赤い糸40,075km
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ポケットの中でカイロをぐしゃりと握る。今日は祝日。俺は一人、制服で学校へ向かっていた。午後の日差しは多少暖かさを感じるけれど、風が吹くとすぐに凍りつく。身を縮めてマフラーに顔を埋めると、もはもはと白い息が眼前を漂った。
今日は、部室の片付けに行く。
後輩達は今日から部活再開。新チーム始動の日だ。それに合わせて、多分ちょっとした送別会とかをしてくれるんだと思われる。春高から数日経って、3年はほとんど登校せずに各自で勉強をしていた。今日も朝から過去問をやって、頭の中ではぐるぐると公式やら文法やらが回っている。まだ春高の余韻も抜けきっていないというのに、なんとも忙しないものだ。そして、今日を節目として、完全に引退。もうあの部室で着替えることも、あの体育館でボールを追うことも、ない。
「よーす」
「よす。」
体育館へ向かっていると、制服姿の久世と会う。その手には既に部室の鍵が握られていた。最後の最後までお早いこって。彼女は休日練習の時、ほぼ必ず一番乗りだった。今日は既に後輩達が練習をしている時間だが、3年では一番乗り。ほんっとブレない。
「もう体育館行った?」
「まだ」
「他の奴ら来たら1回顔出すか」
「うん」
普通に会話しているように見えるかも知れないが、実は か な り 緊張している。久世と会うのは、春高の翌日、駅で解散して以来だ。敗退した夜、俺は感極まって彼女を抱き締めてしまった。それはもう、思いっきり、強めな感じで、ぎゅうぎゅうと。しかも好きな子にあやされるような形で、泣いた。死ねる。翌日くらいまではどちらかというと爽やかな感情の方が大きかったけど、次第に我に返り、ちょいちょい勉強の手を止めては頭を抱える始末だ。別に後悔してる訳じゃないし、あれも美しい青春の1ページだろって頭では分かってる。でもあの時俺は、敗退の悔しさとか、達成感とか、寂しさとか、そういう気持ちよりも、とにかくこの子が好きだって気持ちで動いていた気がする。泣き顔を隠すこともなくちゃんと目を見て話そうとする彼女が眩しくて、カッコよくて、可愛くて、たまらなくて。身体が勝手に動いて、冷静になる暇もなく背中に腕が回された。そしてあまりにも優しくさすされ、一瞬で陥落。人前で泣いたのいつぶりだろう。記憶にない。マジでよゆーで死ねるね。
隣に居る久世は、なーんも気にしてなさそうだ。あれが俺じゃなかったとしても、この子は同じようにしてたのかも知れない。分からん。でも「世界で一番カッコよかった」って言ってくれた。ちゃんと名指しで。ほんの少しくらい、彼女にとって俺が特別なんじゃないかって、自惚れてもいいんだろうか。……分からん。なんてったって俺が好きになったのはこの久世透香サンな訳だから、あんなガチ抱擁をしたところでなーんのヒントも貰えない。こっちとしては一大事件なんですけどね。隣の好きな子は暇つぶしに息をほわっと吐いて、それが消えていくのを見守っている。……あーー…………めっっちゃ抱き締めちゃったなー…。……うわーー。あーーー。
結局大した話もできず、すぐに海と夜久もやって来る。体育館の扉を開け、練習中の後輩、そして監督とコーチに挨拶をする。妙な気分だ。こうしてこのチームを外側から見るなんて。その後は各自で部室の掃除をする。春高前にも無駄な私物とかはちょっとずつ持って帰ってたから、そんなに時間は掛からない。久世が用意してくれた雑巾で空っぽのロッカーを拭く。清々しいような寂しいような、色んな感情がまた湧き上がってくる。同様に片付けを終えた夜久が、ボスンッとパイプ椅子に腰を下ろした。
「はぁぁ〜〜〜、なんっか、なんて言うんだろうなぁこういう気持ち」
「感慨深いよね」
「それだ〜〜」
三年間を共に過した仲間と、部室との別れを惜しむ。先輩とギスギスしたり、俺と夜久でくだらない言い争いをしたり、後輩達に勉強教えたり、この場所にも抱えきれないほどの思い出がある。キィイ…パッタン。ドアを閉める時の聞き慣れた音。これも最後かと思うと、妙に耳に残る。部室棟を出ると、久世がバケツを持ってパタパタと走ってくる。マジでブレない。最後まで敏腕マネとして雑巾を回収してくれる。
「あ、そうだ黒尾」
「へァッ」
ぼんやり彼女の横顔を見詰めていると、その瞳がこちらに向けられ、つい変な声が漏れる。久世の方から個人的に声を掛けられることってそんなに多くないから、声帯の準備が間に合わなかった。というか声掛けられただけでこんな動揺すんの悲しすぎんか。久世は何か話し出そうとして、自分の手元のバケツを見下ろして「あー、やっぱり後ででいいや」と自己完結しようとする。いやいや気になるわ。
「なによ」
「後で。手が空いたら。」
「じゃあほら、貸して」
その手からバケツを取り上げると、彼女はあわあわと取り返そうとしてくるから、そのまま体育館近くの水道へ足を向ける。思惑通りぴこぴこ付いてくる久世に話を催促すると、俺の手も空いてないといけないらしい。えっ…なにそれ。えっ。めちゃくちゃ気になる。勝手に何かを期待して鼓動が早まる。いやいや落ち着け。相手は久世。多分何も特別なことではないはずだ。二人で冷たい水にひぃひぃ言いながら雑巾を洗って、その最後の片付けはやっぱり彼女が買って出る。ピンと伸びた背中が遠ざかっていくのを眺めていると、夜久達が隣に並んでくる。
「お前どうすんだよ?もう卒業だぞ」
「…分かってんだけどさ…」
夜久が言いたいのは、いい加減告白とかしねぇのかってことだと思う。俺もいい加減どうすんの?って思ってる。誰よりも。ただ、部活は引退したとはいえ、一般入試組は佳境だ。恋愛?何それ美味しいの?状態のあの子に告白するには、酷な時期であることは間違いない。しかも、俺も久世も結構ハードル高めのところが第一志望だから、尚のこと今は勉強の邪魔はできない。自分のためにも。でも受験終わるの待ってたらマジで卒業なんだよな〜〜……。そして卒業間近で告白したとして、それで拒否されたらジ・エンドな訳だ。怖すぎる。まずは告白して、意識してくれって言うのも手だとは思う。でもそれすら断られたらどうすんの?…どうすんの?立ち直れる気しないけど。そんで諦められる気もしないけど。
「お前が久世のこと好きだなんだってなったのって春くらいじゃなかったか?何してたんだ一年」
「それは言わないお約束じゃん……」
夜久の言葉が思いっきり突き刺さる。リエーフという距離感バグ野郎が入部してきて、嫉妬心から自覚した想いだけど、今考えりゃもっと前から好きだったんじゃねぇかなと思う。それなのにずるずるずるずる…、恋愛的なものじゃないとかって否定して、気付いたら夏になってて、またずるずる遠回しに試すようなことして、距離を測って……。好きだってちゃんと認めれた時に、すぐにそう言って、俺のこと考えてくれって言えていれば何か変わっていただろうか。でも無理だ。やり直せたとして、何回やっても絶対言えない。あの子のキラキラした瞳に映る俺は、バレー部の仲間としての俺でしかない。仲間としてこれ以上ないくらいに大切にされているのに、それを壊すかも知れないようなこと、俺には絶対にできない。
ポケットの中でぐしゃぐしゃとカイロを握っていると、ずっと苦笑いしていた海が「戻ってきた」と言う。制服姿の久世はどこか見慣れない。二年間同じクラスだったけど、教室で話しかけることは許してもらえなかったから、俺はいつも彼女の後ろ姿とか横顔とかばっかり見ていた。小走りで駆け寄ってきた久世は俺の真正面に立つ。そして「黒尾、これ」と言って俺の前に手を差し出す。その掌には、バボちゃんのキーホルダーがころんと乗っていた。それは、俺が勝手に久世用の鍵に付けていたものだ。男子の部室は勿論これからも後輩達が使うが、久世が1人で使っていた部室は閉め切りになる。だから私物のキーホルダーを外すのは当然といえば当然だ。
「さっき話そうとしてたのそれか」
「そう。ありがとう」
お礼と同時に更にずいっと差し出された手に、条件反射でこちらも手を伸ばす。そのバボちゃんは、実はちょっとだけ特別なものだ。もう全然記憶にないけど、小さい頃に一度だけ家族でワールドカップを観に行ったことがある…らしい。そしてその時に母さんが買ってくれたキーホルダー、という事実だけを覚えている。久世の掌の上のそれは、俺が無断で鍵に取り付けた時よりも何故か綺麗になっている気がする。俺は伸ばした手を途中で止めて、降ろす。
「…それ、やるわ」
「え?」
「久世サンが持ってて」
「な、なぜ…?」と困惑したように聞かれるけど、俺もよく分からん。ただ、あっさり返却されるのはなんだか寂しかったのと、俺の大事な物を、そうだとも知らずに大切に扱ってくれていたことが嬉しくて、そのまま持っていてほしくなった。そしてこれからは、できれば“俺から貰った物”として大切にしてほしい。そこから二往復くらい遠慮と押し付けをして、彼女が折れてくれる。久世はまだ頭の上にクエスチョンマークを浮かべているけど、スクールバッグにそのキーホルダーを取り付け、指先でちょんちょんとバボちゃんの頭を撫でた。
「終わるまで見学すっか〜」
夜久が言って、体育館の扉を開ける。監督に会釈をして、壁際に並んで後輩達を見守る。野次を飛ばすのは、なんだかソワソワしてしまうからだ。ボールの弾む音、シューズの擦れる音、よく知った仲間達、体育館。そこで、制服を来て突っ立っているなんて、にわかに信じ難い。見た感じ、練習メニューはそろそろ終わりそうだ。そしたらこの後は多分、俺達3年から最後の挨拶をして、後輩からもなんか新チームの意気込みとか話してもらって、いよいよ本当に最後。何話すかな〜…。元部長はきっと大トリやらされるよな。言いたいことはそりゃ色々あるけど、短くまとめた方が後輩達に託した感出るか?どうせ説教じみたことは夜久が言ってくれるだろうし、俺はそれくらいドシッと構えてる感じにするか?でもな〜…。練習を眺めながら考えていると、隣の久世が「話すこと考えて来た?」って小さく声を掛けてくる。エスパーかよ。ほんっとにこの子は俺のほんのちょっとの迷いとかも全部見透かしてくる。恋愛関連以外。
「今考えてる。なんかダラダラ長くなりそーだから、ビシッとまとめようとは思ってる。」
「ふふ、好きなだけ喋ればいいのに…。みんな聞きたいと思うよ」
「……お前は?」
「それなりに短くまとめてきた」
「話が違うじゃん」
「一人一人の好きなとことかは前にホワイトボードに書いたし、いいかなって」
「それずりぃな…」
隣に並んで、顔も見ずにする会話が心地好い。気付けば後輩達の練習が終わり、久世が条件反射で走り出そうとして、止まる。大方ドリンクでも配ろうとしたんだろう。そうだよな。俺ももう部長じゃないし、久世ももうマネージャーじゃないんだ。いつも通り監督、コーチの元に集合してフィードバックをもらう後輩達を眺めていると、「じゃあ3年、おいで」と手招きされる。「行くか、」俺を先頭にして、ぞろぞろと歩き出す。誇らしさと、寂しさと、ちょっとした緊張が綯い交ぜになったような気持ちだ。そして予想通りまずは3年から最後の挨拶をする流れになる。トップバッターに名乗りを上げたのは久世だ。トップバッターって他の奴がどんな感じで喋るか分からないから不安だし、この後の奴らの基準にもなるからプレッシャーだけど、さっさと終わらせて緊張から解放されるっていうメリットもある。あと話す内容が被るとかも気にしなくていい。多分久世はそっちを取ったな。
「えっと…、まずは、本当に、お世話になりました。…私は一年半しか居なかったけど、このチームを近くで応援できたことは、私の一生の誇りです。」
彼女の澄んだ声が体育館にスっと溶けていく。その音とは反対に、言葉は力強く、胸に届く。体育座りしてる後輩達も、並んで立ってる俺達も、自然と背筋が伸びる。凛と立つこの人の誇りの一部であることを、こちらとしても本当に誇りに思う。
「3年生達はみんなしっかり者だったから、急に居なくなって不安かも知れないけど、大丈夫だからね。」
「みんなはずっとこの人達の背中を見てきたんだし、私はみんなのこれからをそんなに心配してません。」
「このあと先輩達からありがたいお言葉があるはずだから、それをちゃんと聞いて、でもこの人達と同じになろうとしなくていい。みんななら絶対、素敵なチームを作っていける。」
「もう近くには居られないけど、これからもずっと、変わらず応援してます。…変わらず、みんなが大好きです。本当にありがとうございました!」
パチ、パチパチ…と、疎らに拍手が始まる。
最後の方で少し声が震えた久世は、大慌てて話を締めて頭を下げた。それにつられるように、手を叩く後輩達も何人か目を潤ませている。俺もちょっと、喉に力が入る。久世透香という人は、クールでドライに見えて、その実とても愛情深い。それは部員達全員の知るところで、今までも彼女のその愛にたくさん救われてきた。でもそれはあくまでも“マネージャーとして”、“俺達の役に立つために”という名目で注がれてきた。それを最後の最後で「変わらず大好き」はちょっと、いや、かなり、狡いだろ。
「ハードル上げんなよお前…!」
「えへへ…」
夜久がツッコんで、俺達3年は頷く。ほんっとにそれな。
そこから一人一人、言葉を紡いでいく。それぞれの、それぞれらしい言葉。後輩達は苦笑いをしたり、また目を潤ませたりしながら真剣に聞いている。そしていよいよ最後、俺の番が来る。一歩前に出て、息を吸う。吸いすぎた分を「えー、」って少しだけ落ち着かせて、話し出す。
「ちょっと長めに部長やらしてもらったけど、俺はほんと、恵まれてたと思う。」
猫又監督が率いていた音駒に入学すると、同じ代には同じ熱量を持った仲間が居た。また研磨をチームに入れて、監督が復帰してくれて、久世がマネージャーになってくれて、後輩達もいい奴らばっかりだし、慕ってついて来てくれた。久世が好きなだけ喋ればいいと言ってくれたし、夜久も海も結構色々思いの丈を話していたから、俺ももう遠慮なく喋らせてもらうことにする。
まずは監督、コーチに向き直って感謝を伝える。俺たちを導き、サポートしてくれたこと。でも基本的には選手の考えを尊重し、信頼して任せてくれていた。そのおかげで俺達はバレーを楽しめていたし、俺は自分の好きなようにチームを作れたように思う。指導者に恵まれるっていうのは本当に運だし、本当に感謝してもしきれない。
そして3年の仲間達へ。全国制覇を目標に掲げ、今まで苦楽を共してきた。俺一人だったらきっと挫けていたこともあった。でも負けたくない仲間、支え合える仲間が居たから乗り越えてこられた。俺が部長になった後も、お前らが頼もしすぎて大して部長としてチームを引っ張った感覚がない。照れ臭くてあんま言えてなかったけど、本当に感謝してる。
流れで久世にも触れる。何度も言って来たけど、何度も言う。お前がこのチームに入ってくれて良かった。
そして可愛い後輩達へ。
俺は結構、好き放題にチームを作ってきたと思っている。わがままに。多分あんまりそうは見えてなかったんじゃないかと思うけど、それは後輩達がいい奴らばっかりだったからだ。ついて来てくれてありがとう。お前らと一緒にバレーできて、俺は幸せ者だったよ。そう伝えると、何人かの目からボロッと涙が溢れる。
「お前らはお前らのチームを作れ。そんで、これまでと同じく本気でバレーと向き合え。それが一番楽しいって分かったろ。」
「まぁ俺はどうせウザいOBとしてたまに顔出すと思うから、そん時にまた成長したチームを見せてくれ。楽しみにしてる。」
「…そんな感じで…。三年間、本当にお世話になりました。ありがとうございました!」
好きに喋りすぎて最後のまとめが雑になってしまったが、今はそんなこと気にしなくていいか。頭を下げると拍手を送られる。言いたい事は、ちゃんと伝わった。未練はない。
監督がのほほんとした声で「猛虎、喋れるか?」と問いかける。山本は目元をゴシゴシと拭いながら、「ア゛イッ!」と鼻声で返事をして立ち上がる。それに合わせて1,2年達も立ち上がり、山本が代表して話し始める。鼻を啜りながらもハキハキと伝えてくれるその真っ直ぐな言葉に、久世や夜久は涙を流しているようだ。
「三年生が教えてくれことを胸に、必ずいいチームを作って見せます!!!本当にありがとうございましたッ!!!」
「「「ありがとうございましたッ!!!!」」」
後輩のスピーチに、3年から拍手を送る。じんわりと胸に広がる暖かさを噛み締めていると、後輩達が何やら袋を持ち寄り始めた。コイツらにはあんまり似合わない、ちょっと小綺麗なラッピング用の袋だ。不思議に思っている俺達に直井コーチが「餞別だ」と教えてくれる。そして山本から「クロさんお疲れ様でした!!」とその袋を渡される。他の面々も一対一で受け取ったようだ。中身を見てみると、まずは寄せ書きの色紙が目に入る。結局こういうのが一番嬉しいんだよなぁ。久世が「うれじぃぃ…」っていう声も聞こえてくる。あとは…キットカットとシャーペン。これは、受験生へのプレゼントだ。えっ。コイツらこんな気ぃ遣えたっけ…?!しかもちゃんと袋にまでまとめてくれて…誰の発案だ?芝山か??隣の海も驚いているようで、二人で丸くした目を合わせる。海が持っているシャーペンは俺と同じ物だけど、色が違う。お揃いを選んでくれたのか。いや、ほんと、こんなことできたのお前ら。
「お前ら……大きくなって…」
「元々夜久さんより大きいでず…!」
「そういう意味じゃねぇ!」
最後まで相変わらずのやり取りをする夜久とリエーフを笑う。その後はもう個々に会話をした。聞いてみると、やっぱりキットカットとかを選んでくれたのは芝山だった。この子、3年になる頃にはきっと夜久くらい頼もし〜〜いリベロになってんだろうな。口数の少ない福永にも「クロオさんが部長で良かった」とか言われて涙腺緩みそうになる。もうほんっと、うちの子み〜んないい子…!結局そのままダラダラと話し込んでしまって、コーチに「いい加減閉めるぞ〜」と言われてみんなで一緒に帰る。久世の元にも後輩が集っていて、俺はそれを勝手に誇らしく思った。
家に帰ってから寄せ書きを読み込む。
本当に全て終わったんだ、俺の高校バレーは。
センターは目前に迫っていたけど、この日だけはもう参考書を開かず、物思いに耽ながら早めにベッドに入った。
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センターどうだった?
俺はギリB判定届かなかったけど、願書は予定通りで出そうと思ってる。
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お疲れ!
私も国公立は予定通り。私立対策本腰入れます。
お互い頑張ろ💪
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送別会の日から3週間ほど経ち、カレンダーも2月になった。あの日以降、願書の提出のためとかで数回学校に行ったけど、そんなに都合よく会いたい人に会えるわけじゃない。久世とのやり取りは、この一往復のメールだけ。後輩達がくれたシャーペンを机に置いて、ぐぐっと背中を伸ばす。こうしてメールの履歴を見るのは何度目だろう。別に24時間勉強してるって訳じゃないんだから、たまにメールするくらいは許されるんだろうけど、いざとなると何て送ったらいいのか分からない。データフォルダの中にある久世関連の写真を眺める。彼女自身が写っている写真は、ほんの数枚しかない。……はぁ〜〜〜……、会いてぇなぁ……。
部活仲間じゃなくなった途端、距離ができる。受験生なんだから仕方のないことだけど、今まで毎日会っていた分、喪失感がデカい。しかも、久世の中での俺はガチで部活仲間でしかなかった可能性があって、引退したならもう友達でもなんでもないと思われているかも知れない。分からない。毎日会ってても分からなかったんだから、会えてすらない今、彼女の気持ちなんて分かるはずもない。会いたい。でも、会いたいと思っているのはきっと俺だけだ。つらい。
───例えばの話、運命の赤い糸なんてものがあるとして。
俺の小指から垂れた糸の先、そこには久世が居てほしい。彼女の小指に繋がっていてほしい。でも今はそのビジョンが見えない。繋がっていると信じて手繰った先、もしもぷっつりと切れていたらと思うと、確かめるのが怖くなる。こんな風に人を好きになるのは初めてだから、とことん臆病になっている自分に気付いていても、それでも尚慎重になってしまう。別に今すぐ結ばれなくたっていいんだ。俺が怖いのは、いつまでも両想いになれないことじゃない。彼女と関係が切れることが怖い。あの子と恋愛をしようと思うなら、じっくり時間をかける必要がある。それはいい。ただ、そのチャンスだけは失いたくない。俺はどうしたって久世がいいんだから、当たって砕けてハイ次、とはいかない。…とはいえ受験終わるまでは本当に何もできないんだけど。でもさすがに何か連絡したい。まだ赤い糸じゃなくてもいいから、繋がっていたい。
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生きてるか〜?
勉強の調子どうよ?
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色々と悩んだ末、結局クソみたいなメールを送ってしまう。今は夜の9時。恐らく彼女も勉強をしている時間だろう。迷惑だっただろうかと後悔し始めていると、久世限定で設定している着信音が鳴る。新着メール1件。思いの外早く返ってきたメールを早速確認する。
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生きてる。
今日はおでんを食べました🍢(しみしみ大根!)
勉強もまずまずです。
黒尾も元気してる?
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お…。
これは、返信していいやつ…だな?
久世からこうして疑問形で投げ返されることは想定してなかったから、めちゃくちゃ嬉しくなる。しかも聞いてない飯の1行だけテンション高いの、さすがの久世サン品質。いやー………。好き。ほんと好き。やっぱ諦めるとかは絶対無理。絶対この子がいい。
俺の第一志望は都内じゃないから、もし受かったらそっちで部屋借りるだろうけど、関東圏だし全然帰って来れる。というか多分生活のこと考えても帰れる日は帰ってくることになると思う。だから大学に行った後だって、久世に会う時間は作れる。どんだけ時間かかってもいいから、俺の気持ちを分かってほしいし、いつかは俺を好きになってほしい。受験中はこれ以上邪魔しない。その後は様子見てアタックできそうならする。少なくとも絶対に、春休み中に一回は二人で会いたい。部活がなくても、違う大学に通ってても、俺はお前と一緒に居たいんだって、ゆっくりでも伝わればいい。そうやってゆっくり手繰らせてくれ。
久世にメールを返信し、ずっと待ち受けにしている彼女の下手くそな絵を眺める。そして再びシャーペンを握った。