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主→棘

別に信じて貰えなくたって構わない、俺は君に恋をしているだけで、ただそれだけの理由で仲間を裏切って敵に寝返って君の下に付いたんだ。
ただそれだけだよと宣う黒い髑髏頭を、少女は赤い瞳でじっと見つめていた。
その唇は開かれることなく、『彼女』は踵を返して歩き始める。
長い黒髪が、強い風に煽られて靡く。
造りかけで作られた完成しない建造物の上に、完成された美しさに歪さを押し込めた『少女』が立っている。
『嘘だらけの世界』で真実を宣う自分がおかしくて、髑髏は見えない喉を鳴らして笑った。
「貴方の言う『恋』とやらが、どれだけ一途かは知らないけれど」
少女は髑髏に背を向けたまま、可憐な唇を開く。
「相手を欲しいと思わない『恋』なんてものが、本当にあると思っているの?」
少女は屋上の端で歩みを止め、ゆっくりと振り返る。
その瞳はどこか寂しそうで、どうでも良さげで、悲しそうで、何も映してはいなかった。

『彼女』が今見ているのは『鏡』だ。

他人からすればどうでもいいような妄執に捕らわれた、
既に死んだはずの腐った恋を引き摺った、
分かっていながら理解したくないと嘘の汚泥を塗り固めた、

たった一人の人間に心を食い荒らされた、狂った『怪物』の姿を、『彼女』は『光』の反射として捉えている、

なんていうのは、
戯れ言だと分かっていた。

彼は、何にも知らないのだ。
目の前の『透明人間』が、今まで何を見て、何を聞き、何を考え、誰を想って生きてきたかなんて。

だから自分は『鏡』なんかじゃない。
彼が、『彼女』が今目の前に映しているのは、

ただの『恋に狂った人間』だ。
自分と同じで、自分とは違う、『影』みたいなものだ。

「信じなくたっていい」

髑髏は無い唇で笑う。

「俺は君が好きなだけだよ」

少女は瞳に呆れと失望の色をたたえて、また背を向ける。
赤い瞳は、人間の遺伝子的には存在しないらしいなと、どうでもいいことを思う。

つまりは偽物で偽者だ。
それでも彼は彼でしかないのだ。

『自分たちの世界』は何処まで行っても嘘でしかないのに、この『想い』はいつまでたっても嘘になんか出来やしない。

髑髏は黙って、『彼女』の奥にいる『彼』を想った。
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