番外編
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テスト期間で部活のない日、さっさと帰ろうと昇降口で靴を履き替えていると、俺の好きな子───久世が外を眺めてぼうっと突っ立っていることに気付く。本日の天気は下り坂。昼から雨が降り出し、あっという間に本降りになった。彼女の手に傘は……無し。おおっと?彼女は真面目でしっかり者だし、俺も忘れ物とかはあんまりするタイプじゃないから、こういうチャンスが巡ってくるなんて思いもしなかった。俺は早まる鼓動を誤魔化すように「なに、傘忘れたの?珍しくね?」と声を掛ける。すると彼女は俺の顔を見て数回瞬きをした後、「忘れたわけじゃないけど…。弱まるの待ってる」と言う。ん?忘れたわけじゃないならなんでわざわざ雨が弱まるのを待っているんだ?小さい折り畳み傘しか持ってきてない…とか?忘れたとハッキリ言ってくれれば、駅まで入ってく?って自然な流れで相合傘を提案できたのに、そうはさせてもらえなかった。でも諦めがつかず、なんて言おうかと考えていると、彼女の方が先に口を開く。「黒尾は早く帰りなよ。気を付けてね。」と柔らかく微笑まれてドキッとする。いや、そうじゃないのよ、俺はお前とどうにか相合傘できねぇかなって考えてるのに帰そうとすんな。
「お前は帰んねぇの?」
「だから、タイミング見計らってるんだってば」
「なんで」
「……。」
…これは…やっぱ傘持ってない説濃厚では??この子は嘘はつかない子だし、忘れたわけじゃないってのは多分本当。でも、今は持ってない。……つまり……
「傘盗まれた?」
ほぼ確信を持って言ったのに、彼女はキョトンとして、また微笑む。「盗まれてないよ。そんなことする人居るの?」って。居るよ~世の中には。彼女から見た世界って、どんだけ美しいんだろうか。なんてことは一旦置いといて、シンプルに彼女がこの雨の中どうやって帰ろうとしてるのかが気になる。もう相合傘とかいいから、俺のデカい傘貸すから濡れずに安全に帰ってくんねぇかな。───あ。もしかして。
「お前、人に傘貸したな?」
「………。」
図星の顔してやがる。
「傘貸したら自分の傘なくなっちゃうの分かんない??」
「……女の子が困ってたから……後先考えてなかった」
なにその少女漫画の王子様みたいなセリフ。言ってみてぇわ。はぁぁ~~~とデカい溜息を吐く。この子ってば本当に…。
「もういい。コレ貸すからお前は濡れずに帰れ」
「…???」
「俺も困ってる女の子助けたいんですぅ~~!」
そう言って勘太みたいに傘を差し出すけど、受け取ってもらえる気配はない。それどころか「女の子って…」と呆れられる始末だ。いやキミ女の子だよね…?というか今結構ベタな胸きゅんシチュエーションなんじゃないの?え、うそ違う??なーんでそんな響かないの?彼女が頑固なことは知ってるから、こうなったら意地でも受け取らないというのが分かる。それなら……
「これ差して帰るか、俺と相合傘するか、二択な。」
「えぇ…?なにそれ。黒尾にメリット無くない…?」
あるわボケ。言わんけど。「ほら、どっち」急かしてみるけど、彼女はやっぱりどっちも選ばない。俺が彼女を置いて一人で傘差して帰ることしか許してくれない。ああもう。埒が明かないので、強行手段に出る。傘を開き、彼女の肩をぐっと引き寄せて、雨の中まで連れて行く。さすがにこれで逃げられないだろ。…と、思ったのに。彼女は傘の中から逃げ出し、そのまま雨に打たれてしまう。ハァ?!
「いやっ、おまっ……!」
急いで彼女の上に傘を移動させる。そんな、そんな嫌?!俺に肩を抱かれたのが嫌だったのかと思い、腕を伸ばして傘を傾けると、今度は俺が雨に打たれる。別にそれはいいんだけど、問題はどうやってこの子に傘を握ってもらうかだ。なんて説得しようか考えていると、傘を持つ俺の手が、柔らかな感触に包まれる。そして、彼女がずいっと目の前まで近付いて来た。えっ。近…。
「なんで黒尾が濡れるの!こうなるから嫌だったのに」
不満そうな彼女の顔があまりにも近くて、息が詰まる。「もう…。私が折れるよ。駅までお邪魔します。でも黒尾の肩が濡れるとか嫌だからね」そう言って正面から隣にズレた彼女は、俺のエナメルバッグの肩紐を掴んでぎゅっと身を寄せてくる。柔い感触が、腕に押し当てられている。
「いやっ、いやいや、ちょっと近いんでない?」
彼女の方に傘を残して少し後退ると、また傘を持つ手ごと包まれ、距離を縮められる。
「黒尾が濡れることなく相合傘を続けるか、黒尾が一人で傘差して帰るか、二択。」
キッパリと言われてしまい、言葉に詰まる。つまり俺たちはお互いに、相手が雨に打たれることが許せない。…ということは、密着相合傘不可避。いやほんと、誓って言うけど、そういうのを望んでいたわけじゃない。ただ好きな子相手にちょっとしたドキドキイベントが発生したらいいのにな~くらいに考えていただけで、下心とかは無かった。断じて。
「…もうちょっとだけ離れられません…?」
「いいけど、傘の位置動かさないでね」
「いやそしたらお前濡れるじゃん」
「でもそうしたら黒尾が濡れるでしょ」
ッッかぁ~~~~。駄目だこれ。詰んでるわ。無意識に少し離れようとする俺に、ぎゅっ♡としがみついてくる彼女は「折衷案これしかないじゃん」って、あくまでに真面目に言ってくる。…これはもう、俺もダメージ受けながら帰るしかねぇのか…?「ほら行こ」って言う彼女に促され、歩を進める。テストどうだった?なんて世間話に集中しようとしても、一歩踏み出す度に肘にふにふにふにふに伝わってきて、俺のHPはゴリゴリに削られていく。頼むから、こんな無防備になるのは俺にだけにしてくれ。そう願うけど、言うことはできない。まだそんな関係じゃない。それなのに、俺が無意識に距離を取ろうとする度に、肩が濡れる前に彼女が距離を詰めてくる。マジで抜かりない。関係性にそぐわない物理的距離が、嬉しくて、切ない。やっと駅に着いた頃には俺はもう瀕死状態になっていた。でも頭は意外と冷静で、彼女が自宅の最寄駅に着いた後どうすんのかが気になる。歩いて帰るしかないなら、やっぱり俺の傘を持ってってほしい。確認すると、親御さんが迎えに来てくれるらしいから、それでやっと安心する。…はぁ、疲れた。彼女は俺の顔を見て「ごめんね?歩きづらかったよね」って眉を下げるけど、そこじゃないんだよなぁ。電光掲示板を見ると、彼女が乗る方の電車がもうすぐ到着する頃合いだった。それを本人も確認したようで、慌ててパスケースを取り出す。そして俺の正面に向き直り「お節介さん、ありがとう。助かりました。」って、えへへって、可愛い笑顔で言われる。"お節介さん"とかちょっと可愛くないこと言わないと素直になれないところが、むしろ可愛い。というか照れ屋なくせにそうやってちゃんとお礼言ってくれるとこ、ほんと好き。俺がキュンとしている内に彼女は改札を通ってしまう。そして一度振り返り手を振ってくれるから、俺もそれに手を振りかえす。
ッッはぁぁ〜〜・・・。…片想いって疲れる……!!でも、好きな子を雨から守れた満足感とか、信頼して身を寄せてくれたことの喜びも、確かにある。妙な感覚が残る左腕をバシバシと叩いて、俺も改札を通った。
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