主琵琶 (n)
「我思う、故に我在りとはよく言ったもんだな」
散々ヤった後のベッドシーツはやたらとさらさらして気持ちがいい、気がする。
シルクかなんかの、まあお高い素材で出来てることに間違いはないだろう。なんせ自称お高い男が寝てるベッドである。こないだ抱いた後に札束渡してみたら、背中から蹴り飛ばされたが。
「……デカルトか?」
気だるげに寝返りを打った琵琶坂が、前髪を手でかきあげながらこちらを見た。
「まさか君から、よりにもよってそんな台詞が出てくるとは思いもよらなかったね」
「ピロートークにぴったりの良い題材だろ」
鼻で笑われた。
琵琶坂は怠そうにシーツを引き上げつつ、
「君にセンスがないのはよくよく知っているがね。まあ、近代哲学に造詣深いとは知らなかったが」
「言葉のまんまの意味しかわかんねえけどな」
「だろうね」
今度はくつくつと喉奥で笑われる。代わりに説明させてやろうかと思ったが、どうせ上手く切り返されるので止めた。
「まあ、要するに、あれだろ?」
どうせなら、と、こいつの頭の中にいるであろう『自分より馬鹿な年下』を演じてやることにする。
こいつには上か下かしかない。いや、自分より下に人がいるのが当たり前で、上に誰かいるのは我慢ならない。
そういう奴だとわかってさえいれば、扱いは分かりやすい。
「俺らは、今現実の身体からは離れてて、いるのはメビウスってことだろ?」
「つまり?」
「んー」
悩む振りをして戯れに手を伸ばしてみたら、あっさりと払われた。
もう一度触れてやろうとすると、今度は手首を掴まれ、無理やり引き寄せられる。
はいはい主導権を握るのはアンタの方ですねセンパイ。どうせ抱かれるくせに。
「痛えよ」
「おいたが過ぎるようなら追い出すが、構わないかね?」
全裸で、と笑うこの男、恐らく本気だから嫌になる。
全力で抵抗するのも面倒臭いし、「分かりましたよ」と言えば、琵琶坂は愉快そうに笑った。
「それで?続きはどうしたんだい、哲学者くん」
「うん?あー、うん」
互いの体温が分かるほどの距離は、相手がこの男でも妙にこそばゆい。
それを気付かれないようにしつつ、俺は考える振りをした。
「んー、っと。今こうやってあんたと寝てたり、よくわからん考え事してる俺がメビウスにいるって言うんなら、現実の俺は抜け殻なわけじゃん」
「それで?」
「ここにいる俺が俺だとしても、いったいその正体はなんなんだろーな?」
「さてね」
あっさり受け流しやがる。
思わず眉をしかめながら琵琶坂を見ると、野郎はにやにやと笑っていやがった。
「わかんないと気持ち悪くねえ?」
「いや、全く」
琵琶坂はくだらないと言いたげに笑う。
「ここにいる僕が僕だ。それでいいんじゃないのか?」
俺は何だか出鼻をくじかれたような、大事なとこをはぐらかされたような、何だかそんな気持ちになった。
そうやって結論づけられるのは、こいつが自分しか大事じゃないからだ。
さっきからずっと頭の中を離れない、俺の大事な"黒髪の美少女"は、そうやって結論づけられないから悩んでいるというのに。
「……あんたのそういうとこ、ほんと、」
嫌いなんだよなぁ。
そう言いたい代わりにキスをしてやると、そいつは笑った。
世界の中心にいるのは自分だと、思い込んでるやつの笑みだった。