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オクタヴィネル寮の1年生が3章のストーリーにめちゃくちゃ干渉する話

 ナイトレイブンカレッジにある寮のひとつ、オクタヴィネル寮。その談話室。誰かが話している。
「アズール。早速、依頼人から連絡が。今夜、ラウンジに直接お話しにいらっしゃると。」
「わかりました。では特別なおもてなしの準備を。――さて、どんなお願いをされるやら。楽しみですね。フフフ……。」


 そして、それを近くでこっそり盗み聞きしている生徒がいた。姿は見えない。気配はおろか、呼吸の音すら聞こえない。その生徒は今、さながら透明人間のような状態でじっと会話に耳をそばだてていた。
 ――依頼人?特別なおもてなし?お願いって、なんだ?
 透明な生徒は会話の主たちが去った後もその場でしばらくじっとしていた。そして、周りに誰もいないことを確認してからそろそろと物陰へと移動した。「気配を消す薬」の効果が切れる瞬間を見られないようにするためだ。彼特製のこの薬は、まだ誰にも知られていない。これは自分だけの秘密アイテムなのだ。それに、この薬にはまだ改善の余地がある。
 
 薬の効果が切れた。物陰に突然、一人の小柄な少年の姿が現れた。うずくまっている姿勢にふんわりしたショートボブのシルエットも相まって、全体的にまん丸く見える。少年は薬の効果が切れたことを確認すると、垂れてきた前髪を静かにピンでとめ直した。
「アズール寮長……なにか企んでるのか?」
 盗み聞きの張本人――ルース・ピークは、さらなるリサーチをすべく再び特製の薬を口に流し込んだ。


 魔法士養成学校の名門、ナイトレイブンカレッジ。期末テストの時期が近づくこの学校で、ひそかにこんな噂が流れていた。「テストでいい点を取りたかったら、モストロ・ラウンジへ」。ハーツラビュル寮の1年生、エース・トラッポラとデュース・スペード、オンボロ寮のグリムも、その話を聞きつけた。
「なあ聞いた?あの噂」
「ああ、『テストでいい点を取りたかったら、モストロ・ラウンジへ』ってやつか?」
「ふな?そのモストロ・ラウンジってとこに行けば、テストでいい点取れるのか?だったら行くしかないんだゾ!」
 
「――やめておけ。」
 3人の会話に突然少年が割り込んできた。小柄で細身、ふんわりしたショートボブの白い頭髪。少し長めの前髪は落ちてこないようにヘアピンで丁寧に止められており、アーモンド型の目が青色の瞳をくるくると動かすのがよく見える。少しぶかぶかの制服には、腕章がキュッと括りつけられていた。

「ふな?!イキナリなんなんだオマエ!」
 グリムはビックリして声を上げた。

「ああ、突然話しかけて驚かせてしまったか。僕はオクタヴィネル寮1年、ルース・ピークだ。それで、さっきの話だが――モストロ・ラウンジに行くのはやめておけ。」
 ルースは簡単に自己紹介をすると、声を低めてそう言った。
「なんでだ?こんないい話ないんだゾ!」
「だからこそだ。裏があると思わないか?……寮でも噂を耳にするが、あまり信用してはいけないと僕は思う。」
 
「なんで見ず知らずのお前から指図されなきゃなんないわけ?」
 そう反論したエースに、ルースは少しムッとした顔を向けた。
「名乗っただろう、僕はルース・ピーク。見ず知らずの奴じゃない。僕が個人的に忠告してあげたかっただけだったんだが……余計なお世話だったか?」
「ああ、余計なお世話なんだゾ!」
 グリムの野次にルースはさらに顔をムッとしかめたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「そうか、それは失礼したな。だが、これだけ言わせてくれタヌキ君……あとそこのふたりも。」
 ルースにタヌキと言われたグリムは「オレ様は狸じゃねえ!」と怒ったが、ルースはそれを無視してつらつらと話しだした。
 
「モストロ・ラウンジでは「契約」という形で生徒の願いを叶えているらしい。周りの話を聞く限りだと、期末テスト対策に関する契約の条件は恐らく『成績上位50位以内になること』だ。」
「上位50位……」
 デュースはゴクリと唾を飲んだ。
 
「でもその契約ってのをすればテストでいい点取れるようにしてくれるんだろ?そしたら、50位以内なんて簡単なんだゾ!」
 グリムは威勢よく反論した。ルースはそれを聞いて、またムッと顔をしかめた。
 
「そうかもしれない。だが……昨日だけでもかなり多くの生徒が契約をしているみたいだ。もしかしたら今よりもっと多くの生徒が同じ契約をするかもしれない。こうなると契約した生徒全員が成績上位50位以内に入るのは難しくなってくる。迂闊に契約すると、条件を達成できず契約違反となる可能性がある。」
「契約違反……」
 契約違反という言葉に、デュースはギクリと身を強ばらせた。
 
「さっきから知ってる風に話してるけどさ、その話ってどこ情報なの?」
 エースはルースのことを怪しむように質問した。これにはさすがにルースも「ぐ」と唸った。ルースの話していたことは盗み聞き――もとい噂話から得た情報なので、言われてみると信憑性はほぼない。エースたちの立場からしてみれば、おしゃべり中に突然知らない人から知らない噂を持ち込まれても「へぇ」としかならない。
 
「僕も噂話を耳にした程度だから、信憑性は無いにも等しいかもしれないが……。とにかく、僕はやめておいた方がいいと思う」
 それでも真剣な表情で淡々と話すルースに、デュースは少し説得力を感じていた。
「なんだか、やめといた方がいい気がしてきたな……」
「あれ、デュースくん、マジでこいつの言ってること信じちゃったとか?」
「な、別にそういうわけじゃない!」
 デュースが不安そうに呟くのをエースが茶化した。

「……とりあえず、僕は言ったからな。突然話しかけて悪かった、それじゃあ」
 これ以上忠告するのを諦め、ルースはその場を後にした。


 場所は変わって、エース達3人がいた教室から少し離れた廊下。
「おーい、エース、デュース、グリムー!もう、みんなどこに行っちゃったの……」
 オンボロ寮の監督生――ユウは3人を探して迷っていた。彼女は他の世界からツイステッドワンダーランドにやって来たため、右も左も分からない。ナイトレイブンカレッジの広い校舎にもなかなか慣れず、彼らといないと次の授業の場所に自信が無かった。
 
 オロオロと廊下をさまよっているうちに、ユウは1人の生徒とぶつかってしまった。
「わっ!」
「!」
 ぶつかった拍子に、ユウの腕から教科書やノートがバサバサと滑り落ちた。
「……あ、すみませんっ!」
 ユウはそれを拾いもせず、謝罪と共に身構えた。ナイトレイブンカレッジはなんというか、治安が悪い。ユウはこれまでに何回も他の生徒に因縁をつけられ、絡まれていた。
(ぶつかっちゃった……どうしよう、また絡まれるかも……!)
 
 しかし、そんなユウの心配とは裏腹に、ぶつかった生徒はなにもしてこなかった。
「いや、今のは僕の不注意だ……荷物が散らばってるが、大丈夫か?」
 その生徒はそう言って、ユウの荷物を拾い始めた。白くてクセのないショートボブの頭髪、ヘアピンでとめた前髪、青い瞳――ルースである。
 
「これで全部か?大荷物だな」
「あ、はい!ありがとうございます!拾わせちゃってすみません!……あの?」
 すっかり綺麗にまとまった荷物を受け取ろうとユウは慌てて手を伸ばしたが、ルースは差し出した手を途中で止めてしまった。そして数秒、ユウの事をじっと見つめながらなにか考えているようだった。
「……あ、ああ。こちらこそ、ぶつかってしまって本当に悪かった。授業が始まるまでもう少しある、お詫びにこのまま持って行くよ。どこの教室だ?」
「あ……それが、分からなくて……次、動物言語学の授業なんですけど……」
 
 ――これが、ルース・ピークとオンボロ寮の監督生の初めての出会いである。期末テストにまつわる噂の真相をコソコソと探っているルースは、この後彼女たちと共にその黒幕に立ち向かうことになる。
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