noNe coupling
彼女は、魔女なのだ。
一凛が自分は魔女だと言うたびに、飛鳥はそれを肯定していた。
笙悟はその話をされる時、大抵は呆れたような顔をしているか、適当な相槌を打っているかだが、一凛の言葉を否定はしなかった。
だから、一凛は魔女だった。
少なくとも、三人の中では。
「飛鳥、飛鳥!聞いて!」
3時限目の授業が終わるなり、一凛は嬉しそうな声を上げながら、飛鳥の席へとやってきた。
飛鳥は教科書やノートを片付ける手を一旦止めて、一凛の方を見る。
「どうかした」
「さっきね、時計を見たら11時11分だったの!」
一凛はすっかりはしゃいでいて、奇異の目を向ける周囲にも、全く気付いていないらしい。
飛鳥も気付いていない振りをして、一凛に「そうなんだ!凄いね」と、無邪気な彼女に相槌を打ってみせた。
「今なら何か出来そう……そうね……幸運を呼び寄せるとか!」
「幸運を?」
「そう!」
すると彼女は何か思いついたような顔をして、「ねえ」と飛鳥の机に両手をついた。
「食堂の自販機、当たり付きだったよね?私が当ててあげる!」
突然の申し出に、飛鳥はちょっと面食らった。
一凛の唐突な思いつきはいつものことだが、普段ならそれに付き合う、もう1人がいない。
「笙悟は?」
「寝てる」
途端に一凛が不貞腐れたような顔になる。笙悟の席を見れば、なるほど確かに机に突っ伏して、すっかり寝こけていた。机の上には教科書でなく、漫画が出しっぱなしだ。
「いいの、笙悟は。後で驚かせるんだから」
一凛はそう言って、「早くしないと休み時間終わっちゃう」と、飛鳥を急き立てた。
飛鳥は慌てて席を立ち、一凛に連れられるがまま、食堂へと向かっていった。
昼休みの食堂。
すっかりぬるくなった2本の缶ジュースを並べて、一凛は「だからね、幸運を呼び寄せたのよ!」と、自販機で当たりを出したことを、嬉しそうに笙悟に語って聞かせていた。
「はあ…………そりゃただの偶然だろ?」
「だから、私が幸運を呼び寄せたんだってば!」
「一凛……」
むきになる一凛を飛鳥が宥めようとするも、「いいわ、もう1回当ててくるから」と、一凛はまた自販機の方へ行ってしまった。
笙悟は仕方なさそうに彼女を見送ってから、呆れた目で飛鳥を見遣る。
「お前、あんまりあいつを甘やかすなよ」
「笙悟が冷たくし過ぎるんだ」
思わず責めるような口調になってしまい、飛鳥は慌てて言葉を和らげようとする。
「……もっと優しくしてあげればいいのに」
けれど出てきた言葉はやはり変わらず、笙悟は言葉に詰まった。
「俺は、別に…………」
何かを言いかけた笙悟だったが、結局続きはなかった。
会話が途切れ、飛鳥は何となく気まずくなって、自販機の方に視線を向ける。
一凛は真剣な眼差しで自販機を見守っていたが、やがて肩を落とした。
「当たらなかったみたいだ」
笙悟もちらりと一凛の方を見て、小さく溜め息を吐く。
「……あいつ、当たるまで買う気じゃねえだろうな?ったく……」
笙悟はやれやれと言わんばかりに立ち上がり、どうやらまた挑戦し始めたらしい一凛の方へ歩いていく。
飛鳥も慌てて席を立ち、笙悟の後を追った。
面倒臭がりな笙悟も、一凛には何かと付き合っている。
普段、クラスの女子とわざわざ関わろうとはしない飛鳥も、一凛だけは特別だった。
一凛には、不思議な魅力があった。
確かにはっと目を惹く美少女ではあったが、それだけではない何かがある。
それはつまり、一凛に言わせれば「魔力」なのだろう。
その魔力に、きっと笙悟も飛鳥も魅せられている。
だから、彼女は魔女なのだ。
不思議な力を持つ、魔女なのだ。