サターン×ヒカリ

最近、気を抜けばヒカリのことが頭に過る。
……なぜあのような小娘のことが気になってしまうのだ。仕事に集中できない。これもそれも彼女がよく訪ねてくるせいだ。

「お邪魔しまーす、サターンさん!」
「……はぁ。また来たのか」

ノックが響き、サターンはため息をつきつつも扉を開けると、元気いっぱいの少女が立っていた。
その手には、木の実がたくさん詰まったバスケットを持っている。

「えへへ~、見て! 豊作だったの! 一緒に食べましょうよ!」

そう言ってバスケットから取り出した色とりどりの木の実を、彼女はデスクの上に並べていく。
だがしかし、このデスクは仕事用デスクだ。

「書類の上に置くんじゃない。全くお前はいつもいつも、なぜ私に付き纏う?」

サターンは眉間にシワを寄せて目の前の少女を睨みつけるも、ヒカリは全く動じず、微笑み返してくれるばかりだ。

これが最近の日課だった。ほぼ毎日のようにサターンの元を訪ねてきては、木の実やら、手作りお菓子やら何やらを貢いでくる。
初めは適当にあしらっていたが、こう何度も続くと迷惑だ。
……迷惑だったはずだ。そう、迷惑だと思っていたはずなのだが……。
たが今は、彼女の顔を見ると安らいでいる自分がいる。今日もまた来るのだろうかと、待ち遠しさまで感じてしまっていた。

(いやいや何を考えているんだ私は!? 相手は子供だぞ?)

サターンは頭を振って考えを払いのけようとする。けれどもヒカリの姿が頭から離れてくれない。
そんなサターンの様子を見て、ヒカリはくすりと笑う。

「ふふっ、今日のサターンさん、なんだか反応がかわいいかも」
「なっ……! なにを言うのだ!」
「あれ、頬が赤い。照れてる?」
「違う! これはあれだ、窓からの日差しに当てられただけだ!」

図星を突かれてサターンは顔を赤く染めながら反論する。
ヒカリは口元に手を当てて、恋の芽を楽しむ少女のようにくすくすと笑った。

(やっぱり、今日のサターンさんはなんだかかわいいな!)

こうしてサターンは、ヒカリに日々振り回され続けるのだった。


………………


ギンガ団の幹部を務めるほど頭の良いサターンは、自分の感情にはもうとっくに気づいていた。日に日にヒカリに惹かれていってるのだと。
しかし、彼女は子供であり自分は大人である。これは非常にまずいのではないのだろうか。
おまけに未来あるトレーナーと、元敵対組織の幹部。真逆の人生経歴だ。
様々な禁断の壁に一歩を阻まれている。
仕事以外の悩みが増えてしまい、頭が痛い。


そもそも、サターンが彼女をここまで意識するようになったきっかけはヒカリの方にあった。
ヒカリがサターンの元を訪れるようになってから、一ヶ月くらい経ったある日のこと。その日もまた突然彼女が訪れてきたことがあった。
普段ならトバリビル本部で仕事をしている時間だったが、その日はちょうど外出中で不在にしていた。

「あれ、サターンさん今日はいないんだ……。でも会わないまま帰りたくないな。待ってみようかな?」

ヒカリはドアの前に座り込み、サターンを待つことにした。
彼を待ち続けて午後3時になり、夕方になり、そしてとうとう日が沈んでしまった。
そしてサターンが帰ってきた頃には深夜0時を過ぎていた。

「……ドアの前で寝ている馬鹿があるか」

帰宅早々、想像してもいなかった出迎えの光景に、サターンは呆れてため息をついた。
ドアの前で寝ているヒカリを見て驚くも、すぐにいつも通りの表情に戻った。

「こんな時間まで、いったいいつから私を待っていたんだか……」

本当に迷惑極まりない娘だ。迷惑極まりない……はずなのに。

(なぜこいつは、私のことをこんなにも気にかけてくれている? こんなことをされれば、さすがの私も絆されてしまうだろう……)

ギンガ団幹部という殺伐な中間管理職生活を送ってきた彼にとって、ヒカリのいじらしすぎるほどの健気さや屈託のない笑顔が、甘い毒のように思えた。
サターンは、ヒカリを起こさないように優しく抱きかかえた。そのまま仮眠室のベッドへと連れていき、彼女を横たえる。
それから少しの間だけ彼女の穏やかな寝顔を眺めて、サターンは部屋を出ていくのだった。


………………


その日以来サターンは、ヒカリへの態度が柔らかくなった。
また来たのかと言葉では迷惑そうに言いつつも、会いに来るヒカリを追い返したりはせず、好きなようにさせている。
最初はただ鬱陶しいだけだったのが、彼女の存在に慣れると、次第に愛着がわいてきてしまったようだ。

こうしてヒカリの存在を許してしまったら、今まで以上にヒカリのことばかり考えてしまうようになっていった。
しまいには仕事中でも、ふと彼女のことが頭に過ってしまうことがある。

(はぁ、どうすれば良いのだ……正直不服だ! 私はこの不服な気持ちをどこにぶつければいいというのだ……!!)

このように内心で悶々と不服な想いに叫びながらも、表では冷静さを装って悟られないようにしている。
けれど最近、その冷静な仮面が徐々に剥がれていってるのを感じた。それもこれも全て、このヒカリという娘のせいだ!

ままならない感情に頭を抱える彼の苛立ちを知ってか知らずか、ヒカリはふわふわと微笑みを向ける。
二人の空間に見えない花が漂っているような雰囲気を、彼女は簡単に作り出してしまうのだ。

「明日もまた会いにくるね、サターンさん!」
「……っ、勝手にするがいい」

ヒカリの押しかけ攻撃が続けば続くほど、徐々にヒカリという沼に嵌っていくサターンなのだった。
1/2ページ
スキ