お前しかいない
*
「お前まで眠りこけるなんて信じがたい。馬鹿なのか。何を考えてる」
保健室を出て体育館へと向かう道すがら、延々と罵倒されていた。予想はしていたのでなんのダメージもないが、相当ご機嫌を損ねてシャーシャーわめいてる様子は限りなく猫だ。
「言われたことも守れないのは小学生以下だ。改めろ」
「はい」
「二人揃って一時間も……まったく」
「でも元気になったじゃねぇか」
めっちゃ睨まれた。こわ。さすが、一時間休んだらもう元気かよ。もうちょっとくらいさっきのしおらしさを見せてほしい。
とはいえ全快ではないだろうなと思いおでこに手を当てようとしたら、すごい反射速度で避けられた。猫すぎる。
「足も、悪化させるなよ」
今は人目を気にして肩も貸さず普通に歩いているが、あまり負担をかけるのはよくない。
「こちらのセリフだ。寝る前にも自分で適切な処置をするように」
はいはい、と包帯の巻かれた手首を掲げて見せる。
赤司は一度練習に顔を出して、実渕に事情を説明してから寮に戻るということだ。大事にしたくないからかなり矮小化して伝えるみたいだが。赤司の足の手当てだけのはずなのに一時間も戻らないから、あいつも何かあったのかとやきもきしていることだろう。
何か はあったけどな。確実に。色々と。でもオレの記憶からは抹消したからもう関係ねぇけどな。もう完全に忘れた。何かあったかもしれないが何もなかった。忘れた忘れた忘れた。ハイ終わり、解散。
「千尋」
「ん」
「お前僕にキスしたのか」
「ッッァ」
変な声出た。ふざけんな。忘れたっつってんだろ。
「してねぇよッ」
「そうか。僕が眠ったあとに。なにかしたのかと思った」
「してない」
「あまりよく覚えてないんだが」
じゃあ一生思い出さないでくれ。
「好きにできると言っていたな。病に倒れ、臥せった僕なら抵抗できないと」
「……」
「言っていたな?」
「……忘れた」
「勝手に思う分には好きにすればいいが、聞いたからには訂正させてもらおう」
来た。来るぞ赤司サマの反撃が。余裕ぶった涼し気な微笑を浮かべてはいるが、纏うオーラはピリピリしていて明らかにイラついてるのがオレにはわかる。プライドが傷付いたんだな。そうだろうな、あんな弱った姿をオレなんかに見られたんだからな。やっぱりザマァじゃねぇか。盛大に草も生えるってもんだぜ。
「まずお前の言うそれは不可能だ。理由は三つある」
「はぁ」
「第一に、熱や病程度で僕を拘束することはできない。どれほどの不調を抱えていたとしても、卑俗な輩が僕に指一本でも触れることはありえない」
そうか?ふにゃふにゃだったけどな。
「先刻は僕がそれを許したからだ。お前でなければ例外はない」
オレにだって許すなよ。こっちが迷惑だから。ていうか相変わらず何も言ってねぇのに思考を読みやがって。
「第二に、その前提を無視したとしても、お前は僕を凌辱できない」
「……」
……りょうじょく……。
一瞬意識が遠くなって、いやちょっとまてと我に返る。そもそもどっかの変態に気をつけろよって意味で言ったんであってオレがお前をどうこうっていう話じゃないんだが?
「お前の意図した『好きにする』というのは、性的蹂躙による精神および肉体的屈服のことだろう」
「……」
「であれば、お前はその目的を完遂できない。他者の苦しむ様に悦楽を覚える心理的傾向がないからだ。僕を辱めたとして、お前はその事実に満足もしなければ興奮もしない。よって目的は達成されない」
「……」
「性的嗜好のみで考えても同様だ。お前は僕の身体で性行為は果たせない。犯行は未遂に終わる」
「……」
つまり勃たねぇだろと。部員の性的嗜好まで把握してるなんてスゴイッスネ主将。
「第三に、これまでの前提をすべて無視してそれらが行われたとしても、僕自身が貶められることは決してない」
「……」
「たとえ肉体が穢され破壊されたとしても――僕には届かない。僕自身はそこにないからだ。肉体を征服されても精神は支配されない。僕を好きになど決してできない。僕の内側には誰も侵入できない」
前を歩く赤司が立ち止まり、オレをふり返る。
「お前でも、だ。千尋」
「お前まで眠りこけるなんて信じがたい。馬鹿なのか。何を考えてる」
保健室を出て体育館へと向かう道すがら、延々と罵倒されていた。予想はしていたのでなんのダメージもないが、相当ご機嫌を損ねてシャーシャーわめいてる様子は限りなく猫だ。
「言われたことも守れないのは小学生以下だ。改めろ」
「はい」
「二人揃って一時間も……まったく」
「でも元気になったじゃねぇか」
めっちゃ睨まれた。こわ。さすが、一時間休んだらもう元気かよ。もうちょっとくらいさっきのしおらしさを見せてほしい。
とはいえ全快ではないだろうなと思いおでこに手を当てようとしたら、すごい反射速度で避けられた。猫すぎる。
「足も、悪化させるなよ」
今は人目を気にして肩も貸さず普通に歩いているが、あまり負担をかけるのはよくない。
「こちらのセリフだ。寝る前にも自分で適切な処置をするように」
はいはい、と包帯の巻かれた手首を掲げて見せる。
赤司は一度練習に顔を出して、実渕に事情を説明してから寮に戻るということだ。大事にしたくないからかなり矮小化して伝えるみたいだが。赤司の足の手当てだけのはずなのに一時間も戻らないから、あいつも何かあったのかとやきもきしていることだろう。
「千尋」
「ん」
「お前僕にキスしたのか」
「ッッァ」
変な声出た。ふざけんな。忘れたっつってんだろ。
「してねぇよッ」
「そうか。僕が眠ったあとに。なにかしたのかと思った」
「してない」
「あまりよく覚えてないんだが」
じゃあ一生思い出さないでくれ。
「好きにできると言っていたな。病に倒れ、臥せった僕なら抵抗できないと」
「……」
「言っていたな?」
「……忘れた」
「勝手に思う分には好きにすればいいが、聞いたからには訂正させてもらおう」
来た。来るぞ赤司サマの反撃が。余裕ぶった涼し気な微笑を浮かべてはいるが、纏うオーラはピリピリしていて明らかにイラついてるのがオレにはわかる。プライドが傷付いたんだな。そうだろうな、あんな弱った姿をオレなんかに見られたんだからな。やっぱりザマァじゃねぇか。盛大に草も生えるってもんだぜ。
「まずお前の言うそれは不可能だ。理由は三つある」
「はぁ」
「第一に、熱や病程度で僕を拘束することはできない。どれほどの不調を抱えていたとしても、卑俗な輩が僕に指一本でも触れることはありえない」
そうか?ふにゃふにゃだったけどな。
「先刻は僕がそれを許したからだ。お前でなければ例外はない」
オレにだって許すなよ。こっちが迷惑だから。ていうか相変わらず何も言ってねぇのに思考を読みやがって。
「第二に、その前提を無視したとしても、お前は僕を凌辱できない」
「……」
……りょうじょく……。
一瞬意識が遠くなって、いやちょっとまてと我に返る。そもそもどっかの変態に気をつけろよって意味で言ったんであってオレがお前をどうこうっていう話じゃないんだが?
「お前の意図した『好きにする』というのは、性的蹂躙による精神および肉体的屈服のことだろう」
「……」
「であれば、お前はその目的を完遂できない。他者の苦しむ様に悦楽を覚える心理的傾向がないからだ。僕を辱めたとして、お前はその事実に満足もしなければ興奮もしない。よって目的は達成されない」
「……」
「性的嗜好のみで考えても同様だ。お前は僕の身体で性行為は果たせない。犯行は未遂に終わる」
「……」
つまり勃たねぇだろと。部員の性的嗜好まで把握してるなんてスゴイッスネ主将。
「第三に、これまでの前提をすべて無視してそれらが行われたとしても、僕自身が貶められることは決してない」
「……」
「たとえ肉体が穢され破壊されたとしても――僕には届かない。僕自身はそこにないからだ。肉体を征服されても精神は支配されない。僕を好きになど決してできない。僕の内側には誰も侵入できない」
前を歩く赤司が立ち止まり、オレをふり返る。
「お前でも、だ。千尋」