このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

主琵琶 (n)




「……センパイ、痛い」
「……?」

キスの合間にそう訴えたnの表情に、永至はぼんやりと熱に浮かされた視線を返す。
ふと、無意識に自分が、彼の背中に片手を回し、きつく爪を食い込ませていたことに気が付いて、永至は「ふふ、」と、小さく笑いを漏らした。

「痛いのか?」
「痛えよ……っだ、ぁ、お、おい!」

布越しに爪を食い込ませ、永至は楽しそうに笑った。
nは苛立ちのままに、白く清潔なベッドへと、彼を押し倒す。

「っ……、全く、躾のなってない犬だな」

スプリングが軋み、永至は一瞬息を詰まらせるも、からかうように笑った。

「可哀想に。飼い主に躾けて貰えていないのか?」
「俺の飼い主は、」

nは自分の首からループタイを引き抜き、床に放り投げる。

「あんたと違って出来がいいんでね。飼い犬に手ぇ出させたりしねえの」

その言葉に、永至はやれやれと言いたげに溜め息を吐いた。
nは永至の首元に掴みかかり、スカーフリングを引き抜いて、青いスカーフを取り払う。

「おい、無くさないでくれよ」
「知るか」

nはリングをスカーフの中に丸め込んで、床に放り投げた。
案外素直な動作に永至が笑いを堪えていると、気に入らないと言いたげなnの視線にぶつかった。

「……どうしたんだい?部長君」
「別に」

苛立ちを隠さずにnは言い、永至に覆い被さった。

「背中がひりひりしやがる」
「それはすまないことをした」
「本気で思ってねえんだろ、どうせ」
「本気だとも」

永至は唇を歪めて、いっそ爽やかに笑った。

「何せ僕は、生まれて此方、嘘を吐いたことがないんだ」

nは思い切り呆れたような表情を浮かべてみせてから、小さく頭を振って、永至の首筋に噛み付いた。










****




なるほどこれはさぞかし痛かったろう、と、永至はnの背中を眺めて、他人事のように考えた。
引っ掻き傷が、くっきり3本。
所謂みみず張れになっているそれは、恐らくは昨晩、永至自身の爪で付けたものだ。

「いやまさか、こんな酷いことになっているとはね」

永至は悪気が微塵も感じられない口調で言いながら、nの背中を眺め回す。

「すまなかったよ部長君。まあ、昨夜は僕も君に散々無体を働かれたわけだから、おあいこということにしようじゃないか」
「なーにがおあいこだ、散々噛み付いてきやがって」

nは不機嫌そうに言いながら、素肌を隠すようにシャツを着直す。

「先に噛み付いてきたのは君の方だと思ったがね」

言い聞かせるような口調で、永至は言い返した。

「人の身体を好き勝手しておいて、しらばっくれるつもりじゃないだろうね?」
「好き勝手されてる自覚あるわけだ?」

nも嫌味ったらしく言い返す。

「男に抱かれて喘がされて、まーセンパイったら素直ですこと。そんなに可愛がられてえのかこの淫乱」
「…………何だって?」
「おー、こわ」

声を低める永至に、nはけたけたと笑った。
永至は乱れた髪をかきあげながら、nを視線で冷たく刺す。

「君が物欲しそうな目で涎を垂らして近付いてきて食い荒らしていくんだ、僕が本気で望んでやってるとでも?」
「まさか」

nは鼻で笑った。

「あんた、ほんとは女抱きたい方だろ。それも自分好みの美人でよーく言うこと聞くヤツ。それを何の因果か俺に抱かれちゃってさあ、つまりは……」

nは言葉を途切れさせ、永至に視線を投げた。

「……欲しいものは手に入ったのかよ、セーンセ」

茶目っ気を混ぜた嫌味を投げるnに、永至はふんと鼻を鳴らしてみせる。

「お陰様でね。まあ、そのためにも……」

そう言って、永至は自分の指先を見やった。

「次から、もう少し爪を伸ばしてくることにしよう」


4/6ページ