ノボリ×メイ

色鮮やかな紅葉も終わり、木々が寂しい装いとなってきた季節。
野生のメブキジカたちの毛並みも生え変わり、雪のように真っ白なモコモコの毛で冬支度を始めていた。

外の寒さが厳しく感じるようになってきたメイも、今年初めての真新しいコートを着て、ライモンシティの街並みを歩いていた。
人生で初めて買った黒色ブラックカラーのコート。
彼と出会う前だったらきっと黒系統じゃなくて、普段好んでいたガーリーな明るい色を選んでいたかもしれない。

(大人っぽい雰囲気のデザインに一目惚れして買っちゃったけど……、でも、ちょっと背伸びしてるように見えちゃうかな?)

ショーウィンドウのガラスに映った自分の姿に、つい立ち止まり、くるりと一回転した。
ふわりと裾が広がり、綺麗なターンが決まった。

「ふふっ、なんだかノボリさんのコートみたい!」

彼が踵を返した時に翻るコートを思い出す。
ノボリの仕事姿は格好良くて、素敵で、大好きだ。
メイは照れくさそうにはにかむと、軽やかに歩き始めた。

黒が好き。好きになってしまった。
憧れの彼の色。
ガーリーな色が多かった持ち物に、少しずつ黒色も増えていく。少し恥ずかしいけれど嬉しい気持ちになる。
彼と出会い、恋を知り、今まで見ていた世界にひとつの色が足された。
その色は今まで知らなかった感情を教えてくれる。ドキドキ、ワクワク、ソワソワ。それから……もっと背伸びをしたいと思ってしまう、ほんのちょっぴり切ない気持ち。
モノクロな色合いなのに、その特別な黒色はカラフルで鮮やかに見えた。

「ノボリさん!」

大好きな色が振り返る。
いつもと同じ姿勢の良さ。ちょっと風変わりで規律正しいサブウェイマスターの制服。
彼の瞳はメイを見つけた瞬間、優しく細められた。
見慣れたはずの姿なのに、今日は特別に見える。今日だけじゃない、会うたびにいつも特別で上書きされていく。
鼓動のドキドキも、会うたびに変わらず慣れない。
胸元に手を当てて静かに深呼吸をしてメイはノボリに歩み寄った。

「これはメイ様、お元気そうで! しかし本日は冷え込みますね」
「本格的に冬が訪れたって感じですよねぇ。朝起きるのも辛くなってきましたし、それにメブキジカの姿もですね……」

世間話を続けようとしたメイの言葉を遮り、ふとノボリが先に口を開いた。

「コートとてもよくお似合いですよ」
「へ!? あ、ありがとうございます……!」

不意の褒め言葉に、心の準備が間に合わず驚いて見上げる。仄かに口角を綻ばせた彼と目が合う。
メイの頬が一瞬で彩った。慌てて顔を俯き隠す。

(わぁ……嬉しいっていうよりも、なんだかすっごく、くすぐったいかも……!)

ノボリはいつも褒めてくれる。ツタージャのキーホルダーに気づいてくれて可愛いと共感してくれたり、新しいスニーカーが似合ってると言ってくれたり。
だから今回もいつも通りの、会話の流れのコミュニケーションの一環のはずだ。
……それなのに、いつも以上に意識してしまう。なんだかいたたまれない。今すぐ逃げ出したくなってしまうほどに。

だって、ただの真新しいコートじゃない。
この色のコートを選んだ理由は―――……。

「メイ様がブラックカラーをお召しになっているとは珍しいですね」
「実は、初めて買った色なんです」
「なるほど通りで! いつもと雰囲気が違って見えて素敵ですよ。大人びて見えるといいましょうか。大変良くお似合いです」

再びさらりと真面目に告げられて、頬がまた熱くなる。
好きな人に素敵だと言ってもらえた。
純粋に喜べばいいはずなのに。
それでも今のメイには嬉しさと同時に少し悔しかった。こんなにも意識しているのは自分だけなのかと。

「変じゃないかなって心配だったので、そう言ってもらえて嬉しいです」

このまま、冬の衣替えの世間話のままで終えてしまうにはなんだか悔しくて、メイはひとつの賭けに出てみた。

『……ノボリさんの色だから、選んでみたんです』

彼に聞こえてしまわないように。
でも、聞こえてしまってほしいような……。
内気な恋を悟られてしまいたい、でも恥ずかしいからこのまま秘密にしていたい。
二つの気持ちがせめぎ合う中、どっちになるのか神様に願いを託して、俯いたまま消え入りそうな小さな小さな声で呟いてみた。

「………………」

会話が途切れ、間が訪れた。
待ちきれず、顔を上げて様子を窺ってみれば。
何かを言いかけたまま固まっているノボリの姿があった。
お互いの視線が重なり合った瞬間、時が動き出して二人揃って慌ただしく弾かれるように目を逸らし合った。

「そ……そう、なのですか?」
「なななにがですかっ!?」
「聞き間違いかもしれませんが先程、」
「……!! ほ、本当に聞こえてしまったの!?」
「ああ、やはり聞き間違いではなかったようで! 私の色だからお選びになったとの事!」

今度はメイの方が固まる番だった。
聞こえてしまえばいいと思ったけれど、本当の本当に彼の耳に届いてしまった! 聞こえてしまった場合の後のことを何も考えていなかった……!
どう返事をすればいい? どんな顔をして彼を見れば……!
心臓の音が大きく高鳴り、息苦しくなる。

「え、えとっ!? ふ、深い意味はないんですよ! ただノボリさんの色に似ていて素敵だなって思っただけで! 最近黒色が好きになって買ってみようかなって思っただけで別にそんなつもりなんて……!」

言い終えかけて、我に返る。
言い訳で誤魔化すつもりが、嘘をつけず本音の暴露をしてしまった。
要約すると「ノボリさんを意識しています!」と矢継ぎ早に主張しているようにしか聞こえない。

「あれ? あたし、なんだか墓穴を掘ってますか!?」
「…ふふ。ええ、掘っておりますね」
「わ、笑わないでくださいよ!」
「ふ…、申し訳ございません。あまりにも可愛らしいもので、つい、くく」

ノボリは肩を震わせ、笑いを堪えようと必死に噛み殺している。
やっぱりあんなことを言わなければよかった。メイは後悔する。

「せ、せっかく大人びて見えるって褒めてもらえたのに……うぅ~」
「いえ、決して悪い意味で笑ったわけではありませんよ。私と同じ事を考えていたので嬉しく思い、つい」

同じことを? メイはきょとんと彼を見上げた。
ノボリはいつもの真面目な口調で言葉を紡ぐ。瞳を優しく細め、まるで大切な関係性を慈しむように。

「私も最近よく買ってしまうものがございまして。ベーグルなのですが」
「ベーグル?」
「はい。メイ様の髪型を思い出してしまい、つい買ってしまったのですが、それが珈琲によく合うので最近はまっているのです」

照れくささを誤魔化すようにノボリは口元に手を当てた。

「その、つまりですね……私もメイ様のお気持ちは非常によくわかりますよ」

ほんの一瞬だけ、彼の耳が仄かに色づく。それは寒さのせいではないことも伝わってきた。
しかしすぐに普段通りの仏頂面な彼に戻ってしまって、……もっと眺めていたかったのに名残惜しい。

「むう…喜んでいいのかなんだかフクザツなのですが。あたしの髪型そんなにベーグルですか?」
「ええ、ベーグルのようで愛らしく思っておりますよ」
「そ、そういうことさらっと言わないでくださいよっ!」
「? 何故ですか?」
「な、なぜって……」

表情が硬くてよくわからないと言われがちな彼から紡がれる言葉は、温かいほど想いが伝わってくる。
彼の言葉はまるで冬の寒さを忘れさせてくれるコートのようだ。

「ブラック珈琲には甘いベーグルがよく合うのだと、最近気付きました」
「とてもお気に入りなんですね、そのベーグルのお店」
「ええ。毎日見ていても飽きる気がしないほど気に入っております」
「なるほどです……ん?」
「特徴的なので遠くからでもすぐ見つけられて重宝しておりますし」
「んん??? えーと、あのー、ノボリさんが今話してる『ベーグル』って、もしかして遠回しにあたしのこと言ってたりしますか……?」
「おや、お気付きになられましたか」
「んええッ!?!?!?!?」

メブキジカたちが冬の姿に衣替えた寒い季節。
……のはずなのに、コートのおかげで余計に今とても暑い。
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