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オクタヴィネル寮の1年生が3章のストーリーにめちゃくちゃ干渉する話

「さて、早速アズールを監視しにきたわけだが……」
「授業をサボって、な。」
 オンボロ寮で学園長からめちゃくちゃな無茶ぶりをお願いされた翌日。ユウ、ジャック、そしてルースは、監視と称してアズールのことをつけていた。
 
 ユウはジャックたちがこの尾行に参加するとは思っていなかったらしい。「来てくれるとは思わなかった」と意外そうに言っていた。
 
「学園長直々の命令なんだ。サボりも大目に見てくれるだろ。それに、負けっぱなしは気に食わねぇ。アズールの強さの秘密を知れるなら、俺も知っておきたいからな。」
 ジャックはやる気に満ちた目でそう答えた。
 
「同感だ。僕はその学園長直々の命令ってのも、気に食わないんだが……こんな無茶ぶり、生徒にさせていいものじゃないだろう。さながら下僕の気分だ。やりとげた後は学園長も訴えてやる……」
 ルースはぶつくさ文句をたれていたが、それでもアズールのことは見失わないように目で追っていた。
 
「1限目は音楽だな」
「アイツ、やたら歌がうめぇな。」

「2限目は動物言語学」
「動物言語学を理解できるだけでなく自分でしゃべることもできるのか。」

「3限目は魔法薬学か……へえ」
「難しい魔法薬の調合も完璧……っと」


 特に変わった動きもなく午前中が終わり、気づくと昼休みになっていた。
「アズールの奴、まさに完全無欠の優等生って感じだな。」
 ジャックは今までの監視を振り返りながら、率直な感想を述べた。
「監視というか、観察といった方が正しかったかもな。怪しい動きも特になかった。」
 ルースは朝と比べて少し機嫌がなおったようだ。おそらく、3限目の魔法薬学が面白かったのだろう。ちゃっかり書き留めたレシピのメモをポケットにしまっていた。
 
「二人とも昼はどうする?僕がなにか買ってこようか」
 ルースが提案したちょうどその時、イソギンチャクを生やした3人――エース、デュース、グリムがやってきた。
「ふな”ぁあ~……早速アズールのヤツにこき使われてヘトヘトなんだゾ~」
 口々に労働環境を嘆く3人。休む間もなくこき使われているらしく、ぐったりしている。
「フン、自業自得だ」
「……とはいえ、聞く限りだと労働環境は最悪のようだな」
 ジャックは3人の様子に鼻を鳴らすだけだったが、ルースは少しだけ彼らに同情していた。いいようにこき使われるのはさぞつらいだろう。
「早めになんとかしてあげたいな……」
 ユウも心配そうに3人のことを見ていた。

 そんな彼らのもとに、2つの大きな人影が近づいてきた。ジェイドとフロイドである。
「おや、どうなさったんです。暗い顔をして。」
「あはは、ココ、イソギンチャクの群生地じゃん。」
 そう言ってニヤニヤしながら現れた双子に、その場の全員が身構えた。
「ふぎゃっ!出たな、そっくり兄弟!」
 グリムが毛を逆立てた。


「なにか、悩み事を抱えているようにお見受けしますが……」
 そう言いながら、ジェイドがユウに近づいてくる。ルースは静かに自分のマジカルペンに手を伸ばした。この前見た「ショックザハート」を警戒しているのだ。ユウは魔法が使えないから、なにかあっても彼女には魔法を防ぐ手段がない。ショックザハートの原理は未だにわかっていなかったが、ジェイドが少しでも怪しい動きをしたら、すぐに監督生に防衛魔法をかけるつもりでいた。
 
 そんなルースの緊張などつゆ知らず、エースはジェイドに向かって「どっかの誰かさんにこき使われてちょ~困ってまーす」と茶々を入れた。それに反応したのはジェイドではなくフロイドだ。
「あはっ、契約違反したイソギンチャクがなんか言ってる~……お前らは文句言える身分じゃねぇんだよ。黙ってろ。」
 フロイドのすごみには、何故かエースではなくグリムが縮み上がった。
「ヒ、ヒェ……また絞められる~!」
 また、ということはもうすでに絞められた後か。この前の光景を思い出し、ルースは少し身震いした。
 ジェイドはそんな彼らのことなどお構い無しに話を再開した。
 
「僕が話しかけているのはイソギンチャクたちではなく、貴方ですよ。オンボロ寮の監督生、ユウさん。」
「はい!?」
 突然名指しされたユウは、ビックリして後ろに飛び退いた。フロイドはそれを面白く感じたらしく、ニヤニヤ笑っている。小エビちゃん、なんてあだ名までつけていた。

「ユウさんは先日、リドルさんたちと一緒にスパイごっこに勤しんでいたようなので僕らのことはよくご存知かもしれませんが……改めましてご挨拶を。」
 ずいっとジェイドがユウに近づいたのを見て、ルースはとっさに自分の体を割り込ませてユウを背にかばった。ジェイドは別にそれを気にするでもなく自己紹介を続けた。
「僕はジェイド・リーチ。こっちは双子のフロイド。」
「どーもぉ、フロイドでーす。よろしくねぇ、小エビちゃん。」
 そして自己紹介を終えると、双子の視線は突然ルースへと移った。
「おや、あなたは……オクタヴィネル寮の腕章をつけていますね。お名前をうかがっても?」
「へんな頭!丸くてぽよぽよしてて、ミズタマサンゴみたい!」
 2人の目がぎらぎらしているように見えて、ルースは手の震えを抑えるのに必死だった。逃げ出したい気持ちを我慢して、ルースは名乗った。

 ジェイドはそんなルースの様子をほんの少し観察してから、ようやく本題を話し始めた。
 
「さて、話を戻しますが。もしかしてユウさんのお悩みは……このおバカなイソギンチャクたちについてではありませんか?」
「もしかして、なんてよく言うぜ。ニヤニヤしやがって。」
 今度はジャックが口をはさんだ。フロイドが不思議そうにジャックの方を見る。
「なに、コイツ?ツンツンしててウニみたい」
「なっ……ウニじゃねぇ!オオカミだ!」
 
 ジェイドはそんなやりとりもお構い無しに話を続けた。

「もしユウさんのお悩みの種がイソギンチャクたちについてなら……直接アズールに相談するのが一番だと思いますよ。」
「なんだと?」
 ジャックの耳がピクリと動いた。
「アズールはグレート・セブンの海の魔女のようにとても慈悲深いお方。きっと貴方の悩みを聞いてくれるでしょう。」
「そうそう、アズールはどんな悩みも解決してくれるよ。例えば……そこにいるイソギンチャクたちを自由にしたい、なんて願いでも。」
「えっ!!!!」
 これに食いついたのはイソギンチャクたちだ。アズールの契約をなんとかしようとしているのにアズールに相談しに行くなんて、危険すぎる。それこそ頭にイソギンチャクを生やすことになりかねない。それでもなおアズールとの契約に希望を見るくらい、彼らは早く解放されたがっていた。
 ジェイドはニヤリと笑ってこう付け加えた。
「もちろん、タダで……というわけにはいきませんが。」

「チッ、それが本題か。ユウにもアイツと契約させようってんだな。」
 グルル……とジャックは喉を鳴らして威嚇する。ジェイドはそれをひょうひょうとかわした。
「そんなに牙を剝き出さないで。陸の生き物はどう猛ですねぇ。」

 チッ。ジャックは小さく舌打ちをした。

「もし、この話に興味がおありなら、夜9時過ぎに『モストロ・ラウンジ』へおいでください。美味しいお茶を用意してお待ちしています。」
「待ってるねぇ、小エビちゃん。」
 そう言い残し、双子は去っていった。

「えーっと、つまり……」
 双子の緊張感から解放され、デュースが口を開く。
「もし、ユウがアズールと契約して勝負に勝ったら……」
 グリムもおずおずと声を発した。
「結果によっては、オレたち自由になれるってこと!?」
 エースはもうすでに元気を取り戻しているんじゃないだろうか。元々そんなに萎縮していなかったかもしれない。
 イソギンチャクを生やした3人は声を揃えてユウに懇願した。
「頼む、監督生!!アイツに勝ってくれ!!」

 
「調子のいい奴らだな」
「ウソだろお前ら、なにから言ってやればいいんだ……!?」
 ジャックはただ呆れていたが、ルースは1日ぶりに絶句した。そんな2人に向かってグリムは叫ぶ。
「イソギンチャクがついてないヤツにこの苦しみはわからねぇんだゾ!」
「そもそもテストで楽しようとしたのが悪いんだろうが。」
 ジャックはすぐさまそれを一蹴した。今度はエースが食い下がる。
「それについては充分反省したってば~。」
 
 エースに続いて、デュースも反省の意を示した。
「ああ、もう二度としない。たとえ赤点になったとしても、結果を受け入れる……っ!」
 
「そこはもう赤点取らないように努力するって言えよ。」
 ジャックはこれも一蹴した。「その調子でアズールとの契約はろくなことにならないってことにも気づいてくれ……」とルースは力なくぼやいた。彼らはユウまでもがイソギンチャクになってしまう可能性を考えないのだろうか。ルースはいよいよユウが心配になってきた。

「で、どうするんだユウ。アイツらの口車に乗るのか?」
「やめておけ監督生。ミイラ取りがミイラになるぞ」
 どうするか尋ねるジャックと、それに畳み掛けるように忠告をするルース。しかしユウは「話をしてみるだけなら……」と乗り気なようだ。
「ウソだろ、考え直せ!やめた方がいい!」
 ルースはすぐさま反対したが、グリムは目を輝かせてユウを褒めたたえた。
「オレ様、今初めてオマエのこと監督生って認めてやってもいいって思ったんだゾ!」
「それもウソだろ!この、タヌキ……っ!」
「ふなっ!オレ様はタヌキじゃねぇ!」
 
 ジャックは頭をかいた。
「……チッ、仕方ねぇ。お前、なんか抜けてて危なっかしいからな。俺もついて行ってやる。」
「ヒュ~♪ジャックくん優しい~」
「か、勘違いすんなよ!俺はアズールのやってることが気に入らないだけだ。他人の力でいい点取った奴らに負けるのは癪だからな。」
 ジャックのことをエースが茶化し、それにジャックが反発する。そうこうしているうちに、イソギンチャクが再びエースたちを引っ張りだした。
「頼んだんだゾ、監督生~!」
「あ”あ”ああああ~~~~!!!!」
 叫び声と共に、3人は引きずられていった。
 
「ったく、アイツらはどうしようもねぇな。」
 ジャックは呆れの言葉を漏らした。
「とにかく、今夜は『モストロ・ラウンジ』に行ってみるか」
 
「……僕もついていく。」
 小さな声でそう言ったルースに、ユウは思わず「え?」と聞き返していた。
 
「君らまでアズールの下僕にされてしまったら、今度こそ寝覚めが悪い。君たちがうっかりのせられて契約しそうになったら、僕は君たちを引きずってでもアズールから引き剝がすからな。」
 なにかを決意したようにルースはそう宣言した。
 
 しかし。9時を過ぎ、約束の時間になっても、ルースは集合場所に現れなかった。痺れを切らしたユウとジャックはルースを置いてモストロ・ラウンジに突撃することにした。そして、ユウはアズールと契約を交わし、オンボロ寮を担保に取られてしまった。契約の条件は『3日後の日没までにアトランティカ記念博物館からある写真を取ってくること』。達成できないとイソギンチャクの解放どころかユウもアズールの下僕となってしまい、オンボロ寮も奪われてしまうというのである。
 サバナクローに泊めてもらうためにジャックの後ろをついていきながら、ユウはルースが「ウソだろ、僕はあれだけ言ったのに!」と呆れる様子をぼんやりと頭に思い浮かべていた。
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