短編詰め

 その日教官は化粧をしていた。特に理由はない。強いて言えば、朝起きたときちょっと憂うつだったから、気分を上げたくて化粧をしたとでも言えばいいか。
 恭遠に代わって教官が朝の教室に入ると、何挺かの貴銃士が彼女の変化に気づき、おお、と声を上げた。特に反応したのはグラースだ。彼はなんだかそわそわしている。だが、全員何も言わなかった。良いことでも、人の外見に言及するのはよくないと教えたからだ。まったく、聞き分けのいい子ばかりで助かる。
「はい。じゃあ朝礼を始めます――」

 朝礼を終えて、何コマかの授業が始まり、終わって昼食の時間。ケンタッキーが「先生!」と声をかけてきた。
「どうしました?」
「あのさ、その……どーしても言っておきたくて!」
 何の事だ?
 そう思っていると、ケンタッキーはにっこり笑った。まるで太陽のような笑みだ。
「その、メイク可愛いな。すっげーいいと思う! 普段メイクしねーからもったいないと思ってたんだよなぁ」
「ありがとうございます。でも! 褒め言葉だからいいものの、他者の外見に言及してはいけませんよ?」
 嬉しいことだから、まあいいんですが。
 そう言うとケンタッキーは、へへと笑った。
 すると。
「わ!?」
 後ろいきなり腕を引かれた。
 驚いて振り返ると、そこにはゴーストがいた。ケンタッキーも驚いたようで、びっくりしたぁ……なんて呟いている。
「どうしました? ゴーストくん?」
「……ケンタッキーが言ったから……言うけど」
 ゴーストは頬を赤らめて、教官を見つめ。そして一言ぼそぼそと呟いた。
「今日、可愛い……な」
「へ!?」
 このゴーストは教官の知っているゴーストではない。元世界帝軍特別幹部補佐官だった頃の、自分を溺愛してくれたゴーストではないのだ。
 こうして褒めてくれる姿とか、昼食を一緒に食べたいと甘える姿にあのゴーストを重ねてしまうのは、よくない。
 教官は努めて冷静ににっこり笑って「ありがとうございます」と言った。
「そのリップ、似合ってる……先生、可愛いんや……だな」
「褒めすぎですよゴーストくん」
「あー! ゴーストばっかずりぃ! 先生! 俺もちゃんと可愛いと本当に思ってるからな!」
 ケンタッキーが大騒ぎしている姿もまた可愛くて、教官はくすくす笑ってしまった。
 あのゴーストはもう思い出の中にしかいないのだから、きっちり前を向かなくては。
 少し痛む胸をおさえて、教官は小さく笑うのだった。
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