赤い糸40,075km

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「木兎ナイスー!でも今のじゃうちの夜久くんには拾われるよ」
久世ー?!お前までそういうこと言う?!」

合同合宿5日目。今日も変わらず第三体育館での自主練が行われていた。
準備中、久世さんが木兎に話しかけようとすると「その木兎“くん”っての要らなくね?!俺らの仲だろ!」と提案する木兎に、いともあっさり頷いた久世さん。呼び捨てにし合う二人を見て、少しだけ面白くない気持ちになる。

…俺が“挨拶作戦”なんつってじわじわ距離感測ってたのなんだったの…?
いやあの頃はまだ久世さんがバレー好きだとは知らなかったし、まさかこうして同じ部活で毎日会うようになるとは思ってなかったけど。でも久世さんはうちの連中ともまだそこまで打ち解けてない。夜久や海には話しかけられたら応じるけど、まだ自分からは行かないし、1年どもに至っては未だにろくな会話をしているところを見たことがない。まぁコレは久世さんだけの問題じゃないし、福永なんかはもはや無音コミュニケーションを楽しんじまってる始末だ。
それなのに木兎にはコレ。そんでもう一人──

「手伝いますよ」
「赤葦くん、ありがとう」
「一人で持とうとしないでください。危ないですから」
「イケるかなと思って」

自主練後の片付け中、2人でポールを運ぶ姿を見送りながら、俺は木兎を呼んで反対側のポールを持ち上げる。
アイツらはいつの間に仲良くなったんだよ?!合宿の前半はほとんど話していなかったはずなのに、赤葦と久世さんはすっかり打ち解けた様子で、そこに緊張や遠慮は見られない。確かに赤葦は物腰柔らかで、常に冷静で、真面目で、久世さんが構えるような要素は何一つ持っていない。そういう相手とならこんなにすぐ仲良くなれんのか。それはどう考えても良い事のはずなのに、じゃあ俺の距離の詰め方って間違ってたのか?と思うと、どこか複雑だ。

「お前ら急げー!食堂閉まるぞー!」

さっさと体育館を出て行った木兎が遠くで叫ぶ。そこへ赤葦が向かい、俺は最後の戸締りをする久世さんの隣に残った。ガチャリと施錠をした久世さんは、隣から動かない俺を不思議そうな顔で見上げる。やっぱりまだちょっと壁がある気がすんだよなぁ。ゆっくりでいいと思っていたけど、もっとグイグイ行ってもいいのか?

「随分仲良くなったよな、アイツらと」
「うん、話しやすい」
「俺より?」

久世さんが長い睫毛を瞬く。真っ直ぐな目で見られて、自分がくだらない嫉妬をしているような発言をしてしまったことに気付く。別に変な意味じゃなく、彼女をマネージャーに誘ったのは俺なんだから、可能な限り俺が彼女の理解者としてサポートするべきだと思っているだけで、決して変な意味じゃない。決して。久世さんは顎に手を当てて思案しながら歩き出す。俺もその隣に並んで歩くと、「考えたこともなかったなぁ」と小さい声が聞こえる。

「でも、あの二人は黒尾くんみたいに揶揄ってこない」

その発言に彼女の方をパッと見ると、久世さんは悪戯な表情でこちらを見上げていた。俺みたいに揶揄ってこないから二人の方が接しやすい、という意味合いなのは分かるし、その発言が耳に痛いけれど、こんなに悪戯っぽいことを言ってくるのも初めてで、やっぱり少しずつ距離は縮まっているんだな、ということも確かに感じる。俺としては久世さんに対しては他の人よりそういうのを抑えて、出来るだけ真面目な態度で接するようにしていたけれど…いや、でも確かに彼女がすぐムスッとするのが面白くてついついだる絡みをすることも多いか。もうなんか癖なんだよなそういうの。

「それについては申シ訳ゴザイマセン」
「いいよ、黒尾くんのアイデンティティだもんね?」
「冷静に分析すんのやめてクダサイ」

楽しそうにクスクス笑う久世さんに、全て見透かされているような気がして居た堪れなくなる。俺は後頭部を伝う汗をタオルで乱暴に拭きながら、もう1つ気になっていたことを聞く。

「うちの連中とはどう?もう2週間経つけど」
「…うーん……みんなすごく良い人なのは分かったし、私の事も煙たがらずに優しく歓迎してくれて、すごーく嬉しいなって思ってるんだけど……。大人数で居る時に話しかけたりするのは…やっぱり難しい……」
「…あー…」

なる。
木兎&赤葦とは小さい体育館で4人しか居ない環境だったのと比べて、うちでは2倍3倍の人数が居るし、監督・コーチも大体毎日居るから、この環境の差で人見知りの発動具合も変わってくる訳か。そういえば俺も小さい頃は結構人見知り激しかったし、その感覚はなんとなく分かる。久世さんはクラスで過ごす時とか、この合宿でも周りに人がたくさん居る時は確かにずっと肩に力が入っているように見える。

「…俺が一人一人繋げば、話す?」

別に無理して仲良くなる必要もないが、久世さんも他の奴らもお互いを良く思っているのは確かだし、きっと本人達ももっと自然に話したいはずだと思い提案してみる。逆にそういうことされると無理ってタイプも居るだろうから、一応控えめに。

「………研磨くんと話してみたい」
「…ケンマァ?」

えっ最初っから最難関行く?まずは見るからに優しそうな海とか、気さくな夜久とか、普通その辺から攻めねぇか?いやでも久世さんと研磨は似てるところがあるし、意外とすんなり打ち解ける可能性もあるか。彼女は「研磨くん頭良いから話したら絶対楽しそう」と言いながら食堂へ続く廊下を歩く。あ〜。頭良い奴好きそ〜。俺は一人で納得して、その日は作戦を練るために二人で夕食を摂ることにした。久しぶりに真正面から見る食事中の彼女は、一生懸命食べては目を輝かせていてやっぱり面白い。
明日どこかのタイミングで、彼女と研磨が話す機会を作ろう。遠慮がちな久世さんを他所に、俺は必ず実行しようと心に決めた。


─────


合宿6日目。
練習の合間に二人が話せるタイミングがないか窺う。忙しなく短い試合を続け、気付けばもうすぐ昼休憩に入ってしまう時間だった。でもまだ焦る時間じゃないか。俺は久世さんが渡してくれたドリンクを呷って喉を潤しながら、ふと違和感を覚える。

久世さんに、覇気がない。

気のせいだとは思いつつ、彼女をじっと観察する。普段の彼女に効果音を付けるとするならば、『サッ!シュッ!シュババッ!キラキラキラキラ〜』って感じなのに、今日の彼女は『ほよよ』とか『ふよよ』とかそんな感じだ。相変わらずテキパキと仕事をこなしてくれているけど、どうにも覇気がない……というか元気がない……?

…もしかして、と嫌な汗が伝う。

マネージャーになって約2週間。言うまでもなく彼女は頑張ってくれている。頑張りすぎている。元々運動部でもなかった彼女が、こんな真夏に朝から晩まで駆け回って、慣れない環境で気を遣いまくって…。
そろそろ体調を崩したっておかしくはない。

「ちょ、ちょいちょいちょい」
「?」

他のコートから飛んできたボールを拾いに行こうとする久世さんを慌てて引き止める。不思議そうな顔で見上げてくる彼女は、やっぱりいつも通りじゃない。いつもより目が開いてないし、いつもより頬が赤い。マジかよなんでもっと早く気付いてやれなかったんだ。

「ちょっと失礼」

手の甲を久世さんの頬にピトッとくっつける。思っていたほど熱くないな。良かった。それでも無抵抗なその姿を見るに、やっぱり体調が悪いのは明らかだ。

「お前…」
「大丈夫!体調悪くない!」

体調悪いだろ、そう指摘しようとすると、彼女がはっとして口を開く。俺は少し面食らって言葉を飲み込むが、何も言っていないのに体調を自己申告してくるということは、多少なりとも違和感には気付いていて、そして無理する気満々ってことじゃねぇか。

「自覚あんじゃねぇか、休んでろよ」
「大丈夫!急に倒れたりしないから!」
「当たり前だろ」

大丈夫、動ける、と何度も言う彼女をどう休ませようかと頭を抱える。どうしてもと言うなら今日はもうできるだけ動かずにスコアだけ付けてもらって………いや、駄目だ。ここに居たらこの人は絶対に動き回ろうとする。そもそも、この環境にいること自体が人見知りの久世さんにとっては負荷になっているはずだ。チラリと様子を窺うと、彼女は不安そうに、でもぜったい折れないとでも言いたげな表情でこちらを見ている。…はぁ〜〜〜〜。駄目駄目。絶対駄目。無理して熱中症にでもなったら大変だ。ここは心を鬼にして休ませるのが正解だろ。

「駄目。こっち来い」
「やだー…動けるよ」

頑固者の腕を引いてコーチのもとへ向かう。多少抵抗しているようだが、それでも簡単に引き摺られてしまっているんだから、やっぱり今日はもう寝ててもらった方がいい。

「コーチ、こいつ具合悪いみたいで、どっかで休ませられませんかね」
「悪くないです!動けます!」
「こらっ!暴れるな」

手を振り払って逃げようとする久世さんをどうにか捕まえている内に、直井コーチは「ちょっと待ってろ、確認してくる」と行って森然の先生の元へ駆けていく。その後ろ姿に手を伸ばしながら「ああぁ…」と絶望する久世さん。俺は良心が痛むのを我慢して、自分の判断は確実に正しいと言い聞かせる。

「もう諦めろ。体調悪いやつは休む。当然だろ」
「でも…、手伝いに来たのに…。逆に迷惑かけるなんて……」

「体調悪いのか」

言い合う俺達の元に、夜久がやってくる。怒られた子供のようにメソメソする久世さんを真っ直ぐ見る夜久に、彼女も冗談が通じない相手だと気を張ったのが分かる。…いや、俺も真剣に心配してんですけどね?

「お前がよく働いてくれて、俺達は助かってる。でも120%で頑張り続けるなんて、誰だって無理だろ」

真っ直ぐな声で夜久が続ける。久世さんの丸まっていた背がピンと伸び、卒業証書授与か?と思うほど真摯にその言葉を受け止めている。

「いいか、チームは支え合うもんだ。お前に支えてもらってばっかじゃなく、俺達にも支えさせろ。」

「さっさと休んで、さっさと戻ってきてくれ」

「頼りにしてるんだからな、マネージャー」


……ほあー。
俺の言いたいこと全部言ったよ。しかも夜久が言うと何の嫌味もねぇし自然体で男前なのマジでなに?
久世さんは眉を寄せ、唇を噛みながらも、しっかりと頷いて見せた。
俺はなんだか納得がいかないような気もしたが、とりあえずは素直に休んでくれる気になったらしいので良しとする。そこへコーチが戻って来て、空調の効いた部屋で休ませてもらえることを伝えると、久世さんは悔しそうな顔を残して体育館を後にした。…いや、負傷で戦線離脱する選手かよ。その姿を見送った後、部員達にマネージャーの不在を伝えようとすると、既に夜久が同様の連絡をし、ついでに檄を飛ばしていた。ほーんと頼もしすぎて部長の立場ねぇわ。


それからもう1ゲームし、昼休憩を挟んで午後も同じくぐるぐるとゲームを繰り返す。うちの戦績はまぁ…特に変わらずだ。マネージャーが居ないからといってそこまで大きな影響はない。…ないけど。良いプレーが出たら目を輝かせて賞賛してくれたり、逆に微妙なプレーをしたら急に氷点下みたいなオーラを出して顎に手を当てて首を傾げたり、そんな風に食い入るように自分達のプレーを見てくれる奴が急に居なくなると、やっぱり少し物足りない。この数日では、評価を貰おうとベンチを見た時に、監督がただ久世さんを指差して彼女の態度だけでプレーの善し悪しを伝えてくることもままあった。でも今ベンチを見ても、そこに彼女は居ない。それが、思っていたよりもずっとつまらなく感じる。

「…クロ。気、散りすぎ」
「…マジ?」

タイムアウト中、研摩に指摘されてギクッとする。プレーにはちゃんと集中できているつもりだったが、久世さんの居ないベンチや彼女の体調を気にしていたのは確かだ。

「プレーは問題ないけど…なんかウザい…」
「ウザい言うな」

そんな軽口を叩きながら、またコートに戻る。部員達はそれぞれでドリンクやタオルの管理をしていて、そういう点ではマネージャーの不在は特別問題じゃない。でも久世さんはきっとこういう一つ一つも手伝えないことを悔しがっているんだろうな、ちゃんと寝てっかな、と結局彼女のことを考えてしまう。プレー再開の笛が鳴り、頭を切り替えて相手側のコートに目を向けると、研磨が心底ウザったそうな顔でこちらを見ていた。ちゃんと切り替えてっから!

勝ったり負けたりを何度か繰り返し、今日の練習試合もあと1ゲームというところで、体育館の扉が開かれる。するとそこから、ほんの少し寝癖をつけた久世さんが姿を現し、パタパタと駆け寄ってきた。

「寝すぎた…!」

そう言う彼女の瞳には午前中に見たような怠さは残っておらず、好きなアニメを見るために早起きした少年みたいな輝きがある。身体の動きもすっかり元気そのもので、あの時気づいて休ませて良かったと心底思う。でももしかしたらまだ何か無理をしているかも知れないし、もう合同練習も終わるから、わざわざ戻ってくる必要もなかったんじゃないかとも思う。真面目で頑張り屋の久世さんのことだから、元気になったら居ても立っても居られなかったんだろうけど、一応確認はしておく。

「ちゃんと元気になったのか?今日はもう休んでてもいいんだぞ?」
「元気!むしろ元気!働かせてください!」

働かせてくださいって。相変わらずの真面目さとその剣幕に思わず笑う。体調は回復したようだし、やる気満々の彼女を止める理由はもうない。部員達もマネージャーの復帰に気付き、夜久も同じように彼女が無理していないか再確認する。そして自然な流れで二人がハイタッチをする。いいじゃんいいじゃん。まだ気さくに話せていなくたって、彼女はもう既にチームの一員だ。コーチや監督も安心したように頷き、久世さんをベンチに迎え入れた。

そしてその日最後のゲーム、相手は生川。音駒は無事に勝利を収めることに成功した。合宿6日目の夕方ともなれば部員達の疲労もかなり溜まっていたが、いつにも増して元気よくプレーを賞賛してくれるその声が、選手のモチベーションを最大限にまで持ち上げてくれていた。コートの6人がそれぞれグーサインやピースサインで応えると、彼女の顔が更に綻ぶ。部員達も久世さんの働きっぷりや、離脱する時の悔しそうな姿を見ていたから、せっかく復帰した彼女につまらないプレーを見せまいと集中力も上がっていた。研磨ですら「ナイストス!」という声に軽く頷きを返していた。
そんなチームの雰囲気を見て、しみじみ、彼女をマネージャーに誘って良かったなと思った。



その後、自主練にも付き合おうとする久世さんに今日は早く寝ろと釘を刺すと、昼寝しすぎて逆に寝れそうにないと言うので、それもそうかと結局連日通りに自主練の手伝いをしてもらった。明日は合宿最終日で、夜の自主練の時間は取れない。第三体育館でのこのメンバーの自主練は今日が最後だ。久世さんにとってはこのメンバーで居る時間が一番リラックスできているようだし、本当にもう元気そうなので俺も遠慮なくブロック練習に励んだ。6日間木兎のスパイクと対峙し続けて、随分良い練習ができたと思う。
最終日の合同練習や、去年もやったバーベキューも全て終えて、今年の合同合宿の全日程が終了した。

「黒尾!久世!次に会うのは都大会だな!首洗って待っとけよ!」
「こっちのセリフだわ」
「うん!木兎もね」

各自が荷物をまとめてバスに乗り込む中、最後に話しかけてきた木兎に、俺と久世さんの声が重なる。俺達が顔を見合わせていると、木兎は「絶対勝ーつ!」と叫びながら梟谷のバスの方へ走っていく。そっちで待つ赤葦がぺこりと会釈をすると、久世さんが微笑みながら手を振る。俺も軽く手を上げて、自主練メンバーに別れを告げた。

直井コーチの運転するバスで音駒高校にまで帰ってきた頃にはもうすっかり日が暮れていて、手分けして荷物を下ろし、さっさと解散になった。こんな遅い時間に女子高生を一人で帰すのはどうなのかと心配したが、コーチが車で送ろうとしていたので、俺もいつも通り研磨と一緒に帰った。

自室で合宿の内容を思い返しながら、次に考えるべきは春高予選のこと。うちは3年が引退済みだから、残っているチームと比べると実力の差は歴然だし、そもそも人数がギリギリすぎて本来のポジション通りにもいかない。木兎にはああ言ったが、正直なところ勝ち上がれるとは思っていない。今年は自分達の今の位置を確認するような大会になるだろう。だからこそ、ベストを尽くしたい。明日は一日オフだが、明後日からはまた練習が始まる。この夏休みでどこまで仕上げられるかが鍵だ。俺は考えをまとめると、いつものように枕で顔を包む。慣れた息苦しさと疲労で、すぐに睡魔がやってくる。そのまま、久しぶりの自分のベッドに身を沈めるように眠りについた。









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