愛しい故に[血界戦線]
貴方の名前
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※
貴方__十年以上HLに住む一般女性。
レオナルド__HLに来て七年ほど。
一
私は幸せだった。それは人が羨むほどだったと思っている。そもそもヘルサレムズロットに住みながらただの一般人が 十年以上生きていたのもなかなかの幸運だけど、そういうことじゃない。私が幸せだったと思う理由は、普通の恋をして、普通の仕事をして、普通の生活を送れたというところだ。それに、全て人並みの成功を収めている。だから、これ以上は望めないと思って高みを目指すのは避けていた。これなら、ずっと普通の幸せが続いてくれるものだと考えていたのだ。
しかし、そんな簡単な話では無かった。ここはヘルサレムズロットなのだから。それに、人生はそんな簡単に事を運ぶことなんて不可能なのだ。
「不死の病……?」
「病っていうより呪い、なんだって」
平然と言い退けるレオに顔が青ざめる。数日前、目が見えなくなるかとしれないと彼は私に告げた。驚いたけど、彼がここに来た理由は妹の眼を治すことだったから仕方がないことだとも思った。それは神々の義眼の契約を破棄することだから。きっとミシェーラさんの目を治すにはそれ相応の代償がつくのだろうと私も彼も覚悟してた。けどさ、こんな酷いことあるんだね。
「手を付けられないってルシアナ先生も言ってた」
「目はどうなったの」
「ミシェーラの目は治ったみたい、俺の目は、劣化型の義眼になった。いつだったか君に話した、ミシェーラを襲ったあいつの眼みたいにね。完全に破棄することは不可能だったらしいや」
「……どうしてこうなったの」
かろうじて出たのはこの言葉だった。彼は苦笑いをしながら私の手を握った。その手は酷く冷たかった。その腕は呪いのせいで見るに堪えないくらい痛々しかった。
病室に呼ばれてから嫌な予感はしていた。入った瞬間その予感は当たっていることがわかった。彼の身体中に黒々とした模様が蔓延っていたから。身体の先端部分といえる手や足、顔のところには模様が無かったのが唯一心を落ち着かせた。
「流石にさ、神々の義眼の契約を完全に破棄することは出来なかったよ。ほんと、あぶないことしたんだけどね、新しい契約を増やすような行為だったんだよ。……経緯は会社のひとに口止めされてるから言えないんだけど、ミシェーラの眼が治る方法は少し前から分かってたんだ」
「……うん」
「……でも、どうやら神々の義眼を持ってる俺に全ての代償がくるらしくて……それじゃあミシェーラも悲しむだけだろ?だからもう少し方法を探そうって話になってたんだ、けど」
「……なに?」
「……」
返事が無くなって不安を覚えると彼をじっと見つめた。彼は私の視線に気がつくとはにかみ、握っていた手を一回擦った。くすぐったくて少しだけ私も笑った。
「それをしてくれるのが異界人でさ、暫く待ってくれって言ったら俺に早く選択しろって迫ってきたんだ、誰もいないところで。しかもあいつ選ばないならここで殺すとか言い始めてどうにもできなかったんだ、はは。……俺は、ミシェーラの眼が治るなら別にこの体を捨てても良かったんだよ。ミシェーラは優しいから、俺が神々の義眼を持つことになったのをどこか後悔している。勝手だけど俺はその負担をなくしたかった……今回のことはミシェーラには内緒だよ?」
内緒、だなんてふざけているんだろうか。付け足すようにバレたら怒ってくるだろうしね、なんて笑う彼は酷く残酷だと思った。きっと逃げようと思えば彼は逃げれたはずなんだ。逃げなかったのは、ミシェーラさんのためなら自分のことはどうでもいいということ?それとも早く長年の負担を消してしまいたかったから?今回の事をミシェーラさんが知ったらどれほど深い悲しみに心を沈めるのだろう。でも、こんなの、私には怒るに怒れない。
「身体は、大丈夫なの……?」
「ちょっと冷えてるだけ、ぽい?今のところは死なないっぽい?」
「なんで曖昧なんだよふざけんなぁ……!!」
私が小突くと彼は軽く笑い私の頭を撫でた。妙に優しい手つきに目頭が熱くなる。そんな私に気づいているのかいないのか、彼はそっと私の目元を触った。暖かい気持ちになった、けれど冷たい手が現実を叩きつけてくる。それが悲しかった。
「あの、さ……ミシェーラとの電話、一緒にいてもらってもいい?」
「ん、仕方ないな」
少し出ていた涙を引っ込ませて、笑顔でレオを見た。なんにせよ、彼が選んだ道には反対しないでついていくと決めたんだ。私は、支えるだけ。
そう思っていると、
「なんていい子なの……!」
「まあじでレオにはもったいないな!!!」
「お前たち……!静かにしないか」
ガヤガヤと扉付近がうるさくなる。ん、と?誰なんでしょーか?うるさくなった方を見ると褐色肌の男性とすらっとした女性、そして頬に傷のある男性が部屋の前にいた。
「あの、あなた方は……?」
「僕の会社の人たちだよ」
「え!?」
若干カタギの人っぽくないけど……。そう思いつつ、私はレオの手助けをしてくれた人たちなんだから、とその考えを頭からかき消す。よし!こう言う時は。
「いつもレオナルドがお世話になってます!」
常套句に限る!精一杯の愛嬌と誠意を持って挨拶するのが一番だよね。すると褐色肌の男性が我先にと口を開いた。
「ほんっといつモガっ!?」
「あんたは黙ってなさい……!」
「はは、こいつのことは気にしないでください」
「は、はぁ……」
褐色肌の男性の口をすらっとした女性が塞ぐ。その後に頬に傷のある男性が私に近寄って笑いかけた。……これからコントが始まるとでも言うのだろうか?
「どうも、レオナルド君の……彼女さんであってるかな?」
「あ、はい!レオナルドの彼女をしてるイツキです!」
「僕の名前はスティーブン・A ・スターフェイズ、君の彼氏の上司だ。話は、大体聞いてるね?」
そういうと私とレオとスティーブンさんでこれからのことを話し始めた。レオの呪いは会社側の責任が大きいということで色々負担してくれるとか、それをレオが必死に否定するとか、まぁ……色々。いろんなことを話し終えるとスティーブンさんは普通に帰っていった。いや、普通ではなかったかな……。
「__と言うことで、レオはしばらく彼女さんにお世話になることになったわけだが……出社したら、わかるな?」
「はいっ!!」
スティーブンさんの春風のような笑顔に青ざめるレオ。怖いな……。出来るだけ関わらないでおこう、いや関わることもないだろうけど。そう決意を抱いているとさっきまで寝ていた褐色肌の男性の電話が鳴り響いた。ここ病室ですけども。隣の女性も迷惑そうだ。
「あー、魚類そっち終わったんか、あー、おぉ……」
魚類って何……?魚と電話できるの?あ、ここヘルサレムズロットだったわ。そう現実逃避していると
「あ?旦那もこっちくるのか?それ、大丈夫なのか?」
するとスティーブンさんの顔色が変わった。何かに焦っているような気がする。何に焦るというんだろうか。
「イツキさんは凶悪なクマとか大丈夫なタイプかな?」
「そんなピンポイントにものを考えたことないですけど」
凶悪なクマ、か……あったら血の気が引いてぶっ倒れるかもしれないなぁ。私こんなところに住んでるけどビビリだし。
「……だよな、止めとけ。……お前も分かるだろ?旦那の人相さい」
ガラリと扉が開く。そこにいたのは大きな。
「ここがレオの病室だろうか」
「すいません、やんわり止めたんですが……」
「クラっちに遠回しなんて伝わんないわよっ」
大きな凶悪な。
「貴方がイツキ殿ですか、私は……?」
「殺さないでくださいぃ……!!」
「イツキ!?」
大きな凶悪な熊がいた。
「だから旦那はくるのやめといたほうがいいって言ったのに」
「ど、どうして……?」
ぶっ倒れはしなかったけど怖くてレオにしがみついた。レオが私の名前を叫んでたけど、その後のことはよく覚えてない。……あの後レオに聞いたらあのクマは勤め先の社長だって言われて涙が出そうになった。
二
「レオ」
「ん?」
あれから一ヶ月の時が過ぎた。レオは呪いに関してはどうすることもできないということであの後すぐに退院した。レオはスティーブンさんに注意されたからかこっそり仕事に行こうとしていたらしいのをやめた。私もそのほうが安心するから嬉しいけど……。
「最近、どうしてこんなにべったりなの……?」
そう、なぜか一ヶ月前くらいから私に引っ付いてばっかなのだ。家にいるときは必ずどこかしらに触れているし、外にいる時もほとんどの場合手を繋ごうとしてくる。この間ザップさん(あの後自己紹介される機会があった)にそれを見られた時、からかわれたにも関わらず何食わぬ顔をしてなんなら「俺の彼女、可愛いでしょ」なんて言うもんだからほんとに恥ずかしかった!前まで室内ですら手を繋ぐことを避けていたのに、こんなくっついてくるのはおかしいでしょ!もっとピュアだったじゃん!
「……そう?変わらないよ」
「いや変わってるでしょ!」
「変わらないよ」
ゾッとした。なんでかわからないけど、あっけらかんとしたその表情に恐怖を抱いた。事実を捻じ曲げるように、今までもこんな想いをぶつけていたんだというように私のことを見つめてくる。こんな身体になったというのにまだ残っている青く光る瞳で私を見つめてくる。レオってこんなに不気味だったかな?そんなわけないよね……。ならなんでこんな……。ううん、こんなの考えたらダメ。
「そ、そういうなら、そうかも」
「うん」
そういうとレオは私の額にキスをした。……なんでこんなキザなことできるようになったのかな。恥ずかしい。けど、嬉しいな。最近はわかりやすく愛してくれているから安心する。だからこんなレオでもいっかと思う節もある。別に生活に問題があるわけじゃないしね。そうやってくっついている彼を眺めているとレオが声をかけてきた。
「そうだ、旅行に行かない?」
「旅行?」
「うん、こんなに休みを取れる機会、もう無いから」
もう無い、そう断言する彼は何を思っているんだろうか。感情を見ることも許されないほどに硬く閉じた目に未だ恐怖を抱く。そして同時に先程のようにあの青い眼を見るのが怖く感じた。
「そう……なら行こっか!」
私は笑った。これ以上は考えてはダメだと頭からイメージを掻き消して、これからいく見知らぬ場所へと思いを馳せた。
三
旅行の話が出てから、私は気分が上がりっぱなしだった。それはレオも同じだったようで、言ったその日にどこに行くかを決めてくれた。目的地を決めたらそれから一週間は準備で忙しかった。ちなみに行くことになった場所はというと。
「レオの故郷だー!!」
「そんなに叫ばないでよ……」
そう、レオの故郷。私たちは長い間乗り物に揺られながらその地に二人で降り立った。正直な話、旅行に行けるなら私はどこでもよかったのだ。それを彼に伝えると、彼は嬉しそうに旅行先を提示した。それが、レオの故郷。レオのご両親に挨拶してないしそれもいいかも、そう思って私はその提案を受け入れた。
「空気が美味しいね」
「うん、それに視界も霧に覆われてなくて楽だ」
ちなみにどうして行きたかったのかも聞いてみた。まあ特に不思議な理由ではなかったんだけど。
「ただ、今は故郷に行きたくて……それにイツキに俺の暮らした場所を見て欲しいんだ」
そう言われて断る人なんかいないでしょ?確かにここ最近のところレオは何かに悩むような仕草をすることが多かった。だから心配だったのだけど、故郷に行くだけで気晴らしになるなら喜んでその提案を受け入れよう。そう思ったのだ。
「挨拶に行こっか」
「まず誰のところに行こうかな」
「そうだなぁ、まずは彼女のところまで案内してよトータスナイト様?」
「君までそれ言うの?まぁ……ミシェーラのところに一番にいったらきっと誰よりも喜んでくれるだろうからね」
曖昧に笑った後、私の手を引いてどこかへと連れて行ってくれる彼。そういえば、ミシェーラさんは今旦那さんと一緒にいるのかな。だとしたら行きづらいな……。そう思いながらももう彼を止めることはできないか、と諦めながら彼に身を任せた。
「ミシェーラが今いるのは……きっとあそこだな」
「あそこ?」
そう聞くとにこりと私に笑いかけて、携帯の画面を見せてきた。そこには【いつものところで待ってるね!】と彼女からの返事が書かれていた。
「連絡してたんだ、今日帰ってこれるって」
「いつもの場所ってことは、前から言っていた……」
彼が連れて行ってくれたのは、やっぱりあの山の方向だった。彼は携帯の画面を見せた後、自身でもう一度確認して呆れたように閉じた。けれどその顔は心底楽しそうで……。私は楽しみだった。彼は見飽きたとか言ってたけどいつもその場所のことを話すときは楽しそうだったから、気になってたんだ。
「見えてきたね」
「ミシェーラさんとトビーさん……だよね?」
近づいてみると二人ともわたしたちに気がつく。二人の後ろには広大な美しい景色が広がっていた。
「お兄ちゃんにイツキちゃん!」
「ごきげんよう、レオナルドにイツキ」
私たちを視界に映した途端笑顔をこちらに向けてくる二人。似ているなぁ。笑顔の種類が違えども彼女たちは性質が似ている。……少なくとも私はそう思う。親しみやすいと思ったのだ。だから彼らと話すときは心地いい。
「ごきげんよう、ミシェーラさんにトビーさん」
「久しぶりだね、二人とも」
レオがミシェーラさんにハグをする。和やかな雰囲気がその場に流れた。何やら二人で話し込んでいるようだ。そうだなぁ、トビーさんと話しておこうかな。
「二人は今何をしてらっしゃるんですか?」
「今かい?今は二人で旅行してるんだ。彼女の視力が戻ったからね」
「そうなんですか!いいですねそれ!ちなみにトビーさんたちは次はどこに……?」
あれ、腕に重みが……。重みを感じた方の腕を見るとレオが渋い顔をしてこちらを見ていた。……なんだっていうんだ。すると困ったようにトビーが口を開いた。
「……レオナルド、僕にはミシェーラが」
「そんなこと知ってるよ、でも君だって僕の自慢話に嫉妬してたんだろ」
「それを言われたらかなわないな」
何?なんで話が通じてるの?困惑しながら彼らを見ているとミシェーラさんが近づいてくる。
「愛されてるね」
「それをいうならミシェーラさんもでしょ?」
「あはは、私たち幸せだね」
幸せ、その言葉に少しだけ心が安らいぎながら可愛らしい笑顔に心を奪われ彼女の目をみた。綺麗な、普通の瞳だ。よかった、そう思った。
「そういえば、イツキちゃん!ミシェーラって呼んでって言ったじゃない」
「え、えぇ……うーん、そうだね!わかった」
いつだったか言われた約束を思い出した。確かにそんな話してたなぁ。私が返事をすると何倍も笑顔になるミシェーラさ……を見ると和やかな気分になる。そばにいると心地がいいな。じっと彼女をみながら新鮮な空気を吸い込んでいると視線を感じ始める。
「イツキ、こっち」
「ん?はいはい」
視線の主はレオだったわけだが……レオがこっちと呼びかけるのは手を繋ぎたい時だ。すっと寄って手を繋いでみる。キュッと握る手は優しい。私もずいぶん慣れたな。
「わ〜、お兄ちゃんベタベタだね」
「見てるこっちが恥ずかしくなりそうだ」
「そうかな?」「やっぱりそう?!」
おかしいよね!ベタベタだよね!今更恥ずかしくなってきたよ!再起不能になりながらも手を離す気のないレオに半ば諦めを抱いた。恥ずかしいメーターは限界値だ。
「おかしくなんかないよ」
「あはは、こんなに積極的なお兄ちゃん初めてかも」
そのミシェーラの言葉でノックアウトだった。
四
そしてミシェーラたちと会ってから二週間ほど私たちは穏やかにそこで暮らした。呪いのせいで失われた幸せを取り戻すように。そんなある日、
「ねぇイツキ、また、あそこに行こうよ」
「ん……山?」
「うん」
突然の提案だった。昼ご飯を食べているときだったから咄嗟に返事をしたけどほとんど当てずっぽうだった。けれど当たってた。でも、何で山に行きたいんだろ。
「湖の方が印象に残らない?」
「そうかな?ところで何で行きたいの?」
「何でかぁ……思い出深いから、かな。それに今更だけど俺もあの景色好きなんだって気がついたから」
レオを見るととても穏やかな顔をしていた。あぁ、なんだ杞憂だったのかな。私は旅行にいく前の不穏な空気を思い出していた。よかった、レオは生きてくれる。そう思えた。
「ま、いいよ。行こっか」
「ありがとう、お昼食べたら行こうか」
「オッケー!」
「俺はもう食べたから準備してくるね、食べるのゆっくりでいいよ」
「はいはい」
って言ってももうご飯食べ終わるんだけどね。るんるんで食べ終えた食事の皿を片付ける。これってデートだよね!私景色のいいところにデート行くの好きなんだよね。あそこは私の中でも一二を争うくらい綺麗な場所だから楽しみ。そんな考えを膨らませているとレオが扉から顔を出した。背中にはリュックサックを背負っている。
「あ、食べおわったの?俺はリビングで待ってるから準備しておいで」
「うん!すぐ行くから待ってて」
まぁ、デートと言っても森を通らなければいけないからそこまでのオシャレはできない。だから準備にはさほど時間がかからなかった。でもできるかぎりの用意はして行くつもりだから後二十分はかかるかも。……冗談。
五
「やっぱり、私この景色好きだなぁ」
「そっか」
あの後ほんとに二十分かけて準備をした。彼氏にはいいように見られたいのが女の子でしょう!……ま、準備した時間より湖までの道のりの時間の方が短かったのは申し訳なくなったけどね。……ふと思いついた言葉を話したくなった。
「レオ、私今幸せだよ」
「……俺もだよ、イツキ」
「連れてきてくれてありがと」
「こちらこそ、ありがとう」
「大好き」
「愛してるよ」
何だかくすぐったい。心がぽかぽかしている。そんな甘いひとときに身を委ねていると彼がリュックサックから徐に何かを取り出した。どうしたんだろ、ご飯食べた後だからピクニックの為の何かではないだ
「俺、多分後一ヶ月もしないうちに死んじゃうって」
……?今、何言って
「会社の人たちには事情を伝えてるんだけど、親とか、ミシェーラと君には残酷すぎるから伝えて無かった。先生に言われてたんだけど、イツキには心配かけたくなくて今まで言ってなかった。ごめん」
「ごめんって……」
私はそんな謝罪を聞きたいわけじゃない。私は……。突然降ってきた現実に頭を抱えた。どうして、そんなこと言うの?私、今とっても幸せで……。ふと、黒く染まった腕が見えた。
「何で、今、教えたの?」
「何でって、そんなの決まってるでしょ」
まるで、知らないなんておかしいと言うように笑ってくるレオに、冷たい風が吹く。心なしか、自分の呼吸が浅くなっているように感じる。そういえば、リュックサックから出したものって……?自然と目線がレオの手元に
「君に殺してもらうためだよ」
手元には、ナイフがあった。顔を上げたとき目があった彼の笑顔が恐ろしかった。手が冷たい。唇も震えて口が回らない。
「ぃ、いや……やぁ」
帰りたい。こんな事実を忘れて幸せになりたい。だめなの?幸せを願っちゃいけないの?私はこんなレオを見たいわけじゃない。
「嫌じゃないよ、僕はずっとお願いしたかった」
お願い?だったら断ってもいいじゃないか。強制的に物を頼むなんて、そんなの命令だ。……逃げろ、こんな理不尽から。私は逃げる権利を持ってる。私は……。
「はっ……!!」
「逃げないで」
「うぅ!!」
走り出した、息を吐き出した。けれどすぐに押し倒されて捕まった。男の腕力には勝ち目がないのだ。彼の顔を見るが依然普通の表情だ。逃げることも、そしてそれを捕まえることも想定していたみたいな、普通の顔。逃げれないのだという現実をひしひしと肌で感じてしまった。……それでも、それでも!!
「私は殺したくない……!」
ぼろぼろと溢れる涙。もうどうしようもないの?後一ヶ月で呪いが解けるかもしれないじゃんか。ミシェーラの目が治ったように貴方の体だって!!彼の顔が近づいて反射で目を瞑る。
「ん」
「ぅ……なんでっ」
なんでキスは優しいんだろう。こんなにも……。目を開けると優しく微笑むレオがいる。そこだけ切り抜くと幸せなカップルなのに、目の前の彼は私に自分を殺すことを願っている。こんなの、狂ってるとしか言いようがない。
「帰ろーよ、私がレオを殺したらミシェーラにどう償えばいいかわかんないよ」
「……」
そういうと、少しだけ動きを止めた。やっぱりミシェーラに関わることには弱い。なんか少し寂しい事実かも……なんて考えた。すると押し倒す体制のまま彼は私を押しつぶすように抱きしめた。案外苦しくはなかった。
「……ミシェーラは、きっとわかってるよ」
「は」
「それにね、イツキ。俺はイツキに出会ってから、俺の中の一番はイツキなんだよ。ミシェーラが悲しんだとしても、呪いで死ぬくらいなら……どうせ死ぬなら、君がいい」
わがままでごめんね。そう口にすると私の手を掴み何かを握らせた。何かって、そんなのあのナイフしかないわけで。
「待って、だめだよ、いやだ、あ」
「笑って?」
そう言われて、何だかあっさりと諦めがついた。もう、抗うことはできないのだと。もう選択肢なんかないんだと。そう考えたら何もかも別にどうでも良くなった気がするし、彼の望みを聞いた方が良いとも思えた。だから、私は
「……ありがとう」
静かに微笑んだ。
「ねぇ、レオ、愛してるって言って」
「愛してる」
「私も、愛してる。ねぇお願い事とかある?」
「……俺が死んでも新しい男とか作らないで」
「分かってるよ、レオも死んでも私を見ててね」
「うん、イツキと一緒に天国に行くよ。それまで待ってる」
「できるの?」
「笑うなよ、俺は本気だから」
できるだけ話し続けた。諦めたと言ってもやっぱり嫌なものは嫌だから。
「私、みんなにどう言い訳すればいい?」
「言い訳しなくてもみんなわかってると思うよ」
「何それ」
「僕、そういうこと何回か知り合いに言ってたから」
「え、それみんなどう反応してたの?」
「人それぞれかな、クラウスさんとかツェッドさんは止めてたし、ザップさんは引いてたな。だから察されないように一ヶ月前に旅行することにしたんだけどさ……けどスティーブンさんは、同意してた気がする」
「気がする?」
「多分クラウスさんの前だったからあからさまに同意はしてなかったけど、否定はしないし……ああいう反応は基本的に賛成の時だよあの人は。だから後始末は請け負ってくれるんじゃないかな」
「ふぅん」
スティーブンさんも危険思想派なのか。やっぱり普通じゃないな。でも、最低な話だけど私は人に責められることはないんだと知って安心した。そう考えると私も相当な危険思想を持ってるのかもな。
そうやってどれくらい経ったのだろう、レオがふと私と一緒に起き上がってキスをした。そして座っている私の頬を嬉しそうに撫でると呟いた。
「なんか、最後の日なのにキスだけで終わるの残念だなぁ」
「……ばか」
「あはは……じゃ、そろそろやろっか」
「……まだ早いよ」
「景色がよく見える時がいいんだ。お昼過ぎくらいがちょうどいいんだよ」
「私しか見てないくせに……ねぇ、私も一緒に」
「イツキは死にたくないでしょ」
「ぁ……」
図星だった。それはそうでしょう?進んで死にたい人間なんて滅多にいない。私だってそうだ。レオも死ぬって言われたからこの選択をしただけで……。そう考えたら堰き止めていた感情のダムが決壊する。
「レオ、好きだよ、愛してる、それに、そ、れにね……生きて、欲し、いよぉ」
はらはらと頬を伝う涙に一層別れが鮮明になるのを感じた。あぁ、やだなぁ、どうしても死ななきゃいけないの?そんなことないでしょう?嫌だ、やだよぉ……。
「ごめん、でも呪いがなくても俺はイツキに殺されたかったんだ。遅かれ早かれイツキの手でね」
「ばか、ばかばかばか!!わがまま!レオはわがままだよ!」
「うん」
「ばかぁ……」
「……」
「レオ……!」
「……愛してる」
そういって私の手を強く握って心臓に突き刺した。持っていたナイフが肉と肉の間を滑る。ナイフってこんな簡単に刺さるもの?……ああ、そっかヘルサレムズロットのナイフか。それなら納得かも。そしてまたするりと抜けるナイフを目で追った。頭の中は怖くなるほど冷静だった。
「出血死まで話そうか……」
血を吐きながら話す彼に向き合う。
「まあ、もって数分だろうけどね」
「……充分よ」
「はは、っゲホ、そういえば……イツキはどうして僕のこと好きになったの?」
「恥ずかしいよ、それ言うの……私が言ったらレオも言ってね」
「うん」
「あのね、レオの、顔」
「え……」
「別に顔だけが好きだったってことじゃないからね!」
「いや、なんか、顔が、好きだって言われたこと、なかったから……」
「……いちいち言うまでもなく顔がいいんだよ」
「君ぐらいしか……そんなこと、言わ……ないよ」
「……」
「ど、うしたの」
冷えてきた。私の手を覆う彼の手が冷えてきている。つまりは、かれが……。
「……泣か、ないで、よ」
「うっ、ん……うぅ!」
「は、はは……泣、いてるじゃん、か」
「だってっ、死ぬんだよ!?」
「……ん」
「返事だって、遅れてきてるじゃんか」
「……」
確実に衰弱してるのに手を握る強さは変わらない。
「レオ……レオ!」
「ん?」
「ん、じゃないよ……目を開けて?」
「うん……」
「なんで……目を、開けてよ」
「イツキ、顔、近づけて」
「……」
血の味がした。唇が離れて彼を見た時、
「ずっと、好き、だから」
「私もだよ……!」
彼は笑った。そうして、私はレオの亡骸を抱えて泣き続けた。
六
あの後、あたりが赤く照らされる時間までレオを抱きしめて泣いていた。暗くなりそうだということにはっとして冷静になると私はレオの携帯電話を使ってスティーブンさんに電話した。きっと一番に連絡するのは彼が良いとかんがえたから。まぁそれは正解だったようで、随分と手際良くスティーブンさんは私と彼の言い訳づくりに人員をさいてくれた。どうやらその人員ってのが秘密の部隊らしい。なんだそれは、とも思ったけど出会った時からカタギの人っぽくなかったのを思い出して納得した。でも秘密にするくらいなのにこんなあっさり私たちのために使っていいのか、と聞くと
「部下の最後の願いだ。それを蔑ろにするのはどうかと思ってね」
そう答えてくれた。いい上司を持ったんだねと、レオに呟いた。言い訳が完成した頃はあたりが薄ら寒くなり始めた頃だった。結局、自宅で、私がいない時にレオが自殺を図ったということになった。私はそれを見つけた、ということに。私はそのまま葬式に参列したのだった。
七
あれから一週間。葬式では誰からも疑われることもなく、誰しもから慰めの言葉を投げかけられた。まぁ、殺したのは、私、なんだけど。若干感傷的な雰囲気に呑まれそうになりながら彼女の車椅子を押した。
「イツキちゃん」
「ん?どうしたのミシェーラ」
そして今日、私は彼女に真実を話すつもりだ。別にバラしたいというわけじゃない。けど、言わないのは、気が引けた、というか……落ち着かないのだ。ただ、レオが人生かけて救おうとした彼女に黙っているのはお門違いじゃないんだろうかと思ったのだ。
「イツキちゃん、ありがとう」
「……感謝されること、してないよ」
これから話す事を聞いたら、きっと幻滅、それどころか軽蔑するだろうし……。そう思って口を結んで彼女をあの湖の、彼が死んだ本当の場所へと連れて行く。すると
「ううん、だってお兄ちゃんのわがままを聞いてくれたんでしょ?」
「……え?」
まるで、すべての事情を知っているかのような発言だった。
「詳しく聞いても?」
「あはは、そんなにかしこまらないでよ。単にお兄ちゃんから聞いたってだけだから」
「え?」
「それっぽいこと」
なにそれ……?レオは、死ぬことを伝えてたってわけ?それに、死ぬっていうのにミシェーラは放置してたの?……もう、頭ん中ごちゃごちゃだよ。
「大丈夫、イツキちゃん、私も、ほんとうは生きてくれるかもって、思ってたよ」
そう言って、目の前の彼女は肩を震わせた。
「私は……イツキちゃんはね、幸せになるべきだと思う……」
「それはミシェーラもだよ……」
それにつられて、私も喉を鳴らした。
「ごめんね、ごめんねっ……!私が、ころ、したのに……!!」
「ううん……!」
わたしたちは抱き合った。
もう戻れないのだ。私たちはこの思いを抱えたまま一生を過ごすんだ。……おやすみ、レオ……もう少しだけ待っててね。
貴方__十年以上HLに住む一般女性。
レオナルド__HLに来て七年ほど。
一
私は幸せだった。それは人が羨むほどだったと思っている。そもそもヘルサレムズロットに住みながらただの一般人が 十年以上生きていたのもなかなかの幸運だけど、そういうことじゃない。私が幸せだったと思う理由は、普通の恋をして、普通の仕事をして、普通の生活を送れたというところだ。それに、全て人並みの成功を収めている。だから、これ以上は望めないと思って高みを目指すのは避けていた。これなら、ずっと普通の幸せが続いてくれるものだと考えていたのだ。
しかし、そんな簡単な話では無かった。ここはヘルサレムズロットなのだから。それに、人生はそんな簡単に事を運ぶことなんて不可能なのだ。
「不死の病……?」
「病っていうより呪い、なんだって」
平然と言い退けるレオに顔が青ざめる。数日前、目が見えなくなるかとしれないと彼は私に告げた。驚いたけど、彼がここに来た理由は妹の眼を治すことだったから仕方がないことだとも思った。それは神々の義眼の契約を破棄することだから。きっとミシェーラさんの目を治すにはそれ相応の代償がつくのだろうと私も彼も覚悟してた。けどさ、こんな酷いことあるんだね。
「手を付けられないってルシアナ先生も言ってた」
「目はどうなったの」
「ミシェーラの目は治ったみたい、俺の目は、劣化型の義眼になった。いつだったか君に話した、ミシェーラを襲ったあいつの眼みたいにね。完全に破棄することは不可能だったらしいや」
「……どうしてこうなったの」
かろうじて出たのはこの言葉だった。彼は苦笑いをしながら私の手を握った。その手は酷く冷たかった。その腕は呪いのせいで見るに堪えないくらい痛々しかった。
病室に呼ばれてから嫌な予感はしていた。入った瞬間その予感は当たっていることがわかった。彼の身体中に黒々とした模様が蔓延っていたから。身体の先端部分といえる手や足、顔のところには模様が無かったのが唯一心を落ち着かせた。
「流石にさ、神々の義眼の契約を完全に破棄することは出来なかったよ。ほんと、あぶないことしたんだけどね、新しい契約を増やすような行為だったんだよ。……経緯は会社のひとに口止めされてるから言えないんだけど、ミシェーラの眼が治る方法は少し前から分かってたんだ」
「……うん」
「……でも、どうやら神々の義眼を持ってる俺に全ての代償がくるらしくて……それじゃあミシェーラも悲しむだけだろ?だからもう少し方法を探そうって話になってたんだ、けど」
「……なに?」
「……」
返事が無くなって不安を覚えると彼をじっと見つめた。彼は私の視線に気がつくとはにかみ、握っていた手を一回擦った。くすぐったくて少しだけ私も笑った。
「それをしてくれるのが異界人でさ、暫く待ってくれって言ったら俺に早く選択しろって迫ってきたんだ、誰もいないところで。しかもあいつ選ばないならここで殺すとか言い始めてどうにもできなかったんだ、はは。……俺は、ミシェーラの眼が治るなら別にこの体を捨てても良かったんだよ。ミシェーラは優しいから、俺が神々の義眼を持つことになったのをどこか後悔している。勝手だけど俺はその負担をなくしたかった……今回のことはミシェーラには内緒だよ?」
内緒、だなんてふざけているんだろうか。付け足すようにバレたら怒ってくるだろうしね、なんて笑う彼は酷く残酷だと思った。きっと逃げようと思えば彼は逃げれたはずなんだ。逃げなかったのは、ミシェーラさんのためなら自分のことはどうでもいいということ?それとも早く長年の負担を消してしまいたかったから?今回の事をミシェーラさんが知ったらどれほど深い悲しみに心を沈めるのだろう。でも、こんなの、私には怒るに怒れない。
「身体は、大丈夫なの……?」
「ちょっと冷えてるだけ、ぽい?今のところは死なないっぽい?」
「なんで曖昧なんだよふざけんなぁ……!!」
私が小突くと彼は軽く笑い私の頭を撫でた。妙に優しい手つきに目頭が熱くなる。そんな私に気づいているのかいないのか、彼はそっと私の目元を触った。暖かい気持ちになった、けれど冷たい手が現実を叩きつけてくる。それが悲しかった。
「あの、さ……ミシェーラとの電話、一緒にいてもらってもいい?」
「ん、仕方ないな」
少し出ていた涙を引っ込ませて、笑顔でレオを見た。なんにせよ、彼が選んだ道には反対しないでついていくと決めたんだ。私は、支えるだけ。
そう思っていると、
「なんていい子なの……!」
「まあじでレオにはもったいないな!!!」
「お前たち……!静かにしないか」
ガヤガヤと扉付近がうるさくなる。ん、と?誰なんでしょーか?うるさくなった方を見ると褐色肌の男性とすらっとした女性、そして頬に傷のある男性が部屋の前にいた。
「あの、あなた方は……?」
「僕の会社の人たちだよ」
「え!?」
若干カタギの人っぽくないけど……。そう思いつつ、私はレオの手助けをしてくれた人たちなんだから、とその考えを頭からかき消す。よし!こう言う時は。
「いつもレオナルドがお世話になってます!」
常套句に限る!精一杯の愛嬌と誠意を持って挨拶するのが一番だよね。すると褐色肌の男性が我先にと口を開いた。
「ほんっといつモガっ!?」
「あんたは黙ってなさい……!」
「はは、こいつのことは気にしないでください」
「は、はぁ……」
褐色肌の男性の口をすらっとした女性が塞ぐ。その後に頬に傷のある男性が私に近寄って笑いかけた。……これからコントが始まるとでも言うのだろうか?
「どうも、レオナルド君の……彼女さんであってるかな?」
「あ、はい!レオナルドの彼女をしてるイツキです!」
「僕の名前はスティーブン・
そういうと私とレオとスティーブンさんでこれからのことを話し始めた。レオの呪いは会社側の責任が大きいということで色々負担してくれるとか、それをレオが必死に否定するとか、まぁ……色々。いろんなことを話し終えるとスティーブンさんは普通に帰っていった。いや、普通ではなかったかな……。
「__と言うことで、レオはしばらく彼女さんにお世話になることになったわけだが……出社したら、わかるな?」
「はいっ!!」
スティーブンさんの春風のような笑顔に青ざめるレオ。怖いな……。出来るだけ関わらないでおこう、いや関わることもないだろうけど。そう決意を抱いているとさっきまで寝ていた褐色肌の男性の電話が鳴り響いた。ここ病室ですけども。隣の女性も迷惑そうだ。
「あー、魚類そっち終わったんか、あー、おぉ……」
魚類って何……?魚と電話できるの?あ、ここヘルサレムズロットだったわ。そう現実逃避していると
「あ?旦那もこっちくるのか?それ、大丈夫なのか?」
するとスティーブンさんの顔色が変わった。何かに焦っているような気がする。何に焦るというんだろうか。
「イツキさんは凶悪なクマとか大丈夫なタイプかな?」
「そんなピンポイントにものを考えたことないですけど」
凶悪なクマ、か……あったら血の気が引いてぶっ倒れるかもしれないなぁ。私こんなところに住んでるけどビビリだし。
「……だよな、止めとけ。……お前も分かるだろ?旦那の人相さい」
ガラリと扉が開く。そこにいたのは大きな。
「ここがレオの病室だろうか」
「すいません、やんわり止めたんですが……」
「クラっちに遠回しなんて伝わんないわよっ」
大きな凶悪な。
「貴方がイツキ殿ですか、私は……?」
「殺さないでくださいぃ……!!」
「イツキ!?」
大きな凶悪な熊がいた。
「だから旦那はくるのやめといたほうがいいって言ったのに」
「ど、どうして……?」
ぶっ倒れはしなかったけど怖くてレオにしがみついた。レオが私の名前を叫んでたけど、その後のことはよく覚えてない。……あの後レオに聞いたらあのクマは勤め先の社長だって言われて涙が出そうになった。
二
「レオ」
「ん?」
あれから一ヶ月の時が過ぎた。レオは呪いに関してはどうすることもできないということであの後すぐに退院した。レオはスティーブンさんに注意されたからかこっそり仕事に行こうとしていたらしいのをやめた。私もそのほうが安心するから嬉しいけど……。
「最近、どうしてこんなにべったりなの……?」
そう、なぜか一ヶ月前くらいから私に引っ付いてばっかなのだ。家にいるときは必ずどこかしらに触れているし、外にいる時もほとんどの場合手を繋ごうとしてくる。この間ザップさん(あの後自己紹介される機会があった)にそれを見られた時、からかわれたにも関わらず何食わぬ顔をしてなんなら「俺の彼女、可愛いでしょ」なんて言うもんだからほんとに恥ずかしかった!前まで室内ですら手を繋ぐことを避けていたのに、こんなくっついてくるのはおかしいでしょ!もっとピュアだったじゃん!
「……そう?変わらないよ」
「いや変わってるでしょ!」
「変わらないよ」
ゾッとした。なんでかわからないけど、あっけらかんとしたその表情に恐怖を抱いた。事実を捻じ曲げるように、今までもこんな想いをぶつけていたんだというように私のことを見つめてくる。こんな身体になったというのにまだ残っている青く光る瞳で私を見つめてくる。レオってこんなに不気味だったかな?そんなわけないよね……。ならなんでこんな……。ううん、こんなの考えたらダメ。
「そ、そういうなら、そうかも」
「うん」
そういうとレオは私の額にキスをした。……なんでこんなキザなことできるようになったのかな。恥ずかしい。けど、嬉しいな。最近はわかりやすく愛してくれているから安心する。だからこんなレオでもいっかと思う節もある。別に生活に問題があるわけじゃないしね。そうやってくっついている彼を眺めているとレオが声をかけてきた。
「そうだ、旅行に行かない?」
「旅行?」
「うん、こんなに休みを取れる機会、もう無いから」
もう無い、そう断言する彼は何を思っているんだろうか。感情を見ることも許されないほどに硬く閉じた目に未だ恐怖を抱く。そして同時に先程のようにあの青い眼を見るのが怖く感じた。
「そう……なら行こっか!」
私は笑った。これ以上は考えてはダメだと頭からイメージを掻き消して、これからいく見知らぬ場所へと思いを馳せた。
三
旅行の話が出てから、私は気分が上がりっぱなしだった。それはレオも同じだったようで、言ったその日にどこに行くかを決めてくれた。目的地を決めたらそれから一週間は準備で忙しかった。ちなみに行くことになった場所はというと。
「レオの故郷だー!!」
「そんなに叫ばないでよ……」
そう、レオの故郷。私たちは長い間乗り物に揺られながらその地に二人で降り立った。正直な話、旅行に行けるなら私はどこでもよかったのだ。それを彼に伝えると、彼は嬉しそうに旅行先を提示した。それが、レオの故郷。レオのご両親に挨拶してないしそれもいいかも、そう思って私はその提案を受け入れた。
「空気が美味しいね」
「うん、それに視界も霧に覆われてなくて楽だ」
ちなみにどうして行きたかったのかも聞いてみた。まあ特に不思議な理由ではなかったんだけど。
「ただ、今は故郷に行きたくて……それにイツキに俺の暮らした場所を見て欲しいんだ」
そう言われて断る人なんかいないでしょ?確かにここ最近のところレオは何かに悩むような仕草をすることが多かった。だから心配だったのだけど、故郷に行くだけで気晴らしになるなら喜んでその提案を受け入れよう。そう思ったのだ。
「挨拶に行こっか」
「まず誰のところに行こうかな」
「そうだなぁ、まずは彼女のところまで案内してよトータスナイト様?」
「君までそれ言うの?まぁ……ミシェーラのところに一番にいったらきっと誰よりも喜んでくれるだろうからね」
曖昧に笑った後、私の手を引いてどこかへと連れて行ってくれる彼。そういえば、ミシェーラさんは今旦那さんと一緒にいるのかな。だとしたら行きづらいな……。そう思いながらももう彼を止めることはできないか、と諦めながら彼に身を任せた。
「ミシェーラが今いるのは……きっとあそこだな」
「あそこ?」
そう聞くとにこりと私に笑いかけて、携帯の画面を見せてきた。そこには【いつものところで待ってるね!】と彼女からの返事が書かれていた。
「連絡してたんだ、今日帰ってこれるって」
「いつもの場所ってことは、前から言っていた……」
彼が連れて行ってくれたのは、やっぱりあの山の方向だった。彼は携帯の画面を見せた後、自身でもう一度確認して呆れたように閉じた。けれどその顔は心底楽しそうで……。私は楽しみだった。彼は見飽きたとか言ってたけどいつもその場所のことを話すときは楽しそうだったから、気になってたんだ。
「見えてきたね」
「ミシェーラさんとトビーさん……だよね?」
近づいてみると二人ともわたしたちに気がつく。二人の後ろには広大な美しい景色が広がっていた。
「お兄ちゃんにイツキちゃん!」
「ごきげんよう、レオナルドにイツキ」
私たちを視界に映した途端笑顔をこちらに向けてくる二人。似ているなぁ。笑顔の種類が違えども彼女たちは性質が似ている。……少なくとも私はそう思う。親しみやすいと思ったのだ。だから彼らと話すときは心地いい。
「ごきげんよう、ミシェーラさんにトビーさん」
「久しぶりだね、二人とも」
レオがミシェーラさんにハグをする。和やかな雰囲気がその場に流れた。何やら二人で話し込んでいるようだ。そうだなぁ、トビーさんと話しておこうかな。
「二人は今何をしてらっしゃるんですか?」
「今かい?今は二人で旅行してるんだ。彼女の視力が戻ったからね」
「そうなんですか!いいですねそれ!ちなみにトビーさんたちは次はどこに……?」
あれ、腕に重みが……。重みを感じた方の腕を見るとレオが渋い顔をしてこちらを見ていた。……なんだっていうんだ。すると困ったようにトビーが口を開いた。
「……レオナルド、僕にはミシェーラが」
「そんなこと知ってるよ、でも君だって僕の自慢話に嫉妬してたんだろ」
「それを言われたらかなわないな」
何?なんで話が通じてるの?困惑しながら彼らを見ているとミシェーラさんが近づいてくる。
「愛されてるね」
「それをいうならミシェーラさんもでしょ?」
「あはは、私たち幸せだね」
幸せ、その言葉に少しだけ心が安らいぎながら可愛らしい笑顔に心を奪われ彼女の目をみた。綺麗な、普通の瞳だ。よかった、そう思った。
「そういえば、イツキちゃん!ミシェーラって呼んでって言ったじゃない」
「え、えぇ……うーん、そうだね!わかった」
いつだったか言われた約束を思い出した。確かにそんな話してたなぁ。私が返事をすると何倍も笑顔になるミシェーラさ……を見ると和やかな気分になる。そばにいると心地がいいな。じっと彼女をみながら新鮮な空気を吸い込んでいると視線を感じ始める。
「イツキ、こっち」
「ん?はいはい」
視線の主はレオだったわけだが……レオがこっちと呼びかけるのは手を繋ぎたい時だ。すっと寄って手を繋いでみる。キュッと握る手は優しい。私もずいぶん慣れたな。
「わ〜、お兄ちゃんベタベタだね」
「見てるこっちが恥ずかしくなりそうだ」
「そうかな?」「やっぱりそう?!」
おかしいよね!ベタベタだよね!今更恥ずかしくなってきたよ!再起不能になりながらも手を離す気のないレオに半ば諦めを抱いた。恥ずかしいメーターは限界値だ。
「おかしくなんかないよ」
「あはは、こんなに積極的なお兄ちゃん初めてかも」
そのミシェーラの言葉でノックアウトだった。
四
そしてミシェーラたちと会ってから二週間ほど私たちは穏やかにそこで暮らした。呪いのせいで失われた幸せを取り戻すように。そんなある日、
「ねぇイツキ、また、あそこに行こうよ」
「ん……山?」
「うん」
突然の提案だった。昼ご飯を食べているときだったから咄嗟に返事をしたけどほとんど当てずっぽうだった。けれど当たってた。でも、何で山に行きたいんだろ。
「湖の方が印象に残らない?」
「そうかな?ところで何で行きたいの?」
「何でかぁ……思い出深いから、かな。それに今更だけど俺もあの景色好きなんだって気がついたから」
レオを見るととても穏やかな顔をしていた。あぁ、なんだ杞憂だったのかな。私は旅行にいく前の不穏な空気を思い出していた。よかった、レオは生きてくれる。そう思えた。
「ま、いいよ。行こっか」
「ありがとう、お昼食べたら行こうか」
「オッケー!」
「俺はもう食べたから準備してくるね、食べるのゆっくりでいいよ」
「はいはい」
って言ってももうご飯食べ終わるんだけどね。るんるんで食べ終えた食事の皿を片付ける。これってデートだよね!私景色のいいところにデート行くの好きなんだよね。あそこは私の中でも一二を争うくらい綺麗な場所だから楽しみ。そんな考えを膨らませているとレオが扉から顔を出した。背中にはリュックサックを背負っている。
「あ、食べおわったの?俺はリビングで待ってるから準備しておいで」
「うん!すぐ行くから待ってて」
まぁ、デートと言っても森を通らなければいけないからそこまでのオシャレはできない。だから準備にはさほど時間がかからなかった。でもできるかぎりの用意はして行くつもりだから後二十分はかかるかも。……冗談。
五
「やっぱり、私この景色好きだなぁ」
「そっか」
あの後ほんとに二十分かけて準備をした。彼氏にはいいように見られたいのが女の子でしょう!……ま、準備した時間より湖までの道のりの時間の方が短かったのは申し訳なくなったけどね。……ふと思いついた言葉を話したくなった。
「レオ、私今幸せだよ」
「……俺もだよ、イツキ」
「連れてきてくれてありがと」
「こちらこそ、ありがとう」
「大好き」
「愛してるよ」
何だかくすぐったい。心がぽかぽかしている。そんな甘いひとときに身を委ねていると彼がリュックサックから徐に何かを取り出した。どうしたんだろ、ご飯食べた後だからピクニックの為の何かではないだ
「俺、多分後一ヶ月もしないうちに死んじゃうって」
……?今、何言って
「会社の人たちには事情を伝えてるんだけど、親とか、ミシェーラと君には残酷すぎるから伝えて無かった。先生に言われてたんだけど、イツキには心配かけたくなくて今まで言ってなかった。ごめん」
「ごめんって……」
私はそんな謝罪を聞きたいわけじゃない。私は……。突然降ってきた現実に頭を抱えた。どうして、そんなこと言うの?私、今とっても幸せで……。ふと、黒く染まった腕が見えた。
「何で、今、教えたの?」
「何でって、そんなの決まってるでしょ」
まるで、知らないなんておかしいと言うように笑ってくるレオに、冷たい風が吹く。心なしか、自分の呼吸が浅くなっているように感じる。そういえば、リュックサックから出したものって……?自然と目線がレオの手元に
「君に殺してもらうためだよ」
手元には、ナイフがあった。顔を上げたとき目があった彼の笑顔が恐ろしかった。手が冷たい。唇も震えて口が回らない。
「ぃ、いや……やぁ」
帰りたい。こんな事実を忘れて幸せになりたい。だめなの?幸せを願っちゃいけないの?私はこんなレオを見たいわけじゃない。
「嫌じゃないよ、僕はずっとお願いしたかった」
お願い?だったら断ってもいいじゃないか。強制的に物を頼むなんて、そんなの命令だ。……逃げろ、こんな理不尽から。私は逃げる権利を持ってる。私は……。
「はっ……!!」
「逃げないで」
「うぅ!!」
走り出した、息を吐き出した。けれどすぐに押し倒されて捕まった。男の腕力には勝ち目がないのだ。彼の顔を見るが依然普通の表情だ。逃げることも、そしてそれを捕まえることも想定していたみたいな、普通の顔。逃げれないのだという現実をひしひしと肌で感じてしまった。……それでも、それでも!!
「私は殺したくない……!」
ぼろぼろと溢れる涙。もうどうしようもないの?後一ヶ月で呪いが解けるかもしれないじゃんか。ミシェーラの目が治ったように貴方の体だって!!彼の顔が近づいて反射で目を瞑る。
「ん」
「ぅ……なんでっ」
なんでキスは優しいんだろう。こんなにも……。目を開けると優しく微笑むレオがいる。そこだけ切り抜くと幸せなカップルなのに、目の前の彼は私に自分を殺すことを願っている。こんなの、狂ってるとしか言いようがない。
「帰ろーよ、私がレオを殺したらミシェーラにどう償えばいいかわかんないよ」
「……」
そういうと、少しだけ動きを止めた。やっぱりミシェーラに関わることには弱い。なんか少し寂しい事実かも……なんて考えた。すると押し倒す体制のまま彼は私を押しつぶすように抱きしめた。案外苦しくはなかった。
「……ミシェーラは、きっとわかってるよ」
「は」
「それにね、イツキ。俺はイツキに出会ってから、俺の中の一番はイツキなんだよ。ミシェーラが悲しんだとしても、呪いで死ぬくらいなら……どうせ死ぬなら、君がいい」
わがままでごめんね。そう口にすると私の手を掴み何かを握らせた。何かって、そんなのあのナイフしかないわけで。
「待って、だめだよ、いやだ、あ」
「笑って?」
そう言われて、何だかあっさりと諦めがついた。もう、抗うことはできないのだと。もう選択肢なんかないんだと。そう考えたら何もかも別にどうでも良くなった気がするし、彼の望みを聞いた方が良いとも思えた。だから、私は
「……ありがとう」
静かに微笑んだ。
「ねぇ、レオ、愛してるって言って」
「愛してる」
「私も、愛してる。ねぇお願い事とかある?」
「……俺が死んでも新しい男とか作らないで」
「分かってるよ、レオも死んでも私を見ててね」
「うん、イツキと一緒に天国に行くよ。それまで待ってる」
「できるの?」
「笑うなよ、俺は本気だから」
できるだけ話し続けた。諦めたと言ってもやっぱり嫌なものは嫌だから。
「私、みんなにどう言い訳すればいい?」
「言い訳しなくてもみんなわかってると思うよ」
「何それ」
「僕、そういうこと何回か知り合いに言ってたから」
「え、それみんなどう反応してたの?」
「人それぞれかな、クラウスさんとかツェッドさんは止めてたし、ザップさんは引いてたな。だから察されないように一ヶ月前に旅行することにしたんだけどさ……けどスティーブンさんは、同意してた気がする」
「気がする?」
「多分クラウスさんの前だったからあからさまに同意はしてなかったけど、否定はしないし……ああいう反応は基本的に賛成の時だよあの人は。だから後始末は請け負ってくれるんじゃないかな」
「ふぅん」
スティーブンさんも危険思想派なのか。やっぱり普通じゃないな。でも、最低な話だけど私は人に責められることはないんだと知って安心した。そう考えると私も相当な危険思想を持ってるのかもな。
そうやってどれくらい経ったのだろう、レオがふと私と一緒に起き上がってキスをした。そして座っている私の頬を嬉しそうに撫でると呟いた。
「なんか、最後の日なのにキスだけで終わるの残念だなぁ」
「……ばか」
「あはは……じゃ、そろそろやろっか」
「……まだ早いよ」
「景色がよく見える時がいいんだ。お昼過ぎくらいがちょうどいいんだよ」
「私しか見てないくせに……ねぇ、私も一緒に」
「イツキは死にたくないでしょ」
「ぁ……」
図星だった。それはそうでしょう?進んで死にたい人間なんて滅多にいない。私だってそうだ。レオも死ぬって言われたからこの選択をしただけで……。そう考えたら堰き止めていた感情のダムが決壊する。
「レオ、好きだよ、愛してる、それに、そ、れにね……生きて、欲し、いよぉ」
はらはらと頬を伝う涙に一層別れが鮮明になるのを感じた。あぁ、やだなぁ、どうしても死ななきゃいけないの?そんなことないでしょう?嫌だ、やだよぉ……。
「ごめん、でも呪いがなくても俺はイツキに殺されたかったんだ。遅かれ早かれイツキの手でね」
「ばか、ばかばかばか!!わがまま!レオはわがままだよ!」
「うん」
「ばかぁ……」
「……」
「レオ……!」
「……愛してる」
そういって私の手を強く握って心臓に突き刺した。持っていたナイフが肉と肉の間を滑る。ナイフってこんな簡単に刺さるもの?……ああ、そっかヘルサレムズロットのナイフか。それなら納得かも。そしてまたするりと抜けるナイフを目で追った。頭の中は怖くなるほど冷静だった。
「出血死まで話そうか……」
血を吐きながら話す彼に向き合う。
「まあ、もって数分だろうけどね」
「……充分よ」
「はは、っゲホ、そういえば……イツキはどうして僕のこと好きになったの?」
「恥ずかしいよ、それ言うの……私が言ったらレオも言ってね」
「うん」
「あのね、レオの、顔」
「え……」
「別に顔だけが好きだったってことじゃないからね!」
「いや、なんか、顔が、好きだって言われたこと、なかったから……」
「……いちいち言うまでもなく顔がいいんだよ」
「君ぐらいしか……そんなこと、言わ……ないよ」
「……」
「ど、うしたの」
冷えてきた。私の手を覆う彼の手が冷えてきている。つまりは、かれが……。
「……泣か、ないで、よ」
「うっ、ん……うぅ!」
「は、はは……泣、いてるじゃん、か」
「だってっ、死ぬんだよ!?」
「……ん」
「返事だって、遅れてきてるじゃんか」
「……」
確実に衰弱してるのに手を握る強さは変わらない。
「レオ……レオ!」
「ん?」
「ん、じゃないよ……目を開けて?」
「うん……」
「なんで……目を、開けてよ」
「イツキ、顔、近づけて」
「……」
血の味がした。唇が離れて彼を見た時、
「ずっと、好き、だから」
「私もだよ……!」
彼は笑った。そうして、私はレオの亡骸を抱えて泣き続けた。
六
あの後、あたりが赤く照らされる時間までレオを抱きしめて泣いていた。暗くなりそうだということにはっとして冷静になると私はレオの携帯電話を使ってスティーブンさんに電話した。きっと一番に連絡するのは彼が良いとかんがえたから。まぁそれは正解だったようで、随分と手際良くスティーブンさんは私と彼の言い訳づくりに人員をさいてくれた。どうやらその人員ってのが秘密の部隊らしい。なんだそれは、とも思ったけど出会った時からカタギの人っぽくなかったのを思い出して納得した。でも秘密にするくらいなのにこんなあっさり私たちのために使っていいのか、と聞くと
「部下の最後の願いだ。それを蔑ろにするのはどうかと思ってね」
そう答えてくれた。いい上司を持ったんだねと、レオに呟いた。言い訳が完成した頃はあたりが薄ら寒くなり始めた頃だった。結局、自宅で、私がいない時にレオが自殺を図ったということになった。私はそれを見つけた、ということに。私はそのまま葬式に参列したのだった。
七
あれから一週間。葬式では誰からも疑われることもなく、誰しもから慰めの言葉を投げかけられた。まぁ、殺したのは、私、なんだけど。若干感傷的な雰囲気に呑まれそうになりながら彼女の車椅子を押した。
「イツキちゃん」
「ん?どうしたのミシェーラ」
そして今日、私は彼女に真実を話すつもりだ。別にバラしたいというわけじゃない。けど、言わないのは、気が引けた、というか……落ち着かないのだ。ただ、レオが人生かけて救おうとした彼女に黙っているのはお門違いじゃないんだろうかと思ったのだ。
「イツキちゃん、ありがとう」
「……感謝されること、してないよ」
これから話す事を聞いたら、きっと幻滅、それどころか軽蔑するだろうし……。そう思って口を結んで彼女をあの湖の、彼が死んだ本当の場所へと連れて行く。すると
「ううん、だってお兄ちゃんのわがままを聞いてくれたんでしょ?」
「……え?」
まるで、すべての事情を知っているかのような発言だった。
「詳しく聞いても?」
「あはは、そんなにかしこまらないでよ。単にお兄ちゃんから聞いたってだけだから」
「え?」
「それっぽいこと」
なにそれ……?レオは、死ぬことを伝えてたってわけ?それに、死ぬっていうのにミシェーラは放置してたの?……もう、頭ん中ごちゃごちゃだよ。
「大丈夫、イツキちゃん、私も、ほんとうは生きてくれるかもって、思ってたよ」
そう言って、目の前の彼女は肩を震わせた。
「私は……イツキちゃんはね、幸せになるべきだと思う……」
「それはミシェーラもだよ……」
それにつられて、私も喉を鳴らした。
「ごめんね、ごめんねっ……!私が、ころ、したのに……!!」
「ううん……!」
わたしたちは抱き合った。
もう戻れないのだ。私たちはこの思いを抱えたまま一生を過ごすんだ。……おやすみ、レオ……もう少しだけ待っててね。
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