一次創作
彼女は『アン』ラッキーガール
2018/12/24 23:14校舎裏。放課後。夏の日差しと日陰。
俺はこの日を、一生忘れないだろう。
「好きです!!付き合ってください!!」
同じクラスの泡中さん。
一年の時に隣の席になってから、ずっとずっと好きだった。
たまたま好きな漫画が同じで盛り上がったり、くじ引きで決めた委員会も偶然一緒になったりして、なんと家もすぐ近所、行きの通学路に会うことも珍しくない。
はにかむような笑顔の彼女が、時折声をたてて笑うのがたまらなく可愛くて、俺はずっとずっと、彼女に片思いをし続けてきた。
そして、2年の夏休み前日。
ついに俺は、彼女に告白することを決意したのだ。
短い高校生活。どうせなら青春に満ち溢れた良い思い出を、好きな女の子と作りたい。
だからこそ、と意気込んで臨んだ、告白の瞬間。
彼女は、顔をくしゃくしゃにして―――――
「……ご……ご……ごっ……」
―――――泣き出して、しまった。
「ごめんなざいぃ……………」
……俺は、一生忘れないだろう。
校舎裏。放課後。夏の日差しと日陰。
好きな女の子を号泣させてしまった、この日のことを。
【彼女は『アン』ラッキーガール】
俺の好きな人である泡中さんは、ちょっとボブっぽい髪をした、可愛い感じの女の子である。
勉強も運動もそこそこ、友達もほどほど、特にクラスで目立つといったこともないけど、評判も悪くない。そんな人。
そんな彼女のことを俺が好きになったのは、まあ色々あったわけなのだが―――
今はそれより、目の前で泣いてる彼女を泣き止ませなくては。
といっても俺はさっぱりどうしたらいいかわからなくて、しばらくみっともなく慌てたのち、「と、とりあえず落ち着こう。ね?」などと情けない声を出しながら、なんとか彼女を近くのベンチに座らせたのだった。
終業式も終わった後で、人がいないのはこれ幸いといったところだ。
普段なら運動部なんかが練習してるはずなのだが、今日はグラウンド整備だとかなんとかで、校舎裏には誰もいない。
泡中さんは暫くぐすぐすと泣いていたけど、段々落ち着いてきたのか、ポケットからハンカチを取り出して、涙を拭っていた。
「ご、ごめんね、急に……」
「い、いや、俺の方こそ……」
そう言いながら、俺ははっとする。
勢い良く告白したはいいものの、彼女からの返事は「ごめんなさい」だった。
つまり、俺は振られたのでは?
いや、つまりもなにも、振られている。
ばっちりしっかり振られている。わかりやすく振られている。疑いようもなく、振られている。
………………ま、マジか。
いや、ちょっと……実は割と、自信あったりしたんだけど……。
「あ、あの、方重くん……」
俺がじわじわと襲いかかるショックに頭を抱えていると、泡中さんが恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
「えっ、あ、はっ、はい!?な、なに!?」
「あ、あのね……誤解、しないでほしくって」
泡中さんは、物凄く申し訳なさそうな顔で言った。
「方重くんから告白されたのが迷惑だとか、嫌だったとか、そういうんじゃないの。ただ、ただ、あのね、えっと……」
言葉に詰まってしまった彼女の顔を、俺は何とも言えない気持ちで見つめていた。
てっきり泣くほど俺の告白が嫌だったのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
俺は少し自信を取り戻しつつ、まだ言葉に迷っているらしい彼女に、「あのさ、」と、控えめに声をかけた。
「無理しなくていいよ。……話したかったら、ゆっくり話してくれていいし、話したくないことなら、無理して話さなくてもいいし……」
そう言うと、泡中さんはぱちぱちとまばたきしてから、安心したようにふふっと微笑んだ。
「ありがと、方重くん……優しいね」
可愛い。
どうやら、ほんとに嫌われてる訳では無いらしい。
俺が心底ほっとしていると、泡中さんは決心したように、真面目な顔をした。
「あのね、方重くん……これから私が言うこと、信じてくれる?」
「えっ?」
唐突な話の切り出しに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
こ、これは。
これはまさか…………あれじゃないだろうか。
あの、あれ。ラノベにありがちなやつ。
「実はわたし……」から始まるボーイ・ミーツ・ガール的な。謎の組織との戦い的な。
まさか。まさか。まさか!
「実は、わたし……」
ほらきた!
「すっ…………ごく、運が良いの……!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?」
予想していない方向の告白だった。
予想していなさ過ぎて、反応が数十秒遅れてしまった。
あと、現実離れした発想、ていうか中二病的な発想に至った自分がちょっと、いやかなり恥ずかしい。妄想乙。
「ほんとなの!わたし、凄く運が良いの!」
俺の反応を見て、泡中さんは慌てて力説し始めた。
「宝くじを買えば必ず当たるし、くじだって必ず良いのを引くし、おみくじは必ず大吉で、落としたものを壊したりしたことないし、無くしたものもすぐ見つかるし、どんなに小さくても大きくても、必ず良いことが起きるの!これまで病気だってしたことないし、友達だっていい人ばっかりだし、とにかく―――とにかくっ、わたし、本当に、本っっっ当に、運が良いの!!!」
「……う、うーん……」
必死に訴えてくる彼女の表情はとにかく真剣で大真面目で、俺は返事に困ってしまう。
「運が良い」―――――という告白を突然されたら、誰だってこうなると思う。言われただけじゃ実感湧かないし。
それに、何故だか泡中さんは、「自分は運が良い」と力説する割に、全然ちっとも嬉しそうじゃない。
「運が良い」、というのは普通、嬉しいことなんじゃないだろうか?
俺がなんと返事をするべきか悩んでいると、泡中さんは、しょんぼりとうなだれてしまった。
「やっぱり、信じないよね……」
「あっ―――いやいや!信じる!信じるよ、俺は!うん!」
俺は大慌てで肯定した。
泡中さんは「ほんと?」と少し拗ねたような表情をしていた(可愛い)が、俺が何度も頷いていると、ようやく安心してくれたらしく、「良かった」と微笑んでくれた。
「方重くんになら、話せるかなって、思ったから……信じてくれて良かった」
「えっ……お、俺になら?」
思わずどきりとして聞き返すと、「うん」と、彼女はいつものはにかむような笑顔で笑った。
果たしてどういう意味なのか、気になるところではあったが、いや大変に気になるんだがまずそれはさておいて。
俺はさっきから抱いている疑問を、泡中さんにぶつけてみることにした。
「あ、あのさ……」
「?」
「なんか泡中さん、『運が良い』ってことを、あんま良くないことみたいに話すけど、何で?」
ああ、俺の馬鹿。もうちょっと言い方あるだろ。
上手い言い方が出来ず、俺は慌てて続ける。
「いや、なんかほら、運が良いって良いことじゃん?ラッキー!みたいな……」
今度は馬鹿みたいな言い方になってしまい、自分が情けなくなる。
だけど泡中さんは、ぱちぱちとまばたきしてから、深く頷いてくれた。
「うん、方重くんの言うこと、わかるよ。運が良いってことはつまり、ラッキーってことだもんね。それは凄く……良いことだと、思うんだけど」
そう言って言葉を切ってから、彼女は溜め息を吐いた。
……ラッキー過ぎて、何か嫌なことがあったんだろうか。
例えば、友達に妬まれるとか……いや、無いな。さっき、友達にも恵まれてるって言ってたし。
俺が黙って話の続きを待っていると、泡中さんはちょっと唇を尖らせながら(可愛い)、「方重くん」と、俺に話しかけてきた。
「禍福は糾える縄の如し……って、知ってる?」
「カフク?……ああ、禍福か。えっと、漢文かなんかだっけ」
確か、良いことと悪いことは交互にやってくる、みたいな、そんな話だっけ。
「うん。良いことと悪いことは、交互にやってくる……って意味なんだけど、ね」
泡中さんは、またひとつ、溜め息を吐いた。
「わたし…………わたし、生まれてから1回も、『悪いこと』にあったことがないの」
「悪いことにあったことない、って……」
…………………うん?
「い、今まで……今の今まで、1回も?」
「うん」
泡中さんはこくりと頷いた。
「今までずーっと、私にとって、良いことしか起きたことがないの」
「え、えっと」
「だから、いつかすごく、想像もつかないぐらい悪いことが起きるんじゃないかって、怖くて……」
「そ、それは、ええと、なるほど?だけどあの、つまり……」
「昔は全然考えたこともなかったけど、大きくなるにつれて、その不安はどんどん大きくなっていって……」
「う、うん、うん、ええと……」
「今ではラッキーなことが起きる度、いつ爆発するかわからない時限爆弾の爆弾が、また大きくなったって思っちゃうような、そんな気持ちなの。今までラッキーだったぶんの跳ね返りなんて、想像したくないけど………………」
「…………えっと………………」
「だからわたし、これからはできるだけ―――」
「あの、ごめん、あの、泡中さん、あのさ、」
「え?」
俺は泡中さんの目の前で手をふりふり、彼女の意識をこちらに向ける。
きょとんとした丸い瞳がこちらを見た。
俺は喉がからからに乾いてひりつくのを感じながら、何とか話を続ける。
「話遮って悪いんだけど」
「うん」
「それってつまりさ、」
頑張れ俺。ヘタレるな俺。
噛むなよ俺。
「さ、さっきの俺からの、告白も……良いこと、だっ……た、の?」
噛んだ。が、誤魔化せた。
俺の言葉を聞いて、泡中さんは自分が言っていたことに気がついたのか、ぱっと顔を赤くした。
耳まで真っ赤になりながら、彼女は顔逸らし、こくこくと頷く。
……ま……
……………………マジかよ…………。
「す、凄く……嬉しかった、です」
泡中さんの目は、また潤み始めていた。
「趣味が合うって知って、お話たくさんできた時から、その……素敵な人だなって、思ってて……委員会が一緒になれたのも嬉しかったし、家も近くで一緒に登校できて楽しかったし、二年生でまた同じクラスになれたし、まさか方重くんから告白してくれるなんて……」
「あ、泡中さん……!」
「だから、だからわたし……っ、」
彼女はすっと立ち上がり、くるりとスカートを翻し、俺の顔を真剣に見つめ―――――90度の角度で、勢い良く頭を下げた。
「だからごめんなさい付き合えません!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!????????????」
思わず絶叫してしまった。
泡中さんは顔をあげて、またもや泣きだしそうになりながら、
「だ、だっ、だ、だってぇ!!!」
と頭を振る。俺も正直泣きたいです。
「だってこんなにラッキーなのにわたし、好きな人が彼氏になっちゃったらいざという時もう何が起きるかわからないんだもん!!!!!」
「いやいやいやえっ、そういうこと!!!!!???!?それで俺振られたの!!!!?!?!?!?あと俺も好きですありがとう!!!でもちょっと待ってとりあえず落ち着こう……泣かないで……大丈夫?うん、1回座ろ?ほら、ね?」
「うぇぇええん……方重ぐん優じい……」
またもや泣き出してしまった泡中さんを宥めつつ、再びベンチに座らせる。
なるほど、さっきのごめんなさいは、つまり、そういうことか。
泡中さんはめちゃくちゃラッキーガールで、ラッキーなことに好きな人(つまり俺……俺!)と両思いで、ラッキーなことに好きな人(つまり……俺!!)から告白され、ラッキーなことにこのまま好きな人(つまり……もういいか)からの告白を受け入れればそのまま恋人同士、万々歳、と。
なるほど。
だがしかしラッキーガール泡中さんは、自分があまりにラッキー過ぎて、いつかその反動で、やばいぐらいにアンラッキーなことが起きるんじゃないか……と、不安がっていたわけだな。
なるほど、なるほど。
そこに好きな人……俺!からの告白が来てしまったわけだが、それを断わることで少しでもラッキーなことを減らし、アンラッキーなことが起きても怖くないようにしたい……みたいな感じなのか。
なるほど、なるほど、なるほど。
理屈はわかった。いやわからないけど分かったことにしよう。
でも、ちょっと。
ちょっとだけ、気に食わない。
だって―――――
「あのさ、泡中さん」
「…………?」
再び泣き止んだ彼女は、ハンカチの向こう側から俺を見つめた。
俺は出来るだけ真面目な顔をして、彼女に言う。
「俺はさ……自分の意思で、自分の気持ちで、泡中さんを……泡中さんっていう一人の人間を、好きになったんだ」
泡中さんの目が見開かれる。
俺は言葉を続けた。
「君がラッキーだったから、君のラッキーのせいで、俺は、君を好きになったんじゃないんだ」
「か、方重くん……」
「だから俺のこの思いは、君のラッキーなせいなんかじゃない!」
「方重くん!」
「俺は、俺が君を好きだと思ったから、君のことが…………泡中さんが、好きなんだーーーー!!!!!」
「方重くん……!!」
……確かに、泡中さんにとっては、『幸運』なことだったんだろう。
学校の中に、いや、地球上にたくさんいる人間の中で、たまたま出会い、知り合い、仲良くなり、両思いになれる相手と、幸運にも巡り会えたのだから。
でも、俺はそんな『偶然』として、この想いを片付けて欲しくはなかった。
だって俺は、真剣に、誰よりも泡中さんのことが―――――
「…………でも」
「うん?」
泡中さんは、大真面目な顔で言った。
「それって、方重くんが好きになる要素を、私が運良く持ってたってことだよね?」
「んっ?」
んんっ?
「それって、やっぱりラッキーなことじゃない?」
「……………………」
えっ?
そこでそう繋げちゃうの?
「だから、………っごめんなさい!」
彼女はまたそう言って、再びベンチから立ち上がる。
「わたし、方重くんのことは、本っ当に、本っ当に、本っ当に本っ当に本っ当に!!!……す、好き……なん、だけど、」
そこで照れちゃうのが泡中さんらしくて可愛い。
可愛い、のだが、彼女は恥ずかしそうというより、悲しそうだった。
「……でも、わたし、やっぱり怖いんだ。いつかくる『悪いこと』に、君のことも巻き込んじゃうんじゃないかって……」
「そんな……」
「だからごめんなさい!!」
有無を言わせない勢いで、彼女はぺこりと頭を下げた。
「でもありがとう!!嬉しかったです!!」
そう言って、彼女はいつものはにかむような笑顔を見せた後…………スカートを翻して、猛ダッシュで去っていってしまった。
少し、泣きたそうに見えたのは、多分、気のせいじゃないだろう。
「…………ふぅー…………」
何だかとても疲れてしまって、俺はベンチに座り込んだ。
そういえば何でかタイミング良く告白にピッタリなシチュエーションが舞い込んできたなぁと思ったが、あれも泡中さんのラッキーパワーなのだろうか。
だとしたら、やっぱりほんとのことなのだ。
泡中さんがそう言うのだから、きっと間違いじゃないのだろう。
でも。
だがしかし。
「…………運が悪かったよなぁ、泡中さんも」
俺こと方重信太郎は、運は大して良くないが、諦めも良くはない。
…………うん、上手いこと言おうとして失敗したな。
つまり俺は、諦めが悪いのだ。
それもかなり、いや非常に、とんでもなく―――――諦めが、悪いのだ。
だから彼女――ラッキーガール泡中さんの、今最大のアンラッキーは―――――俺と両思いになったことに違いない。
だって俺は、なんと言われようと、何があろうと、泡中さんが…………
泡中杏のことが、好きなのだから。
【彼女は『アン』ラッキーガール・終わり】
俺はこの日を、一生忘れないだろう。
「好きです!!付き合ってください!!」
同じクラスの泡中さん。
一年の時に隣の席になってから、ずっとずっと好きだった。
たまたま好きな漫画が同じで盛り上がったり、くじ引きで決めた委員会も偶然一緒になったりして、なんと家もすぐ近所、行きの通学路に会うことも珍しくない。
はにかむような笑顔の彼女が、時折声をたてて笑うのがたまらなく可愛くて、俺はずっとずっと、彼女に片思いをし続けてきた。
そして、2年の夏休み前日。
ついに俺は、彼女に告白することを決意したのだ。
短い高校生活。どうせなら青春に満ち溢れた良い思い出を、好きな女の子と作りたい。
だからこそ、と意気込んで臨んだ、告白の瞬間。
彼女は、顔をくしゃくしゃにして―――――
「……ご……ご……ごっ……」
―――――泣き出して、しまった。
「ごめんなざいぃ……………」
……俺は、一生忘れないだろう。
校舎裏。放課後。夏の日差しと日陰。
好きな女の子を号泣させてしまった、この日のことを。
【彼女は『アン』ラッキーガール】
俺の好きな人である泡中さんは、ちょっとボブっぽい髪をした、可愛い感じの女の子である。
勉強も運動もそこそこ、友達もほどほど、特にクラスで目立つといったこともないけど、評判も悪くない。そんな人。
そんな彼女のことを俺が好きになったのは、まあ色々あったわけなのだが―――
今はそれより、目の前で泣いてる彼女を泣き止ませなくては。
といっても俺はさっぱりどうしたらいいかわからなくて、しばらくみっともなく慌てたのち、「と、とりあえず落ち着こう。ね?」などと情けない声を出しながら、なんとか彼女を近くのベンチに座らせたのだった。
終業式も終わった後で、人がいないのはこれ幸いといったところだ。
普段なら運動部なんかが練習してるはずなのだが、今日はグラウンド整備だとかなんとかで、校舎裏には誰もいない。
泡中さんは暫くぐすぐすと泣いていたけど、段々落ち着いてきたのか、ポケットからハンカチを取り出して、涙を拭っていた。
「ご、ごめんね、急に……」
「い、いや、俺の方こそ……」
そう言いながら、俺ははっとする。
勢い良く告白したはいいものの、彼女からの返事は「ごめんなさい」だった。
つまり、俺は振られたのでは?
いや、つまりもなにも、振られている。
ばっちりしっかり振られている。わかりやすく振られている。疑いようもなく、振られている。
………………ま、マジか。
いや、ちょっと……実は割と、自信あったりしたんだけど……。
「あ、あの、方重くん……」
俺がじわじわと襲いかかるショックに頭を抱えていると、泡中さんが恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
「えっ、あ、はっ、はい!?な、なに!?」
「あ、あのね……誤解、しないでほしくって」
泡中さんは、物凄く申し訳なさそうな顔で言った。
「方重くんから告白されたのが迷惑だとか、嫌だったとか、そういうんじゃないの。ただ、ただ、あのね、えっと……」
言葉に詰まってしまった彼女の顔を、俺は何とも言えない気持ちで見つめていた。
てっきり泣くほど俺の告白が嫌だったのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
俺は少し自信を取り戻しつつ、まだ言葉に迷っているらしい彼女に、「あのさ、」と、控えめに声をかけた。
「無理しなくていいよ。……話したかったら、ゆっくり話してくれていいし、話したくないことなら、無理して話さなくてもいいし……」
そう言うと、泡中さんはぱちぱちとまばたきしてから、安心したようにふふっと微笑んだ。
「ありがと、方重くん……優しいね」
可愛い。
どうやら、ほんとに嫌われてる訳では無いらしい。
俺が心底ほっとしていると、泡中さんは決心したように、真面目な顔をした。
「あのね、方重くん……これから私が言うこと、信じてくれる?」
「えっ?」
唐突な話の切り出しに、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
こ、これは。
これはまさか…………あれじゃないだろうか。
あの、あれ。ラノベにありがちなやつ。
「実はわたし……」から始まるボーイ・ミーツ・ガール的な。謎の組織との戦い的な。
まさか。まさか。まさか!
「実は、わたし……」
ほらきた!
「すっ…………ごく、運が良いの……!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?」
予想していない方向の告白だった。
予想していなさ過ぎて、反応が数十秒遅れてしまった。
あと、現実離れした発想、ていうか中二病的な発想に至った自分がちょっと、いやかなり恥ずかしい。妄想乙。
「ほんとなの!わたし、凄く運が良いの!」
俺の反応を見て、泡中さんは慌てて力説し始めた。
「宝くじを買えば必ず当たるし、くじだって必ず良いのを引くし、おみくじは必ず大吉で、落としたものを壊したりしたことないし、無くしたものもすぐ見つかるし、どんなに小さくても大きくても、必ず良いことが起きるの!これまで病気だってしたことないし、友達だっていい人ばっかりだし、とにかく―――とにかくっ、わたし、本当に、本っっっ当に、運が良いの!!!」
「……う、うーん……」
必死に訴えてくる彼女の表情はとにかく真剣で大真面目で、俺は返事に困ってしまう。
「運が良い」―――――という告白を突然されたら、誰だってこうなると思う。言われただけじゃ実感湧かないし。
それに、何故だか泡中さんは、「自分は運が良い」と力説する割に、全然ちっとも嬉しそうじゃない。
「運が良い」、というのは普通、嬉しいことなんじゃないだろうか?
俺がなんと返事をするべきか悩んでいると、泡中さんは、しょんぼりとうなだれてしまった。
「やっぱり、信じないよね……」
「あっ―――いやいや!信じる!信じるよ、俺は!うん!」
俺は大慌てで肯定した。
泡中さんは「ほんと?」と少し拗ねたような表情をしていた(可愛い)が、俺が何度も頷いていると、ようやく安心してくれたらしく、「良かった」と微笑んでくれた。
「方重くんになら、話せるかなって、思ったから……信じてくれて良かった」
「えっ……お、俺になら?」
思わずどきりとして聞き返すと、「うん」と、彼女はいつものはにかむような笑顔で笑った。
果たしてどういう意味なのか、気になるところではあったが、いや大変に気になるんだがまずそれはさておいて。
俺はさっきから抱いている疑問を、泡中さんにぶつけてみることにした。
「あ、あのさ……」
「?」
「なんか泡中さん、『運が良い』ってことを、あんま良くないことみたいに話すけど、何で?」
ああ、俺の馬鹿。もうちょっと言い方あるだろ。
上手い言い方が出来ず、俺は慌てて続ける。
「いや、なんかほら、運が良いって良いことじゃん?ラッキー!みたいな……」
今度は馬鹿みたいな言い方になってしまい、自分が情けなくなる。
だけど泡中さんは、ぱちぱちとまばたきしてから、深く頷いてくれた。
「うん、方重くんの言うこと、わかるよ。運が良いってことはつまり、ラッキーってことだもんね。それは凄く……良いことだと、思うんだけど」
そう言って言葉を切ってから、彼女は溜め息を吐いた。
……ラッキー過ぎて、何か嫌なことがあったんだろうか。
例えば、友達に妬まれるとか……いや、無いな。さっき、友達にも恵まれてるって言ってたし。
俺が黙って話の続きを待っていると、泡中さんはちょっと唇を尖らせながら(可愛い)、「方重くん」と、俺に話しかけてきた。
「禍福は糾える縄の如し……って、知ってる?」
「カフク?……ああ、禍福か。えっと、漢文かなんかだっけ」
確か、良いことと悪いことは交互にやってくる、みたいな、そんな話だっけ。
「うん。良いことと悪いことは、交互にやってくる……って意味なんだけど、ね」
泡中さんは、またひとつ、溜め息を吐いた。
「わたし…………わたし、生まれてから1回も、『悪いこと』にあったことがないの」
「悪いことにあったことない、って……」
…………………うん?
「い、今まで……今の今まで、1回も?」
「うん」
泡中さんはこくりと頷いた。
「今までずーっと、私にとって、良いことしか起きたことがないの」
「え、えっと」
「だから、いつかすごく、想像もつかないぐらい悪いことが起きるんじゃないかって、怖くて……」
「そ、それは、ええと、なるほど?だけどあの、つまり……」
「昔は全然考えたこともなかったけど、大きくなるにつれて、その不安はどんどん大きくなっていって……」
「う、うん、うん、ええと……」
「今ではラッキーなことが起きる度、いつ爆発するかわからない時限爆弾の爆弾が、また大きくなったって思っちゃうような、そんな気持ちなの。今までラッキーだったぶんの跳ね返りなんて、想像したくないけど………………」
「…………えっと………………」
「だからわたし、これからはできるだけ―――」
「あの、ごめん、あの、泡中さん、あのさ、」
「え?」
俺は泡中さんの目の前で手をふりふり、彼女の意識をこちらに向ける。
きょとんとした丸い瞳がこちらを見た。
俺は喉がからからに乾いてひりつくのを感じながら、何とか話を続ける。
「話遮って悪いんだけど」
「うん」
「それってつまりさ、」
頑張れ俺。ヘタレるな俺。
噛むなよ俺。
「さ、さっきの俺からの、告白も……良いこと、だっ……た、の?」
噛んだ。が、誤魔化せた。
俺の言葉を聞いて、泡中さんは自分が言っていたことに気がついたのか、ぱっと顔を赤くした。
耳まで真っ赤になりながら、彼女は顔逸らし、こくこくと頷く。
……ま……
……………………マジかよ…………。
「す、凄く……嬉しかった、です」
泡中さんの目は、また潤み始めていた。
「趣味が合うって知って、お話たくさんできた時から、その……素敵な人だなって、思ってて……委員会が一緒になれたのも嬉しかったし、家も近くで一緒に登校できて楽しかったし、二年生でまた同じクラスになれたし、まさか方重くんから告白してくれるなんて……」
「あ、泡中さん……!」
「だから、だからわたし……っ、」
彼女はすっと立ち上がり、くるりとスカートを翻し、俺の顔を真剣に見つめ―――――90度の角度で、勢い良く頭を下げた。
「だからごめんなさい付き合えません!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!????????????」
思わず絶叫してしまった。
泡中さんは顔をあげて、またもや泣きだしそうになりながら、
「だ、だっ、だ、だってぇ!!!」
と頭を振る。俺も正直泣きたいです。
「だってこんなにラッキーなのにわたし、好きな人が彼氏になっちゃったらいざという時もう何が起きるかわからないんだもん!!!!!」
「いやいやいやえっ、そういうこと!!!!!???!?それで俺振られたの!!!!?!?!?!?あと俺も好きですありがとう!!!でもちょっと待ってとりあえず落ち着こう……泣かないで……大丈夫?うん、1回座ろ?ほら、ね?」
「うぇぇええん……方重ぐん優じい……」
またもや泣き出してしまった泡中さんを宥めつつ、再びベンチに座らせる。
なるほど、さっきのごめんなさいは、つまり、そういうことか。
泡中さんはめちゃくちゃラッキーガールで、ラッキーなことに好きな人(つまり俺……俺!)と両思いで、ラッキーなことに好きな人(つまり……俺!!)から告白され、ラッキーなことにこのまま好きな人(つまり……もういいか)からの告白を受け入れればそのまま恋人同士、万々歳、と。
なるほど。
だがしかしラッキーガール泡中さんは、自分があまりにラッキー過ぎて、いつかその反動で、やばいぐらいにアンラッキーなことが起きるんじゃないか……と、不安がっていたわけだな。
なるほど、なるほど。
そこに好きな人……俺!からの告白が来てしまったわけだが、それを断わることで少しでもラッキーなことを減らし、アンラッキーなことが起きても怖くないようにしたい……みたいな感じなのか。
なるほど、なるほど、なるほど。
理屈はわかった。いやわからないけど分かったことにしよう。
でも、ちょっと。
ちょっとだけ、気に食わない。
だって―――――
「あのさ、泡中さん」
「…………?」
再び泣き止んだ彼女は、ハンカチの向こう側から俺を見つめた。
俺は出来るだけ真面目な顔をして、彼女に言う。
「俺はさ……自分の意思で、自分の気持ちで、泡中さんを……泡中さんっていう一人の人間を、好きになったんだ」
泡中さんの目が見開かれる。
俺は言葉を続けた。
「君がラッキーだったから、君のラッキーのせいで、俺は、君を好きになったんじゃないんだ」
「か、方重くん……」
「だから俺のこの思いは、君のラッキーなせいなんかじゃない!」
「方重くん!」
「俺は、俺が君を好きだと思ったから、君のことが…………泡中さんが、好きなんだーーーー!!!!!」
「方重くん……!!」
……確かに、泡中さんにとっては、『幸運』なことだったんだろう。
学校の中に、いや、地球上にたくさんいる人間の中で、たまたま出会い、知り合い、仲良くなり、両思いになれる相手と、幸運にも巡り会えたのだから。
でも、俺はそんな『偶然』として、この想いを片付けて欲しくはなかった。
だって俺は、真剣に、誰よりも泡中さんのことが―――――
「…………でも」
「うん?」
泡中さんは、大真面目な顔で言った。
「それって、方重くんが好きになる要素を、私が運良く持ってたってことだよね?」
「んっ?」
んんっ?
「それって、やっぱりラッキーなことじゃない?」
「……………………」
えっ?
そこでそう繋げちゃうの?
「だから、………っごめんなさい!」
彼女はまたそう言って、再びベンチから立ち上がる。
「わたし、方重くんのことは、本っ当に、本っ当に、本っ当に本っ当に本っ当に!!!……す、好き……なん、だけど、」
そこで照れちゃうのが泡中さんらしくて可愛い。
可愛い、のだが、彼女は恥ずかしそうというより、悲しそうだった。
「……でも、わたし、やっぱり怖いんだ。いつかくる『悪いこと』に、君のことも巻き込んじゃうんじゃないかって……」
「そんな……」
「だからごめんなさい!!」
有無を言わせない勢いで、彼女はぺこりと頭を下げた。
「でもありがとう!!嬉しかったです!!」
そう言って、彼女はいつものはにかむような笑顔を見せた後…………スカートを翻して、猛ダッシュで去っていってしまった。
少し、泣きたそうに見えたのは、多分、気のせいじゃないだろう。
「…………ふぅー…………」
何だかとても疲れてしまって、俺はベンチに座り込んだ。
そういえば何でかタイミング良く告白にピッタリなシチュエーションが舞い込んできたなぁと思ったが、あれも泡中さんのラッキーパワーなのだろうか。
だとしたら、やっぱりほんとのことなのだ。
泡中さんがそう言うのだから、きっと間違いじゃないのだろう。
でも。
だがしかし。
「…………運が悪かったよなぁ、泡中さんも」
俺こと方重信太郎は、運は大して良くないが、諦めも良くはない。
…………うん、上手いこと言おうとして失敗したな。
つまり俺は、諦めが悪いのだ。
それもかなり、いや非常に、とんでもなく―――――諦めが、悪いのだ。
だから彼女――ラッキーガール泡中さんの、今最大のアンラッキーは―――――俺と両思いになったことに違いない。
だって俺は、なんと言われようと、何があろうと、泡中さんが…………
泡中杏のことが、好きなのだから。
【彼女は『アン』ラッキーガール・終わり】