In seaside, so said. 〜海釣り編〜

海辺で釣りをしながら話そう

 人物 

名前: 山吹やまぶき すずめ
年齢:27
職業:社長
備考:残金が尽きる…(🎲5,5)

拠点:モーテル…(🎲5)
天候:小雨…(🎲2)


サーーーー
小雨が窓を打つ音で意識が浮上する。心地よい揺れに身を任せながらまどろみ、ふと、違和感を覚える。布団に入ったかどうか、記憶は定かでは無いが、家に帰って寝たはずだ…なぜ揺れているのだろう。

「社長、着きましたよ〜」

聞こえた締まりのない声に、ぼんやりしていた意識がさらに鮮明になる。夢…ではない。

「いや〜雨だからか、急な予約でも借りれてよかった」
「おい」
「あ、起きました?何か飲みます?お茶とコーヒーと…」
「おい、溜」
「社長は朝食べない派でしたっけ?」
「どういう状況だ?」
「あ、ここ海です」

コンビニ袋をガサガサと漁りながら、噛み合わない会話を続ける溜を睨みつける。ああ…頭が痛い。

「ため息つくと幸せ逃げますよ〜」
「誰のせいだと…」

こめかみをおさえて怒りを鎮める。溜の手元からコーヒーをひったくり、飲みながら事の経緯を聞き出した。

要約すると
『朝(早朝3時)起きたら釣りに行きたくなったので、とりあえず船の操縦ができる社長を連れて(不法侵入)(拉致)海に来た』

ということらしい。阿保か。

「…さっさと釣って帰るぞ」

相変わらず自己中心的に物を考える溜にイライラしながらも、ここまで来てしまっては仕方がない…と車を降りて船着場へと向かった。

溜のこういう突飛な行動は今にはじまったわけではないのでもうあきらめた。慣れって怖いな。

後に気づいたが着の身着のままで連れてこられたせいで僕の所持金は0だった。せめて鞄を持ってこられなかったものか…

 ◇1匹目 


「最近眠れてますか?」

周囲を見渡しても、空なのか海なのか…境界が曖昧な薄暗闇が広がるばかりでほぼ何も見えない。まだ日が昇る前の時間帯。(日の出前後が1番釣りどきらしい)
適当な沖で船を停め、釣り糸を垂らしていると、暇になったのか溜が話しかけてきた。

「せっかくの週末、これまでの睡眠不足を補う予定だったが叩き起こされたよ」
「かわいそうですね」
「…ケンカ売ってるのか?」
「?いや、寝不足続きって話ですよね?」
「…」
「あ、ため息!」
「誰のせいだ!!!」

暗がりで相手の顔も満足に見えないのが幸いしたな。きっと僕はものすごい凶悪な顔をしていただろう。
全てのモヤモヤを吐き出すようにもう一度大きく息を吐き、意識を手元に向けた途端、竿掛けにかけていた釣竿が大きく左右に振れた。

「ゎわっ」

慌てて釣竿を強く掴む。僕の身体ごと引っ張られ、2、3歩たたらを踏んだところで、横から伸びてきた力強い腕が一気に獲物を引き上げた。
この部下は、体格と力にだけは恵まれているんだよな。羨ましい。
べちん、と、鈍い音を立てて船内に引き上げられた獲物は、1メートル以上はありそうな大物だった。固唾を飲んで見守っていると、もぞもぞと身じろぎし、昇り始めてきた朝日に照らされこちらを振り返った。
…振り返った?

「は?」

それはあざらしだった。
うん。
夢だ。
溜が飼うとか言い出す前にさっさとリリース。
僕は渾身の力で「それ」を転がし、船外へと放り出した。

ざぶん

「社長?!なんで!せっかく釣ったのに!!」
「これは夢だ。何もいなかった」
「ええ?!」
「ほら、お前の竿も引いてるぞ」

慌てて引き上げる溜を尻目に、僕はもう一度海に釣り糸を垂らした。
いつの間にか小雨は止んでいた。雲の切れ目から朝日が差し込み、水面に反射する光が寝不足の瞼をチカチカと焼く。ただ眩しくてクラクラするだけだが、『あの人』なら、きっとこういう景色を美しいと感じるんだろうな…
冷えた空気を肺いっぱいに吸って、こんな休日があってもよいものだな。と、少しだけ思った。ほんの少しだけ。

ちなみに溜は深海魚を釣ったらしい。どうなっているんだこの海は…

話題:最近眠れてる?…(♣️A)
釣れた物:あざらし!?…(🎲5,6)


 ◇2匹目 


あれから小1時間ほど経ったが、海は穏やかで釣り竿は沈黙している。うとうとと眠くなってきた頃、ふと、溜の無駄に派手なシャツのボタンが取れかかっていることに気づいた。よく見ると何箇所か付け替えたのかボタンの糸の色が違う。
そういえばこの部下は、十分な給料を渡しているにも関わらず倹約家というか…物持ちもいいし食事は僕にたかるし…いったいどこにお金を使っているんだ…?もしかして、借金でもあるのだろうか…はたまた何か欲しいものがあってお金を貯めているのか…

「何か欲しい物でもあるのか?」

聞くつもりはなかったのに、気づいたら声に出して問いかけていた。

「俺っすか?」
「お前以外に誰がいる」
「うーん」

顎に手を当て考える素振りをした後、こちらにニパッと笑顔を見せて言った。

「買ってくれるんですか?!」
「なんでそうなる」
「そーっすね…新しいスーツですかね」
「買わないぞ」
「とか言いつつ買ってくれるんだな〜うちの社長は」
「買わないぞ」
「たった1人の秘書のおねだりでも?」
「買わないぞ」
「というかスーツって備品じゃないんすか?」
「買わないぞ」
「唯一の秘書がみすぼらしくしていたら会社にマイナスですよ?」
「給料は十分渡してる」

本当に知りたいことは聞けないまま、ぐだぐだと終わりのない問答を繰り広げていたらいつの間にか竿に獲物がかかっていたらしい。もう何が釣れても驚かないつもりでいたが、釣れたのはマグロだった。まともな魚が釣れて逆に驚いた。
来たくて来たわけじゃないし、ほぼ溜の力で釣ったようなものだが大物が釣れると嬉しいものなんだな。
溜はマグロが食べられると大喜びしていた。僕だけじゃ食べきれないし好きなだけ食べればいいと思う。

話題:いま欲しいものはある?…(♦️7)
釣れた物:マグロ…(🎲5,4)


 ◇3匹目 


マグロも釣れたし、先ほど溜はスズキを釣ったし、もういいんじゃないかとも思ったが、溜いわく「もっといろんな種類の魚が食べたいっす!」とのことでもう少し釣りを続けることになった。

「社長って目標にしてる人とか尊敬してる人とかっているんですか?」
「は」

毎日が仕事漬けでたいした話題の見つからないつまらない僕と違って、次から次へとしゃべる溜。本当、こいつの話術には感心するな…まあ、だから雇っているわけだが。
マシンガンのように話し続ける溜に適当に相槌をうっていると、これまでのようには聞き流せない話題を振られた。
尊敬しているひと?目標にするなんて烏滸がましい。僕に『あの人』の話をさせたら長いぞ溜。というか、聞かずとも見たらわからないのか?僕が身の程知らずにも『あの人』を慕っているって…『あの人』が全てだって…何度も会っていてなぜわからない?「おまえに小豆森さんの素晴らしさと如何にして僕が救われたかをこれから3時間以内におさめて話すから、しっかり聞け溜。他の記憶を削除してでもお前の脳に刻みつけろ。忘れるな。いいな。まずは…」

僕が話し始めて1時間も経たないうちに白目を剥いた溜を揺さぶり起こしながら話すこと2時間。多分嘘泣きだが、泣きながらもうやめてくださいと懇願されてしぶしぶ話を中断した。まだ小豆森さんの素晴らしさを全部話し切れていないのだが…まあ、3時間に収まる話じゃないし仕方ない。

ちなみに、溜が白目を剥いていた頃に釣竿が引いていたが、それどころじゃなかったので無視をした。
溜の嘘泣き後に確認したら当然獲物には逃げられていた。せっかちな魚だ。

話題:尊敬している人はいる?(❤️J)
釣れた物:…残念!逃げられた!(🎲1,1)


 ◇4匹目 


僕はもう帰りたいが溜がまだ釣るとごねるため、先ほど取り逃したぶん、次に何かを釣り上げたら陸に戻ると決めた。さて、何が釣れるだろうか…サバとかが釣れたら煮付けにできるな。鯛の刺身もいいな…
美味しそうな料理を想像したらキュル…とお腹が鳴った。そういえば、早朝(深夜)に起こされてからコーヒーしか飲んでいないじゃないか!

「溜、何か食べるものはないのか?」
「社長お腹すいたんすか〜?」
「まあな」
「残念!最後のおにぎりはさっき俺が食べちゃいました!!」
「……」
「痛い痛い足踏まないでください!そして海に落とそうとしないでください!!」

腹が立った。

釣り始めから大物続きで、船から落ちそうになることも多々あったが、今のところ落ちずに呑気に釣りを続けている。
もし落ちたら、溜は泳げるのだろうか…?

「溜、お前水は得意か?」
「俺っすか?得意ですよ!!バリバリ泳げます!向こうの島まで泳げます!!」

うっすらと輪郭の見える遠くの島を指差して、得意げな顔で言い切った。

「そうか。なら落ちても問題ないな」
「そのために聞いたんですか?!ひどすぎません?」
「泳げるか聞いてやった時点で優しいだろう」
「ちょ、本当に落ち…!!」

溜の身体が半分海に乗り出したその時、僕の釣竿が反応した。でかい。

「運が良かったな溜」
「社長ったら、俺がいないとな〜にも出来ないのにそういうひどい扱いしちゃダメっすよ〜?」

むかつくな。

溜が僕の竿をグッと引き、獲物を船内に引き上げようとしたとき。僕はその場から飛び退いた。さ、さ、さ…サメじゃないか!!

「溜!やめろ!釣竿ごと捨てろ!」
「いや、海に不法投棄したら環境破壊ですよ〜」
「サメだぞ?!やばいぞ!落ちたら食われるぞ!!」
「さっきまで人を海に落とそうとしていたのに…」
「殺すつもりはなかった!すまなかった!!」
「うわ〜犯罪者のセリフですね」

危機回避能力の高い僕は釣竿(サメ)から距離をおき、船首の方へと逃げた。警戒心も危機回避能力もゼロの溜は、呑気に釣竿を挟んでサメとひっぱり合いをしている。馬鹿だな!海に引きずりこまれたらお前、おしまいだぞ!!
ああ…休日に釣りにきたばっかりに僕は部下を失うのか…と多少センチメンタルな気持ちになっていると、

「フカヒレ〜〜〜〜!!!」

間抜けな掛け声とともに溜がサメを釣り上げた。本当に僕と同じ人間か?

サメとの激闘で溜も満足したのか、やっっっっと釣りを終えて陸に戻ることになった。
そして帰りの船路で魚網を振り回していた溜は、いろいろな種類の魚をわんさか捕獲していた。

いままでの時間はなんだったんだ、全く…

「どこかで釣った魚を捌いてもらおうか」
「それならもう調べてありますよ!予約したモーテルの近くに小料理屋さんがありました!」
「おまえ…考え無しな割に、しっかり下調べしているよな…」
「できる秘書なんで」
「できる秘書なら事前連絡をちゃんとしろ。報連相は基本だろ」

ほんの少しの満足感と多大な疲労感を引っ提げて、海の香りを肺いっぱいに吸い込みながら僕と溜は船を走らせた。日はすっかり高く昇り、明け方の小雨で冷えた身体がうっすらと汗をかくほど、気温は上がっていた。

いつも通り、相手のことが知れたようでまったくわからないちぐはぐな休日だった。

話題:水は得意か苦手か(♠️9)
釣れた物:サメ(🎲5,5)







 ◇後日談 


あの突然の拉致釣り事件から1週間が経ち、待ちに待った休日。ようやく眠れる…1日寝るんだ…と意気込んでいた今日。なぜか僕は街に出ていた。
原因はもちろん溜だ。

「お、社長さすが!待ち合わせ時間より15分早いですよ」
「街中でしかも休日に社長はやめろ」
「雀さん?」
「それも却下」
「雀さ〜ん、買い物行く前に飯食いに行きませんか?俺寿司がいいっす!もちろん雀さんの奢りで!!」
「はあ…」

溜が人の話を聞かないのは今にはじまったわけではないのでもうあきらめた。慣れって怖いな。

「ため息つくと幸せ逃げますよ〜」
「誰のせいだと…」
「今日は俺の日なんで社長は俺に尽くしてくださ〜い!怒るの禁止!!」

やれやれと言いたげなジェスチャーとともに、指摘する溜。俺の日って何だ。

と、いうのも、例の『突然の拉致釣り事件』でサメを引き当て、全てを投げ出して逃げたことに後々文句を言ってきた溜へ『サメから救った(?!)礼としてスーツを贈る』ことになってしまったのが本日の発端だ。
そもそも無理やり釣りに連れて行かれた僕がその張本人にお礼をすると言う図式がまずおかしいと思うのだが、あれよあれよという間にいいくるめられてしまった…

「先週あれだけ魚料理食べて、また魚か…」
「回らない寿司でお願いしまっす!!」
「人の財布だと思って…!!」
「ご馳走様で〜す!」
「……」
「あ!ため息も禁止です!!」

僕の寝不足が解消されるのはいつになるんだろう…今度『あの人』に占ってもらおうか。
そう決めると、多少気持ちが上向きになる気がした。





__fin__


design
illustration by しもねぎくん様



シナリオ(ソロジャーナル)
In seaside, so said. 〜海釣り編〜
制作者:しおのはかた様