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鍵女主(恋)

付き合い始めてからしたことといえば、デート、昼休みのお弁当、手を繋いでの帰宅。
何て健全なカップルなんだ、今どきの中学生だって、こんな恋愛してないだろう。
つくづく自分のヘタレ具合が嫌になり、鍵介は何度目かわからない溜め息をつく。
「悩んでんなあ、少年」
丞にぽんぽんと頭を撫でられて、鍵介はじとっと視線を向ける。
「……丞先輩って、奥さんといつ付き合い始めたんでしたっけ」
「高校んとき」
丞は部室に備え付けのパイプ椅子に腰かける。
「なんだ、また恋のことで悩んでんのか?」
副部長は異様に察しがいい。鍵介はがしがしと頭をかきつつ、
「いえ、そうじゃなくて……自分のヘタレ具合が、嫌になっちゃって」
「お前の場合、ヘタレとは言わないだろ」
丞が優しく笑う。
「……そう、ですかね」
鍵介は自信なさげな声を出した。
いつだって、勇気が足りない。
恋に触れる勇気が。
「お前の場合、恋が嫌がることしたくないから手ぇ出せないだけだろ」
「え」
「本人に聞いてみりゃいいんだ」
丞は事もなげに言う。
「あいつ、嫌なことは嫌って言うし。そうじゃなければ素直にそう言うだろ」
鍵介はびっくりして、思わず身を乗り出した。
「……なんで丞先輩に、そこまでわかるんですか」
「俺と嫁がそうだったから」
なーんつってな、と、丞は声を立てて笑う。
何となく毒気が抜かれて、鍵介はため息とともに、パイプ椅子に座り直す。
と。
「ごっめーん、遅くなった!」
勢いよくドアを開けながら、恋が部室に飛び込んでくる。
「って、あれ?今日これだけ?」
「あ、ええと」
と、鍵介がスマホを示す。
「WIREで連絡来てましたよ。今日、来れない人多いみたいです」
「え、見てなかった」
恋は慌ててスマホを取り出して、着信を確認する。
「そっか……じゃあ今日は休部かな」
「そうなりますかね。人がいない時に、無理しない方がいいですよ」
鍵介の言葉に、恋は「そうだね」と頷いた。
それから彼女はおずおずと、
「……鍵介、まだ部室にいる?」
と、鍵介に訊ねる。
その言葉が意味するところを察して、鍵介は咄嗟に傍に置いていた鞄を掴んだ。
「いえ、僕もそろそろ、帰ろうかと」
恋の表情が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、一緒に帰ろ」
「ええ、はい。じゃあ、丞先輩、また」
「丞!またね」
丞はやれやれと言いたげに笑って、二人に軽く手を振る。
頑張れよ、と、彼の唇が動いたのを、鍵介は見逃さなかった。




校門を出たところで、恋が軽く鍵介のセーターの袖を引っ張る。
「鍵介」
「はい?」
ぎゅ、と、片手が握られた。
「……だめだった?」
「……いえ」
鍵介も、その手を握り返す。
「だめじゃないですよ」
むしろ嬉しいです、と、言えない辺りが自分のヘタレさ加減を表しているように思う。
それでも恋は嬉しそうに笑って、繋いだ手をしっかり握ってくれるのだが。
「ねえ、鍵介ってさ」
「はい」
「私に何もしないね」
「…………えっ?」
言われた内容の意味を捉えかねて、鍵介は思わず立ち止まる。
恋は悪戯っぽい顔をしながら、鍵介の顔をのぞき込む。
「触ったりとか。そういうの」
「え、いや、あの、」
してもいいならめちゃくちゃしたいです。
……とは、流石に欲に満ち溢れ過ぎていて、口に出せない。
「あ、赤くなった」
恋が楽しそうに笑う。
「ふふ、可愛い」
「……せ、先輩」
からかわれているのがわかって、鍵介は何とか言い返そうとする。
「僕だって、なにか、その、したくないわけじゃ」
「ふーん?」
恋は唇を尖らせながら首を傾げる。

あっその顔可愛いですやめてください。

「たまには思ってること口に出してよ」
鍵介が思わず顔をそらすと、恋は不満そうにそう言った。
「……例えば?」
「今顔そらした理由とか」
「え、ええー………」
たまに、恋はこうやって無茶振りをしてくる。
わがままというか、なんなのか。
不安にさせてしまっているのかもしれないなぁ、という自覚は鍵介にもあるものの、大抵は上手く言い表せず、いつも恋は拗ねてしまう。
でも。
いつまでもそれでは、進展しない。
鍵介は一つ溜め息を吐いて、
「……あの」
「うん」
「……今日も可愛いですね」
「うん」
「はい」
「えっ」
「えっ」
「それだけ?」
「ええー……」
いや、確かに、今のは完全に、自分が悪いけれど。
恋は「しょうがないなあ」と呆れてから、
「じゃあ、私が鍵介に触ってもいい?」
「先輩が、ですか?」
「うんっ」
その笑顔に対して、嫌と言えるはずもないのだ。
「触るだけなら、いいですよ」
鍵介がそう言うと、恋は顔を輝かせた。
「ほんと?」
「はい」
恋なら変なところを触ったりもしないだろう。
そう考えて、鍵介は身を委ねることにする。
「えっと、じゃあね」
恋の手が、そっと鍵介の頬に伸びる。
顔を触るのかな、と思った瞬間、すぐ傍まで、恋の顔が近づいた。
「え」
柔らかい感触が、唇に触れる。
それが恋の唇であると気付いた時には、もう恋の顔は離れていた。
「えへへ」
恋は頬を赤らめて、鍵介の頬からそっと手を離す。
「触っちゃった」
「……さ、触るだけって」
「触っただけよ?」
恋は笑って、自分の唇に人差し指を当ててみせる。
「どこで触るとは、言ってないけど」

ああ、もう。
この人には、勝てる気がしない。

「…………参りました」
「え、何?何か勝負だったっけ、これ」
「いえ、そういうんじゃ、ないですけど」
もう少し、素直にならないと、きっと勝てない。
それは悔しいなぁと、鍵介は思ったのだ。
「笑うと可愛いですよね、先輩」
いつも可愛いですけど。
そう付け加えると、色付いていた恋の顔が、更に赤くなった。
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