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主→棘

高校の時にお世話になった後輩なんです、という、あながち嘘でもない方便を、どうやら相手は信じたようだった。
「御迷惑でなければ、お線香を上げさせて頂きたいのですが」
遠慮がちに聞こえるような声色でそう言うと、電話口の女性は涙ぐんだ声で了承してくれた。



棗飛鳥の墓参りに行こうと思ったのは、なんて事のない日の朝だった。
笙悟に連絡を取ろうか少し考えて、すぐに止める。
ようやく前を向いて歩き出した彼に、過去を突き付けることを、今はまだ、しなくていい。多分、これから先も。
『µ、ちょっと頼みがある』
WIREで連絡すると、すぐにポポンと返事が来る。
『どうしたのかな?何でも言って!*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*』
頼られて嬉しいのか、µのテンションはやや高めだ。
少し迷ってから、『アリアとかみんなには内緒にして欲しいんだけど』と前置きする。
『ソーンの家と連絡先が知りたい』
今度の返事は、大分長くかかった。簡単な朝食とコーヒーを拵えていると、携帯が着信を告げる。
『どうして?』
まあ当然の疑問かもしれない。返事は迷わなかった。
『墓参りに行きたい』
また少し返事に時間がかかった。と、思うと、突如として様々な情報が流れ込んでくる。
『コジンジョーホー、だから大切に扱ってね!』
と、最後には添えられていた。
よく見れば、自宅と思わしき住所から、実家や勤め先の連絡先まで網羅されている。恐らくはもう繋がらない、携帯の電話番号まであったのは、少し笑ってしまった。
『ありがとう』
そう送ると、µから可愛らしい顔文字が送られてくる。
それから、『ソーンによろしくね』と。
墓にあいつがいるわけじゃない、とは思ったが、あえて何も返さなかった。
そもそも、あいつは現実の墓にはいない。
彼の墓標は、メビウスにあるのだから。



棗の実家は、それなりに整った一軒家だった。インターホンを押し、名前を名乗ると、どうぞお入りくださいと声がした。
「はじめまして。白橡と申します」
出迎えてくれた女性(恐らく棗の母親だろう)に深々と頭を下げ、手土産を渡す。
女性は遠慮しがちに土産を受け取り、挨拶もそこそこに、仏間へと案内してくれた。

仏壇にあったのは、知らない青年の写真だった。
頭では分かっていたことだが、事実を飲み込むのには時間がかかった。
受け入れられない、からではない。
初めて、ようやく初めて、『彼』に出会えたのだ。
ほんの少し、嬉しくて、それと同じだけの、寂しさと虚しさが、あった。
「………お前、こんな顔してたんだな」
自分にしか聞こえないように、口の中で呟いて、線香に火をつける。
それから、黙って手を合わせた。



線香を上げたらすぐに帰るつもりだったが、棗の母親に引き留められ、お茶をご馳走になった。
ただ引き留められたというよりは、棗の母親が話してくれる、彼の思い出話に興味をそそられた、が正しい。
ちらほら「笙悟くん」「一凛ちゃん」の名前も話に現れて、少しどきりとした。
彼らは、棗と同じ時間、同じ場所で、同じ空気を生きていたのだ。
自分とは違って。

頃合を見計らい、「そろそろ失礼しますね」と切り上げようとすると、最後にもう1度引き止められた。

遺品を貰っていただけませんか。

そう言われたのは流石に面食らった。
聞けば彼の部屋は、掃除はこまめにしているものの、ずっとそのままにしてあるらしい。
「俺でいいんですか」
と聞けば、遠慮がちに、折角なので……とだけ言われた。
少しだけ躊躇ってから、「それじゃあ」と、部屋に入る許可を得た。



部屋は綺麗に整理整頓されていた。
掃除がこまめにされているから、というのもあるだろうが、元々の部屋の主の性質なのかもしれない。
ふと、棚に押し込まれた大きな冊子が目に留まり、何気なく引き抜いた。
固い表紙に分厚い中身。
きっとアルバムだろう。
開く前に、予感がした。
『見ない方がいい』と、誰かが頭の中で囁いた。
その声を無視して開けば、そこには、

『早乙女一凛』が、いた。

『棗飛鳥』も。

そして、顔を黒塗りにされた『誰か』も。

「……………」
笙悟は、知らないのだろう。
知らないままの方が良い。
昔の自分なら突きつけてやったかもしれないが、今はそうする理由はどこにもない。
黙っていくつかページを捲り、そっとアルバムを閉じて仕舞った。

遺品を貰ってやってくれ、と言われたものの、何を持っていけばいいのか検討がつかない。
家探しのようなことをするわけにも行かず、何となく机に目をやると、写真立てが目に入った。
そこには写真ではなく、栞が飾られていた。
小さな紫の花と、白と紅に分かれた可憐な花が押し花にされ、慎ましく互いに自己主張している。
大切そうに飾られているそれは、触れてはいけないような気がしてーーーーーだからこそ、手に取った。
「………ごめんな」
もう誰もいない部屋に、一言だけ呟いた。



帰り道、携帯で花を調べると、「へクソカズラ」という酷い名前と、「シオン」という名前が見つかった。
何の気はなしに花言葉を見て、ひとつ溜息を吐く。

彼が何故この栞を大切にしていたのか。どうしてこの二輪の花だったのか。
それはもう、想像に委ねるしかない。
けれどその想像も、難くはなかった。
「…………墓参りなんか、行かなきゃ良かったな」

何故だか無性に、吸ったこともない煙草が吸いたくなった。
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