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noNe coupling




夏だから怖い話でもしようぜなんて言い出したのはイケPだったわけだが、乗り気になったメンバーはほとんどおらず、「カロリーが怖い」「警察が怖い」「赤い月が満ち満ちた夜は狂気の風に苛まれる……」「このアタシに怖いものなんてあるわけないじゃない!」などと、楽士たちの控え室は相変わらずの好き勝手さで満ち満ちていた。
まとめ役であるソーンがµと共に席を外している時は、大体こんなものだ。
Lucidは普段はソーンがいる場所の近くで、その喧噪を眺めていた。
「なぁ少年ドール、お前なんか無いのかよ?」
眉尻を下げたイケPが、恐らくこの部屋で一番ホラーに造詣が深いだろう少年ドールに話を振るも、
「一番怖いのは人間だろ」
と興味なさげにぶった切られてしまう。
流石に同情じみた気持ちも湧いてきて、Lucidは苦笑いをしつつ(見えていないだろうが)、「俺が何か話してやろうか?」と、イケPに助け舟を出した。
するとイケPはたちまち目を輝かせ、
「さ、流石俺の相棒!いっちょデカいの頼むぜー!!」
「……いつから相棒になったの?」
怪訝そうな梔子の視線は、「いつからあんなのの相棒になったの?」との意味だと分かってはいたが、Lucidは片手を振って誤魔化した。
「じゃあ……これは俺の友達から聞いた話なんだが」
「お前トモダチいんのかよ」
ダイナマイトを弄びながら笑うウィキッドに、「ただの常套句だよ」とLucidも笑い返してみせる。
「そいつの知り合いの知り合いが、最近何か妙な感じがするって言ってたらしいんだ。妙な感じっていうのは、例えば、そうだな……知らない奴に急に親しげに話し掛けられたり、自分がいなかったはずの場所にいたことになってたり」
「……お前さぁそれ、」
ネタを知っているらしい少年ドールが口を開きかけたが、Lucidは「まあ待てよ」と片手で制止する。
話の腰を折ると気付いたのか、少年ドールは黙り込んだ。
「どーせ記憶喪失か何かでしょ」
「そいつもそう思って病院行ったりしたらしいけど、記憶が飛んでることはなかった」
ミレイの突っ込みを、Lucidはさらりと否定する。
「具体的には、まあ自分の記録を細々つけたんだな、寝てる時以外は。それでもやっぱり記憶にない時間はない。でも相変わらず自分の知らない知人は増えているし、自分が行ってない場所に行ったことになってるし。そいつは訳が分からなくて怯えたが、薄々あることに思い至っていた」
「……もう1人の自我……己の知らぬ己というわけか」
シャドウナイフの勿体ぶったセリフに、Lucidは頷いてみせる。
「そいつは、まあ、仮にNとしよう」
「なんでNなのよう?」
「ん?いや、深い意味はない。で、Nは『もう1人の自分』を探し出して、そいつをなんとかしようとした」
「そ、それってまずいんじゃないのかい……?」
不安そうに眉を下げるStorkに、Lucidはあえて答えない。
「だがそいつはなかなか捕まらない。Nは悩んだ挙句、その話を唯一信じてくれそうな親友に電話をかけた。誰かに相談したくなったんだな」
「……そ、それで?」
スイートPがごくりと息を呑む。
Lucidは親指と小指を立てて、電話のジェスチャーをしてみせる。
「Nは言った。『悪いが話したいことがあるんだ』。親友は言った。『お前誰だ?』。Nは戸惑いながら、『俺だよ、Nだよ』と言った。親友は途端に笑い出した。





『Nなら今、俺の隣にいますけど?』」





部屋がしぃんと静まった。
その不気味な静寂に、真っ先に耐えきれなくなったのはイケPだった。
「そっ、それで、どうなったんだよ……!」
「さあ?それ以降も相変わらずNは『いる』。その話もN本人が酒の席で話した怪談話らしいが、でもそうだな……」
Lucidは、にいっと見えない唇で笑った。
「そいつが成り代わった『もう1人の自分』だとは、誰にも言いきれないわけだ」
「……怖いっていうか、不気味な話ね」
梔子が自分の片腕を擦りながら言った。
「いやいやいや普通にこえーよ、Lucidお前天才か……?!」
「いや、ていうかこんなのありがちなドッペルゲンガーの話だろ?オカ板なんかにごろごろ転がってるじゃん」
震えてみせるイケPに、少年ドールは呆れたように言った。
「ふ、ふん、まあ暇潰しにはなったわね」
ミレイがつんと顎をあげると、ウィキッドがにやにやと笑い出した。
「テメーの執事もそのうち他人に成り代わってたりしてなぁ?いや、もしかしてもうなってんじゃねえの〜?」
「は、はぁ!!??と、と、と、歳三がそんな、どどどドッキリなんちゃらなんかになるわけないでしょう!?!?ばっかじゃないの?!」
「己との戦い……影を飲み込む闇……それもまた真実というわけか……」
「相変わらずシャドウナイフちゃんは何を言ってるかわかんないわねえ……」
スイートPはくるくると目を動かしてから、Lucidの方を向き、
「なかなか面白かったわLucidちゃん!他にもそういうお話ないの?」
「いや、あることはあるんだが、」
Lucidはちらりとスマホを見た。
「ちょっと用事があってさ。そろそろ行かねえと」
「最近忙しいねえ、無理してないかい」
Storkが気遣うように言い、Lucidは「大丈夫だよ」と彼の肩を軽く叩いてみせる。
「じゃ、ソーンとµによろしくな。急ぎの用があったら呼んでって言っといて」
「気をつけてね、Lucid」
梔子が軽く手を振って見送り、Lucidもそれに応えるように手を振ってから、扉をくぐった。





「あれ、部長、早かったですね」
部室に入るなり、鈴奈に不思議そうな顔で言われ、思わずきょとんとしてしまう。
「え?何が?」
「何がって、部長、さっきまでここにいて、『用事があるから』って出てったばっかりですよ」
美笛が笑いながら言った。
「え?いや、俺さっきまで出掛けてて……」
「そんなわけないじゃーん」
鳴子がスマホを弄りながら足をぶらつかせる。
「さっきまで怖い話してたじゃん、ドッペルゲンガーがどうとか」
「怖いっていうか、なんか不気味っていうか……」
彩声が不機嫌そうに言い、琴乃は小さく首を傾げてみせる。
「それで部長、用事は終わったの?随分早く帰ってきたけど」
「普段はなかなか帰ってこない君が、いやはや珍しいこともあるものだね」
永至が笑みと嫌味をたっぷり混ぜて言った。
「な、なあ、ドッ……ペル、ゲン、ガー?……って、ほんとにいるのか?」
「やだなぁいるわけないじゃないですかぁ」
恐る恐る訊ねる鼓太郎に、鍵介が小馬鹿にしたように笑う。
「鼓太郎先輩、まさかあーんな子供騙し信じてるんですか?」
「はぁ!?し、信じてるわけねーだろ!子供じゃねーし!」
「……部長?」
維弦がはっと気が付いたように言った。
「顔色が悪いようだが」
「…………えっ?」




















「えっ?」





























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