このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

オクタヴィネル寮の1年生が3章のストーリーにめちゃくちゃ干渉する話

 ……結論から言うと、アズール・アーシェングロットはオーバーブロットした。レオナたちに契約書を破壊されたことで冷静さを失い、暴走したのだ。
 半狂乱で手当り次第に生徒の魔法を奪うアズールを正気に戻すため、ジェイドやフロイドだけでなく、レオナやユウたちもアズールに立ち向かった。
 彼らの奮闘のおかげで大事に至ることなくアズールの暴走は食い止められ、さらに約束の写真もしっかり日没までに渡すことができた。ユウたちの完全勝利である。

 ――ルースはそれに納得していないようだったが。
 
「……解せない。僕だって一緒に学園長の無茶ぶりを聞いていたのに。僕だって、当事者なのに」

 先日の傷が完治していなかったことに加えて、リーチ兄弟との激闘で誰が見ても疲労していたルースは、アズールとの戦いに参加させて貰えなかった。しかしハイになっていたルースは周りの心配なんてそっちのけでとにかく首を突っ込もうとした。

 ユニーク魔法による能力強化はルースに全能感を与える。無理難題をこなすほど、ルースはそれに呑まれやすくなってしまうのだ。
 この時のルースは完全に呑まれていた。1度こうなってしまうと、元々のわがままでやや自己中心的な性格も相まって、それはそれはめんどくさいことになる。

 ルースは誰がなんと言おうと「嫌だ僕もみんなと戦いたい」とごねまくった。ユウに「ルースは大人しく休んでいて」と言われてもルースは引き下がらず、「嫌だ、僕はまだやれる!やらせろ!」と迫った程だ。半ギレのユウに「いいから休め」と言われて、ルースはようやく静かになった。「休め」と強く命令されたことで強制的に眠ってしまったのである。

 ルースは翌日まで目を覚まさなかった。ルースがぐっすり眠っている間にユニーク魔法の発動から24時間が経過し、ユニーク魔法は解除された。かくして、今回のユウとルースの契約は無事終了した。

 ルースはそれがとにかく気に入らないのだ。自室で目が覚めたと思ったら、もう全て終わった後。それを理解した途端に頬をムスッと膨らませて完全にすねてしまった。
 
 ルームメイトはそんなルースを見て、「オマエマジでおもろいわ!活躍したかったのにな、貧弱なせいでかわいそうになぁ!ひぃー、けっさく!」とゲラゲラ笑っていた。「貧弱って言うな!」とあたり散らすルースにルームメイトはさらに大爆笑し、それにルースがまた怒っての繰り返し。ルースたちの部屋はいつになくやかましかった。

「言ってくれれば援護くらい余裕でできたのに!『みんな構えて!』とか言うくせになんで僕には下がれとか寝ろとかしか言わないんだ、納得いかない!」
 ルースはいまだにぶつくさと不満をたれていた。
 
「ユウさんはそれくらい貴方のことを心配していたということですよ」
 突然誰かが話に割り込んできたと思ったら、もうすでにアズールたちが部屋に入ってきていた後だった。ルースもルームメイトもピタリと騒ぐのをやめた。「すみません、ノックはしたのですが……」とジェイドは悪びれもなく言った。フロイドも「昨日ぶりだねぇサンゴちゃん」と笑っている。

 ルームメイトは空気を読んでそそくさと逃げ出した。――そういえばまだあいつのことを殴ってなかったな、後で殴ろう。ルースはそんなことを考えながらぼんやりルームメイトを見送った。


「それで、なんの用だ?ただ僕のお見舞いに来てくれただけだとは思えないが。」
 ルースはアズールたちに視線を戻しながら、背筋を伸ばした。ルースの問いにはジェイドが答えた。
「今日は先日のお返事をお聞きしたくて来たんです。ご自分が言ったこと、覚えておいでですか?」
「……『僕たちがこの勝負に勝ったら、考えてやってもいい』」
「はい。結果は貴方とユウさんたちの勝利です。」

 あれだけ啖呵を切っておきながら、ルースは未だに揺らいでいた。薬の存在がバレている以上、なるべく下手な真似はしたくない。ユウはアズールに勝ったわけだし、イソギンチャクたちは解放された。ルースとしてはアズールたちに特に文句がない状態。労働環境も恐らくは改善されているはず……彼らの下にいても問題ない気がする。でも、モストロ・ラウンジだ。飲食店――ただそれだけで、ルースは踏ん切りがつかずにいた。余程料理に拒絶反応があるようだ。

「まだなにかご不満が?」
「僕は料理ができない。ホールも駄目だ。他人の口に入るものには、どうしても関わりたくない。だから……」
 思い切ってそう告白すると、アズールの目が少し光った。
「構いません、他の仕事を頼みます。むしろそちらが本題です」

「他の仕事……?」
 ルースはアズールの言葉を繰り返した。
 
「ええ、是非ともあなたの力をお借りしたいんですよ……『餅は餅屋』と言うでしょう?」
 そう言ってアズールが取り出したのは、ルースがいつも持ち歩いていた小瓶――『気配を消す薬』。ルースは目を見開いた。
 
「な、それをどこでっ……!」
「数日前に"お話"をしたでしょう、その時ですよ。あなたはフロイドに締められて気を失ってしまったようなので、上着の内ポケットから勝手に拝借しました。僕も初めて見る調合で驚きましたよ。さすがはピーク製薬の御曹司、といったところでしょうか」
 楽しそうにつらつらと話すアズール。勝手に薬を分析されたことも衝撃だが、それよりもルースは「ピーク製薬の御曹司」というワードに突っかかった。
 
「それとこれとは別だ、なんでもかんでも家柄と結び付けないでくれ。ピーク製薬が取り扱ってるのは医薬品と魔法薬だけ。こんな下品なジョークグッズは専門外だ。これは完全に僕の趣味、僕個人のものだ!」
 そこまで言って少し冷静さを失っていたと気づき、ルースは1つ大きく息をついた。
「……しかし、たった数日で調合まで分かってしまうなんて。さすがは稀代の努力家、実力も桁違いだ。恐れ入ったよ」
 
 アズールは得意げに口の端を釣り上げた。
「あなたこそ。独学でここまで高性能な魔法薬を作り上げるなんて、素晴らしいセンスをお持ちだ。気配を完全に断ち、姿すら認識させない……こんな便利な薬、喉から手が出るほど欲しがる人は多いはずです」

 なにかを探るような、いや、もう既に探り当てて戦利品を楽しんでいるような。そんなアズールの視線を、ルースは負けじとまっすぐ見返した。
 
「だからこそ秘匿しているんだ。こんなもの流通させてみろ、治安とかモラルとかは一瞬で崩壊する」
「ええ、あなたのように悪趣味な人がたくさん出てくるでしょうね。いや、盗み聞きなんてかわいい使い方をする人の方が少ないか……どちらにしろ倫理的にアウトです。当然、張本人であるあなたも何らかの責任に問われるでしょう」
「だろうな」
 
 はっ、とルースは雑に笑った。
「レシピを突き止めた上にそこまで考えがまわるなんて、人の弱みを握るのが上手いな。つくづく恐ろしい……どうにかしてあんたを消してしまいたい」
 
「でも、できない」
 殺気立ってきたルースを嘲笑うように、アズールはそう言い放った。「ほら、やれるものならやってみろよ」と言わんばかりに、フロイドがルースの肩に腕を回す。長い腕がするりと首に触れて、ルースは思わず身体を強ばらせた。アザの痛みがズキズキとぶり返してくる。ジェイドの視線が鋭く刺さる。
 
「ご安心を。このことは黙っててあげますし、あなたがこれでなにをしていようが目をつぶっていてあげますよ。僕としても、こんなことであなたを失うのは惜しいですから。今後の"研究活動"も保障しますし、なんなら援助もしてあげましょう。」
 
――どうです、悪い話ではないでしょう?
 ルースの方へゆっくりと歩み寄りながら、アズールはニタリと悪い笑みを浮かべた。その手には金色に輝く契約書。
「……まあ、僕に逆らわないと約束してくれるのなら、の話ですが」


 
「ああ、おかえりなさい。」
 ある日のこと、みんなでアトランティカ記念博物館に写真を返しに行った帰り道。モストロ・ラウンジに立ち寄ったユウたち一行を出迎えたのは、オクタヴィネルの寮服に身を包み箒を手に持ったルースだった。
 
「え、ルース?!」
 ユウが驚きの声をあげたのを見て、ルースは「ああ。久しぶりだな、元気そうでなによりだ」とのんきに挨拶した。
「ふなっ!オマエ、アズールの手下になったのか?!」
 グリムの発言にルースはムッとしながら言い返した。
「人聞きの悪いことを言うな。こっちにはこっちの事情があるんだよ」

「条件付きではありますが、ルースさんもモストロ・ラウンジで働いてくれることになったんです」
 ジェイドはニヤニヤしながらそう説明した。ルースは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 ――ルースはアズールと契約を交わした。内容は『気配を消す薬の存在、薬そのものやレシピを口外・流通させない代わりに、今後一切アズールに逆らわない』というもの。ユニーク魔法を担保にした。条件を破らない限りユニーク魔法の使用は可能、条件を破りアズールに逆らったら即没取――いわゆる、『抵当権』のような形を取った。
 
 アズールは約束どおり、ルースの薬品いじりに快く協力してくれている。ルースはその対価として完成品とレシピを可能な限りアズールに提供している。
 『気配を消す薬』についても、使用するのはルース本人だけとする代わりに、アズールが要請した場合はルースがアズールの代わりに薬を使うことでそれに協力する、という形でお互い納得した。多少難しい内容でもユニーク魔法で応えられるルースだからこそ、アズールは譲歩した。それに、万が一『気配を消す薬』が外部にバレたらルースだけに責任を押し付ければいい。薬を使っていたのはルースだけなんだから。
 
 ルースは『気配を消す薬』を守ることが出来る上、のびのびと魔法薬学の研鑽ができる。アズールはルースから魔法薬のレシピを得られるほか、実質『気配を消す薬』を好きに使える。WinWinの関係だ。
 アズールのねらいはそれだけではない。ルースは珊瑚の海で、ユニーク魔法ありきとはいえリーチ兄弟とそこそこ渡り合えるだけの能力値をたたき出している。『気配を消す薬』による盗聴も含めルースに対立されると少々厄介だと感じたアズールは、契約によってその可能性を潰した。むしろルースを手駒にしてしまったのだ。


「そういえば珊瑚の海で、勝ったら働いてもいいって言ってたな……」
「あれだけ堂々と啖呵切ったんだ、筋は通さねぇとな」
 デュースやジャックにあれこれ言われて、ルースは「あー……そうだな」と微妙な顔をした。
 
「それで掃除してんの?雑用とかカワイソー!」
エースに笑われて、さすがにルースはカチンときた。――ついこの間までおまえもこんな感じだったくせに、自分のことは棚に上げてよく言えたものだ!
 
「……キッチンやホールよりましだ。おまえたちはどうだか知らないが、僕にとっては人さまに料理を出す方が生理的に無理なんだ。待遇も"おまえたちとは違って"今のところ悪くないし……こればっかりは寮長の慈悲だな。」
 ぶっきらぼうにそう吐き捨てながら、ルースは箒を少し握り直した。アズールはそれを見て「実力のある者にはそれに見合った対価を。当然のことです。」と笑った。

「ああそうだ。あなたがくれた水中でも息ができる魔法薬の"改良版"、問題なく作用しましたよ。確かにこれなら味もよくて飲みやすい。実用化したいので、後でレシピをいただいても?」
 アズールがサラッと放った一言に、エースたちは「え?!」と衝撃を受けた。ルースは「ああ、あれか」なんてあっけらかんとしている。
 
「お前いつの間にそんなの作ってたの?!」
「つい昨日だな。上手くできていたようで良かった。――これを。」
 大声をあげるエースをあしらいながら、ルースはポケットから紙切れを取り出してアズールに手渡した。
 
「後はあなたの手で調合して確認してくれ。調整するところがあったら、後学のために教えて貰えると助かる」
 アズールは紙切れにチラリと目を通すと、満足そうに懐にしまった。
 
「なんで俺らにはくれないんだよ!あれめちゃくちゃマズくて嫌だったのに!」
「美味いのがあったんなら、そっちの方がよかったに決まってるんだゾ!」
 
「まだ治験段階だぞ、渡せるわけがない。どうしても欲しいんなら、次からアズールに頼むことだ。僕からは絶対にあげないからな。」
 エースやグリムのブーイングにも動じることなく、ルースはさっさと箒を動かし始めた。グリムは最後に「こいつ、アズールに似てケチなんだゾー!」と吠えた。「一緒にするな!」とルースも吠えた。


「体はもう大丈夫なの?」
 他のみんながモストロ・ラウンジに入っていく中、ユウは1人立ち止まってルースにそう尋ねた。それを聞いたルースは少し顔をムッとさせた。
「とっくに治した。僕のことを貧弱みたいに言うな。……博物館、どうだった?」
「おもしろかったよ」と答えたユウに、ルースは「それは良かった。」と微笑んだ。
 
「もうアズールと契約なんかするなよ。悪いが次からは僕も力になれない。」
 ユウに向かってそう忠告するルースに、ユウは疑問を投げかけた。
「なんでそこまで気にかけてくれるの?」
 それを聞いたルースはほんの少しキョトンとした後、「……僕にジャックのモノマネをさせる気か?」と前置いてからこう言った。
「勘違いするなよ、全部僕が好きでやったことだ。僕自身がアズールを気に入らなかったから……僕自身が、おまえを手伝いたいと思ったから。それだけだ、おまえのためじゃない。」
「……んん??つまり?」
「ほらはやく行け、タヌキがおまえを呼んでる」

 ルースの言ったことが聞こえていたのか、向こうでグリムが「オレ様はタヌキじゃねーんだゾー!」と叫んでいる。ユウがルースに背を向けた時、「そうだ、」とルースが思い出したように声をあげた。

「そんなに僕の"親切"に理由が欲しいなら、対価でも要求してやろうか?」
「え、」
 対価という単語に、ユウは一瞬体を強ばらせた。
 
「おまえのオンボロ寮。ここの仕事がない日にでも掃除させてくれ。……女の子があんなボロ屋に住まわされてるなんて、"かわいそうだから"な。」
 そう言ってニヤリと笑う姿は、紛れもなくオクタヴィネル寮生そのものだった。
12/12ページ
スキ