ノボリ×メイ

「ノボリさん!」

私を見つけた時、メイ様の表情が特別な男へと向ける顔になる。
瞳が輝き、喜びに微かに頬を染め、しかし恋心を気付かれないよう平静な態度を努める振る舞い。
片想いの相手わたくしに向ける顔をする。その瞬間の優越感が、たまらなく好きなのです。
ですからメイ様を見かけても私からは声をかけずに待ち、暫し彼女を眺め、彼女がこちらの視線に気付く瞬間を待つのでございます。

「これはメイ様! 奇遇でございますね!」
「えへへ、こんちには~!」

私が声をかけると彼女は、また表情を変える。
恋をする大人びた少女の顔から、まるで懐こいヨーテリーのように無邪気に駆け寄って来るのです。
このギャップも愛らしい。

「ノボリさんは、お仕事休憩中ですか?」
「ええ。メイ様は本日もバトルサブウェイへご乗車に?」
「あ、えーと……今日はそういうつもりじゃなくて……、なんとなく寄ってみただけというか……」

歯切れ悪く目を泳がせるメイ様の、理由はもちろん気付いております。
『私に会うため』。

「なんとなく、ですか? 確かにギアステーションの建築造形は素晴らしいですからね。つい、足を踏み入れてしまうのもわかります」
「そ、そうなんですよ! なんとなく、ここのピリピリした雰囲気や活気を浴びたくなっちゃったんですよね!」

助け船を出せば、メイ様はすぐに乗ってきました。素直な可愛いお方です。
私の誘導もあり、彼女はここに来た本当の目的を隠し通しました。
……ですが、大した隠し事ではないのですから、何気ない友人の素振りをして本音を教えてくださればよろしいのに。「ただなんとなく顔を見に来ただけ」と、よくある何気ない一言を。
……一度意識してしまうと、日頃の交流でさえも照れが生じてしまうものなのでしょうか……?

「おやメイ様、髪に葉っぱが付いておりますよ」
「はえ!? どこ!? 恥ずかしい……!」
「取りますので少々じっとしてくださいませ」
「わ、わわわ……!」
「……メイ様の髪は、さらさらにございますね」
「~~~っ!(な、なんか顔が近いぃぃ……!)」

メイ様から向けられる想い。
この私、ノボリは表向きには『一切気付いておりません』。
気付かないふりをしております。
メイ様の態度はとてもわかりやすい。
ご本人は隠し通せているつもりなのでしょうが、残念ながら、察しの良い相手には筒抜けでございます。
特にクダリは、私よりも早くに気付いていたそうです。少しばかり悔しく思いますね……。

「メイ様、お時間があるなら少々よろしいですか。私の休憩に付き合っていただきたいのですが……」
「は、はい! もちろん喜んで!」

メイ様は、嬉しさを噛みしめるように、しかし悟られないように控えめに微笑まれました。
そのいじらしさに、さすがの私も胸を締め付けられる苦しさが襲う……と同時に、高揚感を覚えてしまうのです。
今現在、メイ様の心の大部分を占めているものは恐らく、いえ、確実に私の事なのでしょう。

あぁ……あぁ……!
なんとも言えない心地良さを感じてしまいます!!
貴女様の心を独占する優越感!!
全て気付いていながら、知らない素振りで貴女様の反応を楽しむ背徳感!!
そして私の言動で一喜一憂させている時の達成感……!!

恐らくメイ様は、私の事を紳士で優しい大人の男という高評価をしてくださっているのでしょう。
申し訳ありません……私は、このような悪い男なのです……。
この状況を利用し、貴女様の恋心を密かに弄ぶ卑怯な男なのでございます……。

「先程、お客様からミアレガレットの差し入れを頂いたので、メイ様もご一緒にいかがですか」
「ミアレガレットってカロス地方の有名なお菓子ですよね! わぁ食べてみたい! あたし甘いもの大好きなんです!」

このままではいけない。
この様な事はいけない。
いけないと思いながらも……。

「やはり女性は甘いものがお好きなのですね。差し入れを下さった女性のお客様も、同じ事を仰っておりました」
「じょ、女性から貰ったんですか……!?」
「ええ、そうですが。…どうかされましたか、メイ様?」
「い、いいえ別に! ……ノボリさんが……女性から……ぅぅ~……」
「そのお客様はサブウェイの鉄道員全員にお配りしておりましたね」
「そ、そうなんですか? よ、よかった……特別な贈り物じゃなくて……」
「メイ様? それは一体どういう意味なのでしょうか?」
「えっ!?? い、いえ! その、えとっ、別に深い意味は……なんでもないんですけどっ……!」

っ……あぁ……初々しいお困りの反応!
顔を真っ赤に羞恥して、なんとか誤魔化そうとしているご様子!
非常にたまりません! 癖になってしまいます!

この様な事はやめるべきだと、クダリにも忠告されてはいるのですが……。
ですが、もう少し、もう少し……と、先延ばしにしてしまいます。私の悪い部分が言うことを聞いてくれないのです。
彼女の、あどけなく純粋な恋心に、応えるどころか、最低な狡さを含ませてしまいたくなる……。

このような見苦しい欲求を満たす私を、どうか、どうか、お許しくださいませ、メイ様……。
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