赤い糸40,075km
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カリ、ゴリッ、ゴッゴッ…
カリッ、コクッ、ゴ……ゴ……。
自宅の部屋で一人、参考書とノートを広げながら誕生日に貰った煮干しとナッツのスナックをつまむ。これがまた美味いから、それが逆に面白くなってくる。高校生が、プレゼントに煮干しって。ついノートから目を逸らして、くつくつと笑う。俺はそもそも誕生日を積極的に祝われたいタイプじゃないし、試合日と被ってたから自分でもすっかり忘れていた。でも、アイツは覚えてくれていた。渡すかどうかも迷っただろうし、プレゼントも絶対めちゃくちゃ考えたはずだ。そうじゃなきゃこのチョイスはありえない。まぁ要するに、すげ〜〜〜〜嬉しい。久世だって部活に勉強に忙しいのに、その中で俺の事を考えてくれていたことが、この上なく嬉しい。アイツが俺に選んでくれたものなら何だって嬉しいけど、よくもまぁこんなに“俺用”ってモノを見付けてきたもんだ。もう、マジで好き。ヤバい。はぁーーっと息を吐いて身体を伸ばす。時計を見ると、ペンを置いてから数分経ってしまっていた。この調子じゃまずい。気を取り直して参考書に意識を戻し、その内容を自分なりに噛み砕いてノートにまとめる。今日はこの章までを終わらせてしまいたい。そしてまた無意識に煮干し達をひとつまみし、口に運ぶ。軽快なその歯応えが、集中力を高めてくれる気がした。
「オーライ!」
「研磨ァ!!」
12月31日、年内最後の練習。
冬休みはずっと1日練習で、午前からみっちりウェイト、基礎練、ゲーム、ミーティング。午後もポジション別メニューにコンビ練、またゲームをしてミーティング、その後自主練って流れで毎日やってきた。もちろんオーバーワークは厳禁だからクールダウンも入念に行うし、その辺は監督もコーチもよく考えてくれている。ただ今日は大晦日ということもあり、午前練のみで終わりだ。
スタメンで固めたAチームとBチームでの実戦形式でのゲーム。1セットごとに自分達で反省、作戦会議して、自分達で考えて試合を作る。夏頃に比べて、俺達の戦術の幅は広がった。それは主に烏野の連中に感化されてのことだけど、俺達も今までの守備力だけじゃ全国では勝ち上がっていけない。雑食上等。夏から秋のうちに色んな戦術、プレーを試して、武器を作ってきた。後はひたすら磨くだけ。年が明けたら、最終調整をしてすぐに春高だ。時の流れに置いていかれないように、地に足をつけて、一つずつ身に染み込ませる。そして、2012年の全ての練習メニューが終わる。監督、コーチから年末の挨拶があり、いつもより念入りに掃除をして、体育館を後にした。
「あーーちょいちょい、久世サン」
部室に向かう久世を呼び止める。一度別々の部室に入ってしまうと、帰るタイミングが合うとは限らないし、先に伝えておきたいことがあった。別に後でメールしてもいいんだけど、まぁ今捕まえれたんだから口頭で言う。言うというか、聞く。
「明日さ、三年で初詣行こうぜって話になってんだけど、お前は予定空いてたりする?」
振り向いた彼女は少し驚いた顔をして、そして視線を彷徨わせる。予定があんのか?それなら普通にそう言いそうだけど…言わないってことは何か別のことを考えてるのか…。もしかしてとは思うけど、久世が考えそうなことが一つ頭に浮かんだから一応確認してみる。
「…もしかしてお前って、一年の時からマネやってる訳じゃないから俺らと対等じゃないとか思ってる…?」
「……」
分かりやすく口を噤むその表情は、まさしく図星を突かれたってことを雄弁に語っている。…マジかよ。そういえばコイツ、全国決まった時も輪に入って来なかったな…。確かに他の三年と比べたら、久世と一緒にいた期間は半分くらいだ。でも、春高で一緒に引退する仲間なことに変わりはないし、大事なのは時間じゃない。それに、彼女の働きっぷりやその熱意は、その差を埋めるのには十分なものだ。
「俺らがお前を対等に見てない、とは思ってねぇよな?」
「それは…はい。」
「それならよろしい。時間はあんの?」
「あります…」
「なんでそんな固くなってんだよ。じゃあ行こうぜ」
「…うん」と控えめに、でも確かに微笑んで頷く久世に、後で詳細を連絡すると約束してそこで別れる。その後は結局会わなかったから、捕まえれてよかった。
相談した結果、夜久と海は午後から親戚の集まりがあるらしいから、午前中に行くことに決まった。俺はそもそもじいちゃんばあちゃんと一緒に住んでるし、正月だからって特にどっかに行くとかはない。久世のとこもとりあえず元日は何もないらしい。アイツのことだから、初詣行ったら屋台の食い物とか食いたそうにするんだろうな。もしそうなったら、いくらでも付き合ってやれる。なんて。あんまり期待すると年明け早々肩透かしを喰らいそうだからやめておく。ばあちゃんの年越しそばを食って、年末のバラエティ番組を観るのを我慢して勉強する。そして、いつも通りの時間に就寝した。
─────
朝、寒さに耐えながら布団から抜け出す。
ばあちゃんが昨日から準備してくれてたお雑煮とかおせちを貰って、新春番組をぼんやりと眺める。…2013年かぁ…。本当に、春高も受験ももう目前だ。友達と初詣に行ってくる旨を伝えて、少しだけ勉強してから着替えて家を出る。しっかりと着込んで来たものの、1月の空気は突き刺すように冷たい。駅や車内で誰かに会うかもと思ったがそんなことはなく、一人で白い息を吐きながら待ち合わせ場所の鳥居の下まで向かう。
「あ、こっち」
「お?」
久世の声がした気がして辺りを見渡すと、彼女は少し人混みを避けた場所に立っていた。手を上げて気付いたことを知らせ、そちらに足を向けつつちょっとだけ残念に思ってしまう。今まで一度も彼女の私服を見たことがなかったから、実は今回ひっそりと楽しみにしていた。こっちだって私服見せんのは初めてだから、自分の持ってる中ではいい感じのやつを選んできたつもりだ。でも、久世は機能性!防寒!って感じの、某有名アウトドアブランドのセットアップに身を包んでいた。……それならPコートにマフラーしてる普段の登校スタイルのが私服っぽいわ。まぁコイツらしいけど。カッコイイけど。なんかこっちだけ気合い入ってるみたいで恥ずいわ。
「おす、おはよ」
「おはよう」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「します。」
年始の挨拶をして、寒ぃな〜なんて話していると、すぐに夜久と海もやって来て、4人で境内に足を踏み入れる。夜久が久世のアウターを羨ましがると、久世は「お兄ちゃんに借りた」と言うから妙に納得する。しかし、“お兄ちゃん”って別になにもおかしくない普通の呼称なのに、好きな子の口から聞くとちょっとムズムズすんの、なんなんだろう。参拝列に並んで、昨日なんの番組観たかとか、受験勉強の調子はどうだとか、普通の世間話をする。そして、一時間近くかけて、やっと拝殿に辿り着く。お賽銭を入れて、鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。─────。俺が顔を上げた時には、夜久と久世はすでにどっか行こうとしてたし、海も顔を上げて待ってくれていた。ほんと情緒とかないよねあの子達。ああいう男前タイプは神様にお願いすることなんて無いってか。全く頼もしい限りで。
「運試しすっか!」
「すっか〜」
そのまま人の流れに逆らわず、4人でおみくじを引く。ちょっと人混みを避けたところで立ち止まり、いそいそとその小さい紙を開いた。……吉。…まぁ、うん。悪くないならいいか。内容を読み込もうとしたところで、夜久が「おいお前ら!イイもん見せてやるよ!とはしゃぎ始める。そのリアクションはまさか大吉か?と3人が視線を向けると、夜久の引いたおみくじには案の定“大吉”の文字が書かれていた。持ってんね〜やっくん……。
「ふふ……夜久くん、悪いけど私の勝ちだよ」
「「「え?」」」
久世が俯きながら怪しげに笑う。大吉を引いた夜久に対しての勝利宣言。…なんだ?印刷ミスとか、そういうレアなのを引いたのか?俺達が3人でポカンと見つめる中、ドヤ顔の彼女が両手でおみくじを開いてみせる。そこに書かれていたのは───……
「「「 大 凶 …… ?! 」」」
「うわ、初めて見た」
「本当に入ってるんだ…」
「ふふふ」
「ふふふて……」
まさかとは思ったが、大凶……。本人はめちゃくちゃ嬉しそうにしてるけど、大凶だぞ?俺の吉で賄えるか?無理じゃね?いやレアもん引いてテンション上がるのは分かるけどさ…。
海も俺と同じで吉だと言うから、なんともまぁ極端な結果になったもんだ。運勢を発表し合ったら、それぞれで詳細な内容を読み込んでいく。まず見るのはやっぱり春高に関係しそうな部分。
“勝負事 焦るな、正道を行け。”
“願望 成就す。”
おお、なんか良さそうじゃん。
“学問 道を貫けば吉。”
“健康 心身ともに良好。油断せず整えよ。”
これも良さそう。
なんだ、吉っつっても結構良いこと書いてあんだな。もっと平凡でしょぼい感じかと思ってた。
“人間関係 信頼厚く、集い栄えるも、一つ大きな縁を失う。”
“失せ物 最も大切なもの、手離れす。”
“恋愛 想う心、届かず。別れあり。”
………おっとぉ???
えっ、なにこれ急に不吉すぎん?別れとか、失うとか……っていうか、待て、こっちにこんなこと書いてあって、久世は大凶だろ…?えっ、待って。待って待って怖い。
「ッお前、急に事故に遭ったり病気になったりしねぇだろうな?!何て書いてある?!」
「えっなに急に…」
「いいから!」
「え〜……別にそんな普通だよ?“心身を休めること”〜とか、“早目の手当を”〜とか」
なんだその微妙なアドバイスは。いやおみくじってそういうもんだけど。でも俺が考えたような怖いことは書かれていないようで、とりあえずは安心する。こんなの、誰にでも当てはまるように書かれているだけだ。気にしすぎる方が良くない方に引っ張られる気がする。別れがどうのって言われても、今年で高校も卒業すんだし、そりゃそうだろって話だ。海が心配そうに俺のおみくじの内容を聞いてくるから、ざっくりと内容を伝えると、なんとも切ない顔をされる。それに対して「まぁ春高は大丈夫そうだわ」って笑ってみるけど、強がってんのバレバレなんだろうな。
海と夜久がおみくじを鞄にしまうのを見て、久世も同じように鞄を開く。まさかと思ったけど、彼女はやっぱり満足気にそれをしまってしまうから頭を抱える。悪い結果だった場合は結んで帰った方がいいって知らねぇのか…?別に個人の自由ではあるけど、さすがに大凶を持って帰るのをそのまま見てはいられない。
「おいコラ、お前はちゃんと結んで帰りなさいよ」
「えっ?!記念に持って帰ろうかと…」
「だめっ。ほらあっち結ぶとこあるから、行くぞ」
「えぇ〜せっかく引いたのに〜」って駄々を捏ねる久世を引っ張って歩く。夜久と海も笑って後に着いてきて、まるで親子みたいな俺達のやり取りを見守ってくれている。細い紐がたくさん張られた棚にはすでに無数の紙が結び付けられており、風でさわさわと揺れていた。その内のスペースの空いてる部分を指差し、「ほらここ、ここ結びなさい」って指示すると、彼女は不満そうに頬を膨らませながらもおみくじを細長く折り畳む。それを見て、俺も同じように自分のおみくじを折った。吉だから普通に持って帰ってもいいんだけど、ちょっと怖いことも書いてあったし、不安を抱えるくらいなら、コイツの隣に結んじまった方がなんだか良い気がした。
「黒尾も結んでくの?」
「結んでくの。ちょっとヤなこと書いてあったから」
「…ふふ、怖がりさんだね〜」
さっきまで父親とガキんちょみたいな感じだったのに、なんだか急に立場が逆転したような気がしてバツが悪くなる。キュッキュと結び付けながら微笑むその声は、どこまでも柔らかい。俺がダサい時、大体コイツはカッコいいし、優しい。ガキっぽいとこも、こうやって急に包容力出してくるとこも、どっちも好きだ。もう本当に俺を振り回す天才なんじゃないかと思う。解けてしまわないようにキツくおみくじを結び付け、「結べた?」と様子を窺ってくる海達の方に向き直ると、久世が「大丈夫だよ」と言う。
「こうやって4人で楽しく初詣できたんだから、絶対、大丈夫。」
冬の澄んだ空気の中、久世の言葉が真っ直ぐに沁みてくる。
明言した訳じゃないけど、こうしてこのメンバーで初詣に来たのは、勿論春高が目前に迫っているからだ。彼女だって当然それは理解しているはず。その彼女が、何がとは言わずに「大丈夫だ」と微笑む。相変わらずの脅迫じみた信頼が、おみくじの結果より何より、一番の指針だ。俺達は3人、その想いをしっかりと受け止める。夜久が「大凶引いた奴が一番堂々としてんな!」なんて笑いながら俺を小突いてくる。そんな和やかな会話をしながら、境内を後にした。甘酒を貰って、屋台を眺めながら歩いていると、夜久と海はそろそろ時間だからと帰っていく。久世はやっぱり屋台のものが食いたいらしいから、期待していた通りに二人で屋台を吟味する。たこ焼き、焼きそばとかの飯系もあるし、ベビーカステラとかチョコバナナ、ぜんざいなんかもある。「なに食いたいの」って一応聞いてみるけど、彼女はあれもこれもと目を輝かせていて、またお子様モードだ。
「唐揚げ…イカ焼き…大判焼き…」
「ウンウン、お食べお食べ」
わざとらしく保護者ムーブをかましてみても、彼女は特に気にせず「買ってくる〜」と言ってたこ焼きの屋台に吸い込まれていく。その後すぐぜんざいを買いたがるから、一旦たこ焼きを預かって、更にその後も続々と買い続けるから、俺の手も彼女の手も食い物でいっぱいになる。
「ちょちょ、一旦ストップ!食ってからにしろ!!」
「ハイッ!」
体育会系のいい返事をした久世を連れて、邪魔にならなそうな端っこに移動する。俺がちょうどいい高さの石垣に戦利品を並べている間に、彼女はイカ焼きを口に運んで大喜びしている。普段自分のことはなんでも自分でできますって顔してるこの子に、こうやって当たり前みたいに頼ってもらえるの、結構嬉しい。フンスフンス言って食べてる姿は相変わらず可愛いし、こっちの腹も勝手に満たされていく。…いや、やっぱ腹は減ってくるかも。たこ焼きのソースの香りとかが鼻を掠めて、胃袋がキュウと音を立てる。それに気付いてしまった久世が「はへへいーほ」と言って買ったものを勧めてくれるから、どうせ一人じゃ全部食い切れないだろうしちょこっと頂くことにする。うんま。寒空の下で食うたこ焼きってマジで沁みる。「ほいひ?」と聞いてくる彼女に「美味い」と返事するとそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせるから、今度こそ本当に腹も心も満たされていく。マジで良い元日すぎる。
結局ほぼ半分こする形で全て食い終わり、ゴミを片付けて駅に向かう。今日はこの後どうすっかな。普通に考えたらさっさと帰って勉強するべきなんだろうけど、丸一日ボールに触らないってのも気持ち悪いな。でもな〜…研磨も今日はばあちゃん家行くって言ってたし…。なんて考えて居ると、隣を歩く久世が「急に部活ない日があると、なんか不思議な感じだね」と言う。
「だな〜。オフだから身体休めんのも大事だけど、軽くパス練くらいはしてぇわ。でも今日暇な奴居なさそうなんだよなぁ」
「…パス練くらいなら私付き合おうか?」
「へっ」
考えてたことをそのまま口から出すと、彼女から思ってもみない提案をされる。いや、でも、確かに。コイツは経験者ってこともあってボールの扱いは上手い。パス練程度なら普通にこなしてくれそうだし、今日予定がないことは既に聞いている。そう思うと、さっきの俺の言い方はまるで久世にそう提案してほしくて言ったみたいになってる気がして、微妙に恥ずい。
「…いいの、勉強とか」
「一応計画的にはやれてるから。それよりちょっと動きたい」
つまり彼女も俺と同じってことか。そう言われたら、むしろ断る方が失礼だ。俺は彼女の提案を有り難く受け入れ、俺の家の近くの河川敷でやろうと話す。帰る方向としてもそれが自然だし、家からすぐにボールを持って来れる。最寄り駅で下車し、その辺のコンビニで少し待っててもらう。久世が飲み物買いたいって言ったし、なんとなく自宅まで一緒に歩くのが気恥しかったからそうした。軽く走って帰宅し、ボールを持ってまた走ってコンビニに向かう。俺の分まで飲み物を買ってくれてた彼女と合流して、河川敷まで並んでジュギングする。なんだか変な感じだ。今まで何度も走ってきたこの道に、久世がいるなんて。
「あっごめん!」
「余裕!」
「さすが!」
彼女の返すボールはたまに明後日の方向に飛んで行くけど、音駒で三年みっちりレシーブを鍛えた俺には可愛いもんだ。一旦休憩を挟んで、また再開する。白い息を吐いて、少しだけ額に汗を浮かべながらも、楽しそうにパスを返してくれる。こんな元日から。今更ながらに、本当に、しみじみと、この人がマネージャーになってくれて良かったと思う。2年で同じクラスになって、バレー好きだって知って話してみて、一緒にバレーがしたいと思って、勧誘して…。あっという間に頼れるマネージャーになって、これまでずっと、俺達を全力で支えて、全力で見守ってきてくれた。────でも、それもあと数日。どんなに頑張ったって、俺たちが部長とマネージャーで居られるのは、あと9日。
小一時間ほどで切り上げ、ボールを小脇に抱えたまま久世を駅まで送る。当然遠慮されたけど、こっちも当然譲らなかった。
「じゃあまた明日。体育館で。」
「おう。餅に夢中で遅刻すんなよ?」
「しないよ」
「じゃあ、餅詰まらせて死ぬなよ?」
「死なないし、詰まらせないよ」
そんなしょうもないやり取りの後、駅の階段を登っていく彼女を見送り、自分も帰る。夕飯までまた勉強して、風呂出たらまた勉強。春高もそうだけど、センター試験もすぐなんだよな。まじでハードモードだわ。…でも、一つも後悔してないし、するつもりもない。キリのいいところで時計を確認すると、大体いつもの就寝時間と同じくらいになっていた。部活はオフだったけど、初詣で並んだり、久世とパス練したり、勉強したりで心身ともにそれなりに疲労はしていたから、寝付けないなんてことはなさそうだ。自然とぐわわと欠伸が出て、引き込まれるままにベッドに潜り込む。身体を冷やしていたつもりはないけど、こうして布団に包まれるとじわりじわりと温まってきて、すぐに睡魔がやって来てくれる。そしていつも通り枕に顔を埋めて、1月1日が終わった。
1月2日
1月3日
1月4日
そして、1月5日。
ホテルの布団で目を覚ます。
ついに今日から、全日本バレーボール高等学校選手権大会、その本戦が始まる。
いつも通りを意識して支度し、会場まで向かう。全国ともなるとやっぱり強そうなデカい奴らがウヨウヨ居て、それに怯むわけじゃねぇけどやっぱり多少緊張はする。開会式の前に見慣れたカラスやフクロウと話してみるけど、まぁそれだけで緊張が解れるなら苦労はしない。ぎゅ、とプラカードを持つ手に力が入る。これは緊張だけじゃない。音駒高校、この名前を、この東京体育館まで持って来れたことの誇らしさも大きい。そして、勝ち進んで、必ずゴミ捨て場の決戦を実現させる。その覚悟も滲んでいる。ここに、簡単に勝てる相手なんか居ない。でも、絶対に勝てない相手も居ないはずだ。
────そしてあっという間に1回戦が始まる。
円陣を組んで、いつもの気合い入れをする。覚悟の決まった仲間達の表情に、俺の中からも無駄な緊張や不安がなくなっていく。気負いすぎてる後輩の背中を叩いていると、そんな俺の背中を久世が叩く。声を掛けるでもなく、目を合わせるでもなく、彼女はそのまま定位置に戻っていく。…来たな、丸投げの信頼。俺も特にリアクションせず、コートに向かう。そして、試合開始の笛が鳴り響いた。
カリッ、コクッ、ゴ……ゴ……。
自宅の部屋で一人、参考書とノートを広げながら誕生日に貰った煮干しとナッツのスナックをつまむ。これがまた美味いから、それが逆に面白くなってくる。高校生が、プレゼントに煮干しって。ついノートから目を逸らして、くつくつと笑う。俺はそもそも誕生日を積極的に祝われたいタイプじゃないし、試合日と被ってたから自分でもすっかり忘れていた。でも、アイツは覚えてくれていた。渡すかどうかも迷っただろうし、プレゼントも絶対めちゃくちゃ考えたはずだ。そうじゃなきゃこのチョイスはありえない。まぁ要するに、すげ〜〜〜〜嬉しい。久世だって部活に勉強に忙しいのに、その中で俺の事を考えてくれていたことが、この上なく嬉しい。アイツが俺に選んでくれたものなら何だって嬉しいけど、よくもまぁこんなに“俺用”ってモノを見付けてきたもんだ。もう、マジで好き。ヤバい。はぁーーっと息を吐いて身体を伸ばす。時計を見ると、ペンを置いてから数分経ってしまっていた。この調子じゃまずい。気を取り直して参考書に意識を戻し、その内容を自分なりに噛み砕いてノートにまとめる。今日はこの章までを終わらせてしまいたい。そしてまた無意識に煮干し達をひとつまみし、口に運ぶ。軽快なその歯応えが、集中力を高めてくれる気がした。
「オーライ!」
「研磨ァ!!」
12月31日、年内最後の練習。
冬休みはずっと1日練習で、午前からみっちりウェイト、基礎練、ゲーム、ミーティング。午後もポジション別メニューにコンビ練、またゲームをしてミーティング、その後自主練って流れで毎日やってきた。もちろんオーバーワークは厳禁だからクールダウンも入念に行うし、その辺は監督もコーチもよく考えてくれている。ただ今日は大晦日ということもあり、午前練のみで終わりだ。
スタメンで固めたAチームとBチームでの実戦形式でのゲーム。1セットごとに自分達で反省、作戦会議して、自分達で考えて試合を作る。夏頃に比べて、俺達の戦術の幅は広がった。それは主に烏野の連中に感化されてのことだけど、俺達も今までの守備力だけじゃ全国では勝ち上がっていけない。雑食上等。夏から秋のうちに色んな戦術、プレーを試して、武器を作ってきた。後はひたすら磨くだけ。年が明けたら、最終調整をしてすぐに春高だ。時の流れに置いていかれないように、地に足をつけて、一つずつ身に染み込ませる。そして、2012年の全ての練習メニューが終わる。監督、コーチから年末の挨拶があり、いつもより念入りに掃除をして、体育館を後にした。
「あーーちょいちょい、久世サン」
部室に向かう久世を呼び止める。一度別々の部室に入ってしまうと、帰るタイミングが合うとは限らないし、先に伝えておきたいことがあった。別に後でメールしてもいいんだけど、まぁ今捕まえれたんだから口頭で言う。言うというか、聞く。
「明日さ、三年で初詣行こうぜって話になってんだけど、お前は予定空いてたりする?」
振り向いた彼女は少し驚いた顔をして、そして視線を彷徨わせる。予定があんのか?それなら普通にそう言いそうだけど…言わないってことは何か別のことを考えてるのか…。もしかしてとは思うけど、久世が考えそうなことが一つ頭に浮かんだから一応確認してみる。
「…もしかしてお前って、一年の時からマネやってる訳じゃないから俺らと対等じゃないとか思ってる…?」
「……」
分かりやすく口を噤むその表情は、まさしく図星を突かれたってことを雄弁に語っている。…マジかよ。そういえばコイツ、全国決まった時も輪に入って来なかったな…。確かに他の三年と比べたら、久世と一緒にいた期間は半分くらいだ。でも、春高で一緒に引退する仲間なことに変わりはないし、大事なのは時間じゃない。それに、彼女の働きっぷりやその熱意は、その差を埋めるのには十分なものだ。
「俺らがお前を対等に見てない、とは思ってねぇよな?」
「それは…はい。」
「それならよろしい。時間はあんの?」
「あります…」
「なんでそんな固くなってんだよ。じゃあ行こうぜ」
「…うん」と控えめに、でも確かに微笑んで頷く久世に、後で詳細を連絡すると約束してそこで別れる。その後は結局会わなかったから、捕まえれてよかった。
相談した結果、夜久と海は午後から親戚の集まりがあるらしいから、午前中に行くことに決まった。俺はそもそもじいちゃんばあちゃんと一緒に住んでるし、正月だからって特にどっかに行くとかはない。久世のとこもとりあえず元日は何もないらしい。アイツのことだから、初詣行ったら屋台の食い物とか食いたそうにするんだろうな。もしそうなったら、いくらでも付き合ってやれる。なんて。あんまり期待すると年明け早々肩透かしを喰らいそうだからやめておく。ばあちゃんの年越しそばを食って、年末のバラエティ番組を観るのを我慢して勉強する。そして、いつも通りの時間に就寝した。
─────
朝、寒さに耐えながら布団から抜け出す。
ばあちゃんが昨日から準備してくれてたお雑煮とかおせちを貰って、新春番組をぼんやりと眺める。…2013年かぁ…。本当に、春高も受験ももう目前だ。友達と初詣に行ってくる旨を伝えて、少しだけ勉強してから着替えて家を出る。しっかりと着込んで来たものの、1月の空気は突き刺すように冷たい。駅や車内で誰かに会うかもと思ったがそんなことはなく、一人で白い息を吐きながら待ち合わせ場所の鳥居の下まで向かう。
「あ、こっち」
「お?」
久世の声がした気がして辺りを見渡すと、彼女は少し人混みを避けた場所に立っていた。手を上げて気付いたことを知らせ、そちらに足を向けつつちょっとだけ残念に思ってしまう。今まで一度も彼女の私服を見たことがなかったから、実は今回ひっそりと楽しみにしていた。こっちだって私服見せんのは初めてだから、自分の持ってる中ではいい感じのやつを選んできたつもりだ。でも、久世は機能性!防寒!って感じの、某有名アウトドアブランドのセットアップに身を包んでいた。……それならPコートにマフラーしてる普段の登校スタイルのが私服っぽいわ。まぁコイツらしいけど。カッコイイけど。なんかこっちだけ気合い入ってるみたいで恥ずいわ。
「おす、おはよ」
「おはよう」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「します。」
年始の挨拶をして、寒ぃな〜なんて話していると、すぐに夜久と海もやって来て、4人で境内に足を踏み入れる。夜久が久世のアウターを羨ましがると、久世は「お兄ちゃんに借りた」と言うから妙に納得する。しかし、“お兄ちゃん”って別になにもおかしくない普通の呼称なのに、好きな子の口から聞くとちょっとムズムズすんの、なんなんだろう。参拝列に並んで、昨日なんの番組観たかとか、受験勉強の調子はどうだとか、普通の世間話をする。そして、一時間近くかけて、やっと拝殿に辿り着く。お賽銭を入れて、鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。─────。俺が顔を上げた時には、夜久と久世はすでにどっか行こうとしてたし、海も顔を上げて待ってくれていた。ほんと情緒とかないよねあの子達。ああいう男前タイプは神様にお願いすることなんて無いってか。全く頼もしい限りで。
「運試しすっか!」
「すっか〜」
そのまま人の流れに逆らわず、4人でおみくじを引く。ちょっと人混みを避けたところで立ち止まり、いそいそとその小さい紙を開いた。……吉。…まぁ、うん。悪くないならいいか。内容を読み込もうとしたところで、夜久が「おいお前ら!イイもん見せてやるよ!とはしゃぎ始める。そのリアクションはまさか大吉か?と3人が視線を向けると、夜久の引いたおみくじには案の定“大吉”の文字が書かれていた。持ってんね〜やっくん……。
「ふふ……夜久くん、悪いけど私の勝ちだよ」
「「「え?」」」
久世が俯きながら怪しげに笑う。大吉を引いた夜久に対しての勝利宣言。…なんだ?印刷ミスとか、そういうレアなのを引いたのか?俺達が3人でポカンと見つめる中、ドヤ顔の彼女が両手でおみくじを開いてみせる。そこに書かれていたのは───……
「「「 大 凶 …… ?! 」」」
「うわ、初めて見た」
「本当に入ってるんだ…」
「ふふふ」
「ふふふて……」
まさかとは思ったが、大凶……。本人はめちゃくちゃ嬉しそうにしてるけど、大凶だぞ?俺の吉で賄えるか?無理じゃね?いやレアもん引いてテンション上がるのは分かるけどさ…。
海も俺と同じで吉だと言うから、なんともまぁ極端な結果になったもんだ。運勢を発表し合ったら、それぞれで詳細な内容を読み込んでいく。まず見るのはやっぱり春高に関係しそうな部分。
“勝負事 焦るな、正道を行け。”
“願望 成就す。”
おお、なんか良さそうじゃん。
“学問 道を貫けば吉。”
“健康 心身ともに良好。油断せず整えよ。”
これも良さそう。
なんだ、吉っつっても結構良いこと書いてあんだな。もっと平凡でしょぼい感じかと思ってた。
“人間関係 信頼厚く、集い栄えるも、一つ大きな縁を失う。”
“失せ物 最も大切なもの、手離れす。”
“恋愛 想う心、届かず。別れあり。”
………おっとぉ???
えっ、なにこれ急に不吉すぎん?別れとか、失うとか……っていうか、待て、こっちにこんなこと書いてあって、久世は大凶だろ…?えっ、待って。待って待って怖い。
「ッお前、急に事故に遭ったり病気になったりしねぇだろうな?!何て書いてある?!」
「えっなに急に…」
「いいから!」
「え〜……別にそんな普通だよ?“心身を休めること”〜とか、“早目の手当を”〜とか」
なんだその微妙なアドバイスは。いやおみくじってそういうもんだけど。でも俺が考えたような怖いことは書かれていないようで、とりあえずは安心する。こんなの、誰にでも当てはまるように書かれているだけだ。気にしすぎる方が良くない方に引っ張られる気がする。別れがどうのって言われても、今年で高校も卒業すんだし、そりゃそうだろって話だ。海が心配そうに俺のおみくじの内容を聞いてくるから、ざっくりと内容を伝えると、なんとも切ない顔をされる。それに対して「まぁ春高は大丈夫そうだわ」って笑ってみるけど、強がってんのバレバレなんだろうな。
海と夜久がおみくじを鞄にしまうのを見て、久世も同じように鞄を開く。まさかと思ったけど、彼女はやっぱり満足気にそれをしまってしまうから頭を抱える。悪い結果だった場合は結んで帰った方がいいって知らねぇのか…?別に個人の自由ではあるけど、さすがに大凶を持って帰るのをそのまま見てはいられない。
「おいコラ、お前はちゃんと結んで帰りなさいよ」
「えっ?!記念に持って帰ろうかと…」
「だめっ。ほらあっち結ぶとこあるから、行くぞ」
「えぇ〜せっかく引いたのに〜」って駄々を捏ねる久世を引っ張って歩く。夜久と海も笑って後に着いてきて、まるで親子みたいな俺達のやり取りを見守ってくれている。細い紐がたくさん張られた棚にはすでに無数の紙が結び付けられており、風でさわさわと揺れていた。その内のスペースの空いてる部分を指差し、「ほらここ、ここ結びなさい」って指示すると、彼女は不満そうに頬を膨らませながらもおみくじを細長く折り畳む。それを見て、俺も同じように自分のおみくじを折った。吉だから普通に持って帰ってもいいんだけど、ちょっと怖いことも書いてあったし、不安を抱えるくらいなら、コイツの隣に結んじまった方がなんだか良い気がした。
「黒尾も結んでくの?」
「結んでくの。ちょっとヤなこと書いてあったから」
「…ふふ、怖がりさんだね〜」
さっきまで父親とガキんちょみたいな感じだったのに、なんだか急に立場が逆転したような気がしてバツが悪くなる。キュッキュと結び付けながら微笑むその声は、どこまでも柔らかい。俺がダサい時、大体コイツはカッコいいし、優しい。ガキっぽいとこも、こうやって急に包容力出してくるとこも、どっちも好きだ。もう本当に俺を振り回す天才なんじゃないかと思う。解けてしまわないようにキツくおみくじを結び付け、「結べた?」と様子を窺ってくる海達の方に向き直ると、久世が「大丈夫だよ」と言う。
「こうやって4人で楽しく初詣できたんだから、絶対、大丈夫。」
冬の澄んだ空気の中、久世の言葉が真っ直ぐに沁みてくる。
明言した訳じゃないけど、こうしてこのメンバーで初詣に来たのは、勿論春高が目前に迫っているからだ。彼女だって当然それは理解しているはず。その彼女が、何がとは言わずに「大丈夫だ」と微笑む。相変わらずの脅迫じみた信頼が、おみくじの結果より何より、一番の指針だ。俺達は3人、その想いをしっかりと受け止める。夜久が「大凶引いた奴が一番堂々としてんな!」なんて笑いながら俺を小突いてくる。そんな和やかな会話をしながら、境内を後にした。甘酒を貰って、屋台を眺めながら歩いていると、夜久と海はそろそろ時間だからと帰っていく。久世はやっぱり屋台のものが食いたいらしいから、期待していた通りに二人で屋台を吟味する。たこ焼き、焼きそばとかの飯系もあるし、ベビーカステラとかチョコバナナ、ぜんざいなんかもある。「なに食いたいの」って一応聞いてみるけど、彼女はあれもこれもと目を輝かせていて、またお子様モードだ。
「唐揚げ…イカ焼き…大判焼き…」
「ウンウン、お食べお食べ」
わざとらしく保護者ムーブをかましてみても、彼女は特に気にせず「買ってくる〜」と言ってたこ焼きの屋台に吸い込まれていく。その後すぐぜんざいを買いたがるから、一旦たこ焼きを預かって、更にその後も続々と買い続けるから、俺の手も彼女の手も食い物でいっぱいになる。
「ちょちょ、一旦ストップ!食ってからにしろ!!」
「ハイッ!」
体育会系のいい返事をした久世を連れて、邪魔にならなそうな端っこに移動する。俺がちょうどいい高さの石垣に戦利品を並べている間に、彼女はイカ焼きを口に運んで大喜びしている。普段自分のことはなんでも自分でできますって顔してるこの子に、こうやって当たり前みたいに頼ってもらえるの、結構嬉しい。フンスフンス言って食べてる姿は相変わらず可愛いし、こっちの腹も勝手に満たされていく。…いや、やっぱ腹は減ってくるかも。たこ焼きのソースの香りとかが鼻を掠めて、胃袋がキュウと音を立てる。それに気付いてしまった久世が「はへへいーほ」と言って買ったものを勧めてくれるから、どうせ一人じゃ全部食い切れないだろうしちょこっと頂くことにする。うんま。寒空の下で食うたこ焼きってマジで沁みる。「ほいひ?」と聞いてくる彼女に「美味い」と返事するとそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせるから、今度こそ本当に腹も心も満たされていく。マジで良い元日すぎる。
結局ほぼ半分こする形で全て食い終わり、ゴミを片付けて駅に向かう。今日はこの後どうすっかな。普通に考えたらさっさと帰って勉強するべきなんだろうけど、丸一日ボールに触らないってのも気持ち悪いな。でもな〜…研磨も今日はばあちゃん家行くって言ってたし…。なんて考えて居ると、隣を歩く久世が「急に部活ない日があると、なんか不思議な感じだね」と言う。
「だな〜。オフだから身体休めんのも大事だけど、軽くパス練くらいはしてぇわ。でも今日暇な奴居なさそうなんだよなぁ」
「…パス練くらいなら私付き合おうか?」
「へっ」
考えてたことをそのまま口から出すと、彼女から思ってもみない提案をされる。いや、でも、確かに。コイツは経験者ってこともあってボールの扱いは上手い。パス練程度なら普通にこなしてくれそうだし、今日予定がないことは既に聞いている。そう思うと、さっきの俺の言い方はまるで久世にそう提案してほしくて言ったみたいになってる気がして、微妙に恥ずい。
「…いいの、勉強とか」
「一応計画的にはやれてるから。それよりちょっと動きたい」
つまり彼女も俺と同じってことか。そう言われたら、むしろ断る方が失礼だ。俺は彼女の提案を有り難く受け入れ、俺の家の近くの河川敷でやろうと話す。帰る方向としてもそれが自然だし、家からすぐにボールを持って来れる。最寄り駅で下車し、その辺のコンビニで少し待っててもらう。久世が飲み物買いたいって言ったし、なんとなく自宅まで一緒に歩くのが気恥しかったからそうした。軽く走って帰宅し、ボールを持ってまた走ってコンビニに向かう。俺の分まで飲み物を買ってくれてた彼女と合流して、河川敷まで並んでジュギングする。なんだか変な感じだ。今まで何度も走ってきたこの道に、久世がいるなんて。
「あっごめん!」
「余裕!」
「さすが!」
彼女の返すボールはたまに明後日の方向に飛んで行くけど、音駒で三年みっちりレシーブを鍛えた俺には可愛いもんだ。一旦休憩を挟んで、また再開する。白い息を吐いて、少しだけ額に汗を浮かべながらも、楽しそうにパスを返してくれる。こんな元日から。今更ながらに、本当に、しみじみと、この人がマネージャーになってくれて良かったと思う。2年で同じクラスになって、バレー好きだって知って話してみて、一緒にバレーがしたいと思って、勧誘して…。あっという間に頼れるマネージャーになって、これまでずっと、俺達を全力で支えて、全力で見守ってきてくれた。────でも、それもあと数日。どんなに頑張ったって、俺たちが部長とマネージャーで居られるのは、あと9日。
小一時間ほどで切り上げ、ボールを小脇に抱えたまま久世を駅まで送る。当然遠慮されたけど、こっちも当然譲らなかった。
「じゃあまた明日。体育館で。」
「おう。餅に夢中で遅刻すんなよ?」
「しないよ」
「じゃあ、餅詰まらせて死ぬなよ?」
「死なないし、詰まらせないよ」
そんなしょうもないやり取りの後、駅の階段を登っていく彼女を見送り、自分も帰る。夕飯までまた勉強して、風呂出たらまた勉強。春高もそうだけど、センター試験もすぐなんだよな。まじでハードモードだわ。…でも、一つも後悔してないし、するつもりもない。キリのいいところで時計を確認すると、大体いつもの就寝時間と同じくらいになっていた。部活はオフだったけど、初詣で並んだり、久世とパス練したり、勉強したりで心身ともにそれなりに疲労はしていたから、寝付けないなんてことはなさそうだ。自然とぐわわと欠伸が出て、引き込まれるままにベッドに潜り込む。身体を冷やしていたつもりはないけど、こうして布団に包まれるとじわりじわりと温まってきて、すぐに睡魔がやって来てくれる。そしていつも通り枕に顔を埋めて、1月1日が終わった。
1月2日
1月3日
1月4日
そして、1月5日。
ホテルの布団で目を覚ます。
ついに今日から、全日本バレーボール高等学校選手権大会、その本戦が始まる。
いつも通りを意識して支度し、会場まで向かう。全国ともなるとやっぱり強そうなデカい奴らがウヨウヨ居て、それに怯むわけじゃねぇけどやっぱり多少緊張はする。開会式の前に見慣れたカラスやフクロウと話してみるけど、まぁそれだけで緊張が解れるなら苦労はしない。ぎゅ、とプラカードを持つ手に力が入る。これは緊張だけじゃない。音駒高校、この名前を、この東京体育館まで持って来れたことの誇らしさも大きい。そして、勝ち進んで、必ずゴミ捨て場の決戦を実現させる。その覚悟も滲んでいる。ここに、簡単に勝てる相手なんか居ない。でも、絶対に勝てない相手も居ないはずだ。
────そしてあっという間に1回戦が始まる。
円陣を組んで、いつもの気合い入れをする。覚悟の決まった仲間達の表情に、俺の中からも無駄な緊張や不安がなくなっていく。気負いすぎてる後輩の背中を叩いていると、そんな俺の背中を久世が叩く。声を掛けるでもなく、目を合わせるでもなく、彼女はそのまま定位置に戻っていく。…来たな、丸投げの信頼。俺も特にリアクションせず、コートに向かう。そして、試合開始の笛が鳴り響いた。