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琵琶女主

「君は僕と二人きりの時には笑わないな」
不意に顎を持ち上げられて、小夜香はひとつ瞬きをする。
ソファに腰掛けている永至に対して、小夜香は床に敷かれたカーペットの上に座り込んでいた。
犬は主人より低い位置にいるものだと、当たり前のようにそうしていたら、突然永至の指が小夜香の顔を捉えたのである。
機嫌を損ねたかと一瞬焦ったが、どうやらそうではないらしい。
温度のない色に、優しさによく似た何かを被せた瞳が、じっとこちらを見つめていた。
「……お気に召しませんか?」
「いや、純粋な疑問だよ」
指摘されても笑わない小夜香に対して、永至はまるで見本を示すかのように、にこりと笑ってみせた。
「君、部室にいる時はよく笑うだろう。それこそ楽しそうにね」
永至がそう言うと、小夜香は、ああ、と、合点が行ったような顔をしてみせる。
「そうですね……。帰宅部の皆の前では、よく笑っていると思います」
「でも僕といる時は笑わない」
「……へらへらしてる女がお好きなら、お望み通りにいたしますが?」
小夜香の返答に、永至の喉の奥から、くく、と、笑い声が漏れた。
「……私は、貴方の前では、ただの犬ですから」
小夜香はそう言って、軽く目を細める。
「お望みならどうとでも、何とでも。……もし、先程の疑問が私への問い掛けであるなら、お答えもいたしますが?」
「いや、いい」
不要だ、と述べる彼の視線に、小夜香は小さく顎を引いてみせる。
永至はそれを合図にしたかのように手を離すと、おもむろに長い足を組んでみせた。
目の前に差し出された足先に、小夜香は伺うように永至を見上げる。
いっそ慈愛に満ちたとでもいうべき表情を貼り付けて、永至が頷いた。
小夜香は睫毛を伏せ、恐る恐る、永至の爪先に、ささやかに唇を押し当てる。
「……菫野」
永至が楽しそうに、笑い出しそうな声で言った。
「触れてもいいと、許可を出した覚えはないが?」
―――ああ。
小夜香は思わず、熱の篭った息を小さく零し、深く頭を垂れた。






私は、この男に、





恋をしている。
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