ノボリ×メイ

クダリは悩んでいた。

「うーん。11月23日……いい兄さんの日かぁ。お祝いしてみたい」

11月23日は語呂合わせで『いい兄さんの日』なのだと、小耳に挟んだ。
兄へ日頃の感謝を込めて、なにか喜ばせてあげたい。
そう思い立ったものの、双子の兄弟は生まれた時からずっと一緒に暮らしてきた。誕生日も、クリスマスも、正月も。サブウェイマスターの就任記念日を祝い合ったりも。
今まで祝い事は何度もしてきたし、細やかなサプライズプレゼントも贈り合ってきた。
なので特別に驚かせられるような、サプライズなネタが尽きてしまっていた。

「なに贈ればいいんだろう。あっと驚くような贈り物、なにも思いつかない……」

うーん……と唸って首を傾げ考え込む。
そんなクダリの視界に、電光掲示板のCMが流れてきた。

『ハッピーバースデー! プレゼントは、わ・た・し! 贈り物を開けたら彼女が飛び出してきた!? 奇妙なドタバタ純愛ドラマ〇〇〇。今夜9時スタート!』

「贈り物は彼女……? ノボリにメイを贈る、すっごく驚くノボリ、今までにない予想できないサプライズプレゼント。これだ!」

ピコン!と閃きに人差し指をさした。
思い立ってからのクダリの行動は早かった。
すぐに手元のライブキャスターに通話をかけ、メイを呼び出したのだった。



―――……



「……えーっと、クダリさんに呼び出されたんですけど、一体なんの用なんでしょう?」

連絡を受けてやってきたメイは、きょろきょろと白い制服の彼を探す。
内容は何も知らされていない。
『ノボリをびっくり喜ばせたいから協力おねがい!』とのことだ。
ノボリのため……好きな人の名前を出されてしまっては断れない。一体何をするのだろう。
ドキドキしながら待っていると、建物の陰からシビルドンが現れて、こちらに手招きをした。

「シビビドン~♪」
「あれ、あなたはクダリさんのシビルドン? 一体どうして物陰なんかに……ひゃあっ!?」

近づけば、シビルドンに手を引っ張られた。そのままずるずると引きずられていく。
手を引かれるがまま、たどり着いた場所は、人気のない薄暗い袋小路で、そこでクダリが待っていた。ひらひらと手を降る。

「やあ、こんにちはメイ」
「な、なんだか不気味なんですけど……! 危ないコトにでも巻き込まれるんでしょうかあたし!」
「大丈夫。悪いようにはしないから。ふふふ」
「その含み笑いが怖くてしょうがないんですけどぉ!!」

ただでさえ、サブウェイマスターの出で立ちはピエロのようで少し恐いというのに。貼り付けたようにおどけた微笑みの裏で、なにを考えているのか検討もつかない。

「僕、ノボリをあっと驚かせるサプライズプレゼントがしたいんだ」
「ははあ。つまり、あたしに協力してほしいんですね?」
「そう! それでね、あのね、まずこの赤いリボン。これでメイを縛らせて?」

「………………はいぃ??????」

長い長い赤いリボンをまるで鞭のように、両手でピシッと引っ張っている。今から拘束する気満々だ。
コツリ、コツリ。靴音がにじり寄る。クダリは無邪気に瞳を細め、メイに距離を詰めていく。

「え、えっと、クダリさん? なにをするつもりなんですか……?」
「大丈夫大丈夫。優しく、ちょっと縛るだけだから」

にこり、にっこり。
下心は無い。純粋に兄へのサプライズだけを考えている表裏のない笑顔なのだが、人気のない薄暗い場所でという状況の相乗効果で、なんだかキケンな別の意味合いを彷彿させてしまうのだった。

思わずメイは後退りして逃げ腰になった。
しかし背後にはシビルドン。逃げ道は完全に塞がれている。

「ノボリきっとすっごく喜ぶ。だからお願い!」
「うぅ~~わかりましたっ! ノボリさんのためなんですね!」

なんとか合意し、大人しく手を差し出せば、クダリの笑顔がさらに輝きを増した。

「ありがとう! じゃあ、じっとしててね。……こうして巻いて、うーん? メイ、ちょっとゴメン! 巻きづらいからタイツ脱いでほしい!」
「ええ!? は、恥ずかしいですよそんなこと……!」
「ノボリのため。僕、後ろ向いて待つ。脱いで」
「はいぃ……うう、ノボリさんのため、ノボリさんのため!」

惚れた弱みというのは恐ろしい。こんなにも強引な要求にさえ従ってしまうのだ。
メイは言われるがままにタイツを脱いだ。
クダリはリボンを器用に回して、シュルシュルッと手際よく結んでいった。



―――……



「ただいまノボリ!」
「お帰なさいましクダ……リ?」

ちょうどソファでコーヒー休憩をしていた兄の元へ、クダリが意気揚々と帰ってきた。
ノボリは弟に目を向けた瞬間、ぴたりと動きを止める。
クダリの腕に抱きかかえられているものの存在に、絶句し、視線を奪われたからだ。

赤いリボンでグルグル巻きにされた、一人の少女。
幾重にも巻かれ、身動きできないよう後ろ手に拘束されている。
黒タイツは脱がされ、巻かれたリボンが彩る露わな素足は、太ももを際どく露出させていた。
そして胸元にぐるりと巻かれたリボンは発育の膨らみを強調している。
口にも巻かれて、言葉を発することが出来ずに、むーむーと何かを訴えかけている。
彼女は羞恥に頬を染め、青い瞳を潤ませながら、クダリの腕の中で震えていた。

「く、クダリ、一体なにを……!? なぜメイ様がそのようなお姿に……!?」
「僕から親愛なる兄へ、サプライズプレゼント! どうぞ受け取って!」
「なっ!? あ、あああ貴方は!! なんという事を!!」
「見てここ、お団子ヘアには蝶々結びリボン! 可愛いでしょ? 僕が結んだの」

赤いリボンでラッピングされたメイが、ノボリへと譲渡される。
慌てて外してあげようと手を動かすも、動揺で手が震えて結び目をほどくことが出来ない。
一体何がどうしてこうなったのかと困惑していると、ぱちりとメイと目が合った。
彼女はこちらを見上げ、恥じらいに潤んだ瞳でノボリを見つめたあと、羞恥心に耐えきれなくなり、きゅっと目を瞑った。

その仕草が、あまりに扇状的で。
ノボリは思わず息を飲んだ。
彼女を這うように巻きつけられたリボンは身体のラインを強調し、艶めかしさを助長している。
縛り付けられている胸の膨らみに情欲を煽られ、つい視線を向けてしまう。

「メ、メイ様……」

名前を呼べば応えるように、また彼女の瞼が開く。そして上目遣いで、ノボリに助けを求めるようにじっと見つめてくるのだ。

(なんと……愛らしい。その仕草は卑怯です。私を惑わせないでください……)

……これは、いけない。
すぐにほどいて助け、彼女と距離を置かなければ。
でなければ理性が保ちそうにない。

しかし。
『私のために贈られたプレゼントなのだとしたら、私が好きなようにしてもよろしいのでは』と、済し崩しの言い訳が脳裏に過ってしまう。

「メイ、さま……わたくしは……」

この手で、リボンをほどきたい。
リボンだけでなく、すべてをほどいて差し上げたい。

「ふふ。じゃ、僕は退散するね! 後は二人でゆっくり楽しんで?」
「お、お待ちなさいクダリ! 私たちを二人きりにしないでくださいまし……!」

そんな兄の引き止めなど聞き入れず、クダリは手をひらひらと振りながら部屋を出ていってしまった。


退出のドアが閉まってから数十秒、ノボリは無言で佇んでいた。
最後のリミッターであるクダリが去ってしまった今、部屋に残されたものはメイだけ。……二人っきり。
止められるものが、なにも無い。
この状況にようやく思考が追いついた時、ノボリの体温がぶわりと上昇した。
もう、引き返せない。本能的に悟った。ごくりと喉が鳴る。
自分の膝に乗る、無抵抗にされた無防備なメイを見下ろす。

「……本当になんというサプライズプレゼントを。ありがとうございます、クダリ」

リボンが巻かれた素足の太ももに、静かに手を伸ばした。黒のタイツを穿いていない、ただそれだけで、なぜこんなにも扇情的に見えてしまうのだろうか。
メイがビクリと怯えて震える様子を目にして、手を止めようとするが―――止まらない。

「赤いリボンは……ほどきません。まだ、このままの貴女様を楽しませていただきますね」

「申し訳ございませんメイ様」と耳元で囁けば、拘束で喋れないメイは吐息を零すばかりだ。

「んん……ふ……ぅ……」

抵抗する術の無い彼女の姿を前に、ぞくりと全身が言い知れない愉悦の痺れに支配される。
縛り上げている背徳的なシチュエーション。思い通りにできてしまう優越と共に、独占欲と支配欲が刺激され、興奮してしまう自分を止める事が出来ない。
普段ならこのような倒錯的な行動は起こさないはずなのに、なぜこうも気持ちが高揚しているのか……。
制御できない思考回路に溺れていく。

「私にこのような嗜好があるなどと初めて知りました。いけませんね、どうやらタガが外れてしまったようです」

熱を帯びた視線を向けながら、指先で肌をなぞると、彼女の口から漏れた声に甘さが滲む。
すべらかな肢体に指を這わせながら、息苦しそうな口元のリボンを掴み、緩ませた。

「……っ、はぁっ、ノボリさんの、ふっ、ばかぁ、お願い、ほどいて……」

自由になった口でメイは必死に呼吸を繰り返す。
身を捩りながら懇願する姿に、嗜虐心が掻き立てられた。
ノボリは悦楽に笑みを深め、首を横に振った。

「私の自慢の弟は、嫌がる相手にこのような強引な事はいたしません。つまりメイ様が承諾してくださったのでしょう?」
「そ、それは……」
「なぜこのような事を実行なされたのですか」
「……ノボリさんに、あたしをプレゼントすると喜ぶってクダリさんに言われて、嬉しくて……でも、やっぱり恥ずかしい、です……うぅ……」

メイは真っ赤に染まる顔を隠そうと、ノボリの胸にぽふんと顔を埋めた。
そんな彼女の反応を引き金に、ぷちんと理性の最後の糸が切れる感覚がした。

「……ッ、なんとスーパーブラボーなプレゼント! 本日のメイ様は私の所有物となりますので、大切にいただこうと思います!」
「へ? ちょっ……!」

メイが返答する隙も与えず、ソファに優しく押し倒し、衝動のままキスをした。
深く長いキスに戸惑い吐息を零す彼女を堪能し、一度唇を離してからもう一度口づける。

「っん…、ふぁ、の、ノボリさ……」
「私にすべてを捧げてくださいませ、メイ様」

耳元でしっとり囁いたノボリの低い声に、メイはふるりと肩を震わせて、観念したように小さく頷くしかなかった。



――……
―――……



翌日のこと。

「ク、ダ、リ、さん~~~ッ!!!!」
「あ、メイ! こんにち…痛い!!」

クダリの背中に平手打ちの衝撃が走った。
といっても少女の力はそんなに強くないけれど、完全に油断をしていたため、よろめいた。
背中をさすりながらメイを見れば、ぷんすこと怒って睨んでいた。でもまるで小動物の威嚇みたいで迫力は無い。

「なんで怒ってるの?」
「なんでもなにも発端はクダリさんじゃないですか!! もうっ、あの後あたし大変だったんですからね!!」
「大変? あの後どうなったの?」
「そ、それは……い、言えるわけないじゃないですかスケベッ!!」
「うんうん。スケベなことで大変だったんだ…痛いっ!!」

再び、今度は腹部に渾身の平手打ちが入った。

「クダリさんの頼みごとは、今後もう絶対に乗りませんからね!」
「えー僕悲しい。でもダブルトレインには乗ってね。待ってる!」

頬を膨らませたままトレインへと乗り込む彼女を見送る。
クダリはふと気づいた。メイのお団子ヘアを結っている髪留めが例の赤いリボンだったことを。

「ノボリってば……ちょっぴり、ううん、けっこうムッツリなリボンプレイさせてるよ、あの子に」

好きな人のためならなんでも聞いてしまう彼女をいいことに、出来事を思い出させるものを身につけさせるなんて。
自分の兄ながらなんて変態的なんだと、すこーしだけ引いた。
しかし、そもそものきっかけはクダリなので、やはり血を分けた双子。本質は似ているのかもしれないと思うと、なにも言えなかった。
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