赤い糸40,075km

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席替えをして数日、俺は斜め後ろの席の久世さんのことが気になっていた。
進級してから1ヶ月経ち、クラスメイト達はそれぞれグループができている様子だったが、久世さんだけは変わらず一人で過ごしていた。別に俺が気にすることではないが、ついお節介で何かできないかと考えてしまう。

久世さんは、正直かなり近寄り難い。
クラスの中でも浮いてるわけじゃないし、他のクラスの女子とは普通に話してる。でも、なんていうか──話しかける隙がない。
高校生らしからぬ落ち着きっぷりと、涼やかで凛とした振る舞いから、バカな高校生が気さくに話しかけるにはかなりハードルが高い。実際彼女がそんな冷たい人でないだろうことは分かっているが、それでも一体なんの話をしたらいいのか全く思い浮かばない。それはクラスメイト達も同じようで、必要以上に久世さんに話し掛ける奴はいない。

いやー…、やっぱ気になる。
これ、もし人見知りなだけなんだったら、ちょっとしたキッカケでみんなと話せるようになるんじゃないか?だったら俺がちょっと話し掛けて……いや、本人はそれを望んでるのか?俺の勝手なお節介で嫌な気持ちにさせたら本末転倒だ。

「………」

とりあえず明日の朝、さり気なく挨拶して様子を窺ってみるか。

そして翌朝、朝練を終えて教室に入ると、いつも通り久世さんは既に席に着いていて、今日の小テストの予習をしているようだった。
真面目だなと思いつつ、昨日決めた事を実行する。あくまでさり気なく、彼女の席の前を通り掛かる時に、さり気なく、挨拶をする。

久世さん、おはよ」

顔を上げた久世さんは、「もしかして今私に挨拶した?」と言いたげな表情でこちらを見上げている。まぁここまでは予想通り……というか、やたら綺麗な目してるなこの人。その真っ直ぐな瞳に見詰められると、まるで心の深淵まで見透かされているような感覚に陥る。
俺が少し居心地の悪さを感じ始めた時、その瞳がなんとも柔らかく細められる。

「おはよう、黒尾くん。」

「…お、おう…」

自席に着く。
その動作がぎこちないことが自分でも分かった。

───…あっぶねぇ……!!

いやいや、今の、結構ドキッと来たぞ?
あんなに柔らかく微笑まれるなんて想像もしていなかった。少し戸惑ったように「おはよう…?」って返されるか、もしくは怪訝な顔をされるかの二択だと思っていたのに。

……あんなに優しい顔もするのか。

そうなれば益々、クラスの奴等がそれを知らないのは勿体ない。久世さんもいい人そうだし、挨拶作戦は今後も継続するか。


─────


挨拶作戦を続けること1ヶ月。
久世さんは少しずつ他のクラスメイトと話すようになった。別に自分の手柄だと思っているわけじゃないが、まぁ良かったなと思う。
とはいえまだまだ挨拶に毛が生えたような話しかしていないみたいだし、そこからちゃんと仲が深まるかは別問題だ。俺とは今日の席替えできっと離れてしまうだろうから、なんとなく親心で少し心配になる。いや俺も挨拶に毛の生えた程度の会話しかしてねぇけど。

くじ引きで決めた席に移動するため、各々がガタガタと荷物をまとめて立ち上がる。俺はラッキーなことに窓ぎわの後ろの席を引いたが、久世さんはどの辺なんだろう。あんまり端っこの席じゃねぇといいけど…いや、本人は好きそうだな端っこ。なんて考えながら久世さんの方を盗み見た時、彼女が持つスクールバッグに付けられたストラップが目に止まる。

アレって……先週末の親善試合の……?!

彼女が付けているソレは、つい先週末行われたバレーボール日本代表とアメリカ代表の親善試合、その会場限定で販売された記念ストラップだった。
俺はその試合を自宅のテレビで観ていたし、なんならまだ録画は残っているが、そのストラップを付けているってことは久世さんは会場まで観に行ったのか…?!というかバレー好きなのかよ?!…うわ、めちゃくちゃ話し掛けてぇ……!!
しかし無情にも久世さんは廊下側の席に荷物を下ろした。さすがにこの距離で話す訳にもいかないし、俺は逸る気持ちを抑え、次の休み時間に話しかけることにした。



久世さん!そのストラップ、この前の親善試合のだよな?!バレー好きなの?!」

授業終了のチャイムが鳴り、先生が教室から出て行った瞬間、ガタッと立ち上がって真っ直ぐ久世さんの方に向かう。興奮して結局遠くから話しかけ始めてしまい、クラスメイト達の視線を集めてしまったが、今はどうでもいい。久世さんはびっくりした顔で数秒固まり、「ああ…うん…」と控えめに返事をしてくれる。

「マジか!会場行くなんてよっぽどじゃねぇか!言ってくれれば…!…あ、いや、もしかして誰かの付き添いとか?」

肯定されてより興奮し、つい捲し立てそうになったところでテンションの差に気付く。試合を観に行った人が全員バレー大好きとは限らない。中には付き添いで初めて観る人だって居るだろうし、後で語らうほどじゃない人だって居るはずだ。久世さんがどこまでバレーが好きなのか分からない上、そこまで親しいわけでもないのに「俺に話してくれれば良かったのに」なんて言うのは不自然だ。
一旦確認のために聞くと、久世さんは俺の発言の真意を探るように瞬きをした後、ゆるく微笑んだ。

「うん…お母さんの付き添いなんだけど、バレーは私も大好きだから…」

───おっし。“バレー大好き”いただきました。

俺が無言でガッツポーズを決めると、久世さんがクスクスと笑う。
そういえば彼女は背が高いし、今は女バレには入っていないようだが、経験者の可能性は高い。そう思って聞いてみると、プレーヤーは小学生の時に少しやっていただけで、やっぱり観るのが好きだし部活だと先輩後輩の関係などが怖くてやめてしまったんだそうだ。そこで俺は幼馴染の顔を思い浮かべる。アイツも俺が引っ張り出さなかったらバレー部には入っていなかっただろうから、なんとなく似ている気がした。

「つうか、親善試合めちゃくちゃ良かったよな。すげー語りたいんだけど…、あー…昼一緒に食うとかアリ?」

バレーの話ができる相手は貴重だ。バレーは野球やサッカーと違ってまだそんなに人気がないし、親善試合だって一応地上波でやってた上に内容も良かったのにその話をする奴はどこにも居ない。バレー部の連中だって、部活以外でまでバレーの話ばっかしてるかと言えばそうでもない。
しかも彼女は会場にまで観に行ったと言うんだから、そりゃあもう聞きたいこと話したいことがたくさんある。そう思って昼休み一緒に過ごせないかと打診してみたのだが、久世さんは想像以上に渋い顔をしていた。いや多少嫌がるかなとは思っていた。彼女は大人しいタイプだし、多感な高校生は男子と女子が二人で居るだけですぐ色恋に結びつけようとするから、俺も正直ちょっと気恥しさはあったけど、ここまで嫌そうな顔をされるとは。

「……黒尾くんは目立つからなぁ……」

嫌そーな声。
…うん、この子やっぱ研磨に似てるわ。研磨にもよく「クラスの近くで話し掛けて来ないで」とか言われたしなぁ。

「じゃあ、あんま人が来ないとことか」
「それはそれでじゃない?」
「確かに」

ただ、研磨と違って彼女は“女子”だ。
これを自分で言うのはかなり憚られるが、俺は結構人気者でございますので、女子と二人でひっそり飯食ってるとこなんか見られたらすぐに噂になりそうだ。
俺はただ目の前のバレーファンと話がしたいだけなのに、男だ女だと面倒くさいもんだ。でも噂になんてなって久世さんに迷惑をかけるのも絶対に違う。どうしたもんかなーと頭を捻っていると、久世さんが助け舟を出してくれる。

「まぁ私と黒尾くんならそんな風には見えないか……。黒尾くんがいいなら、教室で話す?」

理屈はよく分からないが、とりあえず久世さんの方も話したがっているようだしお許しが出るならなんでもOKだ。俺は「じゃあまた昼休み」と約束を取り付け、自席へと戻った。


─────


昼休み。
そういえば今日は購買に行かないと昼飯持って来てないんだった。その事を伝え忘れたと久世さんの方に目線を向けると、彼女も俺と同じように財布を持ってこちらの様子を窺っていた。

「購買行く?」
「うん」
「一緒に?」
「……」

嫌そーな顔。
予想通りの反応に笑いつつ、久世さんとの接し方に手応えを感じ始めてきた。

「時間もったいねーし、歩きながら話そうぜ。生観戦の感想聞きたい」

そう言って歩き出せば、久世さんも「致し方なし…」みたいな渋い顔で隣を歩いてくれる。こういう反応は幼馴染とかで慣れてるから、むしろ接しやすく感じる。

「どの辺の席で観てた?」
「2階のエンド」
「おーいいね。俺エンドからの映像とか結構好きだわ」
「うん。私もエンドが好き。」

来たわコレ。
早速親善試合のことを聞いてみると、たった二往復の会話だけで久世さんが結構通なバレーファンだと分かる。
バレーの試合を観る時、見やすいのは絶対にサイド席だ。両方のコートが見えて、ラインのインアウトも分かりやすい。ただ、エンドにはエンドの良さがある。特にセッターのトスワークとかブロッカーの横移動とか…そういったバレーファンならではの視点で見るにはエンドはかなり良い。つまり玄人受けする座席位置だ。
まさかこんな近くにこんなバレーオタクが居たとは。もう純粋に嬉しくて、足取りが軽くなる。


購買から帰って来て、教室で机を並べる。
俺の目の前には幕の内弁当。久世さんは唐揚げ弁当を買ったようだ。

意外……。

勝手に小さいパンとかかと思っていたから、しっかりボリュームのある弁当に違和感を覚えてしまう。「日本の攻撃はさ…」なんて話しつつ、合間合間で小さく「んっ!うまっ!」とか「おいしっ!」とか言ってるのが聞こえる。様子を観察してみると、心做しか彼女のまわりには花が舞っているような気さえする。もきゅもきゅと唐揚げを頬張り、顔を上げると口元を隠しながらバレーの話をし、忙しない。
あーなるほど。久世さんの好きな物、①バレーボール(見る専)、②食うこと って感じか?
「控えセッターが入ると急にリズム変わるの面白いよね」なんて熱弁する久世さんの目はキラキラと輝いている。

「……ふ、」
「…?なに?」
「や、なんか、可愛いなって」

つい思ったことがそのまま口から出てしまって後悔する。変な意味で言った訳じゃなく、クールな印象の人が好きな物のことになるとキラキラすんのは可愛げがあっていいな、って。ただそれだけだったんだけど、久世さんはやっぱり少し頬を赤らめていて、そりゃそうだよなと申し訳なくなる。

「バレーの話してるだけ」
「ですね。スンマセン」

冷静に切り返してもらえて助かる。変に気まずくなって折角の同志を失ったらたまったもんじゃない。「えっ…?(トゥンク…)」みたいにならないでくれる久世さんが本当に有難いし、やっぱり接しやすいなと思う。

「…黒尾くんは、ポジションどこ?」

ジト目だった久世さんの瞳が少しだけ揺れたかと思えば、かなり控えめに質問をされる。気になってたけど聞けなかったらしいその様子に、ついだる絡みしたくなる。

「どこだと思う?」
「うわ…」

久世さんは予想通り「普通に応えろや…」みたいな冷たい目で見てくる。うんうん。分かってきた分かってきた。つい調子に乗って、ニヤニヤしながらその様子を楽しんでいると、俺が素直に答える気がないと悟った彼女がスっと表情を戻す。切り替え早ぇーな。

「高校生でその身長なら…ミドルかな?」
「ご明察〜」

言い当てたことに満足したような表情でまた1つ唐揚げを口に入れる久世さん。美味そうに食うね、ほんと。俺も唐揚げ弁当にすれば良かったわ。しっかりと飲み込んでからポツリ、「…見たいな」と零された言葉に、体育館で俺の練習を眺める久世さんの姿を想像する。

───もし、久世さんがマネージャーをやってくれたら。

ふいにそんな考えが頭に浮かんだ。いや、まだ誘えるような間柄じゃないし、久世さんはどう見てもマネージャーってタイプじゃない。でも今年の3年はきっとインターハイで引退するし、今までパシリみたいに扱われてた1年達にももっと自分の練習に集中できるようにしてやりたい。うちの奴等は基本自分のことは自分でできる奴ばっかりだけど、サポートしてくれる誰かが居るに越したことはない。
そのサポート役を、もし久世さんがしてくれたら。
有り得ないと思いつつ、少しの期待を込める。

「…見に来る?」

冗談だと軽く流されないように、でも逃げ道は奪わない程度のテンションで問いかける。まずは練習を見に来てもらえたら、そこから何かあるかも知れない。それにこんなバレーオタクはそうそう居ないから、できれば俺の期待通りに進んでほしい。久世さんは斜め上辺りに目線をやって思案している。俺は食い終わった弁当の箱を片付けながら、その返答を待った。

「…うん、そのうちね」
「………それは絶対来ない奴の言い方なのよ」

はぁーと息を吐きながら肩を落とす。自分で思っていたより期待していたようだ。
…そうか、来ないのか。

「でも“そのうち”って言ったよな?言質は取りましたんで」

俺がそう言うと久世さんは「なんでそんな必死?」とクスクス笑っている。すみませんね必死で。
目を輝かせてバレーボールの話をする久世さんを思い返すと、どうしても“俺のバレーに関わってほしい”と思ってしまう。俺はこうなると結構我儘で、どうしても叶えたくなってしまうから自分でもタチが悪いと思う。今後しつこくしてしまいそうな自分を想像して、乾いた笑いが出た。








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