自己投影膝さに詰め(刀剣乱舞)

 ぽつぽつ。鈍色の空から雨が降っている。城下町に点々と咲く紫陽花の淡い青を眺めながら、審神者は「雨かぁ」と面布の奥から声と口元だけで笑った。膝丸は傘を持ってきてよかったと思いながら、パステルグリーンの傘を広げて審神者を見やる。
「君、折り畳み傘は?」
「ふふん、持ってないよん♪」
 はぁ。やっぱり。
 膝丸は苦笑すると、審神者を傘の中に招く。審神者は、んふふと笑いながら、膝丸が待つ傘の中に入ってきた。その声色は心底満足げだ。二人で歩き出せば、膝丸がプレゼントした、膝丸のシャツを模した審神者のワンピースがふわふわ揺れた。

 ……本当に、この娘には心底惚れ込んでしまっているなと思う。彼女のワンピース、ヘアピン、靴。全てが膝丸をモチーフにしたものだ。しかも左手にまで膝丸の紋を刻んでいるから、誰もが審神者を『膝丸のお手つき』として扱う。それがまた心地よかった。独占欲の現れに自嘲する。
 しかし、彼女はその独占欲を《良い》として扱ってくれている。それだけでもう心が甘くてとろけるような気持ちになる。膝丸はほの甘い闇を受け止めてくれる審神者を、一生手放すまいと思った。一生? いや、永遠だ。

 しばらく歩いていると、審神者が嬉しそうに、んふふと笑った。面布で口元以外は隠れているが、その唇は笑みのかたちを描き、声は弾んでいる。……自分と一緒に傘に入っていることがそんなに嬉しいのだろうか。甘い気持ちが胸に灯る。すると。
「ひざまる、ひーざーまーるっ」
「なんだ?」
「雨、止まなきゃいいね!」
「どうした、急に?」
 君は雨が嫌いだろう。そう笑いかければ、審神者は人差し指を唇に当てて「嫌いだった」と答える。過去形だ。今は違うということか。
「だった……なら今は好きなのか?」
「うん。だって! ひざまると相合傘ができるもん♪」
 嬉しすぎて鼻歌も歌っちゃうってもんよ! と、審神者はふんふん歌いだす。それがおかしくて笑うと、審神者は「笑うなよー!」と唇を尖らせる。
 そして。紫陽花のたくさん咲く小道を通ったとき、審神者はぽつりと呟く。
「……だから、わざと持ってこなかった」
 ぱちゃん。審神者が水溜まりを軽く踏む。
「え?」
「傘。忘れたフリした! ひざまるの傘に入れてもらいたかったから!」
 でへへと変な笑い声を上げる審神者。膝丸は審神者がたまらなく愛しくなってしまった。傘を放り出して今すぐにでも彼女を抱きしめたい。だが、そんなことをしては大切なこの娘が濡れてしまう。膝丸はぐっと涙を飲み込み。それから審神者に目をやる。
「……今夜抱いてもいいか」
「うぇ!?」
 審神者が素っ頓狂な声を上げた。
「駄目か」
「だ、だだだだ、だめではない」
「しどろもどろになっているぞ」
「うるさいやい!」
 大きな声を上げて。それから審神者は押し黙る。そっと横目でつむじを眺めていると、審神者は指をくるくるさせてもじもじしながら言った。
「……ひざまるだから許すんだよ?」
 ああ、可愛くて仕方ない。恐ろしい。
 膝丸ははやく本丸に帰って、人目のないところで審神者を目一杯可愛がりたいと思った。
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