下さいよ。あの実江さんの表情。完全に恋する乙女の顔ですよ。可愛い妹の恋路を邪魔しますかね。それに前回は鋼鐵塚さんの男らしいところをお兄様も見ているはずですし、大丈夫だと私は思いますよ」
「そうかなぁ、また邪魔して来て鋼鐵塚さんに怪しい毒とか打ち込んだりしないでしょうね」
その時は、その時はと鉄穴森はごくりと喉を鳴らした。
「身を呈して鋼鐵塚さんを守りましょう。里の安寧の為です」
「嫌ですよ。自分の命が一番惜しいに決まってるじゃないですか」
「えぇ……そんな。小鉄少年、何と薄情な」
あまりにはっきりきっぱりと言い切る小鉄に鉄穴森は愕然とした。霞柱の時透無一郎が大変な時に、小鉄も鬼に怯まず霞柱を守っていたというのに。鋼鐵塚なら捨ておいても良いというのか。
「変な毒を食らって記憶無くしたくないですもん」
「まぁ、確かに……小鉄少年はまだ若いですし、体にどんな影響が出るかわからないですからね。ではそこは私が頑張りますよ。里と鋼鐵塚さんの為にも」
「あいつを先にどうにかしましょう。潜んでいる場所はわかってますし」
小鉄はやおら手を組み、指をばきばきと鳴らし始めた。武力行使に出るつもりなのか。実は縁壱零式の修理をしている過程で自分の剣の稽古をしていたとか? 小鉄よりどことなく覚悟とでも言うような激しい気迫を感じる。
「あいつ強そうですけど鬼じゃないし、たぶん行けますよ。頑張って下さいよ。鉄穴森さん」
「ええっ……そんな! 小鉄少年、薄情な!」
・・・
床の間に冬山と鳥が描かれた掛け軸と、南天の枝が飾られた生花が飾られている格調高い畳の部屋で四人は向かい合い座っていた。緊張とは程遠い雰囲気でちょこなんと座っている鉄珍が機嫌良さげに話している。
「いやぁ、猪を一撃で倒せるって聞いてたもんで、どんな子なんかとはらはらしてたけど。なんや可愛らしい娘さんで安心したわ。なぁ蛍」
鉄珍の隣りにいる鋼鐵塚はそう話し掛けられても無言であった。
「見合い写真が突然、紛失したと家では騒ぎになりまして。ばぁさんが渡してたんだな。もう実江の中では決まってたんだろう? すまんな気付かなくて。こういう時に男親は鈍くてダメですね。あははは……」
実江の父親、谷地森一実は豪快に笑っていた。笑った顔も実江には全く似ておらず、実江は母親似なのだろうなと鋼鐵塚は思っていた。
「鋼鐵塚さんは職人なんだな。良いねぇ、そういう骨のある職業は大好きだ。自分の技術一本の世界ですからね」
「そうなの。わし達みんな刀を作るのに命を掛けてるの。使う人を守る為にも」
刀を使う人。はて、このご時世に刀を使う機会は武術くらいかと実江と父親は少し不思議に思ったが黙っていた。
「あと、一つ大事なお知らせがあるんやけど」
鉄珍は少しの間を置いて話出した。
「里の掟で部外者は里の中に入れんのよ。本人、お嫁さん、里で産まれた子以外の人ね。なので、もし、実江ちゃんが蛍と懇ろになって結婚したら、実江ちゃんのお父さん、お兄さんは里に来る事はできんのや。実江ちゃんから会いに行くことは出来るんやけど」
言い終わって鉄珍は料亭側が用意していた煎茶を飲もうとした。煎茶はすっかり冷めてはいたが、そこには茶柱が立っていた。これは何か良い予感がする。鉄珍はこれから先の二人のことを暗示しているようでほっこりと嬉しい気持ちになった。
「実江から会いに来る分には問題ないならまぁ、こっちは待ってれば良いんだろ」
「里は隣りの山だし、歩いて行けばすぐだしね、お父さん」
顔を見合わせた実江と父親はさほど気にはしていないようで、鋼鐵塚は誰にもわからないようにほっと肩を撫で下ろした。
「里の掟なんやけど、そこが一番引っかかるかと思ったわ。難色を示す親御さんも多くて。実江ちゃんは大丈夫そうで安心したわ。良かったやないの、蛍。わしも心置きなく天国に行けるわ」
「何の、滅相もない。鉄珍さんはまだまだ元気そうだから大丈夫ですよ! あははは」
鉄珍と一実は愉快そうに笑っている。親同士は既に決まった物として話がついているかのようだった。
「ほんなら、後は二人に任せたで。じっくり今後のことを話し合うと良いわ」
そう言い残し、鉄珍と父親は部屋を後にした。