ノボリ×メイ

(ポケウッド世界観パロです。)


メイは天才科学者だ。
タイムトラベルのできる時間転送機を開発したり、機械だけでなく不思議な薬を調合してみたり、日々様々な発明品を生み出していた。

そんな彼女の元に、ひとりの鉄道員の男が訪ねてきた。最寄り駅に勤めている駅長のノボリだ。

「メイ様、こんにちは」
「ノボリさんじゃないですか。ラボに訪ねてくるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」
「実は、折り入って相談がございまして……。私の仕事があまりにも多忙なせいで、部下たちが困っているのです」
「それは大変! ……あれ、でもノボリさんのお仕事って駅長さんですよね。そんなにお客さんの対応に追われているんですか」
「はい、もうそれはそれは多忙なのでございます! 駅長とポケモンバトルができる特別キャンペーンを毎日開催しているおかげで、お客様が絶えません!」
「毎日って、もうそれはキャンペーンじゃなくてただの日常ですよね!?」

突っ込みを入れるメイに、ノボリは真剣な顔つきを崩さない。本心から困っているようだった。
さらに詳しく聞けば、本来なら休憩時間であるはずの昼休みも挑戦者が絶えず、客の対応をしなければならない状態が続いているそうだ。

「ですので、科学者のメイ様なら、何か良い発明品を貸していただけるのではないかと思い会いに伺ったのです」
「ははあ、なるほど……」

メイは顎に手を当て考え込む。

「うーん……残念ながら、駅長ロボット的なそういう便利な発明品は持ってないんですよねぇ。あ、そうだ!」

ぽんっと手を打つと、白衣のポケットから小さな瓶を取り出した。
透明な液体の入った小瓶にはラベルが貼られており、こう書かれていた。

――――――
効果:自分が二人になる。
用法・用量:飲んだ後24時間は効果が持続します。
――――――

「これ飲んでみますか?」
「これは一体? 見たところ水のように見えますが」
「ラベルに書いてある通りの薬ですよ。昨日完成したばかりで、まだ試してなくて治験者を探してたんですよね」
「ふむ。確かに私が二人に増えれば、お客様の対応に追われる現状を打破できそうではありますが……」
「いいからぐいっといってみてくださいよ。はいどうぞ!」

怪しむ様子もなく、メイの言葉に従ってノボリは小瓶を受け取った。
コルクを抜き、中身を飲み干す。
ドクン。一瞬強く鼓動が脈打ち、気づけばノボリの隣にもう一人のノボリが立っていた。

「「なんと! 本当に私が増えてしまいました!」」
「やったぁ大成功です! これでノボリさんの負担も減りますね!」
「「ありがとうございます、メイ様!」」

深々と頭を下げるノボリ(×二人)を見て、メイは満足げに微笑んだ。
今回の実験も大成功!
天才科学者メイに不可能はないのだ!

「お仕事頑張ってくださいね! じゃあ、あたしも研究に戻りますね」
「お待ちくださいメイ様」

立ち去ろうとしたメイの手を、ノボリが掴んで引き止めた。
メイは振り返り、きょとんと首を傾げる。
彼のいつもの仏頂面が、さらに険しい真面目な表情をしていた。真摯で真っ直ぐな視線に射抜かれる。
まるで名前のない関係性から一歩を踏み出す決断をしたように、彼は口を開いた。

「今度お暇な時に一緒に食事に行きませんか。その、二人で」
「……へっ!?」

口から間抜けな声が漏れた。
食事。二人きりで。それってつまり……。
デートのお誘いを受けたのだと理解するのに数秒。状況を飲み込んだ瞬間、顔が真っ赤に熱くなった。

「えっ、え!? それってあの……えっと!??」
「お、落ち着いてくださいまし。ええとその、今日のお礼がしたいのです!」
「そ、そういうことですか! それなら、はい! 行きましょう、ぜひ!!」

誘いを受け入れてもらえて安堵の息をつくノボリの顔を見上げ、メイは熱が集まる頬を両手で包み込んだ。

(びっくりした! 変な勘違いするところでした! ……でもノボリさんと初めての食事デート。ふふ、楽しみ!)
(ああ良かったです。メイ様に警戒されてしまうかと思いました……。彼女とは大切に関係を築いていきたいと思っておりますので……)

お互いの胸の内を知る由もない、じれったい二人の関係性を、もうひとりのノボリが眺めていた。口元を不服に引き結んでいる。

「……私を差し置いてメイ様とデートとは、狡いではありませんか!」

ツカツカと不満の靴音を立ててノボリが、ノボリに詰め寄る。
食事に誘ったもう一人の自分を横目で睨みながら通り過ぎ、メイの目の前に来たノボリは、彼女を不意に抱き寄せた。

「メイ様、私と食事に行きましょう。私を選んでくださいまし」
「ひゃぇっ!?!?!?」

抱きすくめたままメイの頭に唇で触れ、鼻を寄せて、柔らかな髪の感触と香りを堪能しながら囁く。甘く低い声で、吐息混じりに。

「……私は今、嫉妬をしております」

メイの身体がビクリと震えた。
そんな彼女の反応をさらに楽しむように、次は耳元に唇を寄せ、舌先でなぞりながら耳を食んだ。
メイの声にならない悲鳴がこだました。

「ッッッッ~~~~!?!?!?!?!?」

「メイ様に何をしているのですか!! 離れなさい!!」
「貴方こそ! 彼女は誰のものでもございません。独占しようなどと抜け駆けはいけませんよ!」
「わ、私はそんなつもりでは! ただお礼がしたく……!」
「お礼を口実にするなど言語道断! 勝負は正々堂々となさいませ!」

争い合う二人のノボリ。
喧嘩の渦中でメイはただ目を白黒させていた。
この騒ぎの原因は自分の発明品だ。自分が何とか止めなければと焦るが、動転して、どう宥めればいいのかわからない。

「い、いったん落ち着いてください! どっちもお互いノボリさんなんですから仲良くしましょうよ! ね!」
「いいえ! 相手が私だからこそ退けません!」
「私自身も、正直私を相手にバトルで勝てるかわかりませんので!」

メイの言葉に二人が同時に反論した。

「た、確かに。すっごく強いノボリさんが、すっごく強いノボリさん相手にバトルしたらどっちが勝つんでしょう……」

それに相手が自分だからといっても、同じ思考回路を持つ者同士というだけで、今抱いている自分の感情とは違う存在なのだ。
あくまでも『もう一人の自分』という他人であって『自分自身』じゃない。残された片方は奪われた気分になる。
ノボリは誰にもメイを渡したくないのだ。お互いに。

「ならば勝負いたしましょう! 私が勝てばデートの権利はいただきます!」
「の、望むところです! では私が勝利した暁には、メイ様との時間を邪魔しないと約束してもらえるのなら!」
「ええ、もちろんです! どちらがメイ様に相応しいか白黒はっきり付けましょう!」

「な、なんであたしが景品みたいになってるんですか!?」

ノボリたちはラボの外に出て向かい合い、モンスターボールを構えた。
お互い真剣な鋭い眼差しを黒の制帽から覗かせる。

困った。ラボの中には精密機器が多くある。
ラボのすぐ側で激闘の振動を繰り広げられては困る。

「あーもうっ! わかりました!! つまり、あたしがもう一人増えれば解決しますよねっ!!」

大きくため息をつく。
白衣のポケットから、予備に作っておいたもう一瓶を取り出し、躊躇いなく一気に飲み干した。
ドクン。一瞬強く鼓動が脈打ち、次の瞬間にはメイが二人になっていた。

「「これで争い合う必要、もうなくなりましたよね」」

二人のメイがにっこり得意気に微笑む。
ノボリたちは投げかけたボールの手を止め、呆けて立ち尽くした。

「メイ様が、お二人に……!」
「そうです。あたしが二人いるんですからもう喧嘩はやめてくださいね」
「そ、それよりあの薬を飲まれたのですよね!? 体調など、お身体に異変はございませんか!?」
「大丈夫。至って普通ですよ」
「そうですか。それは良かった……」

ノボリが安堵で表情を緩ませる。
メイはニコニコと笑顔を絶やすことなく楽しげだ。

そんな彼女の隣に立つもう一人のメイは、少し不機嫌そうな顔をしていた。片方の頬を膨らませ、不満そうに。

「ずるい。あたしだってノボリさんに心配されたいのに」
「え?」

その呟きを聞き隣を振り向けば、もう一人のメイはぷいっとそっぽを向いてしまった。
そしてすぐに、何か閃いたように口角を上げる。
悪戯な笑みを浮かべて彼女は、目の前のノボリに近づいた。

「ノボリさん! ぎゅっ!」
「ッッッ!? メ、メイ様!?」

強引に抱きついた。
驚きの声を上げる彼に構わず、胸板に顔を埋める。

「えっへへ。ノボリさんの匂いがします!」
「きゃああ!! なななにしているのもう一人のあたし!! 離れて!!」
「嫌です~!」

小悪魔メイが舌を出し挑発する。ますます調子に乗り、ノボリに身体を預けて密着した。
押し付けられた柔らかな感触。彼は驚きで肩が跳ねる。朱に染まった顔を隠すように制帽のつばを下げた。
メイは覗き込んで見上げ、余裕綽々にふふんっと鼻で笑った。

「顔を隠したって、ここからじゃ全部見えてますよ。耳まで真っ赤なノボリさんってば、かわいい!」
「メイ様……これは一体……!」

抱きついていないほうの、いつものメイに助けを求める。
しかし彼女も困惑している様子だ。

「あ、あたしにも何がなんだかさっぱり……」

もしかすると、これは副作用だ。
もう一人に増えたほうの人格は、大胆で積極的な性格になってしまうらしい。
成功したと思われた実験は、実は少しばかり失敗していたようだ。

増えたほうの、もう一人の内面強めノボリが駆け寄ってきた。

「また抜け駆けですか! 私もメイ様に甘えられたいと日々思っておりましたのに!」
「い、いえ誤解です! これは恐らく薬の失敗のようで……!」
「言い訳は見苦しいですよ! …さあメイ様、こちらへ来て思う存分甘えていただけませんか」

ノボリが両手を広げ、待機する。
メイはたじろぎ後ずさりした。

「貴女様を愛しております!! どうか私の胸に飛び込み、この愛を受け入れてくださいまし!!」
「はいぃ!?? あああ愛って……!??」
「か、軽々しく愛の告白など……! 彼女との関係をもっと大切にしてください!」
「関係を大切になどと紳士を取り繕わないでいただきたい! 私どもは同じノボリ。心の内もすべて同じ。深く、重く、熱い想いを抱きながらも、ひた隠しにしていたというのに!!」
「なっ……!? それ以上の発言はおやめくださいませ!!」

ノボリ同士が睨み合う。
視線がぶつかり合う火花が散り、再び今にもバトルが始まりそうだ。

「わーもう! 喧嘩はやめてください! ラボの近くでバトルはダメなんですってば!」
「そうですよ~! 皆さんで仲良くイチャイチャしましょうよ!」
「何言ってるのあたし! あと、そろそろノボリさんから離れてあげて!」
「えー」
「えーじゃないです!」

言うことを聞いてくれない小悪魔メイは見せつけるようにノボリにしなだれかかり、ノボリは赤面して硬直し、もう一人のノボリが嫉妬でわなわなと震える。
本当に何がなんだか。収集がつかない拗れた現状に、天才科学者は頭を抱えた。
発明に失敗は付きもの。それを強く学んだが、しかし、まさか自分たちの秘めた心情を包み隠さず暴露されてしまうとは。
しかも日頃表情の硬い生真面目な彼が、こんなにも情熱的な恋愛感情を持っていたなんて。
甘酸っぱい気持ちに囚われる恥ずかしさがいたたまれない。

「うぅ~、どうしよう……意識しちゃって今後ノボリさんと自然にお話しができないかもしれません……」

メイは羞恥に悶えながら座り込み、火照る顔を覆って隠した。

薬の効果が切れるまで24時間。
このドタバタ劇は一日中続きそうだ―――……。
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