赤い糸40,075km
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホテルのベッドに仰向けになり、ぼんやりと天井を見上げる。ベッドサイドの間接照明は思いの外明るく、探すと調光機があったので、程よい暗さに調整した。もう寝る準備は万端だけど、その前にちょこっと、考え事をする。
現地で観戦する時は、二階席以上の席を取ることが多い。観れればどこでもいいし、毎週末あちこちに観に行くとなるとお財布も苦しいから、チケット代の節約のためにそうしていた。でも今日はVリーグファンのお友達がチケットを譲ってくれて、久々にアリーナで観戦することになった。知り合いの試合を観ても、向こうはこっちを覚えているか分からないし、基本は声を掛けずに帰る。木兎とは大学生の時にも何度か話したけど、そこから何年も経っていた。だから声を掛けられた時は心臓が止まるくらいびっくりして、でも覚えていてくれて嬉しかった。
そして、黒尾と会った。
私は最近の彼の姿も知ってはいたけど、話すのはほぼ10年ぶりだ。黒尾の方は当然、私のことなんて10年間一度も見てない。それなりに普通の27歳になれていると思うけど、彼から見て変なところは無かっただろうか。いい試合を観た後でお腹が空いていたからいつも通りに食べてしまったけど、大人になっても食い意地張ってるなって思われたかな。…いや、そういう風に思う人じゃないか。そもそもそこまで私のこと考えてないだろうし。頭の横に置いたスマホを手に取り、ささっとロックを解除してLINEアプリを開く。友だちリストには、”黒尾鉄朗”の名前がある。……うわわわ、なんで私が黒尾の連絡先持ってるんだろう。いいのかなコレ。合法?彼のアカウントのアイコンは、どこか海外の風景写真だ。仕事で行ったのか、プライベートで行ったのか…ハッ!駄目だ。こういうことを考えるのは良くない。ストーカーの始まりだ。背景画像も確認したくなる気持ちをグッと堪え、スマホの画面を消してまた枕元に戻す。そもそも、会ってもいないのに黒尾がJVAで働いてることを知っていた時点で罪悪感がすごい。数年前、国際試合の会場で関係者パスを提げた姿を見掛け、何かしらバレーに関わる仕事に就いているんだなとは思っていた。選手達のSNSでもたまにその姿が写っており、胡散臭いスーツ姿も拝見済だ。そして今年の夏に行われたスペシャルマッチの企画者であることを記事で見掛け、そこでJVAの普及部所属だと言うことも知ってしまった。知ったことを忘れることはできない。決して悪用などしませんと神に誓い、慎ましく生きてきた。それなのに、連絡先。これも決して、決して、悪用しません。なんならもう二度と見ません。許してください。別に黒尾からしたらただの旧友との再会だ。でも、私にとっては違う。私は今も変わらず、あの人への恋心を持ったままだ。…大罪だ。
────────
「久しぶりに木兎と喋ったよ」
「え、珍しいね、声掛けたの?」
数日後の夜、赤葦くんといつもの定食屋さんでご飯を食べる。彼はとっても多忙だけど、だからこそこうしてご飯の予定を入れ、愚痴を吐き出してもらい、美味しいご飯を食べる時間を作るようにしている。一緒に試合を観に行くこともあるけど、なかなか丸一日自由に過ごすのは難しいようだから、行くとしたら都内の会場だ。私は煮魚の身を箸でほぐしながら、先日のことを話した。普段魚を選ぶことはそんなにないけど、この前黒尾が焼き魚の骨を綺麗に残しているのを見て、久々に食べたくなった。
「あと、黒尾にも会ったよ」
話の流れでサラッと伝える。私が黒尾を好きだったことを、赤葦くんは気付いていたかも知れないし、気付いていなかったかも知れないけど、特に何の感情も乗せず、情報として話す。すると彼は箸を止め、口の中のものを飲み込むと真剣な表情で質問してくる。
「どういう流れで再会したの?」
「何か言ってた?」
「どんな態度だった?」
「どのくらい話したの?」
「次の約束はした?」
取り調べのような圧に驚きつつも、一つずつ事実を伝える。木兎が大声を上げたことで会場内にいた黒尾にも気付かれたこと。お互いに多少緊張気味だったけど、ご飯に行って、昔とさほど変わらず会話できたこと。連絡先を交換したこと。赤葦くんは一通り聞くと、「ふむ…」と顎に手を当てて長考に入った。私は手元の料理に視線を落とす。カレイは確かここに骨があるんだっけ。あ、違うっぽい。情報をインプットし、考えをまとめたらしい彼が「その後連絡は?」と聞いてくる。数日しか経ってないし、そうそう連絡なんて来ないと思うよ、と返事すると、彼は再び長考に入る。連絡先を聞いてくれたのは多分、かつてのバレー部で集まったりする機会があった際に連絡をくれるためだろう。オリンピックは集まれる人みんなで集まって見たと言っていたし、もしまた同じような機会があれば、私も呼んでもらえるんじゃないだろうか。それ以外で私の連絡先の使用機会などない。
「また何かあれば教えて。俺も黒尾さんに会いたいし」
「分かった」
ニッコリと笑う赤葦くんはどこか怒っているようにも見えるけど、彼が言葉にしないことは詮索しない。お互い言いたいことは全部言うし、言いたくないことは言わない。言わせない。そういう関係だ。それに、赤葦くんだって高校時代多少なりとも黒尾にお世話になったわけだし、会いたいと思うのは至極当然だ。私経由でその機会が訪れるかは微妙だけど。
────と、思っていたのに。
◯< 俺今週ずっと東京なんだけど、もし時間あったらまた飯行かね?
一週間と少し経った頃、黒尾鉄朗というアカウントからメッセージが入る。
……???
その事実、メッセージの内容を理解するのに数分かかる。
えっと、そっか、連絡先交換したんだもんね。連絡来るのはおかしいことじゃないよね。まさかこんなすぐに来るとは思ってなかったけど…ウン、10年ぶりに再会した旧友、黒尾ならきっと気にかける。ウン、なるほどなるほど…。理解できたところで、赤葦くんが会いたがっていたことを思い出す。彼とはまた数日後にご飯の予定を入れてあるから、そこに黒尾も来てもらうのはどうだろう。赤葦くんにも会えた方が黒尾も嬉しいだろうし。そう考えてまずは赤葦くんに連絡を入れると、すぐに「是非呼んでください」と返事が帰ってくる。片方の合意が取れたところで、もう片方へもお伺いをたてる。
◯> 行こ!
◯> **日に赤葦くんとご飯行くんだけど、黒尾も来ない?
◯> 会いたがってるよ
メッセージを送り、自宅のベッドに倒れる。
き、緊張したぁぁ…!
大好きな黒猫のキャラクター、ジロ吉のぬいぐるみをぎゅうぎゅう抱きしめ、行き場の無い感情をどうにか逃がす。ちょうどよい大きさのぬいぐるみを撫でている内に、少しずつ心が落ち着いてくる。落ち着いて、冷静になり、悲鳴を上げる。黒尾のこと考えながらジロ吉を抱きしめるの、罪なのでは……?!この子はどこか黒尾に似ている。本人にさえバレなければ愛でて良いと思っていたけど…、やっぱり、なんか、よくないのでは?!というか、黒尾とこうして会う機会がまたあるのであれば、色々と正さねばならぬのでは?!過去に軽いストーカー被害にあったせいで、家族や赤葦くんにたくさん心配されつつ始めた一人暮らし。もう一年ほど住んでいるこの部屋には、あのクッキー缶も持って来ている。黒尾との思い出の品が入っている、今となっては特級呪物の、私の宝箱。アレも処分するべきなのでは?10年も私の気持ちが入ってしまっているんだから、お焚き上げとかしてもらった方がいいかも知れない。いや、でも、バボちゃんのキーホルダーだけは私の物じゃなくて、黒尾の物を預かっている体だった気がする。…返す?いやいやいや、向こうは絶対忘れてるでしょ。それなのに今でもずっと保管してるなんて気持ち悪すぎる。でも勝手に捨てるのもな〜……。うーーん…。寝室とリビングをぐるぐる歩き回る。目に映るジロ吉のグッズ達、バレーボール関連の品々…、駄目だ、これら全てを処分するなんてできない。やっぱり、私にできることは高校の頃と変わらない。この罪を隠蔽しながら、決して、黒尾本人にだけは迷惑をかけないこと。本人には一切を求めないこと、期待しないこと。これでどうか、許されたい。犯罪者みたいな気持ちで懺悔していると、ベッドに放り出したままのスマホが鳴る。確認すると、黒尾鉄朗氏からのライン通知だった。ガチャリと恋心に鍵をかけ、落ち着いてその文面を読む。
◯< お〜、そういえば赤葦にも全然会ってねぇな
◯< じゃあお邪魔しましょうかね
よし。これで二人で会うことは避けられた。
そういえば黒尾は忘れられない人が居ると言っていたし、旧友とはいえ仮にも異性と二人で食事に行くのは、黒尾にとってもあんまり良い事じゃない気がする。念の為例の定食屋さんでいいか確認し、承諾を得たので場所と時間を連携した。
────────
「お久しぶりです、黒尾さん」
「うーす。元気してっか?」
「お陰様で。」
いつもの定食屋さん。そこに黒尾がいるのはなんだか不思議だ。
彼は大阪で会った時とはまた違うスーツを着ていて、その少し爽やかな色味のおかげで、詐欺師感が幾分かマシになっているように思う。スリーピースのスーツ、カッコい…あ、危ない…!軽犯罪法違反!犯罪者を現行犯逮捕して即入所させる。勝手にジロジロ見るの、ダメ絶対。いつもは赤葦くんと二人席で向かい合っているけど、今は赤葦くんが隣、向かいの長椅子の真ん中ら辺に黒尾が座っている。二人が再会の挨拶をしているのを微笑ましく思いながら、お品書きを開く。ここのメニューはもうほとんど覚えてしまったけど、今日は何にしようかな。「今日は何にするの?」と赤葦くんが覗き込んでくるから、テーブルに置いて二人で一緒に見る。四人席にはお品書きがもう一つあって、黒尾にも一つ渡した。それぞれチキン南蛮、生姜焼き、鰤の照り焼きの定食を頼み、久々の再会を祝し、カルピスサワー、生ビール、ウーロンハイも注文した。私は本当は日本酒とかが好きなんだけど、酔うとすぐ寝てしまうから我慢だ。さすがにカルピスサワーなら大丈夫だろうし、もし何かあっても赤葦くんが居ればなんとかなるだろう。
頼んだドリンクが届くと、軽く乾杯をする。この三人で話すことと言えば、やっぱり木兎のことやバレーのこと、仕事のことくらいだ。赤葦くんは普段よりニコニコしていて、それでいて言葉尻に少し棘があるような感じがする。その棘は決して私には向かないけれど、黒尾は真正面から喰らっているはずだ。どうにか笑顔で躱しているように見えて、絶対刺さってる。…あれ?この二人って仲悪かったっけ…?そんなことないよね…?表面上和かに会話している分、二人がどんな腹の探り合いをしているか分かりづらい。私はカルピスサワーでちょっとだけいい気分になってしまっているし、そこまで深くは汲み取ることができない。
「一切れ貰っていい?」
「ん、いいよ」
赤葦くんが私のチキン南蛮をひょいっと一切れ取り上げていく。そして軽く彼のお盆を差し出されるから、私もそこから生姜焼きを拝借させてもらう。頼んだ料理を一口交換するのは、たまにやることだ。黒尾が眉を寄せて見ていることに気付き、「黒尾も食べたい?」と聞いてみる。私は食べ物を人とシェアするのは歓迎派だ。仮に自分の分が減ったとしても、一緒に食事する人が美味しそうにしてくれるなら、その方が嬉しい。でも黒尾は「いや…、いや、大丈夫。お食べ」と遠慮する。こちらも当然無理強いはしない。この辺の感覚は人それぞれだ。貰った生姜焼きを口に運ぶと、醤油ベースのタレの味と豚肉の脂がじゅわりと広がり、生姜の香りが鼻を抜けていく。南蛮とはまた違う味覚を刺激され、その美味しさに声にならない声を上げる。幸せを噛み締めていると、テーブルにタレを一滴零してしまっていることに気付く。紙ナプキンに手を伸ばすと、それを先読みして赤葦くんが取ってくれる。ありがとうって言いつつ、視界にもう一つの手をとらえる。すぐに引っ込められた黒尾の手も、多分紙ナプキンを取ろうとしてくれていた。その表情を窺うと、ちょっとバツが悪そうで、やっぱりそうだと確信する。目が合ったので「ありがとね」って言うと、ちょっとぶっきらぼうに「いーえ。」とだけ返ってくる。やっぱりどこか居心地が悪そうだ。黒尾がそうなってしまう原因はなんだろう。大阪ではそんな感じはなかったし、やっぱり赤葦くんから何らかの攻撃を受けている…?あ、もしくは疎外感を覚えているとか?黒尾が高校生の時と変わらず繊細なら、私と赤葦くんの親密さに置いていかれているような感覚になっているんじゃないだろうか。うわ、合ってそう。黒尾っぽい。…とはいえ、それをどう解消してあげればいいんだ?
「久世さん、たまには好きなの飲んでいいよ。今日はもう呼び出されないだろうし」
「えっ、うーん…でもなぁ…」
カルピスサワーを飲み干して少し経つと、赤葦くんがドリンクのお品書きを渡してくる。私が好きなお酒を飲むのは、本当に親しい友人といる時か、赤葦くんの許可が下りた時だけだ。高確率で酔うし、寝るし、記憶もろくに残らない。その状態をお世話してくれた友人や赤葦くんの証言としては、ただ寝惚けているだけで悪さはしていないらしい。赤葦くんがこの後時間があるのであれば、またいつも通り家まで送ってくれるか、彼の家まで一緒に連れ帰ってくれるつもりなんだろう。普段だったら、お許しが出れば喜んで飲む。そして次回はそのお礼として奢る、というサイクルだった。でも今日は、黒尾が居る。寝惚けている状態をこの人に見せるのって、どうなんだろう。でも“黒尾が居るから飲まない”なんて、それはそれで意識しすぎてる感じで気持ち悪い。お品書きを見ると、好きなお酒の名前がある。悩みが霞み、身体がポカポカしてくる。そんなカルピスサワーくんの後押しにより、獺祭を注文した。
「…おい、大丈夫か?寝てんの?」
「おきてう」
「これはまだ起きてます」
ちびちびとグラスを傾けると、徐々に身体が軽くなっていく。黒尾が心配そうに見てくれるけど、私はむしろ元気だ。ただ、ちょっとだけ瞼が重い。机の上に置かれた黒尾の腕は、シャツが捲られ、露出している。現役じゃなくても、それなりに鍛えてるんだろうな。それは全身のシルエットを見ても分かる。バレーをやめた瞬間ふっくらしてくる選手も結構居るけど、黒尾はむしろ筋肉が少し落ちて、シュッとした気もする。
「そろそろ聞こえなくなる頃合です」
「お前怖ぇって…、何が目的なんだよ」
「聞こえてゆお、」
「うおっ?!」
「聞こえていても覚えてないやつですね」
「怖い怖い、お前ら本当に健全な関係なんだよな?」
「うん…、」
「うわっ、お前が返事すんのかーい」
私と赤葦くんの穏やかな空間に、黒尾が“異質なもの”として入ってくる感じ、懐かしい。高校生の時、何度かあったなぁ。
段々と二人の声が遠くになってしまう。聞こえているはずなのに、ふわん、ふわわんと響き、優しく溶けていく。
「…なんで飲ませた?」
「黒尾さんと話したかったので」
「ぇ、なに俺殺される?すでに瀕死よ?」
「へぇ、なんでですか?」
「うわ…、ほんと露骨になったな」
「黒尾さんは相変わらずのようで」
「棘!言葉の棘!」
うつら、うつら、自分の頭が揺れているがなんとなく分かり、グラスを少し遠くに置いて肘をつく。あーー、寝ちゃうな、これは。すまん、後は任せた、の意で赤葦くんの名前を呼ぶ。いつものように「うん、大丈夫」と言ってくれた気がして、そのまま瞼を閉じた。
────朝、ベッドサイドの電子時計が鳴り、目を覚ます。
上体を起こし、身体を伸ばして、今日何曜日だっけと考える。えーっと、昨日は…そうだ、赤葦くんと黒尾とご飯行って、私は酔って寝たんだっけ。…あちゃ〜…。赤葦くんと二人の時ならよくある事だけど、黒尾も居たのに…。カルピスサワーの時点で結構酔ってたんだな、自分。考えつつ、ベッドを出て洗面所へ向かう。今日は金曜日だ。普通に仕事がある。パパッとシャワーを済ませ、支度し、スマホをモバイルバッテリーに繋いで家を出る。鍵もちゃんと施錠されていたから、やっぱりいつも通り、赤葦くんが送ってくれたんだろう。寝惚けた姿を黒尾に見せしまったことは申し訳ないと思うし、自分としても恥ずかしい。でももう、さすがに次はないでしょ。私から黒尾に繋げられる人脈なんて本当に赤葦くん一人くらいだし、いくら旧友を気にかけると言ったって、そう何度も個人的な連絡が来るとは思えない。合わせる顔が無くても、会わないなら問題はない。
職場の最寄り駅で軽く朝食を食べて出社する。オフィスのロビーには、弊社が手掛けた各日本代表のユニフォームなどが常時飾られている。その中には勿論、バレーのものもある。私は経理部だから直接バレーに関わっている訳ではないけど、これを見る度に仕事のモチベーションが上がる。でもいつか、もう一歩だけ近付きたいとも思っている。バレーボールは、ずっとずっと面白い。他部署の同期の中には、代表選手とのコラボイベントを手伝った人が居たり、ポップアップでバレーの体験イベントをした人も居る。私もいつか、そういうことができたらいいな。まだ先だけど、来年度へ向けた面談の時に話してみよう。私がこんな風に積極的になれるのは、黒尾が仕事の話を楽しそうにしていたからだ。どこまでも、あの人が私を動かす。
高校1年生のあの日、バレー部の練習を覗き見たあの日に、電車の行き先を変えるように、線路の切り替えレバーがガコッと動いた。私はもうこの道しか進めないし、この道がいい。だけどレバーを引いた本人にだけは、この道を走っていることを知られたくない。あなたが私の人生を変えたと、知られたくない。今週末はV2の試合を観に仙台へ行く。月島くんの出る試合だ。宮城に向かう度、高3のGW合宿を思いだす。忘れられないし、忘れたくない。
昔からずっと君のことが好きだ、なんて、物語の中ではよくある台詞かも知れない。でも実際そんなことを言われたら、関係値によっては鳥肌モノじゃないだろうか。私の生活リズムを事細かに記録し、実家にまで付いてきたあの人と、長年一人の人に執着する私は、何が違うと言えるのだろう。
世界で一番幸せでいてほしい人なんだから、気持ち悪い私に近寄って来ないで。
…なんて、自意識過剰もいいとこだ。
万が一また連絡が来ても、旧友で居るよ、ちゃんと。
合わせる顔が必要なら、作ればいい。
デスクの上、ずっと置いてあるジロ吉のメモスタンドを手に取り、そっと鞄にしまった。