ノボリ×メイ

「ノボリさぁーん!」
「おや、これはメイ様おはようござ…ぐふぅっ!!」

どーん!!
メイが軽快な足取りで駆け寄り、出会い頭にノボリの懐へダイビングすれば、衝撃で彼は情けない声を発した。
しかしそんなことはお構いなしに、彼に抱きつきながら顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

「おっはようございます! 今日もいい天気ですね!」
「う……こほん。おはようございます。しかしメイ様! 危険ですので駆け込み乗車はおやめくださいまし!」

咳払いをして注意するが、メイは上機嫌なまま、ノボリの背中に手を回して抱きついたまま離れようとしない。

「え? でも朝の挨拶と言えばハグじゃないですか?」
「確かにそのような挨拶もございますが、今のはハグではなく突撃と言いましょうか……!」
「うーん、今のがお気に召さないなら、じゃあ、おはようのちゅーにしてみますか?」
「ちっ!?? そそそれは駄目ですいけません!! 貴女様も女性なのですから、もう少し慎みを持ってください!!」
「大丈夫ですよ! あたし、ノボリさんにしかこんなことしませんから!」
「な、なっ!? 何を仰るのですか!!?」

ノボリは頬を赤く染めて狼狽える。
そんな面白い反応をしてくれる彼を見て、悪戯を思いついたメイは愉しげに微笑み、背伸びをした。
しかし身長差が阻んで、彼には近付けない。
不意のキスをして、もっと狼狽えさせたかったのに、残念。
しょんぼり眉を下げたメイだったが、表情はすぐに幸せへと変わる。
ノボリも、メイの背中に手を回して、抱きしめ返してくれたからだ。

「貴女様という人は……本当に困った方ですね……」

照れくさそうにはにかみながら、耳まで真っ赤に染まっているくせに、大人の態度を崩さないノボリがかわいく見えて、メイは思わずくすりと笑った。
胸が甘く締め付けられる感覚に、なんだか心がくすぐったい。これが愛おしいと言うんだろう。

(ノボリさん大好き……)

「メイ様、その……もうしばらくこのままでいても宜しいでしょうか?」
「はい。あたしも、ノボリさんともう少しこのままでいたいです……」
「……ありがとうございます」

ノボリの、メイを抱き寄せる力が優しく少しだけ強くなる。
彼の胸元に耳を寄せれば、心臓の鼓動が聞こえた。
ドキドキしているのは、自分の鼓動なのか、彼の鼓動なのか。或いはきっと両方だ。
好きな人の腕の中が心地好くて、甘やかな温もりに包まれたまま幸せなひと時を過ごしていたい。
ずっとここのままで居たいと思ったけれど。

「あのー……お二人さん? ここ、ギアステーションのど真ん中」

不意に聞こえてきたクダリの呆れたような声。
顔を上げれば、珍しく困り顔でどうしものかと腕を組んでいる双子の弟がいた。
周囲を見れば、いつの間にか他の鉄道員たちも出勤していて、遠巻きから見守っていたらしい。全員ニマニマと温かい目をしている。
皆の視線を集めていることに気付いた途端に、二人は我に返り、羞恥心が爆発して弾かれるように離れた。

「ひゃわぁ!? すみませんっ!!」
「も、申し訳ありません皆様!」

「始発前だから一応セーフ。でもね、お客様の前では駄目だから、場所は慎んでほしいな」
「はい……返す言葉もございません……」
「続きは休憩室でなら許すから」
「はい、わかりま……い、いえ! 何を言っているのですかクダリ!」

「クダリさん、あたしも休憩室に入ってもいいんですか? それじゃあ今日はノボリさんともっと一緒にいてもいいってことですか!?」
「うん、メイならいいよ。サブウェイマスターの権限で特別に許す」
「ク、クダリ!?」
「やったぁ! 嬉しい! 今日はこのままずっと離れませんからねノボリさん!」

メイは目を輝かせて、再びノボリの胸に飛び込んだ。そして子犬のようにぐりぐりと胸元に顔を押し付ける。
そんな彼女の積極的な愛情表現に、ノボリはどうしていいのか困っておろおろしているが、けれどその表情にはどこか嬉しそうな感情が見え隠れしていた。

「メ、メイ様! ここは人前ですので!」
「あ、そうでした。じゃあ続きは後でメイっぱいしましょうね!」
「え、ええ! 続きは、また後ほど……!」

メイは照れた微笑みで舌を出すと、ノボリの胸からようやく離れた。
「それじゃあ休憩時間になったら会いに行きますね!」と、メイは鉄道員の真似をして敬礼すると、軽やかな足取りでホームに向かっていった。

ノボリは、遠ざかっていく彼女の姿を見つめながら切なげに溜め息をつく。肩を落とした姿は、彼女と離れがたい、という心情が表れていた。
クダリは苦笑して、兄の肩にポンと手を置いた。

「"メイの特性いたずらごころ、先制あまえる" "ノボリへの効果抜群だ"……ってところ?」
「クダリ、甘えるはダメージ技ではありませんよ。私の攻撃力が2段階下がります」
「わー、じゃあメイに攻撃しても弱々だ。頑張れノボリ」

弟の応援に、ノボリは「……頑張ります」と頼りない声で頷いた。
普段キビキビしてるしっかり者の兄のダイヤグラムをここまで乱せるのは、メイしかいないだろう。
どんなに危機的状況のバトルでも瞬時に勝ち筋を見出すあのノボリが、メイ相手だとまったく勝ち目が無いなんて。
あの子の特性はすごいな、とクダリは感心した。



ちなみにその後。
休憩室に招かれたメイが、先ほどは叶わなかった不意打ちのキスを成功させた。
その時のノボリの赤面っぷりと狼狽えぶりは隙だらけで、形勢逆転も敵わないまま済し崩しにメイのペースでイチャイチャされて、彼女の特性いたずらごころに翻弄されっぱなしだったとか。
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