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オクタヴィネル寮の1年生が3章のストーリーにめちゃくちゃ干渉する話

 モストロ・ラウンジを後にしたルースたち3人は、ユウが暮らしているオンボロ寮にやって来た。談話室に通されたルースは、「ギリギリ住めなくも……いや……今度掃除しに来てやろうかな」などとかなり失礼なことを考えながらその内観をしげしげと眺めていた。ユウとジャックは慣れているのか、部屋のオンボロ具合など全く気にすることなくアズールの手口について話し合い始めていた。
 
「頭にイソギンチャクをつけられた奴らはテストでいい点を取るためにアズールと契約してまんまと騙された……ってことで間違いなさそうだな。上位50位に入ることって条件だったようだがあれだけ大量の生徒と契約していればほとんどの契約者が50位からあぶれることになる。最初からアズールはそれを狙ってたってことか」
「あ、あくどい……」
「ったく!他人の力でいい成績取ってもなんの意味もねぇだろ。……てめぇもだ、ルース!こうなるって分かっていて黙ってたのかよ」
 突然不名誉な話の振りかたをされ、ルースは少しムッとしながら反論した。
「別に、黙ってたわけじゃない。むしろ止めるために頑張った方だ。僕が彼らに契約をさせたわけでもなし、彼ら自身の選択でこうなってるんだ、僕に責任はない。」
 開き直ったようなことを言いながら、ルースは少し悔しそうな顔をしていた。
「まさか契約の内容がここまで酷いなんて、知らなかった。下僕だなんて、それもあんなに……」
 ルースは聞きとれないくらい小さな声で呟いた。
 
「……自分の力を周りに示せる機会を棒にふるなんざそれこそバカだ。」
 ジャックはルースになにか言い返すこともなく、そう吐き捨てた。


「生徒全員がジャック君のようにめんどくさ……意識が高ければよかったのですが……」
 3人しかいない談話室に突然、4人目の声が降ってきた。ナイトレイブンカレッジの学園長、ディア・クロウリーである。学園長はどこから入ってきたのか、気づくとジャックの後ろに立っていた。
「ウワッ学園長!ビックリした!」
「はぁ……今年もアーシェングロットくんの”商売”を止めることができませんでした。」
 驚きのけぞるジャックはおかまいなしに、学園長はなにやら嘆いていた。
「商売?どういうことですか?」
 ユウの疑問の声に答えるように、学園長は話し始めた。


「アズール・アーシェングロットくん。オクタヴィネル寮寮長を務める2年生です。ローズハートくん同様、2年生にして寮長を務める非常に優秀な生徒なのですが……少し、いえ、だいぶ問題がありまして。」
「問題って、詐欺行為のことか?だったら学園長が命令して、やめさせればいいじゃないすか。」
 すかさずジャックが口をはさむ。その通りだとルースも思った。教師、しかも学園長である彼が直々に注意すればすぐ終わる話だ。
 
 しかし、学園長は困ったように首を横に振った。
「それが……私が教師だからこそ彼の行為を禁止できないのです。」
「どういうことすか?」
「教師ならなおさら止めるべきでは?」
 これにはジャックだけでなくルースも口をはさんだ。学園長の言っていることが理解できない。詐欺行為はどの立場からしてもやめさせるべき行いのはず。生徒を教え導く教師ならなおさら。
 
 学園長はこう続けた。
「アーシェングロットくんが生徒たちにばら撒いたテスト対策ノートですが……あれは、事前に出題用紙や回答を盗み見るなどの不正行為で作られたものではありません。ナイトレイブンカレッジ過去百年分のテスト出題傾向を徹底的に調べ上げ自力で練り上げた”虎の巻”なんです。」
 これには全員が驚いた。
 
「100年分の出題傾向!?」
 ユウはその尋常じゃない分析量に大きな声を上げた。
「自分の力だけでそんなモン作るなんてやるじゃねぇか、アイツ。」
 ジャックはアズールの人並外れた努力に対して感心している。
「たかだか定期テストの傾向に、100年分もいるか……?」
 ルースはなんというか、興ざめさせるようなコメントだった。素直に驚くだけでいいのに、一言余計である。

「ん?待てよ。つまり、不正じゃないことが逆に厄介……ってことか?」
「ハウルくん、良い着眼点です!教師の立場として、いち生徒が”合法的な努力”でテストの対策ノートを作ることは禁止できません。そして、”親切で”友人に勉強を教えることもね」
 なにかに気が付いた様子のジャックの呟きに、学園長は待ってましたとばかりに熱弁した。
「そういう問題か、これ……?」
 ――ルースは納得いかないようだったが。
 ジャックはどこか腑に落ちたように続けて呟いた。
「禁止したら、「勉強するな」「ダチと協力すんな」って言ってるようなもんだな。グルル……厄介だ。」
「その通り。」
 うんうん、と学園長はそれに満足そうにうなずいた。物わかりの良い生徒だ、たいへんよろしい。
「なあおい、そういう問題か、これ?」
 ――ルースはやはり納得いかないようだったが。

「そういえば学園長、さっき「今年”も”商売を止めることができなかった」って言ってたっスよね。まさか、去年もこんなことが?」
 ジャックの質問はルースも疑問に思っていたことだった。今年”も”、というが、去年と同じ問題が起きているというのか。去年はどうやって対応したんだ、なぜ二の轍を踏むようなことになっているんだ。ルースはそれが気になって仕方がなかった。
 
「ええ。去年はまだ彼の対策ノートの評判があまり広まっていなかった分これほど大きな騒ぎにはならなかったんですが……」
 「ああ、この様子じゃろくな対応してなかったんだろうな」とルースは直感した。「もし学園長に告発してたとしても、無意味に終わってたのかも」とも思った。ルースのナイトレイブンカレッジに対する信頼度が下がった瞬間である。
 
「今年は、『テストでいい点が取りたいならモストロ・ラウンジへ』という噂が学園中に流れていたようで。」
「ルースがさっき言ってたのはそれか……」
 誰にいうでもなくユウが呟いた。
 
「でも、契約違反をすればどんなひどい目にあうかは強固な守秘義務があって広まらなかった?」
 ジャックの言葉に学園長は静かにうなずいた。
「そのようです。結果、今年はアーシェングロットくんと取引する生徒が続出。全学年・全教科の平均点が90点を超える事態になってしまった……というわけです。」
 
「はっ、よかったですね学園長。すばらしいことだ。」
 ルースが嫌味っぽくそう言ったのに対して、学園長は「うっ」と唸った。
「全教科の平均点が全て赤点になるよりはマシですが!しかし……」
「つまり、ほとんどの生徒がズルをしたっていう……開いた口が塞がらない……」
 ユウもすっかり呆れていた。
 
「じゃあ、去年アイツとの勝負に負けたヤツは、いまだにずっと能力を取り上げられたままってことか。」
 ジャックが苦々しそうにそう言ったのに対して、学園長は言いにくそうにこう返した。
「それが……彼は去年、生徒たちから取り上げた能力を元に戻すことを条件に学園内で『モストロ・ラウンジ』の経営を許可するように私に交渉してきたのです。」
「はあ!?」
 再び全員が驚きの声を上げた。ルースは衝撃すぎて一瞬気が遠くなった。確かにあの時、アズールはモストロ・ラウンジの支配人を名乗っていた。しかしまさか、あれがそんな経緯で手に入れたものだったなんて……!
 とんでもないところの寮生になってしまったと、ルースはそう呆然と考えるしかなかった。

「な、なんつー野郎だ……学園長を脅して取引なんて。あのレオナ先輩が近づきたがらないのもわかるぜ。」
「しかも売上の10%を学園に上納するというWin-Winの関係まで提案してきてもう……」
「って、あんたもうまい目にあってるじゃないスか。」
 ジャックの声で少し現実に戻ってきたルースには、学園長とアズールのめちゃくちゃな関係にも驚く気力がなかった。

「ああ、今年は一体なにを要求されるか。バカなせ……いやいや、可哀想な生徒たちのためなら私はまた彼の要求をのんでしまうでしょう……私、優しいので。」
 ユウがしらーっと話を聞き続けているのに対して、ルースはもうげんなりしていた。
「アーシェングロットくんは真面目に勉強し、その知識を慈悲深くも他の生徒に教えている”だけ”」
 普段なら「”だけ”なわけあるか。あれのどこが慈悲深いんだ?」くらい言えるであろうルースも、さすがに今はそれができる気力がなかった。もう、呆れてものが言えない。
「教師としてはやめるよう強く言えません。なんでこの学園にはちょっと問題がある生徒ばっかり入学してくるんでしょう!お~~いおいおい!」
 わざとらしく大泣きする学園長を見て、ユウは「いやな予感」と小さく呟いた。ルースもなんとなく、そのいやな予感がわかる気がした。これは、なにか面倒なことを押し付けられる流れだ。ウソだろ、もうやめてくれ。


「……と、いうわけでユウくん。こんなことはやめるよう、アーシェングロットくんを説得してくれませんか?」
「無茶振りやめてください」
 「ちょっとこれ持っててくれませんか?」くらい気軽にとんでもないことを頼む学園長。ユウはそれをぴしゃりと断った。
 
「はぁ……最近オンボロ寮の食費が非常にかさんでいるんですよね……懐が寒いなあ……誰かさんを元の世界に戻すためのリサーチをしているせいで問題解決に割く時間もなかなか取れないし……あ、いえ気にしなくていいんですよ。私、優しいので。」
「この教師にして、あの生徒ありって感じだな……」
「……やれるだけやってみます」
 遠回しにじわじわと拒否権を奪っていく学園長はもちろん、なんだかんだそれを受け入れてしまうユウたちも大概だ。
 
 ルースはもう
「……ウソだろ?」
 と言うので精一杯だった。
 
「そうですか、引き受けてくれますか!さすがユウくん、私が見込んだ監督生です!じゃ、私は忙しいのでこれで失礼。くれぐれも頼みましたよ!」
 しぶしぶとユウが承諾した瞬間、学園長はあっという間に去っていった。なんてタチの悪い大人だ、とルースは思った。

「学園長、本当に神出鬼没だな。……で、具体的にどうするつもりなんだ?やめろと説得したところで素直にやめるとは思えねぇが。」
 ジャックの問いに、ユウはキリッと表情を引き締めた。
「調査の基本はターゲットの観察から。まずは情報を集めよう」
「ああ。狩りの基本は相手をよく知るところから、だ。お前、わかってんじゃねーか。それに、エースたちも少しくらい痛い目見て反省したほうがいいしな。」
 ユウとジャックはすっかり学園長の無茶ぶりを聞く方向に気分を切り替えているようである。ルースはめまいをおぼえた。
「ウソだろ、本気か?……僕は君たちが心配だぞ……」
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